16.剣神VS闘神!
日々華は、遠間で中段の構えを取る。
レーヴァテインの切っ先は正中線を取り、相手の喉元を狙っていた。
対して、アシュラは六本の腕をだらんと下ろした自然体。
剣道でそんな構えはないけれど、日々華は本能的に分かっているだろう。
力みのないあの自然体こそが、あらゆる攻撃パターンに対応できるカウンター狙いの構えだと。
(隙が無い……やっぱ強いなー、アシュラ。日々華にとっては、前世で勇者サリアだった時に楽勝で勝った相手だけど。忘れてるからなあ)
アタシは迷っていた。
もちろん日々華が命の危機に陥りそうなら、その前に問答無用で助ける。
けれど今回の戦いは、日々華を彼女のままでレベルアップさせる、チャンスかもしれない。
(うまいことサリアの記憶は思い出さないまま、勝つことができれば……)
アタシがそんな都合のいいことを考えている、その間に。
「皆様、避難を! 勇者様達の戦いを邪魔してはなりません!」
「大臣たちの捕縛は後回しだっ! とにかくこの場を離れろ! リリム、こっちに!」
ターニャとロウナーが、魔族との戦いに巻き込まれないように皆を避難誘導していた。
「ターニャ殿下、我らも勇者様と共に戦います!」
「そうです! 騎士団全員でかかれば、いかに魔族が相手でも」
「なりません!」
血気盛んな騎士団が援護を申し出たけれど、ターニャが即座に却下した。
「相手は魔族、それもお父様に憑いていた個体より明らかに強力です! ワタクシ達では足手まといになる。いいから王城から、非戦闘員を優先して一刻も早く非難させて下さい!」
ターニャ大正解。
というか、よく実体アシュラが霊体ラセツより強いって、すぐ見抜いたね。
やっぱりお姫様、才能あるんだなあ。
『どうした、ワタセヒビカ。かかって来ないのか? それとも怖気づいたか』
アシュラは三つある顔で同時に同じことを喋るもんだから、声が重なって変に響いて聞こえる。
睨み合った状態で、日々華を挑発してきた。
「……冗談でしょ。わざわざ虎の口の中に飛び込む馬鹿はいないわ」
日々華は熱くなりながらも、冷静だ。
現代日本で負け知らずの天才剣道少女だった彼女は、異世界に飛ばされてからケルちー、ゴブリンの群れ、そして霊体ラセツと三回の実戦を経験した(悪いけど、王城での兵士達との小競り合いなんか数に入らない)。
日本では経験できなかっただろう、命のかかった戦い。
その経験値は既に、彼女の戦闘能力を引き上げているはずだ。
『ふん。ではサービスだ、こちらから仕掛けてやろう』
次の瞬間、アシュラの足元が爆発した。
それほどのパワーでの踏み込み、同時にその巨体の姿が消える。
人の目には追えない速度での突進、そのまま片方三つの腕で、三方向から避けようのないパンチが日々華を襲——
「突きィィィッ!!」
『ムゥッ!?』
バォン!
日々華の突き技は、空をきった。
だが、アシュラもパンチも当たってはいない。
アシュラが直前で体ごと進路を変えて、日々華の横を駆け抜けたのだ。
即座に振り返り、油断なく構える日々華。
アシュラも間合いが離れたところで急停止し、振り返っていた。
……は?
『……ワタセヒビカ。汝は自殺願望でもあるのか?』
「あるわけないでしょ。何を言っているの?」
『ならばどうして、己の拳を避けようともせず、交差法で突いてきた?』
そうなの。
今、日々華は避ける気ゼロで、あの巨体のアシュラに突きかかったの。
何やってるのー!?
『相打ち狙いか? 汝のような脆弱な肉体、かすめただけで一瞬でミンチなのだぞ?』
「その前に、貴方を喉を突き破ればいいだけ。相手に打たれることを恐れて前に出ないような剣道を、私は知らない」
いやいやいやいやいや!
日々華さぁん!
アタシが魔王の力でガードするかどうか、めっちゃ気ぃ張ってたの知ってます!?
べつに知らなくていいけど!
貴女、実戦で何を学んだの??
剣道とは違うの当たったら死んじゃうの!
一本にならなかったら無効、とかじゃないんだよ!!
「バウウ……」
「な、なんだ、あの勇者の生まれ変わりは……あんな戦い方、ありえぬ……」
横でケルちーとボン吉が固唾を飲んで見ている。
うん、この世界じゃ絶対にありえない戦い方だよ。
『剣道? ……剣の道、だと?』
「そう。切り結ぶ、太刀の下こそ地獄なれ。踏み込みゆけば、あとは極楽」
『狂気の沙汰のような教えだな。だが、嫌いではない』
アシュラが構えた!
極端な前傾姿勢で、右の三つの拳を腰だめにした、完全なる攻撃タイプの構えだ。
『全速で行くぞ。次の攻撃で、汝だけが死ぬ』
「その前に、私が斬る」
今度は日々華が上段をとった!
なんつー胆力、あの巨体の突進に対してまだ、攻撃で応じるのか!?
「……イヤアアアアアアッ!!」
『!? ハァッ!』
日々華の発声による裂帛の気合い。
それに釣られて、アシュラが先に地を蹴った!
(うわ。アシュラ、やられたね)
アタシは即座に確信する。
アシュラの攻撃タイミングは、日々華の気迫によって引き出された。
既に初撃を見てる日々華は、アシュラの速度も間合いも理解している。
いくら強力でも。
いくら速くても。
それだけじゃ日々華には通用しない。
「トォオオオ!!」
日本剣道形の一本目、面抜き面と同じだ。
相手の面、つまりアシュラの拳を最小限の体捌きで避け、日々華はそのままレーヴァテインを一気に振り下ろした!
『グォオオアアッ!?』
アシュラの右の腕が三本、斬り飛ばされ宙を舞った。
やった!
相変わらず凄まじい切れ味。いやこれはレーヴァテインの力だけじゃない。
剣道の心得、攻めの気配を示して相手の攻撃を誘い、「打たせて打つ」という「後の先」の極意を見事に体現した、日々華の実力だッ!
『ぐ、グォオ……して、やられたぞ、ワタセヒビカ……』
漆黒の血が噴き出す肩を抑え、アシュラが呻く。
『初撃と同じ、相打ち狙いと思わせて……応じ技とは、な……この己が、人族の気迫に踊らされる、とは……』
「ううん、紙一重だった。次にやりあえば、負けるのは私かもしれない」
日々華はレーヴァテインを一振りして、腰の鞘に納めようとする。
しかし。
『では……さっそく、次をやろうか』
「えっ?」
ズリュゥゥン!!
アシュラの右腕が三本、一気に生えた。
相変わらず、大した再生スピードだ。
「え、う、ウソ、でしょ……」
さすがの日々華も、青ざめている。
うんまあ、それが普通の反応だよね。
『思い出したぞ。その剣、勇者サリアの剣だな』
コキコキコキと、復活した腕を回して骨を鳴らしながら、アシュラは言う。
『かつて勇者に敗北した時には、その剣の能力で再生を封じられたが……汝は勇者ではないのだな。そこまで使いこなせていないようだ』
「……バカにしているの?」
カチンと来たのか、日々華は再びレーヴァテインを構える。
うん、アシュラの言う通りなんだよね。
たぶん転生前のアタシ、魔王バルマリアによる封印が強力過ぎたんだと思う。
日々華は宝剣の力を、まだ使いこなせてない。
『バカにするなどとんでもない。ワタセヒビカ、汝を戦士と認め、全力を以って闘おう』
アシュラは左右六本の腕を大きく広げる。
そして掌を開き、闇の力を顕現させた。
「——ッ!?」
日々華は息を飲む。
アシュラが顕現させた闇の力は、六本の刀身。
しかも宝剣レーヴァテインや魔剣ディザスターのような西洋剣の形ではなく、反りのある日本刀と同じ形だ。
『六刀流・六惨。己の本来の技で勝負させてもらおう』
「……くっ……!」
絶句する、日々華。
一流は一流を知る。
悟ったんだ。
本気のアシュラには、今の自分では絶対に勝てないと。
「——負けないっ!!」
それでも日々華はレーヴァテインを構え直し、叫んだ。
「私は負けない、絶対に! 負けるわけにはいかないんだッ!!」
覚悟を決めたんだ、決死の覚悟を。
「ヤアアアッ!!」
今度は日々華から仕掛ける!
深い戦略があるわけじゃないだろう。
アタシも覚醒前に四刀流のボン吉と戦ったから分かる。多刀流を相手に、受手に回ればやられるのを待つだけだ。
「突きィィッ!」
『なかなか鋭い』
ギィン!
それでも、無闇に突っ込むような真似はしない。日々華の得意パターンだ、まずは突き技を防御をさせて、相手の構えを崩してから——
「胴ォォォッ!」
『速いな』
ギィィンッ!!
崩せてないっ、二撃目も別の刀に弾かれた!
けど!
「面ェェェェン!!」
流れるような連続技三段目は、下がりながら斬る引き面だッ!
本来なら実戦で使える技じゃないけど、レーヴァテインの斬れ味ならいけるハズ!
さすが日々華、まだ高校生だから試合経験は少なかったけど、二刀流相手にも彼女は負けなかっ——
ギィン!!
『見事だ。刀が二本だけなら、受けられなかっただろうな』
「くうっ……!」
そして日々華が下がって間合いを取る前に、アシュラは素早く前に出る!
ダメだッ!
『確かに次は己の勝ちだったな。そして、これで終わりだ』
ザシュゥウッ!
残り三条の剣閃が、日々華の体を捉えた。
哀れ、花の女子高生の美しき肢体はバラバラに……
『……何?』
「えっ?」
させるはず、ないだろ。
呆気にとられている、アシュラと日々華。
日々華は確かにアシュラの暗黒の刀で斬られた。それも三つの刀で。
けれど、日々華は無傷で立っている。
当たり前だね。
「なん……で? 私、確かに斬られて」
当の本人が、何が起きたのか分かっていない。
うん。そのまま分からないでいてほしい。
『なんだ、今の手応えは……あの感じ、どこかで覚えが』
やば、アシュラの方は気づき始めてる。
アタシの、こっそり魔障防壁に。
確かに昔、コレであいつの六惨を弾きまくって、からかって遊んだもんなぁ……
仕方がない。
「ごめん、日々華。……ケルちー!」
「バウゥウウッ!」
アタシの合図で、ケルちーが疾走する!
日々華の襟首を器用に牙に引っ掛け、そのまま開いた窓の外へと飛び出した!
「なっ!? 待っ——」
斬られたショックが残っていた日々華は、反応できない。
何かを言う間もなく、そのまま遠く安全圏へと連れ出されていった。
『……? なぜ魔物が、人族を助ける……?』
「無粋なことをして、ゴメンね」
困惑していたアシュラの前に、アタシは歩み出た。
闇の刀を六本携えた魔族剣士は、怪訝な顔で見つめてくる。
『汝は何者だ』
「アタシは黒崎香苗、日々華の親友だよ。アシュラ、悪いけどここは退いてくれないかな?」
『なぜ、己の名を知っている』
「うーん……もう隠し切れないかぁ……」
仕方ないね。
ラセツに正体を告げ口されるだろうけど、ここは——
「待て小娘。闘神の相手は、拙者がしよう」
は?
なんと、ボン吉が四本の剣を抜いて、アタシの更に前に立った。
「ちょ、なんで」
「久方ぶりに師匠と剣を交えることができるのだ。人族の娘が、邪魔をしないでもらおうか」
はあ!?
あんた、誰に向かって口をきいて……
って、まさか。
(あんた、もしかしてアタシの正体を守ろうと……逃がそうとしてるの?)
ボン吉は微妙に、頭蓋骨を揺らす。
それはもしかして……ウインクしてるつもりなのか……
『ボン吉、おぬし何を言っている?』
アシュラが呆れた声で問う。
ボン吉はささやかに一礼した。
「師匠、二十年ぶりにございます。お手合わせ願えますでしょうか」
『……今は待て。この国を蹂躙した後に、相手をしてやる』
「それは師匠の意志ですか?」
『なんだと?』
「くだらぬ人族に巻物で召喚され、使役される。そんな師匠の姿は、見たくありませんでしたな」
おお! 言うねボン吉!
『人族の味方をしているのは、お前達だろう? 己はラセツ様の命に従っているだけだ』
「主の命ならば、あのような人族の中でも特に下賤な輩に従うのですか? 師匠の闘神としての誇りは、その程度だったのでしょうか」
『……そこまで言うのなら、覚悟は出来ているのだろうな』
膨れ上がるアシュラの殺気。
うわー。駄目だボン吉レベルが違う、君が勝つ未来が全く見えない。
「……覚悟は出来てヒまぁす。……ゴホン、では、お相手を」
ボン吉、声裏返ってんじゃん。
いいよ、そんな怖い思いまでアタシのエンジョイの為に……あ。
ヤバい。
いい事を思いついちった。
「ひ、酷い、ボーンナイトさんっ!」
アタシの女優の才能が、また光るぜ。
「……は?」
「この魔族に勝てそうに無いからって、アタシの力を吸い取ってしまおうなんて!」
『む?』
「え? は? へい……カナエ殿、何を言って」
「〈怨霊合魔〉でアタシの魂を奪おうなんて、酷すぎる!!」
「……」
『……』
アタシの名演技に、流れる沈黙。
察しろボン吉!
「……ええ〜……」
嫌そうな顔すんな!
ああもう、実力行使!
「きゃあああああッ!」
悲鳴をあげ、アタシの身体は魂を失って、バタンと倒れた。
変身ッ!
そして魂はボン吉の身体の中へ!
(無茶苦茶ですッ! 陛下ぁぁぁあッ!)
(いいから黙って身体貸せ! アタシたちは二人で一人の、ボーンナイトだ!)
「……〈怨霊合魔〉ッ!」
合体と呪法の発声が順番おかしいけど、そこは気にしないでもらおう。
『……おい。今どう見ても人族の魂が、魔物のお前を乗っ取ったが』
「そんなワケないでしょう。人族ごときが拙者に憑りつくなど、ありえませぬ」
おー、手が四本ってこんな感じか。
バルマリアの時も手は二本だったからなあ。新鮮!
くくく。
これで多少は魔王の力を使っても、ボン吉の魔力に偽装されるだろう。
剣道から離れて昔の剣術を使ったって、腕四本の太刀筋はかつてのアタシとは違うはずだから、アシュラにはバレない。
くくく、どうよこの。完璧な作戦!
「さて。人族の娘の魂を喰らい力を得たところで」
悪っぽく言ってから。
アタシはボン吉の持っていた四本の剣のうち一本を鞘に納め、その代わりに倒れているアタシの腰から魔剣ディザスターを引き抜いた。
「あらためて勝負ですよ、師匠!」
『……これ、付き合わなければ、ならぬのか……』
何か言った? まあいいや。
VSアシュラ戦、決着をつけるぞ!