14.権謀術数が渦巻く頭脳戦? いやいやワンサイドゲームだから。
「ねえ香苗」
「ん? なぁに日々華」
「考えてみたら王様は? 正気に戻ったんだから、普通、娘のターニャ姫を守るよね?」
「それがね。父娘関係、前から良くなかったみたい」
「そう、なの」
「アルレシア王家は女系で、代々女王が支配する国だった。前女王が早逝して、まだターニャは幼かったから、父親がイレギュラーで王位に就いた。でも本来ならその玉座は、ターニャの物。つまり」
「あの王様にとって成長したターニャ姫は、自分の王位を脅かす政敵ってことなんだね……」
アルレシア王城、国策制定大会議室。
日々華とアタシは、会議が始まるより前に入室して、議席の一角に座って話していた。
会議室の中には、アタシ達の他に書記官みたいな人が何人か。会議の議事録を取るんだ。
他にも、開け放たれた大扉の脇に、警備の衛兵が二人立っている。
その内の一人が、やたらとアタシ達をチラチラ見ていた。
あ、覚えてるぞ。
最初に拘束された状態で謁見の間に行った時、アタシが威圧で脅した兵士だ。
可哀想に。いまだにアタシが怖いんだろう、顔が紅潮している。
(怖くないよ〜)
ニッコリ笑ってやったら、急にそっぽ向きやがった!
失礼な。そういや学校でもよく知らん子が話しかけてきて、なぁに? って笑いかけたら悲鳴上げて逃げてったなあ。
「何やってるの香苗」
「ねえ日々華。やっぱりアタシの笑顔って、ニッコリじゃなくてニヤ〜なの? 怖いの?」
「……私にとっては素敵だよ」
なにそれ告白!?
ん……? 私にとってはって、つまり他人にはやっぱ怖いって事??
まあ、いいや……アタシには日々華がいるもん。
「おお、勇者様方!」
げ。
お大臣ズがゾロゾロと入室してきやがった。
「救国の勇者が、このような会議にご出席なさらずとも! どうか部屋で昨日のお疲れを癒していて下さい!」
「いやいや、王国の観光名所にご案内して差し上げましょう! おい衛兵!」
マジで揉み手ですり寄ってきて、キモい!
「結構です」
日々華が凛とした態度で拒絶する。
昨日の日々華の戦いぶりを見た大臣ズは、その静かな迫力に凍りつく。
「私たちは、この会議の行く末を見届けます。それに何か不都合があるのですか?」
日々華は腰に下げた宝剣レーヴァテインの柄を、何気なくスッと撫ぜる。
寄らば斬る、といった雰囲気だ。
かっけえ……
「い、いえ、とんでもございません……」
「そ、それでは、ええと、カナエ殿! カナエ殿はいかがでしょうか? 昨夜の宴でアルレシア料理が気に入られたご様子。よろしければ料理長に言って、更に素晴らしいお食事をご用意……して……」
アタシはお大臣ズの戯言に答える気にもならず、日々華の真似をして腰に下げた魔剣ディザスターの柄を指でついと撫ぜる。
「し、失礼いたしました……」
大臣ズは冷や汗をかきながら後退りし、アタシ達から離れた自分達の席に座った。
「……調子に乗りおって……」
「……小娘どもが……」
聞こえてんぞ。バーカ。
大臣ズは、まさかアタシの聴力がヤバいくらい鋭いとも知らず、コソコソ話を続ける。
「放っておけ。勇者気取りのバカ女どもは、すぐ退席する事になる」
「だな。くくく……」
今のうちに笑っとけ。
すぐに笑えなくなるんだから。
くくく。
「香苗。顔」
ゲフンゲフン。
アタシが悪い顔を何とか戻した時だった。
「アルレシア王ダーマ陛下、アルレシア王女ターニャ殿下、ご入室です!」
衛兵の告知に応じて、お大臣ズが立ち上がって頭を下げた。
アタシと日々華も一応、立ち上がる。まあ頭までは下げないけどね。
あの王様、ダーマっていうのか。
衛兵に守られ、ターニャとともに会議場に入ってきた。
ターニャのすぐ後ろには、ロウナーが付き従っている。
「……!」
アタシの視線に気づいたターニャが、小さく手元でピースした。
その後ろでロウナーも目だけで頷く。
うん。準備は問題ないみたいだ。
「それでは、これより王前会議を行います。まずは陛下より、お言葉を頂戴します」
王族が着席して、会議の開会が宣言された。
議事進行は、お大臣ズの一人だ。
その進行係に促され、王が立ち上がる。
「皆の者。この度は王である余が、魔族に乗っ取られるなどという失態を演じてしまった。深く詫びる」
謝罪から入るとは素直でよろしい。でも。
「特に、勇者のお二人には謝罪と感謝——」
「それは昨夜さんざん聞いたからもーいいよ。長い挨拶もいらない、サクッと進めよ?」
アタシがぞんざいな物言いで王の言葉を遮って、大臣ズはざわめく。
いつもはアタシの暴走を止める日々華も、静観だ。
「う、うむ……そうだな」
王は咳払いして、仕切り直す。
「さて、余が不明でいた間。王国は宰相ディードリヒによって、支配されておった。ヤツは魔族との繋がりが発覚し、息子ともども幽閉しておる」
魔族との繋がり、ねえ。
さてあの王様。どこまでヤツらと結託しているのか。いないのか。
「故に、まずは新たに王国の上層部を再編成しなくてはならないだろう。ディードリヒに代わる宰相を、決めねばならぬ。まず諸君の意見を聞こう」
さあ、バトルスタートだ。
剣と魔法のバトルもいいけど、こういう権謀術数が渦巻く頭脳戦も、見せ場だよね。ま、結果は分かりきってるんだけど。
「新たな宰相。順番でいえば、ロウナーですわ」
おっと! 開始早々、渾身の右ストレートを放ったのはターニャだ!
「なっ……」
「どうしてそうなる?」
先手を取られて、またざわめく大臣ズ。
中には「調子に乗りおって」と聞こえる声で毒づくジジイまで。
「どうして? 他に適した方がいらっしゃらないからです」
ターニャは積極的に煽っていくスタイル。
挑発されてお大臣ズの一人が立ち上がった。
「我らの存在を無視なさると?」
「ディードリヒに王政が壟断されていた時。あなた方は何をなさっていましたか?」
老害どもの威圧に、正面から対抗するターニャ。堂々とした態度だ。
いや……よく見ればテーブルの下、膝の上で強く握った手が震えている。
「少なくともロウナーは、ワタクシと共に、ディードリヒ、そして魔族の憑いた父王へ苦言を呈し、精一杯の抵抗をしてきました。対してあなた方はその間、何をしてきましたか?」
頑張れターニャ、アタシ達がついてるぞっ!
けど、ターニャの内心の緊張を察したのか、大臣の一人は不敵に笑う。
「なるほど。救国の勇者様に最初から味方していたターニャ姫は、よほど己に自信があるようだ」
「……そうですね。ワタクシは間違ったことをしていないという、自負はあります」
「殿下のその態度が、竜の威を借る蜥蜴でないとよいのですが」
「どういう意味ですか?」
「勇者様方がいらっしゃるからと、強気に出ておられるのでしたら。それはヒビカ殿、カナエ殿にも失礼ですよ?」
ニタリ、と発言した大臣が下卑た笑みを浮かべた直後だった。
「会議中、失礼致しますッ! 緊急事態です!」
大扉を蹴破るような勢いで、兵士が一人、会議場へと飛び込んできた。
頭から流血している。
「王国の南方、キリク村にオークの群れが出現! 襲撃を受けています!」
「な、なんだと!?」
大臣の一人がガタッと立ち上がった。
「バカな、今までの魔物の襲撃はディードリヒの手引きだったはず! 彼は地下牢で幽閉中だ、それなのに、なぜ!?」
呼応したように別の大臣も立ち上がる。
「そんなこと、今はどうでもよい! 領民を魔物から救うことが先決だ! ……勇者様!」
その叫びで、会議に参加している者全員の視線が、日々華とアタシに集中する。
「どうか、キリク村をお助け下さい!」
「ここから村まで、兵が馬を飛ばしても半日はかかりますっ」
「どうか先に行かれて、村をお救い下さい!」
「そうです、このような会議は我らにお任せを! 勇者様は、魔物との戦いこそが本領でございます!」
よくもまあ、大した演技だ。
けど大義名分はヤツらの言う通り。もしかしたら、何も言っておかなかったら、日々華なんかは飛び出して行ったかもしれない。
「……」
「……」
「あの、勇者様?」
「ヒビカ殿? カナエ殿?」
アタシ達は、彼らが期待していた反応を示さない。困惑する大臣ズ。そして。
「お、恐れながら申し上げますッ!」
また別の伝令が、議場に駆け込んできた。
その伝令の顔を見て、ギョッとする大臣ズ。
どうした、予定外の伝令兵なのか?
「キリク村に出現したオークの群れがッ……な、なんとッ……」
「どうしたんですか? 落ち着いてお話し下さい」
慌てている兵士に、ターニャが優しく声をかける。
兵は深く呼吸してから、口を開いた。
「なんと、四つ腕の骸骨剣士……高ランクの魔物であるボーンナイトによって、撃退されました!」
「な、な、な、」
「なんだとぉっっっ!?」
お大臣ズの全員が、今度は本気で素っ頓狂な声を上げた。
あ、一人カツラがズレた奴がいる。
一番ムカつく態度だったアイツ、ヅラ大臣と呼ぼう。
「バカを言うな!」
「魔物が魔物と戦って、人族を守っただと?」
「そんなことが、ありえるはずがない!」
口角泡を飛ばして、喚きまくる大臣ズ。
うるせえ。
「で、ですが本当なのです! 確かにこの目で見たのです!」
伝令の兵は負けじと、声を大きくする。
「ボーンナイトが、遅れて現れたゴブリンの群れまで指揮をして……オークの大群を追い払ったのです!」
「信じられぬ!」
ヅラ大臣が吠えた。
おい、さらにヅラズレてんぞ。
「ゆ、勇者様方! とても信じられませぬ! どうか早く行かれて、確認を!」
「申し上げまぁすッ!」
また別の伝令が飛び込んできた。
大臣ズはビクッとしたが、今度は知った顔の伝令だったのか、慌てはしない。
「王国の北、リード街道にワーウルフの群れが出現! 通商団の往来が遮断されています!」
「た、大変だぁ!」
わざとらしいんだよ、ヅラ大臣。
「ヒビカ殿! カナエ殿! どうか手分けをして、王国の民をお救いくだ」
「ご報告! ご報告です!!」
また別の伝令。
今度は大臣ズはギョッと目を見開く。こいつら……
「リード街道に現れたワーウルフの群れがッ……魔獣ケルベロス・ハウンドと巨人鬼オーガ、二体の魔物によって撃退されましたッ!!」
「バカなぁぁぁッ!!」
ヅラ大臣は悲鳴に近い絶叫を上げた。
そしてアタシ達を睨んだけど、 こっちは冷たい目で見返すだけ。
ヅラは一瞬ひるんでから、まだ脅しやすいと思ったのか、キッとターニャを睨んだ。
「これはどういう事ですか、ターニャ姫!」
「……何故、ワタクシに聞かれるのです?」
「白々しい! これは我らを陥れる罠でしょう!!」
「お、おい」
「よせっ」
怒りと焦りで我を忘れて喚くヅラ大臣を、他の大臣ズが抑えようとする。
「どこまで我らの邪魔をすれば、気が済むのだ!」
だが、ヅラは止まらない。
ヅラがズレていくのも止まらない。
ターニャは薄く笑みを浮かべて、応える。
「はて? 民は守られました。どうしてそれが、あなた方を邪魔することになるのですか?」
「ぐっ……! 姫、あなたがそのような態度に出るなら、こちらにも考えがある」
「えっ? まだ、なにか」
「会議中、失礼しますっ」
また、会議室に人が飛び込んできた。
今度は兵士ではなく文官だ。
「ロウナー様。至急、王立治療院にお戻りを。妹君の容態が急変致しました!」
「えっ……!」
青ざめるロウナー。
演技ではなく、ターニャと顔を見合わせて困惑する。
「ちょっ……香苗、どういうこと?」
日々華も、アタシの腕を掴んで尋ねてきた。
「ロウナーの妹さんは、以前に魔物の襲撃で、呪いを受けていたんだって。長い間、治療院で回復術を受けていたみたいだけど。こんなタイミングで悪化するなんてね」
「そんな!」
「……」
ここまでやるか、老害ども。
「……ご安心を、ターニャ姫。このロウナー、殿下のお側を離れることはございません」
「ダメですロウナー。今すぐあの子のところへ」
ロウナーの悲愴な覚悟と、ターニャの誠実さが交錯する。
その二人を引き裂くように、ヅラ大臣が口を挟んだ。
「ロウナーよ、姫の言う通り急いだ方がいいのでは? 今聞いたのだが、妹君の体調が悪化したのは昨日の夜半とのことだぞ?」
「く……!」
「もう保たないかも知れぬぞ」
ここまでやるんだな、老害ども!!
……だけど、ね。
「はいはい、そこまで~」
しょせんは人族。
この程度の悪だくみで、魔王を出し抜けると思うな。
アタシは右手を挙げて、わざと呑気な声を出す。
「香苗?」
「カナエ様?」
「……カナエ嬢」
可愛い女の子たちが、驚いた顔でアタシを見つめてる。
アタシはニッコリと笑った。
……ニヤ~じゃないよね!?
「お待たせしました、タネ明かしタイムで~す!」
ここからは、アタシのターン!
笑みを浮かべて、議場の真ん中へと歩み出た。