10.ざまぁ祭、開幕だよ!
決闘、という形になった。
後で知ったことだけど、アルレシア王国には『騎士は王族が認めた決闘の申し出を断れない』という不文律があった。
「そんなものは無効だ! 魔族の訴えをまともに聞くなど、ターニャ姫よ、そなたも王国に仇を為す逆賊か!」
小デブ宰相ディードリヒは喚き立て、息子のガルパと衛兵たちでアタシらを袋叩きにすべきと主張したけれど。
「黙りなさいディードリヒ! 末端とはいえワタクシも王の血を受け継ぐ者、それ以上の不敬は許しません!」
頬を上気させたターニャ姫が一喝した。
「それとも、貴方が主張する英雄ガルパ様の実力に不安でもあるのですか!? 正々堂々の決闘では、英雄様はカナエ殿には勝てないと、そうお認めになるのですか!」
すごかった。
いったい誰に勇気を貰ったのか、もともと芯のある強い子だとは思っていたけど、彼女は勇気を振り絞って、アタシ達に戦う舞台を用意してくれたんだ。
「カナエ様……どうか、ご武運を」
そして、やけに熱っぽい瞳でアタシを見つめてくるターニャ。
あれ? 今まで様付けでなんて呼んでたっけ?
「着いたよ香苗、ここが決闘場みたいだ」
日々華が、ちょっぴし強い力でアタシの肩を掴んだ。
さすがの日々華も、再び迫る実戦を前に興奮してるんだろう。
「おお、結構広いね。でも作りは異世界テンプレだなあ。結局ドラ○ン○ールか幽○白書の闘技場に似ちゃうんだよね」
アタシの呑気な感想に、日々華は分かんないと小首を傾げる。
ターニャ姫が案内してくれた決闘場は、実際にはそこまで某国民的漫画の武闘場に似てはいなかった。
直径三十メートルくらいの丸い石畳があるのは同じだけど、それは王城の広い中庭のような場所にあって、周りをグルリと三階くらいの建物が囲んでる。
その建物のバルコニーみたいな部分から、戦いを観戦できる造りだ。
「あれは……」
周囲を囲む建物の所々に、複雑な文様で縁取りされた、人の頭くらいの大きさの宝玉が埋め込まれてる。
察するに、観戦者を戦闘の余波から守るバリアでも張る道具だろう。
(いやいや。結界なんて呼ぶも烏滸がましい、人族の玩具だよあれ)
アタシの中で勝手に喋るな、アタシ。
そういうの分かりっこない設定なんだから。
なるほど、本気で魔法でもぶっ放しちゃったら、ターニャやロウナーにも被害が出ちゃうってことか。
ただの女子高生であるアタシに魔法なんて撃てないけどさ。
「意外だったね」
日々華が、観戦席の一番豪華そうなバルコニーに座った国王を見て呟いた。
「何が?」
「あの国王。香苗も思わなかった? ターニャ姫が決闘を認めた時に、絶対に『黙れ』とか横槍入れてくると思ったのに」
確かに。さっきの謁見の間で王は、ターニャとロウナーの発言を悉く封じてきた。
それなのに、ガルパとの決闘については何も口を挟まなかったのだ。
周りの大臣ズもそんな王に戸惑っているようで、チラチラと王とアタシ達の顔を見比べている。
「まあ、だろうね」
実はそんな王の思惑、というか正体について、アタシにはある程度察しがついていた。
正確に言えば、アタシの中のアタシには、だけど。
「今は気にしなくていいよ。……それより、日々華」
「なに?」
「なんでストレッチしてるの?」
さっき衛兵から奪った剣を片手に、日々華はいっちにーさんし、とアキレス腱を伸ばしていた。
「準備運動は大事だよ?」
「いやいやいや、戦うのはアタシだから」
「なんで!」
いや、なんでって。
いくら小デブ宰相のバカ息子、メタボ騎士が相手とはいっても。
少なくともヤロウには、デュラ坊を倒した実力はあるんだ。
そんな奴と、いくら剣道日本一といっても今は只の女子高生の日々華を戦わせるわけにはいかない。
すぐに異世界冒険譚の中でレベルアップさせるつもりだけど、今はまだ早い。
「魔族の疑いをかけられてるのはアタシだよ。だからそれを晴らすのも、アタシ」
「違う。香苗が疑われてるなら、それは私への疑いと同じ——」
「日々華」
ダメだ。
このままでは、アタシは日々華をまた惚れ直しちゃうイケメンな事を言われて、絆される。
思い切って、アタシは日々華の頬にそっと掌で触れた。
「……か、香苗?」
「いつも勝手なことしてゴメン。けど今は、アタシに任せて」
そのまま外側に手を動かして、彼女の髪を指先で優しく撫ぜる。
うわぁ、自分でやっててドキドキする!
「今は詳しく説明できないけど、デュラ坊は大事なヤツなんだ。仇を討ちたい。日々華の前で、仲間をやられたまま引っ込んでる情けない女でいたくないんだ」
「……わかった」
日々華は小さい頷いて、ふいと顔を逸らした。
……怒ったかな?
なんかターニャみたいに頬が赤いし。日々華の心配を蔑ろにするアタシに、きっと怒り心頭なんだろう。
後でフォローしなきゃあああああ!
「魔族の小娘ェ、そろそろ始めようぜぇ?」
喋るな豚ぁぁぁぁッ!!
テメエ、もし万が一、日々華に嫌われでもしたら!
生きたまま1ミリ間隔で刻んでゴブリンの餌にしてやるからなああああッ!
ギラリと睨んだアタシの視線に一瞬ビクつきながらも、
「心配しなくていいぜ、そっちの用済み勇者ちゃんよ。魔族の女をぶっ殺したら、あんたはこの英雄ガルパ様のお付きにしてやっからよ」
メタボ騎士はそう笑って、一段高い闘技場の上から挑発した。
ブチン。
「……自分の死刑宣告を読み上げるなんて。変わった趣味だね、騎士ガルパ」
アタシは、日々華と同じく衛兵から奪った剣をヒュンと一振りしてから、闘技場に上がった。
「いいや、騎士なんて呼びたくない。アンタみたいな男が騎士名乗ってんじゃ、この王国に先は無いからね。魔族の鎧を着て、借り物の力で己を誇示する、安い男」
ざわっ……
闘技場を囲む観覧席に集まっていた、王国の兵や文官たちから、どよめきが起こった。
「な、な、何をデタラメを!」
王の横、ターニャ姫とロウナーの反対側に立っていたディードリヒが、慌てて喚く。
「ガルパ! これ以上あの小娘に、好き勝手に喋らせるな! さっさと殺せぇっ!」
「わかってるよパパ。そんな焦らなくったって……」
ガルパは腰の剣をゆっくり抜いた。
そして、アタシにだけ聞こえるくらいの小声で呟く。
「……オレの秘密を知る奴は、全員地獄送りだ」
(ハッ。鎧だけじゃなく、武器も魔剣か)
アタシの中でアタシは、また呟いて忠告する。
(デュラ坊を打ち倒す力を持った、魔剣と魔鎧が相手か。さすがに少しは思い出して——)
余計な真似すんな。
アタシは忘れたまま戦う。
こんな男はこのアタシ、黒崎香苗の力で充分だ。
なにせこいつは二重にも三重にも、絶対に言ってはならないことを言った。
ただでは……済まさない!
「来なよ、偽りの英雄」
「いくぜぇぇ!! このオレ様の力、見やがれぇぇぇ!!」
決闘が始まった。
***
……バカなのか?
ガルパは片手で剣を大きく振りかぶり、遠間から真正面に突っ込んできた。
魔鎧の力で身体能力を強化され、確かに人族の戦士としては尋常ではない速さだ。
(確かに得物の差は大きい。ヤツの魔剣に対して、アタシのは衛兵から奪ったただのブロードソード。正面から受け止めたら、剣ごとアタシは真っ二つだね)
「死ねッ!」
ニタリと気色悪い笑いを浮かべ、ガルパは魔剣を振り下ろす。
だから、バカなのか?
ガシュッ!!
「なっ……!?」
ガルパの剣は、一撃で大きく切り裂いた。
石材で作られた闘技場の地面を。
「どうしたの? アルレシアの英雄さん」
アタシは、すぐ横で不格好に地面に魔剣を突き刺したガルパを見下ろし、笑った。
「な、いま、何が」
目を丸くするガルパ。
アタシは剣を構えもしていない。ただ、剣閃から極僅かに体をずらしただけだ。
〈すり足〉による体捌きで。
「このっ……オラァッ!」
力任せに剣を引き抜いて、そのまま横薙ぎに振るうガルパ。
だからバカなのか。予備動作がでかすぎるっつの。
「ほい」
「クッ!?」
後方にまたもギリギリで下がり、アタシの胴体を真っ二つにするはずの剣は空を切る。
「準備体操かなぁ? 英雄ガルパさん。もう素振りは充分だから、早くアタシを斬り殺してみなよ」
人差し指をクイッと曲げて挑発する。
「ざけんなぁッ!」
ガルパの纏った魔鎧に、普通の人族には不可視の魔力が漲った。
お、こいつ身体強化のレベルを上げやがった。
「お望み通り、斬り刻んでやらぁああっ!」
「早くやりなよ、ほらァ!」
ブン、ブゥン! ブゥゥン!!
あははっ、すり足による体の運用・八挙動!
前、後、右、左、右前、左後、左前、右後!
日々華とともに、子どもの頃から剣道の基本を徹底的に叩き込まれたアタシの足捌きは一級品だ。上半身をまったく揺らさずに、体勢を崩さず一瞬で平行移動できる。
わざとギリギリまで引き付けて躱したアタシの動きは、このブタ騎士の目には、剣が体をすり抜けたように見えるだろう。
ガルパの剣はアタシに当たりそうで当たらない、虚しく空を切る扇風機だ。
「このっ……魔術使いか!?」
「やはり、魔族め!!」
ガルパが、そして上から見ているディードリヒがうるさく喚く。
アホか。
確かにアタシは体を捌いて躱した後、瞬時に元の位置に戻っている。
ガルパは身体強化のレベルを上げ、常軌を逸した速度で斬り込んでくるが、速ければ速いほど、こちらの回転も上がる。
端から見て、いくら振っても剣が届かない異能の類にでも見えるんだろう。
「アタシは魔術なんて使ってない。お前の剣がダサ過ぎるんだよ」
「なんだと!?」
ガルパの視線、筋肉の動き、でかすぎる予備動作で、斬撃の瞬間はバレバレ。
アタシはいつまででも回避できる自信があった。
「クソッタレ! だったらっ……!」
あ。
今度はガルパの剣に、魔力が漲る。これは……
「躱してみせろや、オラッ!」
わざとらしく、これまでより更に遠間から打ち下ろしの斬撃だ。
こちらに真後ろに下がって避けさせてようという魂胆だ。
アタシは誘いに乗って、僅かに重心を後ろに倒す。ニィと口を歪ませるガルパ。
バーカ。
「すり流しッ!」
ギィン!
ガルパの斬撃から生じた魔力による衝撃波を、アタシは下から斬り上げた剣閃で斜め後方に受け流した。
ガォン!
「うおおっ!?」
「こ、これはっ!」
衝撃波は闘技場の外に飛び出し、観覧席を守っている結界に衝突した。
結界の中の連中から悲鳴のような声が上がったが、結界に守られ無傷だったようだ。
「バカなっ!?」
自信のあった一撃を簡単に捌かれて、ガルパは困惑する。
「オレのショック・ブレードが破られただと!?」
「中二病か」
そんな大層な名前つける程の技かっつーの。
あんなうっすい結界も破れないような雑魚技が。
「ウソだ……このおっ! ショック・ブレード!!」
「無駄だよ」
ギィン!
ドゴォン!
アタシはまたすり流して、飛んでくる斬撃を捌いた。
日本剣道形・小太刀の三本目、すり流し。
本来は太刀で切りかかってくる相手に対し、小太刀で応じる技だ。
切りかかってきた太刀を最初は上にすり上げ、そのまま相手の横にすり落とす。
その後で更に斬りかかってきた太刀を、今度は間合いに入りながら右斜め後ろに捌く技。それが「すり流し」だ。
剣を正面から受け止めず、勢いをズラして流すだけだから、魔剣相手に量産品の剣でも折れることはない。
(……師範の剣に比べたら。いくらファンタジーな飛ぶ斬撃だって、子どもの遊びだね)
小さい頃から日々華と一緒に通っていた道場。
そこでの師範との、形の稽古をアタシは思い出していた。
日本剣道形は、打太刀と仕太刀に分かれ決められた動作をする。
打太刀が最初に斬りかかり、仕太刀が応じるのが基本だ。
いくら動作が決まっているとはいえ、打太刀をやる師範の動きは鋭く、気を抜けば簡単に木刀を弾き飛ばされてしまっていた。
力ではなく、その鋭さと気勢によって。
だから。
(いくら破壊力があっても……こんな雑魚の力任せの剣、アタシに通じるもんか!)
「クソがぁぁ! シュック・ブレード・ストーム!!」
「はいはい、もうわかったから」
ギィンドォン! ギィンドォン!!
ギィンドォン!!!
アタシは嵐のように撃ち込まれるショックナントカを捌き続けながら、一歩一歩間合いを詰めていく。
「く、近寄んじゃねえ、このっ——」
ガルパは両手で魔剣を握りしめ。渾身の力を込めて振りかぶる。
もう——
「遊びは終わりぃっ! 小手ェェェッ!!」
その振りかぶる右の腕を狙って、アタシは打突した。
ゴィン!
「ぐおッ……!」
ガルパはかろうじて魔剣を左手で握り、落としはしなかったが、悲鳴を上げ後ろに下がる。
「こ、このヤロウっ……」
「野郎じゃないよ、女だし。へへっ、小手ありだね」
アタシはそう言って笑う。
そしてガルパは、その挑発にあっさりと乗ってくる。
「ハッ、所詮は女ぁ! 軽いんだよ! そんな一撃でオレにダメージは与えらんねえ!」
確かに、魔鎧の右腕部分には傷一つついていない。だが冴えを効かせた一撃は衝撃が内部に浸透して、それなりに痛いだろう。
アタシの小手は骨に響いて痛いと、剣道部では評判だ。
ガルパはその右腕をブンと降って、魔剣を握り直し構えた。
本当にバカなやつ。問題はそこじゃないだろうに。
「……オレに、じゃなくて鎧に、でしょ」
「同じことだ、非力な女が! テメエの攻撃は通じねえ! わかったらさっさと死ね!」
馬鹿の一つ覚えで、ナントカブレードを放とうとするガルパ。
「小手ェッ!」
「ぐぅ!?」
今度はアタシから踏み込んで、技の出端を制した。
ガルパは再び右腕を打たれ、魔剣を振りかぶる事もできない。
「痛っ…」
「あら痛かった? ダメージはないんじゃかったの?」
「だ、黙れ、この、オンナ」
「小手ェェッ!!」
ゴィン!
戦いの最中に居ついてんじゃねーよ。
アタシは隙だらけのガルパに、さっきから全く同じ部分に小手をぶち込み続ける。
「ぐああっ……! テメ、もう、やめ」
「小手ェェェッ!」
「ひぃっ……」
「小手ェ! 小手ェェッ!!」
「ぎゃぁああっす!!?? それやめてぇぇぇっ!」
ゴィン! ガイィン! ドギィン!
右腕を庇って逃げ惑うガルパを、アタシはすり足で巧みに追い詰め、小手ばかりを連撃した。
ガルパもさすがに分かっているから、右腕を左手で抱え込むように守る。
そこでアタシはわざと正面から、大きく上段に振りかぶった。
「うおっ」
目の前で大きく振りかぶられれば、人間は本能で頭を守ってしまう。
ガルバも例に漏れず、左で魔剣を頭上に掲げてしまった。
そして隙のできた右腕に、アタシはまた。
「小手ェェェェェェッ!」
「もひぎゃあァアッ!?」
後で日々華に聞いたところ、この時のアタシはとても楽しそうに笑っていたらしい。
そういえば昔、部活のかわい子ちゃんな後輩が、外部のセクハラ指導者に手を出された時に。これと同じ事して追い出したなあ。
あの時は、見てた後輩たちに悲鳴を上げられて、怖がられたっけ。
「が、ガルパぁぁぁっ! おのれ、おのれ小娘ェェ……!」
観戦席でディードリヒが何か喚いている。
やーい、いい気味。
さて、そろそろマジで……
「きゃああっ!?」
突然、観覧席から女の子の悲鳴が響いた。
「ターニャ!?」
見れば、バルコニーにいたターニャ姫が宙に浮いて、結界の外、つまりアタシ達のいる闘技場側の空中で逆さ吊りになっている!
「なっ、なにが!? 姫様!」
「ロウナーッ……!」
ロウナーが、必死に助けようとバルコニーから身を乗り出している。しかし彼女の方は結界に阻まれ、外に出ることができない。
(これはっ……!)
ターニャを宙吊りにしているのは、人族には不可視の魔力だ。
アタシの中のアタシが魔力の発生源を確かめる前に、ターニャを掴んでいた魔力が消失する。
当然、彼女の身体は落下する!
「ターニャ!」
「まかせてッ!」
日々華が、アタシが駆け出すより早く落下地点に滑り込んだ。
さすが! 小柄なターニャの身体はがっしり受け止められて、彼女は傷ひとつ負うことはない。
「ナイス日々華ッ!」
「バカ、後ろッ!!」
バカって酷くない!?
なんて言ってる暇はない!
振り返ったアタシの眼前まで、魔鎧の身体強化能力をマックスにして魔剣に魔力を漲らせたガルパが突進している!
「ショック・ブレード・チャージィィィァァァ!!!」
もう許さん!!
アタシは剣を一閃、軌道はこれまでと同じ右の小手狙いだけど、より正確には鎧の防御力が低いであろう指先に向かって、剣を振り抜いた!
「小手ェェェッ!」
「ぐああぁぁあああああああっっ!?」
いかに特別な魔法の鎧であっても、指先までガチガチに固めるわけにはいかない。
アタシの剣は量産品の西洋剣だけど、相手を引き出し本気で打ち込んだ気体剣が一致した一撃は、魔剣の柄を握るガルパの右の指をニ、三本まとめて斬り飛ばした。
「ぎゃああっ……オレの、オレの指がっ……!?」
剣を落とし、吹き出す血にパニックを起こしてガルパは絶叫する。
アタシは落ちた魔剣を拾い上げた。
「ふぅん。うまく人族の騎士剣に偽装してるけど、これって災厄の魔剣だよね。こんなもの、どこで手に入れたの?」
「なっ……どど、どうしてその名を?」
痛みで判断力も無くしているのか、あっさりと馬脚を現すバカ。
「へえ。これが魔剣って知ってて使ってたんだ。王国の騎士様が、どういうことかな?」
「そ、それは……」
「魔剣って、人族に使える物なの?」
ざわり、と。
アタシの語る言葉に、周囲の人間たちに動揺が走った。
「魔剣……? 騎士ガルパ様が?」
「どういうことだ、魔剣っていったら、人族が手にしたら呪われるんじゃ……?」
「それに、さっきのターニャ姫……あれも、ガルパ様がやったのか?」
不穏な空気が場に広がる。
よし今だ。ここでコイツらの正体を——
「下らぬ戯言に騙されるなぁッ!」
ディードリヒが、叫んだ。
「ワシは見ておった。姫は興奮して、自ら身を乗り出して落ちたのだ!」
いやいやいや!
無理あるだろそれ!
結界をどう抜けたっつーの?
「それに、我が息子ガルパの剣は、断じて魔剣などではない! 我が一族に伝わる由緒正しき騎士剣である! その証拠に、ほれ、その小娘が平気で手にしておるではないかっ! 魔剣ならば、ただの小娘に持てるはずもない!」
アタシを指さしてがなり立てる。
語るに落ちるとはこのことだ。
「……あのさあ。あんた、アタシの事を魔族だって言ってなかった? 都合のいい時だけ、ただの小娘にしないでくれる?」
「黙れ! もしキサマの言う通りそれが魔剣なら、それを平気で握っているお前は魔族で確定という証拠なのだぞ!!」
あ。
……あ。
……アホかアタシぃーー!!
「……」
「……」
「きゃああっ、手が、手が熱ぅいッ!」
学芸会でシンデレラの乗るカボチャ馬車を演じきった自慢の演技力で、アタシは叫び声を上げて剣を落とした。
「……」
「……」
うん。なんだろうこの空気。
ちょっと待って。なんで日々華までそんな目でアタシを。
「ほれ、ガルパが魔剣など、小娘の戯言。皆の者は落ち着かれ——」
「決まりだな」
その一言は、氷よりも冷たかった。
絶対に、只の人には出せるはずもない声。
背骨の中、脊髄にドライアイスでも流し込まれたかのような悪寒が走った。
今は人間の身である、このアタシの体にも。
「やはり、お前が、そうだったか」
立ち上がり、その声を発したのは。
観戦席の玉座に座り、一連の戦いを見ていた『王』だ。
テンプレートな外見の、尊大な態度の王。
外見は変わらないのに。
その存在は、これまでとは明らかに違った。
「ひ……」
「ひ、あ……」
「う……」
見れば、王の近くにいた大臣たちや侍従たちは皆一様に腰を抜かして、倒れ、震えている。
「た、ターニャ姫……、に、逃げて下さいっ……!」
「ロウナー……こ、これはいったい……あの人は……お父様、じゃないっ……」
ターニャも闘技場の床に座り込み、真っ青な顔色で震えている。そしてそんな彼女を守ろうと、ロウナーは必死でバルコニーから降りようとしていた。
けれど、王の身体から溢れ出る……あれは瘴気だ。禍々しい力に圧倒され、ロウナーも立ち上がることもできない。
「お姫様ッ!」
日々華が叫んで、ターニャの前に立った。
距離的に王のいる観戦席からは離れているからか、まだ日々華は動けていた。
けれどその顔色は、ターニャと同じく青ざめている。
これだけの瘴気、いくら鍛えていてもただの人間に耐えられるはずがない。
「日々華ッ!」
けれど、アタシも動くことができない。
「……」
「……」
王が。
さっきまでアルレシア王だった者が、立ち上がってアタシだけをじっと見ているからだ。
「へ、陛下、いったい、どうされ」
「キサマの役割は終わりだ、醜いブタよ」
異様な空気の中。一人影響がない様子だったディードリヒが近づくと、王はその襟首を掴み、まるでゴミを投げるように無造作にブンと腕を振った。
「うおわっ!」
ドンッ!
ディードリヒの小デブの身体は、あっさりと防御結界を抜いて観戦席から飛び出し、闘技場の真ん中へと落下した。
「ぐお、あ……何を……王よ、いや……よ、話が、違うでは……」
今、王のことをなんて呼ぼうとした?
聞き取れなかった。いや今はそれよりも!
「ぱ、パパ……」
「が、ガルパ……」
ガルパが立ち上がり、ディードリヒの前に立っていた。
その手には、さっきアタシが芝居で落とした魔剣が握られている!
「ぱ、パパぁ……怖いよお、何これぇ……!」
ガルパが纏っていた鎧が偽装を解き、魔の本性を現し始めいた。
銀だった色は血の赤に変わり、メキメキと巨大な突起物をあちこちから生やし、そして体積を大きく増やして、ガルパの肥満体を呑み込んでいく。
「ガルパ! あああ! どうかお止め下さい……!」
「安心するがいい」
また、聞く者の血を凍えさせるが如き魔性の声を、王は発した。
「キサマの仕事は終わった。これは褒美だ、歪んだ愛を注ぎ増長させた息子の責を、ともに贖わせてやろう。〈怨霊合魔〉」
(あの魔法は!)
やっぱり、あいつ!!
「ギヤアアアア!!」
「パパァ! パパァァ!!」
魔鎧に乗っ取られ、さらに巨大に膨れ上がったガルパの身体が、ディードリヒまでも呑み込んだ。
そして、魔剣までも取り込み、魔物は真の姿を現す。
「そうか……そっちに魂、移されてたのか……」
さすがに、もう忘れたままではいられない。
アタシは魔王であることを思い出して、元の五倍以上に巨大化した目の前の怪物に向かって、声をかけた。
「デュラ坊。可哀そうに、今アタシが助けてやるからな」
グオォォオオオオオオン!
デュラハーン変異体、〈ディザスター・アーマー〉が咆哮をあげた。