桜雲が
本当は会いたくなかったし、行きたくなかった。
彼と会ったら、決心が揺らいでしまいそうで。
それでも、もうこのチャンスを逃したら、次はないと思ったから、わたしは今日彼に会う。
この気持ちに区切りをつけるために、想いを告げる。
そう決めたら、なぜかはわからないけど、桜色の着物を選んでいた。
♢♢♢
「もう桜は散ってしまったと思ってた」
思わず声をあげてしまうくらいに、彼が案内してくれた素敵な場所は素敵だった。
道の両脇にたくさんの花びらをつけた桜が、どこまでも並んでいる。本当に綺麗だ。
「どう?綺麗だろう」
そう誇らしげに言う彼を、愛おしいと感じてしまった。
わたしは居候の分際でありながらも、彼の事を好きになってしまった。
わたしの事を何も知らないのに、怪しい人かもしれないのに、拾ってくれた。
名前がないわたしに名前をつけてくれた。
忙しいのに、わざわざ綺麗な桜を見せたいがために、わたしのために時間を作ってくれた。
わたしの料理を美味しいと言って、たくさん食べてくれた。
どんなに意地っ張りで可愛くないことを言っても、こうして許してくれた。
ほんの数日一緒にいただけなのに、好きになるきっかけはたくさんあって、こうして好きになってしまった。
困っていた時に優しくされて、それを恋だと勘違いしているのかもしれない。
それでも、わたしはわたしの想いを信じたい。
「ごめんなさい。意地っ張りで、昨日はあなたを困らせてばっかだった。あの綺麗なお見合い相手に嫉妬していたの。
わたしは、居候で身分も財産もないどころか、自分の記憶すらないけど、どうやらあなたのことが好きみたい。来年の桜もあなたと見たい」
そう伝えた時、彼は満面の笑みを浮かべて、もちろんと頷いた。そして、触れるだけの軽いキスをそっとした。
彼と過ごした日々と、この美しい桜並木を彼と歩いた事だけは絶対に忘れたくないと思った。
「いつから僕の事を好きになったの?」
「それがね、わからないの。気付いた時にはもう好きだったの。あなたは?」
「いつから好きだったのか忘れてしまうくらい、前から君のことが好きだよ」
「わたしたち出会ったばかりなのに、変なの」
「君はどうにも徒桜のようだけど、これからはずっと傍にいてほしい」
「嫌と言っても離れてあげないんだから覚悟してね!あ、でも家族は大切にしてほしいな」
「それは大変だけど、でも君が一緒なら頑張れそうだよ」