桜雨と
昨日の雨で、せっかく綺麗に咲いていた桜が散ってしまった。
まるでわたしの心みたいに。わたしが彼にふさわしくないとでもいうような雨に、桜も私の心も散ってしまう。
気付きたくなかった。だけど気付いてしまった。
彼とわたしでは身分も何もかもが違う。
彼はいいところのお坊ちゃまで、わたしは身分も財産も、あまつさえ自分の記憶すらない、
彼は優しいから、道端に落ちてたわたしを拾って、記憶がないからわたしをここに住まわせてくれてただけ。
それでも、彼の優しい笑顔と声を忘れられない。
今だってそう。ずっと優しく声をかけてくれる。ただ、わたしにはそれに応える勇気も覚悟もない。
でも、あまりにも哀しそうな声をするから思わず返事をしそうになる。
「桜子、お願いだから顔を見せてはくれないか?顔を見て話したいんだ」
「わたし、ここを出て行こうと思います。あなたにお世話になりすぎた」
彼とカヨさんが息を呑む音が聞こえた。
心優しい彼はきっと心配しているのだろう。右も左もわからないわたしが、ここを離れて一人で暮らすという状況に。でもわたしは知っている。女性だって一人で暮らせるということを。
「あなたは知らないと思うけど、わたしは女性一人でも暮らせると思うの。まだしばらくはここにお世話になっちゃうかもだけど、どこか働き場所見つけて、自分でなんとかする」
「君は何が不満なんだ!もうお見合いは断ったし、母も妹も、もうここには来ないだろう」
ただの居候であるわたしのせいで、彼が家族も何もかも失ってしまうのは耐えられない。
「わたしはあなたにとてもお世話になったし、感謝してる。でも、わたしはあなたに何もしてあげられない。それにわたしのせいで、あなたが何もかも失ってしまうのは、とても嫌なの。だから 」
「もうわかったから、それ以上言わないでくれ。明日もう一度頭を冷やして話し合おう。
良い場所を知っているから、そこに行こう。外だけど、きっといい気分転換にもなるだろうし。もう一度よく考えなおしてほしい。僕の気持ちもわかってほしい」
「わかってる」
「お願いだからここにいてほしい。今日は肌寒いから、暖かくして眠るんだよ。おやすみ」
「うん。おやすみなさい」
彼は優しくて、残酷だ。だから、わたしは勘違いしてしまいそう。