朝桜は
「おはよう。今日は何か予定でもある?」
記憶もない居候の分際で予定もなにもない。
そう思って首を横に振ると縁側に連れ出された。
「見て。桜がだいぶ咲いてきたんだ」
「ほんとだ!桜の花びらが朝露に濡れて、綺麗!」
「本当にね」
イケメンのお家には1本の桜が咲いている。1本だけど、存在感があって、満開じゃないのに美しい。
わたしがここで拾われた時はまだ蕾だったのに、もう綺麗に咲き始めてる。
彼と出会ってからまだ少ししか経っていないはずなのに、まるでずっと昔から一緒にいたことがあるみたいな気分になる。
「ねね、わたしたち、まだ出会ったばかりだけど、なんだかずっと一緒にいたことがあるみたいじゃない?」
なんて冗談めかして言ったら、途端に彼の瞳が濡れているように感じた。
どうしたんだろう。冗談でも嫌だったのかな。
「そんなことより、あなたは今日用事ないの?いつも忙しそうにしてたじゃん?」
わたしと彼の間に流れた、不思議な空気を変えるために、新たな話題をふる。
でも、これはずっと気になっていたことだ。
わたしはこの家でお世話になるようになってから何日か経つけど、彼の事を何も知らない。カヨさんは若旦那様と呼ぶから、名前も知らない。なぜだかわからないけど、自分から聞くのが憚られる。今までそんなことなかったのに。
それに、職業も知らない。でも、いつも和服を着ているから、華道とか茶道とか呉服屋さんなのかなって勝手に思ってる。家のつくりもすごく和風だし。
「今日も用事がある。ただ、朝桜が綺麗で、君にも見てもらいたかったから」
「そう。忙しいのにありがとう。桜、とても綺麗だった。もう少し咲いたら、お花見でもしたいね」
「そうだな」
彼はなんだかんだ言って優しいのだ。どうして見ず知らずのわたしに、こんなに親切にしてくれるか、いつも不思議でたまらない。
「いつもありがとう」
「急にどうしたんだ。何か変なことでも考えているのか?お願いだから、ここで大人しくしていてほしい」
「別に何かあったわけじゃないけど、ただお世話になりっぱなしだから、お礼を言っただけ。わたしはそんなお転婆じゃないし、きちんと大人しくしてるから、早く帰ってきてね」
「もちろんだ。行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ここ数日で分かった事だが、彼はとても親切で過保護だ。
本当は外に遊びに行きたいけど、優しいから大人しく待っててあげる。