8
晴れやかな朝で、柔らかい日差しが坂を照らしていた。昔、坂を登るときは、この先になにが待っているんだろうと思った。だが、もう今では慣れてしまった、ただの坂だ。
先になにが待っているかなんて、わかりきっている。昔は、なんて考えることがある。昔のことばかり思っているのは、今と未来が不安な時だけだ。
朝の光は目が焼けそうになるくらい眩しかった。
だが天気とは対称に、俺の気分は憂鬱だった。カナンからの返信は無く、スカイプや電話にも出なかった。女々しい奴だ、なんて自分のことを嘲った。
きつい坂をゆっくりとのぼると、急に後ろから肩を叩かれた。振り返る。
茶髪に黒と金の瞳が眩しかった。陽で金色の瞳がきらりと光る。
「おはよう、ヒロ!今日は快晴じゃのう!」、カナンはいつもと変わらない笑顔で、俺に話しかけた。
「カナン、あのさ。昨日のことなんだけど」
「昨日のことは昨日の事じゃ。そんなことは忘れて今日を楽しもうぞ」、カナンは笑っていた。
「もしなにか、困ってることがあったら力になるから」、俺はそれだけしか言えなかった。
「私はなにも、困ってなんかないよ」、カナンは仮面のような笑みを浮かべた。
「私?」
いつもわらわなんてふざけていたカナンが、はじめてわたしと言った。たぶん、はじめて本当のカナンを見ることが出来た。その表情は、氷みたいに冷たい。
「忘れて」
そしてカナンは坂を誰よりも早く駆け上がっていった。
「待てよ!」、俺は走りながら叫んだ。
叫び声すらカナンに追いつかなかった。昼休みがやってきた。カナンは関わりたくないみたいに、どこかへ消えていて、川中は興味ないみたいにスマートフォンを触っていた。隣の結城は、俺に話しかけてきている。
「あれから、あんたらどうしたの?」
「俺と二階堂でカナンをなんとかする話をしてたよ」
「そう。あんたら意外と優しいんだね。もっとドライだと思ってたよ」
「それは酷くないか?」
「で、どうすんの?」
「カナンに理由を聞きたかったんだけど、朝は答えてくれなかったし、今はいないし。話したくないみたいだ」
「頑張りなよ。あたしも手伝うからさ。ダチのことは見捨てんなよ」
結城は俺にウィンクを飛ばした。評判とは違って、凄くいい奴だ。
放課後、俺たちは部室に集まった。俺と、二階堂と、月波と、結城がいた。カナンはいなかったし、捕まえることも出来なかった。二階堂は本を読んでいて、月波はスマートフォンを触っていて、結城はイヤホンをつけていた。
俺は立ち上がって、話を始めようとした。
「なにか、考えてきたんでしょう」、二階堂が腕を組んで言った。
「これから皆で考えるつもりだったんだけど」
「あなたはどうやるつもりなの?」
「それはまだだけど。カナン、電話にも出なかったし朝も俺の話をはぐらかしてきたし」
「あなたがどうしたいのかさっぱりわからない。目的だけじゃなにも出来ないわ。方法を考える必要があるのに、あなたはまだなにひとつ考えていない」
「ごめん」、俺は小さくなって謝った。なんだか、気が動転していた。自分の問題より、他人の問題を考えている方が嫌な気分になることがある。それが今だった。
「時間もあったのに、なにも考えてないのはおかしいじゃない」、二階堂は確実にいらついていた。すいません。いや本当にすいませんでした。
「ちょっと、もういいじゃん。昔のことより今のことでしょ」、結城が俺に助け船を出した。
「はぁ、そうね。で、理由を聞き出せないのは問題よ。理由がわからないのはどうしようもない。なんで、そういう風になるの」、二階堂はじとっとしめった目線を俺にくれた。
はい。すいませんでした。心の中で土下座した。そして実際に頭を少し下げた。
「あんたと同じぐらい皆が出来ると思わない方がいいよ」、結城は二階堂を睨んだ。
「私と同じぐらい出来て貰わなければ困るの」
そうして、二階堂は結城をにらみ返した。視線のレーザービームがばちばちと飛び交う。
「ねぇ、皆落ち着いてよ!そんなことよりやることを思いだそう!?ね?」、月波が皆をなだめた。二階堂と結城は犬猿の仲だから、月波は二階堂との板挟みで肩身が狭いだろう。
「あなたの言う通りね。不良に構っていては時間が足りないもの」
「とうかちゃん、ね?」
月波が謎の威圧感と暗いオーラを出した笑みを浮かべて、二階堂を見つめた。
「わ、わかったわ」、二階堂はひきつった顔を浮かべた。キレてる川中にも引かない奴がびびってやめるってどういうことだよ。
俺は咳払いをした。この二人を放っておくといつまでも喧嘩しているし、なだめ役として俺は力不足だから、彼女がいるとありがたい。自分の正義を持つ二階堂と結城を止めることが出来ないから。自分の正義を持っている人は止めづらい。二階堂は正義を信じているから、不良の結城が嫌いだ。結城は見下してくるし、金持ちで上流階級の二階堂を嫌っている。
「まず俺としては、理由を聞き出すことを最初にやりたいと思う。それで方法の話なんだけど、カナンは話そうとしてない。そこで皆でそれとなく聞いていく感じにしたいんだ。ガールズトークとかもあるし。男には話しづらいことかも」
「で、あんたは」
「あなたは」
「矢神君は」
「なにを?」、全員が一緒になって聞いてきた。
「役立たずでごめん・・・・・・」、俺はうなだれた。いや、本当にすいません。何回謝ってるんだろうな、俺。余計気分が落ち込んできた。
「私は小さい頃から、困った人を見たら助けろ、自分の道を貫け、人に優しくしろとおじいさまに教育されてきたの。おじいさまには、それがたとえ命に危険があったり、家が傾いたりしても一度決めたならそうしろと言われてきた。私はカナンとあなたを助けるわ。絶対に見捨てない」
「ありがとう。俺なんかにこんなにしてくれて」
「あなたじゃない。カナンのためよ。そんな顔してたら、見放すわけにはいかないもの」
「とーかちゃんかっこいー!」、月波がはやしたてた。
「う、うるさいなぁ。口から出ちゃったんだからしょうがないじゃない。それより、思いついたの?」
俺は首を横に振った。急な話題転換に巻き込まれた。いや、そんな短時間で考えられるわけないでしょ!完全に俺のこと誤魔化しに使っただけだよね?
「矢神君がしっかりしてないのなら、私がやる」
「って言ったって、なにすんの?」
「彼女の友人や同じ中学、小学校の人間がいないか確かめるべきね。なにか知っているかもしれないわ」
「って言っても、知らなかったらどうすんの?まず見つけるのも大変そうだけど」
「でも、やるしかないわ。矢神君、私に着いてきなさい。聞いて回るわよ」
俺たちは外に出て、階段をしばらく下りたあたりで二階堂が立ち止まった。
「あなたと二人っきりになった理由、教えてあげる」
二階堂が窓から校庭を眺めていた。そして俺の方を振り返った。え?なになに?もしかして告白されちゃう?俺舞い上がっちゃってもいい?冗談です。
「結城がいると、口論になってしまうもの。だから月波に任せて、私はあなたと話をする」
なんとなく俺が落ち込んでいると、二階堂は首を傾けた。
「あなたは、カナンと仲がいいのよね?」
「そうだけど」
「あなたはカナンと一番の親友?一番接触時間が長いという自信はある?」
「一番かどうかはわからないけど、たぶん長いと思う」
「カナンの友達は誰がいるか知ってる?」
「俺、月波、結城、それに二階堂。あいつは友達が多いから、わかんないけど。花田とか、山村とか。川中も昔知り合いだったみたいだ。たぶんもっと沢山いるかもしれない。でも、カナンは人当たりがいいから友達は多いだろうけど、たぶんあんまり自分のことを話さないと思う」
「わ、私?そ、そう」、二階堂が顔を赤く染めた。友達って言われるだけで照れるなんて、結構照れ屋さんなのだろうか。陶磁器に、朱を落としたようだ。
「でも、元々は月波が目を隠したのが原因だから、月波は知らなかったことでいいんだよな。川中もあの感じじゃ、知らないっぽいし」
「友達が無理なら、先生に聞くしかないわ。保健の先生と担任を当たってみましょう」
俺たちは学校の中を移動して、保健室についた。保健室の先生はそれを知らなかった。だけど楠先生を見つけることは出来た。赤い眼鏡に、癒やし系の雰囲気を出している人間を探せばすぐだ。職員室の華になっている。
楠先生はコーヒーの缶を机に置いて、なにかの書類を片付けていた。二階堂が先生、と声をかけると、はいと振り向いた。
「楠先生。柊カナンさんの目について、なにか知っていることはありませんか?」
二階堂が真剣な表情で言った。
「あー、柊さんね。彼女のコンタクト、度付きらしいですよ。確か右目だけすごくきつい度付きだったと思います。他は知りません」
「本当に、他のことは知りませんか?なにか過去にあったとか、精神科医に通っているとか、そういうことでもいいんです。彼女と同じ小学校とか、中学校の人はいますか?」、強く詰問するような口調だ。どこか焦っているみたいに。
「しっ、知らないですよぉ。それ以上はなにも知りません。それに、同じ小中の人はいないと思います」
楠先生は慌てるように手を振った。二階堂はしばらく先生を見て、ため息をついた。
「そうですか。そういえば、部活存続に必要な人数、集まりました。ここにいる彼と、柊カナンさんと、結城レオさんです」
「集まったんですか!それはよかったです・・・・・・え?結城さん!?」
「ええ、そうなります」
「ちょっとちょっと!無理ですってぇ!学校で二番目に怖い人じゃないですかぁ!」
結城は学校一番の不良で、二番目に怖い人として有名だ。一番怖いのは、まぁ言わなくてもわかるだろう。
「頑張ってください。私も頑張ります」
「とうかちゃぁん、見捨てないでぇ・・・・・・」
ほとんど先生は泣きかけていて、二階堂の袖を掴んでいる。二階堂は先生の手を取って、握った。
「先生、大丈夫です。大丈夫ですから。それでは」
俺たちは職員室を後にしたが、先生のうめき声が聞こえた。
「あの人、顧問だったんだ。知らなかった」
「彼女、頼りないけどいい人よ」
「見ただけですっごくいい人そうに見えるよ。でも、二階堂もいい奴だよ。俺を助けてくれて、ありがとう」
二階堂は急に速度を上げて俺の前を歩き始めたが、耳が赤くなっていた。
「おじいさんが私にそう教えたのよ」
「二階堂のおじいさんっていい人なんだな」
「私に全てを教えてくれたわ。勉強、礼節、作法、思想、運動、プレゼント、なんでもつきあってくれた。でも、もう死んでしまったけど」
「ごめん、なんか悪いこと聞いた」
「もうだいぶ昔の事よ。もう気にしてないわ。それより、おじいさんの蔵が誰かに、数年前に燃やされたことのが頭に来るわ」
「燃やされた?蔵ってことは、いろんな物が入ってそうだ」
「遺品や蔵書、古物、歴史的な値打ちがあるものがあったけど、もうダメね。焼けてしまった。犯人はわからずじまい。警察も探偵も役に立たなかった。けどいつか絶対見つけてみせるわ」
「そのときは、俺も手伝うよ」
「ありがとう」
しばらく二階堂は歩いていたが、急に止まった。そして、俺の方に振り返った。
「私、月波から友達を作れと言われているの。でも、私、人にあたりが強いし、思ったことを言ってしまう性格だから、友達はあまりできなかったし、今になってしまった。女は私に対して敵意を持っていたし、男は私に対して下品な対応ばかりしてきたの。最初から、女を狙って近づいてくる男なんて大嫌いよ。品性がないわ。あなたはそういう所がなくて。私とあなたってもう友達かしら?」
いつもの毅然とした態度とは違って、少しおどおどしたような、そんな上目遣いの表情だった。
「ああ、友達だろ。そんなこと聞かなくても」
「そ、そうね」
二階堂はまた前を向いたが、耳が赤くなっていた。二人は部室まで戻ってきた。他の三人は部室で思い思いのことをしていた。結城はイヤホンで音楽を聴きながら、勉強をしていた。月波はスマートフォンで流行のゲームをやっていた。
「カナンのカラコンは強い度がついてるって先生が言ってたけど」、俺は皆に言った。
「は?それだけ?」、結城が驚いたような顔で言った。
「待っていただけの人に言われたくないわ。保健の先生は知らないと言っていたし、彼女の担任はそれしか言わなかった。いままでにわかったことは、暗闇へのトラウマ、片目のカラコンは度付き、つまり片目だけとても目が悪いことね」
「あれだけ驚くんだから、そんなことだけじゃないんじゃないの?」
「たぶんそうでしょうね」
その後もそれなりに話し合ったが、特に何も決まらなかった。俺は残念ながら有能ではございませんし、二人は衝突し合っている。もうちょっと俺もいろんな能力が欲しかった。テレパスとか。それがあれば、テスト勉強だってしなくても済むのに。
「もうこれで今日は解散よ。鍵はこちらでやっておくわ」、二階堂が呟くように言った。
今日はこれで解散になった。俺は部屋を出て、歩き始めた。そのまま帰ろうとして下駄箱で靴を出していると、外で金の髪が揺れているのが見えた。
結城に追いついて、後ろから声をかけた。
「結城、もう帰りなのか?」
「ん?そうだけど」
「坂の下まで一緒に帰らないか?」
「いいよ」
校舎を出て、坂を下り始めた。空が赤く染まり始めている。
「あんた、カナンの彼氏なの?」、結城が言った。
「いや、か、彼氏って。全然違うし!」、俺はちょっとどもってしまった。いや、普通にその勘違いはおかしいでしょ。
「へぇ。仲よさそうだったからそうだと思ってた。あんたは結構いい奴だよ。中学の連中とは違う」
「そりゃどうも」
まだ坂を下っていた。いろいろなブランドショップが建ち並んでいる。そこの歩道橋に上って、結城は歩道橋に背をもたれかけさせていた。そして煙草を取り出して、口にくわえた。
「煙草、吸うのか?」
「うん。まぁね。地元じゃ皆吸ってたよ」
「先生や生徒に見つかるぞ」
「いいよ、そんなの」
「体に悪いよ」
「わかってる。だけど、ここならきっと味がいい気がするんだ。あれ、ライターどこやったか忘れちゃった」
結城は口で煙草を動かしながら、鞄を開けた。俺は下を歩いている人達を見ていた。
急に帰る人の中に、体育の西川先生を見つけた。バスケ部の顧問で、痩せていて、身長が高い。結城に言う前に、先生がこちらを見あげた。
俺は結城にぎりぎりまで近づいて、結城の両手を掴んで、背で隠した。結城の口からぽろりと、煙草が落ちた。結城の顔がほんの鼻先にある。
「あ、あんたなにを!」
結城の顔が真っ赤になっていて、たぶん俺も赤くなってることがわかった。顔が熱い。
「ご、ごめん。体育の西川がいたんだよ」
急に酷いクラクションが響いた。クラクションの方を見ると、車の上に結城の鞄が乗っかっている。
うわ、鞄まで落としたのかよ。手でやればよかったな、なんて考えていた。
すると歩道の方に、カナンが鞄を落としてこちらを見つめているのが見えた。カナンが自分の鞄を拾って、駆けだしていった。
「おい、カナン!」、俺は叫んだ。
「あたしって、なんでこんなにタイミングが悪いんだろう」
結城は手を頭に当てて、うなった。車に乗っていた人間が、車から降りてきた。
「おい!なにしてくれてんだ!俺の車を傷つけやがって!」
男が歩道橋の上の俺たちに叫んできた。ちょっと柄が悪い人の車に落としてしまったみたいだ。
「なにやってるんだ!結城!矢神!謝れ!」、西川が叫んだ。
くそっ。なんで両方に怒られなくちゃならないんだ。どっちか一人で充分だろ。
「すいません!」、俺と結城が声を揃えて叫んだ。
そのあと西川と男に散々怒られ、二人とも平謝りをして、ようやく解放された。煙草には気づかれなかったみたいだ。
「もう、あんたのせいで散々じゃん」
「西川がいたんだよ」
「はぁ、ほんとにタイミング悪いね。カナンもどっか行ったみたいだし」
「あ~。もうなんとかならないのかな」
「ま、明日があるって」
結城は俺の背中を強く叩いた。また歩道橋の上に戻って、たそがれている。もう煙草をくわえてはいない。あたり一面が茜色になっていた。道路までが茜色になったかと錯覚するほどの、眩しさだ。
「なぁ。噂って本当なのか?不良だったとかさ」
「まぁ、たいてい本当なんじゃない?ノーヘルで無免でバイク乗ってたこともあるし、チェーンもいつも持ってるよ。昔、不良だったんだ。ま、今でもそう言われてるけど。でも、チェーン使ったのはダチを妊娠させて、堕ろさせた上に捨てた男を殴ったときだけだから」、結城は頭をかいていた。かける言葉を考えていたが、やめた。ちょっととんでもなく酷い奴が話に出てきたから、一瞬戸惑った。
「実際、結城がなにしててもいいんだ。ただ気になっただけだよ。もし嘘だったら結城も困っただろうし」
「不良っていうとさ、皆見下してくるんだ。こういう頭のいいとこだとね。不良の方も、頭のいい奴を見下すからあんまり変わらないけどさ。どっちにもいいとこも悪いとこもあるんだよ。しかも、不良なんて言われる奴らはたいていさ、元々そういう育ちなんだよ。頭のいい奴の育ちと同じように。それを二階堂はあたしのこと見下すし、腹立っちゃってさ。あたしも、あいつも、子供っぽいよね。たぶんあっちもわかってるけど。あたしだって勉強してここに来たんだけどな。港区の不良ばっかの中学のとこからさ」
「港区からここまで?大変じゃないか?」
「いい学校、全部東の方か市外じゃん。来るのにはバイク使ってるんだ。結構いい奴。夜中走らすの、楽しいんだよ」
「警察とかは大丈夫なのか?」
「警察なんて怖くないよ。せいぜい補導だし。ナイフなんか出してこないし、あのナイフ男のがよっぽど怖いよ」
「でもあいつのこと殴ったじゃないか」
「つい手が出ちゃった。二階堂がいなきゃ、あたし殺されてたかも。でも冷たい人間が、あたし嫌いなんだ。あたし、カナンのことなんてついちょっと前に知り合ったぐらいだし、全然知らない。だけど、あんな顔見せられて放っておけるわけない。消えたクソ親父とか地元の奴とか見て、思ったんだ。あたしは人に優しくしてやろうって。不良だったんだしさ、ハートぐらいしか取り柄ないし!」
結城はほとんど叫ぶように言った。そして膨らんだ胸のあたりを叩いた。
「女はハートで勝負、ってね」、結城はウィンクをしてきた。結城の顔が夕日を背にして、輝いている。金髪に夕日が強く反射して、まるで後光みたいだった。
「結城って、凄いな。俺なんかよりよっぽどしっかりしてるし。俺なんかあれだけカナンと話してたのに、全然そんなことあの日まで知らなかったんだ。しかも、これがありがた迷惑だったらどうなんだろうって思ってしまう」
「あんた、落ち込みすぎだよ。今はどうにもならないことでも、いつかよくなることだってある」
「そうだけどさ。今何とかしてやりたいんだ」
「あたしは、そういうの嫌いじゃないよ。ダチや女のために何かしてやろうってのはいいことだ。見捨てるなんてもってのほかだよ」
「どうすればいいんだろうなぁ・・・・・・」
「あたしは勉強頑張っただけの馬鹿だから、そういうのは疎いけど。二階堂ならよく知ってると思うんだ」
「二階堂は確かに手伝ってくれる。だけど川中は、精神科医の仕事で俺たちはなにもしないほうがいいって言うんだ。たぶんめんどくさいから言ってるのもあるんだろうけど」
「でも、周りの人も大切だってきいたことあるよ、そういうの。それじゃ、あたしバイクだから。じゃあね」
結城が背中を向けて、別の方向へ行った。俺も帰ることにした。夕暮れがずっと星ヶ丘を包んでいた。




