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星に、願いを。  作者: 桜花陽介
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7

学校を出て、坂を下って右に曲がると、ボウリングとビリヤードの複合レジャー施設がある。星ヶ丘ボウルだ。


受付を済ませた俺たちはビリヤードの方に入った。すると、同じクラスの奴らがビリヤード場にいた。柄の悪い奴らだ。川中が中心のグループで、こいつはナイフや斧をいつも持ち歩いている。台が隣になってしまった。


「お前そいつらと知り合いだったんだな」、川中がにやつきながら話しかけてきた。あまり話しかけてほしくなかった。一年の時、学園祭の仕事をさぼっていたのを見かけて、注意したことがある。その時も、揉めに揉めた所をカナンに助けてもらった。


「今日部活で一緒になったんだ」


「へぇ、どんな部活だよ」


「天文部」


「とっくの昔に潰れてるんだと思ったよ」、川中は鼻で笑った。


「残念ながら、あなたみたいな人が望むように世の中うまく回らないのよ。ちんぴら君?」


二階堂がその言葉にむっとしたのか、いらだった口調で俺の前に割って入った。


「おれが?やりたいようにやってるだけだ」


「そういう、刃物を振り回して、相手の上に立ったと思ってる幼稚な精神性のことを言ってるのよ。それに、やりたいことをルールもなしにやっていることが」


川中が折り畳みナイフをはじき出した。そして、自分の首に当てて、切れない程度に軽く引いた。こういう風に使う刃物は見たくなかった。記憶の棘が脈拍を早める。


「相手の上に立つときにこんなものはいらねぇよ。それに、社会なんて滅びちまえばいい」、そしてナイフをしまった。二階堂の目つきが氷みたいに鋭くなると、それに反応して川中の目がぎらりと獣みたいに光った。


「あーあー、あんなお坊ちゃんだったおぬしがそんな悪ぶったってかっこつかないのじゃ」


カナンが割って入るように、声を出した。川中はそちらを向いて、その殺気を消した。


「そういうお前こそ、それ似合わないんじゃないのか」


川中は自分の右目を指さしたあと、カナンの金の目を指さした。


「その話はなしって言ったよね」、カナンが不機嫌になって、いつもの口調がなくなった。シベリアの凍土みたいに冷たい声。


「はいはい。ああ、エアガン返してくれよ」


カナンが部室で持っていたエアガンを渡すと、川中は台に戻った。俺はほっとした。あいつを止められる奴がいたなんて驚きだ。


「あいつと知り合いなの?」、結城がカナンに聞いた。


「小学校のときの遠い知り合いじゃ。まぁ今はほとんど関係ないがの」


気を取り直して俺たちはビリヤードを始めたが、ビリヤードは難しかった。まずキューが球にかすらない。カナンはうまくやっていた。二階堂は別格で、二階堂だけでゲームを終わらせようとすることが何度もあった。


勝ち誇った顔で、胸を張っている。俺と月波と結城は下手で、何度もキューが空を切った。

月波はむくれて、椅子で休憩してほおを膨らませていた。結城はキューを振り回して、なんであたんないの!と叫んでいる。


月波が立ち上がって、今打とうとしているカナンの後ろに回った。


「えへへ、だーれだっ!」、月波がほほえみながら、カナンの目を両手で後ろから覆った。


 それは重大なミスだった。そのあと何週間にもわたる問題の幕開けだった。青春の難問がそこで形となって表出したわけになる。それは、目を覆う、ほんのささいなおふざけだけで現れてしまった。


「やだ、いやだ!暗いよ!暗い!見えないのはいや!やだぁ!」、ホールが割れんばかりの唐突な叫び声。


カナンがキューを持った両腕を振り回し、月波を突き飛ばした。川中にカナンのキューが当たって、飛び退いた。月波は尻餅をついて、あぜんとしている。


カナンはふらふらとしたまま走り出して、ビリヤードの台に当たって、転んだ。


「すげぇヘッドスライディングだ。MVPはいただきだな」、川中がにやついていた。


にやついているのは川中一人で、他の全員は唖然としていた。カナンがふらふらと立ち上がって、辺りを見回した。


「え、えへへ。今のは、その、封印された妖怪の真似をしてみたんだ」


カナンは無理をした堅い顔で、笑った。そしてうつむいて、顔に影が走った。


「ゴメン。もう帰るね・・・・・・」、カナンは駆けだした。


「おい、待てよ、カナン!」、俺は叫んで、カナンを追った。 ボウルの外に出たときには、もう見えなくなっていた。足が速すぎる。映画みたいにどこの角を曲がったか、そんなことなんてわかるわけがない。


仕方なくビリヤードに戻った。月波はまだ尻餅をついたままだった。二階堂はキューの底を地面に落として、立ち尽くしている。結城は首をかしげていた。ホールにいた高校の知り合いも全員が、時が止まったように、カナンが逃げていった方を見つめている中、川中だけはボールを突いていた。


「うるせぇ奴だ。お、球入った」、川中が呟いた。結城がキレて、川中に掴みかかった。


「あんた、酷くない!その人をゴミみたいに扱う態度はなんなの!?女に酷い男なんて最低だ!」、結城の目は見開かれて、顔が真っ赤になっている。


「あいつにキューではたかれたんだぞ。お前どうしてそんなにキレてんだ?生理か?」、川中は人を馬鹿にしたような顔で笑っている。


「笑ってるのは、あんた一人だろうが!」、きついパンチが川中を襲った。つい手が出てしまったのだろう。川中は頬を撫でて、笑みを消した。


川中が結城の後頭部に両手を回して、すぐに後ろに引いて放り投げた。結城はわけがわからず、転がって、尻餅をついている。川中が結城をぎろりとにらみつけた。川中の手がぶるぶると震えて、呼吸が荒く、目を見開き、顔が真っ赤になっている。口を切ったのか、歯が赤くなっている。血の混じった唾を吐き捨てた。


「おれを殴ったな」、川中が警棒をはじき出した。そしてナイフを取り出して、左手にナイフ、右手に警棒を持った。


やばいやばいやばい、結城を殺す気だ!


川中が結城に向かって歩き始めた。二階堂が結城の前で、急いでキューを槍のように構えた。


「やめなさい!」、二階堂が叫んだ。


「おれに勝てるとでも?その構え、なんかやってるのか?」


「二階堂流よ」


「聞いたことねえな。まぁ、しゃんとしてるな。槍か棒かどっちなんだ?」


「お家に伝わるものだから。いろいろね。あなただってそんなものを持ち歩いてるんだから、自信があるんでしょう。だったら、あんなぐらいたいしたことないはずよ」


川中は深呼吸をした後、息を吐いた。


「その通りだ。今のはたいしたことないびんただった」、川中は武器をしまいビリヤードに戻った。二階堂は構えをといた。二階堂も手が震えている。そしてため息をついた。


「こ、怖かった。殺されるかと思った。目が完全に人殺しよ、アレ」


「あたし、帰る」、結城は荷物を雑に持ち上げ、場を後にした。


「ごめん、私も」、月波も荷物を持って駆けだした。


残されたのは、俺と二階堂だけだった。二階堂の眉が下がり、川中をにらんでいた。


「くそ、頭がだんだんおかしくなってる」、川中は呟いて、台に座った。


そして、またビリヤードを始めた。川中の仲間は、顔を引きつらせていたみたいだが。俺と二階堂は顔を見合わせた。


「ねぇ。あなた、なにか知っているんじゃないかしら。昔の知り合いだったんでしょう」、二階堂が聞いた。


「世の中のほとんどはどうでもいいことと、どうにもできないことばかりだ。他人の出来事は、両方だな。そしてあいつのことはたいして知らない」


突かれたボールがものすごいスピードでぶつかって、ボールの集団が弾けた。


「どうでもいいことなんかじゃない。俺にはなにがあったかわからないけど、俺はカナンのことなんとかしてやりたい」


「私も、部の存続の恩義があるわ。それを仇で返すわけにはいかないでしょう。私は困っている人を放っておけるほど冷たくないわ。ノブレスオブリージュよ」、二階堂が川中の白球を穴の中に捨てた。


川中はため息をついて、キューを台の上に放り捨てた。


「お、おい。やめろって。刺激すんなよ」、川中の仲間が俺たちに言った。二階堂はキューを持ったままだった。たぶんまだ警戒しているのだろう。


「どうしておれは殴られた上責められなきゃならないんだ?ありゃPTSDだろ。他人がどうにか出来ることじゃないだろ」


「できることだってある。やる前からあきらめるなよ」


「本人は触れられたくないことかもしれない」


「言えなかっただけかもしれないだろ」


「おれにそんな余裕はない。家には四千万の借金があるんだ。借金取りのやくざも来た。しかも今おれは不眠症で、苛つきやすい。だからあいつのこともどうでもいい」


笑いながら言っているが、これは俺や、金持ちである二階堂への当てつけだ。それに、苛立たせるなと言う脅しも含まれている。二階堂は目を泳がせ、戻した。


「あなたの性格や行動を他人のせいにしないで。そういうの、私は大嫌いなの。私はやるわ。まだほとんど彼女のことを知らない。けど、彼女は月波の友人よ。なら、私はやるわ」


二階堂は俺たちの前に立って、真剣な目をした。様になる。俺はうなずいた。


「犯罪科学も知らないのか?人格のほとんどは他人が作り上げた物だ。法、道徳、倫理。お前が作った物じゃない」、川中は呟いて、キューと白球を拾ってまた使い始めた。


「彼女は暗さと見えないことをいやがっていたわ」


「暗いところに閉じ込められたとかか?虐待された奴とかでよくあるだろ」、川中がビリヤードをしているまま答えた。


「じゃあ、トラウマは暗いこと?暗いことにしては、ちょっとおおげさな気もするわね」


「俺がカナンとゲームをやっていたときは、そんなそぶりは見せなかったけどな」


「他は何かないの?」


「わからない・・・・・・全然わからない」


二階堂は深いため息をついた。


「情報が少なすぎるわ。もっとカナンのことを知っていると思っていたけど」


そうだ、俺はあいつとあんなに喋ってたのに、なに一つ深い事は知らない。カナンは自分のことを話そうとしない。誰にも本当の自分を見せようとなんてしていない。自分が嫌になってきて、涙が出てきた。


「なんであなたが泣いてるの。しっかりしてよ。あなたが中心よ」、二階堂は戸惑ったような顔で、俺を見た。川中はにやにやしている。こいつほんと性格悪いな。


二階堂は川中を睨んだ。俺はなんの役にも立ててない気がする。カナンは一年の時、すぐ涙してしまう俺のことをよく励ましてくれたが、実のところ俺はまだなにも出来ていない。俺は歯を食いしばった。


「とりあえず、ダイレクトメールでなにがあったか聞いてみるよ」、俺は答えた。


カナンのツイッターを見ると、ごめんというツイートだけが増えていた。誰かに返信しているわけでもないが、これはきっと俺たちに向けてだ。


『なにかあったのか?どうしてあんな風に?』とだけ、そのツイートにリプライで打った。返信は無かった。そして、川中は俺のスマートフォンを覗いてきた。


「お前って柊のフォロワーなのか。おれもなんだよ」


俺はなにも答えなかった。そしてまた、時間がたった。


「返ってこない」、俺は無力感にさいなまれながら、呟いた。


「そんなにすぐ返ってくるわけがないでしょう。今走っていったばかりじゃない。さぁ、背筋を伸ばしなさい」


二階堂がキューの底で地面を叩いた。






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