表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星に、願いを。  作者: 桜花陽介
6/32

 夕方になる頃、学校の鍵を借りて、屋上へ皆で行った。


 屋上でいつも天体観測をするらしい。


 校庭が見えた。運動部の奴らが、目下青春を謳歌している。


 風がどこかからふいてきて、流れていった。すぐ裏の山から、虫の声が聞こえてきたような気もする。山があるせいで、異常に蜘蛛が多い。やること?蜘蛛のいない所に近づかないようにして、春風を感じながらただ屋上で喋るだけだ。


「はじめて屋上に来た気がする」


「部員以外は、ほとんど入れないからね。わたしたちの特権だよ」


「独り占め?羨ましいね。今度から昼、ここ使わせて貰おうかな」


 手すりに肘を突きながら、街を見下ろしていた。


 坂は人と車で一杯だ。坂の外では街が大きな車道に沿って、どこまでも広がっている。


「もう二年になったのに、高校では始めて部活に入ったよ」


「あたしは人生で始めて部活に入ったけどね」


「いつもは、ここから星を見るわ。冬だったら、よかったけど」


 夕方の月が見える。もう空の青さはくすんでしまっていた。限りなく白に近い蒼、不完全な月が浮かんでいる。月の中のくすんだ蒼は、クレーターの色だ。


 こんな月は、久しぶりに見た。外を歩いていて、上を向く機会なんてなかなかない。たぶんいつもそれはあったのだろう。ただ、自分が気づかなかっただけだ。気づいていないことなんて、見えないことと同じだ。


 雲と青空を固めたみたいな色の月は、ただ浮かんでいる。


 浮かぶこと以外知らないみたいに。


 「で、なんでここに来たわけ?」、結城が言った。黒が混ざった金髪は一体なにに似ているのだろう。だが、なにかに似ていた気がする。


 空が完全な球体であることがわかるぐらい、空は丸かった。


 人の顔は見ていない。ただ景色だけをぼんやりと眺めていた。


「活動場所の紹介をしただけよ。それに、気分転換でここに来ることも多いわ」


「そうだな・・・・・・」、相づちを打った。


「矢神君って、空が好きなの?」、月波は俺に聞いた。どこかで聞いたことのあるような、優しい声だった。会った時から思っていたが、子守歌の声色に似ているのかもしれない。


「わからないけど、嫌いじゃない。小学校の時、よく空を見ていたと思う。昔はそれだけで楽しかった気もするけど、今はそこまでじゃない。なんか、昔はなんでも楽しかったような気もするけど、今はそうじゃない気もする。気がしてばっかだ。だけど、それだけだね」


「ヒロー。それはわらわといて楽しくないってことかのー?」


 後ろからカナンにほおを指でさされた。


「そういうわけじゃないよ。でも、なんだかそんな気がしただけだ。昔はもっと空が綺麗で、もっとなんでも大きく見えてた気がしたからさ」


「そうかもね。昔はもっと空が綺麗だったなぁ」、カナンは金の右目を閉じて、空を見た。


「それは、目で見ているからよ。空は、心と望遠鏡で見ればいいの。文明の利器を使えば、きっと昔よりもよく見える」、二階堂。


「でも、道具を使わなきゃ、よく見えないだろ。普段の話だよ」


「そういうときは、心で見ればいいのよ。一番綺麗な空を心に思い描けばいい」


「心か・・・・・・」


 心で空を見る。悪くない響きに聞こえた。目で見えなければ、心で見ればいい。きっと空想よりも綺麗な空は、この世界に存在しないのかもしれない。


「じゃあ、なんで空を見る必要があるんだ?想像のが綺麗なら、一々現実を見る必要がないじゃないか」


「それは、空を想像する時役に立つから。たぶん、何事においても言えることだと思うわ」


「知識が世界を広げてくれるって事か」


「ま、そういうことね。広くない方が幸せなことも、あるけれど」


 俺はうなずいて、街を見ていた。


 雲がゆっくりと、ゆったりと流れて、空はまだ青い。澄み渡る空気が雲の輪郭さえ魅せてくれる。青い月と、青い空と、白い雲と、夕暮れと、そして心地よい喧噪。


 ここを自由に使えるのは、高校生活最大の特権かもしれない。


 しばらくは、そよ風に吹かれていたかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ