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星に、願いを。  作者: 桜花陽介
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日はもう沈んで、真っ暗な夜。とはいっても、星ヶ丘はいつも店の明かりで眩しい。もう時間も遅く、他の天文部の皆は帰っていた。


坂をゆっくりと下る。高校生や大学生で溢れかえっている。その中を、一人ゆっくりと歩いていた。坂の広場にパフォーマーが来ていて、なにか芸を披露していた。警官が一人、坂に立ってただぼうっとしている。店のあたりの椅子は学生が座っていて、ちょっとした憩いの場所で、男子高校生が寝転がっていた。

心地よい騒がしさが耳に入ってくる。


なぜ下っているのかというと、カナンから、歩道橋に来てとメッセージが届いていたからだ。その通り、今歩道橋へ向かっている。そして、階段を上ると、そこにカナンがいた。


吹き下ろす風で、カナンの茶髪が揺れた。茶髪が、金色の光と混ざって、硝子細工みたいに輝いていた。


「ヒロ。ここは、明るいね」


カナンに従うようにして、歩道橋の欄干に二人で並んで肘を乗せた。


「ああ。とても綺麗だと思う」


実際、ここの夜の景色は綺麗だ。いつも、柔らかく、暖かな金色の光であたりが包まれている。夕暮れそのものみたいな金色の坂だ。


「私がなんでこの高校に来たかっていうと、夜がこんなにも明るいからなんだ。夜でも、ここなら怖くないって。駅も坂の下にあるしね」


「やっぱり?なんとなく、そうだと思ってた」


「でも、綺麗だね。ま、ここら辺で明るいのはここしかなくて、後は暗くて静かな坂ばっかりだけどね」、カナンは頬を緩ませた。


「全部が綺麗なところなんてないよ。一部だけだ」


「そうだね。でも、初めて見たときは結構感動したよ」


「そうだな。ここだけ明るいから、星みたいだった」


 少し間が置かれて、またカナンが話し始めた。


「ヒロには、ここで言いたかったんだ。一番、私のために頑張ってくれた。私、迷惑かけたし、ヒロを突き飛ばしたり、エアガンで撃ったりしちゃったし、不良にも殴られたし、何度も逃げ出した。すごく大変だったよね。ごめんね」


「いいよ。友達だろ。でも、確かにしんどかったよ」、俺は笑った。カナンが微笑み返した。


「ありがと。諦めないでいてくれて」


「それ以外、あんまり取り柄ないからね」


 俺たちには出来ることはほとんど無いかもしれない。俺は地位もないし、権力もないただの若者だ。でも、沢山の人たちで協力し合うことで、やり遂げた。校長や教頭や、川中とは違う。そんなことで諦められない。俺はきっとまだ若いし、恵まれてるから。あいつらみたいに社会の嫌なところや、暗いところばかり見てるわけじゃないから。そういう奴は、きっとなんにもやる気がなくなってしまって、全てをあるがままに受け入れるのだろう。


 だけど、俺はまだ違う。


 まだ俺は、現実を受け入れられない、青二才だから。理想を叶えたい。だったら、やり続けるしかその方法はないんだ。


 そう考えていると、カナンは俺の肩を掴んで、こちらを向かせた。


「ねぇねぇ。ちょっと目を瞑ってて!」


「え?」


「いいから、早く!」


 俺は言われるとおりに目を瞑った。少しの時間、待っていた。これはまさか、キスとかですか!?やばい、緊張してきた。手に汗が出てきて、心臓の鼓動のペースが跳ね上がってきた。やばい、ばれてないかな。心臓の音が、ずっと聞こえてる。


 そうしていると、唇に、指が当たった。


 目を開けると、カナンが俺の口に人差し指を当てて、目の前で笑っていた。


「今、期待してたでしょ」


 小悪魔みたいな微笑み。だけど、カナンも顔が紅くなっている。


「いやいや!?全然してない、してないよ!」


 隠しきれない動揺をそのままにして、身振り手振りまで付け加えてしまった。


「嘘つき」


 そう言うと、カナンは幸せそうな笑顔を見せてくれた。


「たぶん。これからも皆に頼るし、皆に迷惑かけると思う。何度も夜中に電話しちゃうかも。それも、何時間もさ。迷惑だと思うけど。でも、それでも許してくれる?」


「うん」


「耐えきれなくなったら、いきなり呼び出しちゃうかもしれないけど、いい?手首は切ってないけど、メンヘラで、お薬飲んでて、重い女かもしれないけど、許してくれる?」


「もちろんいいよ」


「ありがと。本当に、ありがとう」


 カナンは涙ぐみ始めた。ぬぐった手の甲の涙の跡に、金の光が反射していた。優しい笑顔で、泣いていた。


「おいおい、泣くなよ」


「ごめん。でも、嬉しくて」


「俺も、また学校来てくれて嬉しいよ」


「もうこれからは出来るだけ休まないようにするね」


「いいよ。来たいときに来て、休みたいときに休めばいいって。もう大丈夫なんだろ?」


「たぶんね」


 そう言うと、また視線をショップの光の方に戻した。


 すると、カナンは懐からなにかを取り出した。金色のメダルに、帯がついている。


「これ、一個あげるよ」


「なんだ、これ?」


「見てごらん」


メダルの表には、野球をしている人間が彫られている。裏には、デポ杯優勝という文字。


「優勝メダルだよ。あの雷の日に、ヒロが触ったメダル」


「そんな大切なもの、もらえないよ」


「いいの。私、7個は優勝メダル持ってるんだ」


 やっぱり、カナンのいたチームは凄く強かったらしい。


「いいのか?」


「お礼だよ。私からヒロへの、金メダル」


「わかったよ。大切にする」


「首にかけてみて」


 言われるとおりに、首から金メダルを提げた。


「似合ってるよ」


 金色のメダルが、金の光を受けて、さらに光り輝いていた。だけど、カナンの瞳の方が、もっと金色に光っている。


「昔、野球やソフトしてたとき、本当に楽しかった。私が投げて、打って、勝って。まるでヒーローみたいだった。だけど、その影では、レギュラーになれなかったり、負けて、悔しくて、泣いた人もいるもんね。私がそうやって喜べたのも、一生懸命やって、負けてしまった人がいるからなんだと思う。そして私達を支えてくれた皆がいるからなんだ。その時は、その幸せに気づきもしなかったけど。だから、やっぱり、私は皆に感謝したい。本当にいい思い出だったよ。でも、もうこれからは今を生きなくちゃね。私は、過去ばかり見てた。ずっと昔のことばっかり思い出して、嫌になったりして、自暴自棄になって、それで落ち込んでた。昔凄く楽しんでいても、出来なくなったことを思い出して、それでまた嫌になって。でももうそれも終わり。たぶん、こんないい思い出には、後悔よりもっと似合う気持ちがあると思う。それは、ありがとう、って言葉」


 そして、カナンは光の海を眺めた後、俺を見た。


「そう思わせてくれたのは、ヒロのおかげだよ」


「それは、カナン自身の力だと思う。俺は、手助けしただけなんだ。そんな、美しい思い出を持ってたのは、カナンが自分で手に入れたから。だから、そうやって思えるんだと思う。他人の力だけで手に入れた美しい思い出なんて、すぐに色褪せてしまうよ」


 そして、二人で黄金みたいな輝きを眺めていた。


 金色の光が、星ヶ丘の坂を包んでいる。まるで星達が坂を照らしているような、そんな優しい光だ。人々が、ずっと坂を下ったり、上がったり。人の数だけ、思い出はある。数え切れないほどの人に、数え切れない思い出。地球には70億人分の思いがある。


 それがどれだけ楽しくても、辛くても、それは思い出だ。


 美しいかもしれない。醜いかもしれない。


 誰かのもつ思い出が、理想が。誰かを苦しめるものでなく、美しいものであってくれたらと、そう思った。


「あれ?皆は帰ったんじゃなかったっけ?」、カナンが言った。


 二階堂と、結城と、月波が歩道橋の上に上がってきた。


「あれー?お熱いね、お二人さん!」、月波が俺たちをからかった。


「やっぱ、二人ってそういう感じ?」、結城だ。


「違うよ」


 そういった瞬間、二階堂が少し不機嫌になっていたのが見えた。


「嫉妬深い女の子は嫌われるよー?」、月波が二階堂を肘でつっついた。


「嫉妬って、そんなことしてないわ」


「もー、かわいいんだから」


「今日は、ボウリングしない?私の奢りでいいわよ」


「さすがとーかちゃん、太っ腹!」


「太っ腹なのはこのはらかー!甘い物ばっかり食べてると太るぞー!」、カナンが二階堂の腹をむにむにと触った。


「ちょっ、やめて!」


 皆でひとしきり笑いあった後、ボウリングに行くことになって、坂を降りた所にあるカフェで食べた後、坂を皆で登りはじめた。


「ボーリングの後は、とーかちゃん家で朝まで遊ぼうよ!」


 そう言い終わると、急に月波が足を止めた。


「その前に、あれやろっか。皆円になって右手を合わせて!」


 言われるとおりに、皆で手を合わせた。


「星ヶ丘天文部!えい、えい、おー!」


 そうして、右手を皆でかかげた。


「えいえいおーってなによ」


「やろうって言ったけど、思いつかなかったんだ」


「そういうときもあるよね」


「でも、どんなときも天文部の皆がいるから、平気だよ!」


「それ関係ないよな」、俺は笑った。


「ちょっと-!いい話にしようとしてるんだからやめてよ-!」


 そうして、皆で笑いあった。


 これからもきっと、青春が続いていくだろう。


 楽しいことがあるだろう。面白いこともあるだろう。喧嘩もするかもしれない。泣きそうになるほどつらいことがあるかもしれない。


 だけどなにがあっても、きっと、皆でなら乗り越えられる。


 そんな気がしたんだ。


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