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次の日の朝、俺は学校にいて、林に話をするために、人気の少ない所に呼び出していた。少し待つと、林がやってきた。黒髪ショートで、耳にピアスをしている。いつもにやにやして、人をあざ笑っているみたいな顔をしている。
「なに、私に告白でもすんの?ま、お断りだけどね」、林はいつもみたいに笑っている。
「そうじゃない。カナンのことについてなんだ。林は、カナンのこと嫌いなのか?」
「私は許さないよ。花田くんに怪我をさせたなんて、許せない。柊さんさー。調子のってんじゃない?ちょっとかわいいからって、あんなよくわからないキャラ作ってさー。イライラすんだよね。いっつも空気読めてないし。結城さんもさー、ヤンキーみたいな感じで絡んでくるし。やっぱ港出身って感じだよねー。二階堂さんもわけわかんないことするし、皆ちょっとおかしいんじゃない?」
「おかしいのは、皆じゃないと思わないか?」
「なにそれ。私のことバカにしてんの?」
まだ林が広めた原因もわからないし、林が広めたともわからない。だから探りを入れるように、花田との話を切り出すことにした。
「林は、花田と喧嘩したらしいな。俺は花田から聞いたぞ。カナンのことでだろ」
今日の朝一、川中の話の真偽を確かめるため、俺は花田に話を聞いた。そうすると、林が告白した数日後、花田と林は、カナンが花田のことを好きで、林が花田のことを好きだからって、喧嘩したらしい。カナンがいい迷惑だ。
「あいつ、ちょっとあたしが好きだからってチョーシ乗ってるんじゃない?そう。その通りだけどー?」
「林がカナンの噂を広めたんだろ?」、わざと決めつけたような口調で、反応を見る。
「そうだよ。もち、本当のことだしね」、にやりとしている。黒だ。しかも、それを隠そうともしない。
「花田がカナンをひいきしてるからって、嫉妬して、貶めようとするなんて見苦しいと思わないのか?」
「なにー?私に文句言うわけ?一体何が悪いの?柊が昔酷い奴だったのは知ってるんだよ?あんなサイテーな奴、よくかばうね。あいつも猫かぶっちゃってさー」
なんでだ?柊の昔のことを知ってるのは、川中だけじゃなかったのか?悪意と冷たさが混じった、女性の声。この半笑いみたいな声は、一度聞いたら二度と忘れないだろう。
「私もソフトボールやってて、あいつに負けたチームの6番だったんだよね。あいつチームで威張ってて、エラーした味方を怒鳴りつけてた。サイテーだよ、あいつ。失明したって聞いて、ざまぁって感じだったね。結構中学のソフトって世界が狭いんだよ?知らなかったの?しかも、あいつ隣の学区の小学校の校庭でやってる少年野球のチームだったんだよね。有名だったよ、野球が上手くていじめっ子の女って。川中を虐めて遊んでたのもね。でも、あいつら今じゃ立場逆転してるもんね。面白いよね。川中がタカっても、黙って金出すだけだもんね。どう?あんたの好きな柊はそんな人間なんだよ」
「知ってる。だけど、大事なのは今なんだ」
「へー。面白いねー。ほんと笑える。犯罪者がさ、罪も裁かれずに野放しなんだよ?あんなん犯罪者だよ。バットで殴ったり、蹴ったり、いじめたり。なのに、いきなり善人面しちゃってさ。だから私が代わりに裁いてるってわけ。わかる?」
俺は口をつぐんだ。だけど、それは当事者の問題だ。林には関係ない。
「林は、ソフトなんでやめたんだ?」
林は今もう帰宅部だ。いつも、坂のどこかの店でちらりと見かける。それが気になった。
「あいつが上手すぎて、やる気なくしたんだ。才能が違いすぎたんだ。ムカツクけどね」
「だからって裁く権利は、林にはない。そういうのは、警察とか先生がなんとかする話だろ」
「だーかーらー、なんともなってないからこうなってるんでしょ?」
「それはカナンを攻撃するための理由だろ?」
「そうだよ?悪い?あんたは柊をかばいたいだけでしょ?どっちも個人的な理由じゃん」
「だからって、私怨のために人を裁くのは間違ってる。花田と、ソフトのことで恨みを持ってるだけだろ。しかも、当事者の間で話は付いたことだ」
林は笑い出した。心底愉快そうに。心から可笑しいと思っているみたいだ。
「私はあいつのことが大嫌い。顔も可愛いし、善人ぶってるし、変な痛いキャラ作ってるし。おまけにソフトでも凄くて、あいつは失明さえしなきゃ、たぶん全国でも優勝してたかもね。花田も盗られるしさ。そんな人間、むかつかないわけがないじゃん。だからそうしたわけ」
「嫌いだからって、人を攻撃していいのかよ。林は、人を裁けるほどいい人間なのか?そうじゃないだろ。林だって、誰かから見たらむかつく人間で、それで人から攻撃されたらどうするんだよ」
「別に、なってないから関係ないし。もうこの話は終わりでいい?私はあいつのこと大嫌いなの。わかった?」
「いいや、理解できないね。林に関係なくても、俺にはある。俺も、確かに人が羨ましかったことはある。俺なんて、才能なんてなんにもないし。ずっと普通でさ、確かに俺だって悔しかったことだってあるよ。でも、そんなことはしてない。それは筋違いだ」
「あんたには、わかんないだろうね。必死にずっとソフトやっててさ、6番でエースにもなれなくて。そんなのあんたみたいに努力してない奴にはわかんないよ。本当に努力しても追いつけない人間は、羨ましいとか悔しいですまない」
「林の努力と、それは関係ないだろ。逆恨みっていうものじゃないのか?」
瞬間空気が凍る。林は唇を噛んで、手を震わせた。まずいな、と思った。
「言ってやる。柊の昔の話をばらして、二度と学校来れないようにしてやるから」
林は後ろを向いて、どこかに歩いていった。床をきつく踏みしめながら。
くそっ。なんでそんなことで怒って、余計にそんなことするんだよ!
正直さは人を傷つける。そんな簡単なことを忘れていた。もう花田と山村は簡単に説得できた。川中も傷つけるようなことはあまりしないだろう。なのに、最後の林でミスをした。
俺は、ただ立っていただけだった。




