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星に、願いを。  作者: 桜花陽介
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 家に帰るときに、酔っている女の人を見つけた。


 足がふらふらで、千鳥足で。ジュースの瓶のようなものを持っている。壁にぶつかって、車にぶつかってる。その後、車のボンネットに座った。


 女の人は顔を上げると、「あ、矢神君!こんばんは」と言った。


「すみません、誰ですか」


「ひどいですね!わたしは楠先生です!」


 女の人の顔をよく見ると、確かに、あの楠先生だった。眼鏡を外していたから、最初は気づかなかった。眼鏡をかけてると可愛い人だけど、外すと、大人っぽい美人になっている。そして、きついアルコールの匂いがする。


「先生、こんな所で何をしてるんですか?完全にふらふらですよ。大丈夫ですか?」


「飲んでたんです。これもビールです」


 そして、黄金色の瓶を掲げた。この量の酒、全部飲むつもりなのか?


「先生、誰も来ないうちに車から降りた方がいいですよ」


「細かいね~。それが先生に対する態度かな?矢神君!」


 楠先生は、体を起こし、俺に人差し指を向けて、頬を何度もついてきた。


「えいえいえいっ!」


「ちょっと、つつくのやめてくださいよ。っていうかお酒臭いですって」


「いやです~。先生命令ですからつつかれていてください」


 先生は俺の頬を一通りつつき終わってから、急に静かになった。


 その笑顔を消し、口をきゅっと結んで、夜空を見上げた。今日は冬の空みたいに、空が引き締まっている。はるか遠い星々の輪郭さえ、見えてしまいそうなほど美しい。


「今日は星がよく見えますね。あの坂では、まぶしくて星なんて見えない。でも、少し外れたここならよく見えます。夜は、寂しくて、美しくて、星と月が綺麗。泣きたくなるぐらいに。この地球の皆が同じ月を眺めているなんて、昔の人には想像もつかないことだったのかもしれません。だけど、わたしは知っています。わたしも、きみも。世界中の人が、皆同じ夜空を見ていることを。月と星の輝きだけは、誰にでも平等です。全ての人に与えられた、宝物・・・・・・」


 まるで、夢みたいな表情で、星を見ている。そして、またこちらを向いた。


「なにかあったんでしょう。先生にはわかります。話してみてください」


「先生、知ってたんですか?」


「だって、天文学部の顧問ですから。星がそう教えてくれたんです」


 先生はふわりと、空へ浮くように柔らかな笑顔で笑った。


「なーんて、柊さんはずっと休んでいるし、こんな夜まで矢神君は出歩かないタイプですし、真剣な顔してるから。だからですよ」


「星占いでもしたのかと思いましたよ」と、俺はふざけた。


「そっちのがよかったですか?ふふ」


 少し時間をおいて、星空を見上げた。


「先生、星が好きなんですね」


「宇宙の旅人になりたかったんです。月の上で飛び跳ねてるみたいな人ですよ。ほんのささいな時間しか、そのことを考えていなかったけれど。夢というほどでもない、ささいな想いです」


 なんだか、笑顔になってしまった。好きな物の話を聞くと、こちらまで楽しくなる。だけど、話さなくちゃいけないことがある。そのためには、少し時間が必要だった。


「カナンは昔、いろいろなことをしてたんです。それはもう、色んな事を。それが皆に広まってしまったんです。それに、失明しかけて暗闇が怖くて、叫んでしまうほどな事も。クラスのグループは、川中、林、花田、山村の4グループで、もう他の3人とは話をつけたけど、林は敵対的です。それをなんとかしようとしています。じゃないと、カナンは学校に戻ってこられません。転校してしまうかもしれない」


「そうですか。そんなことがあったんですね。少し私的なことが忙しくて、そこまで見られなかったんです。担任失格ですね」


「私的なことって?」


「いろいろあるんですよ、乙女には」


 先生は唇に人差し指を当てて、流れ星みたいに輝くウィンクをした。その後、申し訳なさそうに頭を下げた。


「正確に言うと、合コンとか婚活です。両親がうるさくて。本当に申し訳ありません」


「大丈夫ですよ。先生のせいじゃありません」


「それで矢神君は、どうやってそれを解決するつもりなんですか」


「明日、時間をいただけませんか?」


「いいですよ。矢神君一人で、本当にやるつもりですか?」


「皆にずっと助けて貰ってました。二階堂に、結城に、月波に。それに、花田や山村だって、納得してくれた。川中も、言いたくない本心を話してくれたし。なのに俺、ほとんどなにもしてないですから。最後ぐらいは、俺がやりたいんです。柊は俺の数少ない友達だし、なんとかしてあげたいんです。思い上がりかもしれないけど、一番仲いいのは俺なのに。俺が一番なにもしないっていうのは間違ってます」


「矢神君はなにもしてないわけじゃないと思うけど。でもそういうことなら、先生も君に任せます。ですけど、頼ってくれてもいいんですよ。矢神君の担任で、顧問なんですからね。本来ならわたしがやるべきことです」


「ありがとうございます先生。ちゃんと皆を納得させてみせます」


「恋の恨みは怖いですからね。言葉を選ばないとダメかもしれません」


 楠先生は、ボンネットに寝転がって、空を見上げだした。


「なんだか、眠くなってきました。友人がまだ来ません」


 あたりを見回すと、どこかで見たことある、クールな女の人がこちらに向かって歩いてきた。


「ちょっと、楠。私の車に寝ないでくれる?行儀悪いわね」、声は低いけど、温かい声色。


「いいじゃないですか、風間さん。今日はー、私のおごりなんですから」


「それで車に傷ついたらたまったもんじゃないわよ。さ、乗って」


「はーい」


 そういうと、二人は車に乗り込んだ。二階堂の家にいたメイドの人だ。今は黒ばっかりの私服を着ている。たぶん、黒が好きなんだろう。


「風間さんって、二階堂の家にいたメイドの人ですよね」


「そうよ。今日は休みだから、楠と飲んでたの。大人の集まる場所って、カフェか飲み屋か盛り場ぐらいしかないのよね。子供のうちだけよ。子供でいられるのは」


 彼女はキーをくるりと回して、ボタンで車のドアを開けた。二階堂の家にいたときは、まるでロボットみたいな人に見えたが、今は普通の女の人に見える。


「雰囲気、全然違いますね」


「仕事じゃないから。部活でいろいろやってるんだって?お嬢様から聞いてるけど、お嬢様は柊ちゃんのこと心配してるらしいから。柊ちゃんも、君も。聞いてるかもしれないけど、中学の時いろいろあったからお嬢様はまだ精神が不安定なの。あなた達はお嬢様の二人目、三人目とかそういうレベルの友達なんだから。頼んだわよ。あの娘がつらそうにしているのは、みていられないもの」


「わかってます。なんとかしますよ」


「頑張ってください。矢神君。私は見守っていますよ」


 二人が車でどこかに消えていくのを見届けた後、駅に入った。


 誰もいない地下鉄のホームで、電車のアナウンスと警笛だけが聞こえている。


 薄暗い場所。音がこだまする。先の見えない線路。暗闇。白、灰、黒、赤ばかりが見える。そのうちに寂しい、ひとりぼっちの馬車が来た。中にはほとんど誰もいない。かぼちゃでもない、機械の馬車に乗って、家に帰った。12時の魔法なんてありもしない、真っ暗闇な夜。輝くのは月と星と電灯だけだ。

母さんには怒られたけど、そんなことは気にしない。やるべきことを考える必要がある。



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