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俺たちは夜になるまで待って、そのカフェに向かった。二階堂が心配だからと言って俺たちに着いてきた。仲の悪い二人の間に挟まれた俺は肩身が狭かった。
ブランドショップが建ち並ぶ、きらびやかな光を出す坂を降りるために歩いていた。このぐらい、いつも明るければカナンだって怖くないだろう。もしかすると、夜も明るいから、この高校を選んだのか?
そんなとりとめもないことを考えたりして、ずっと歩いていた。皆が無言だった。
歩道橋にさしかかると、川中は歩道橋を上がって、立ち止まった。沢山のブランドショップの光に、沢山の人。優しい光があたりを包んでいる。山の上から、風がそっと下りてきた。半分の月が夜空に浮かんでいる。
「いい景色だとは思わないか?」、川中が言った。
「ああ」、俺は答えた。
「星ヶ丘は名前の通り、星が降る丘だな」
俺は相づちを打った。この話を始めた意味がわからなかったからだ。二階堂も黙っている。
「柊は夜が怖いんだろ。自分が失明したから、それを思い出すのか?」
「ああ。カナンは詳しく教えてくれたよ。ソフトボールの時に、一時的に失明した。それで、試合で負けて、いじめられて、それを隠すためにああいうキャラを演じてる」
「そこまで知らなかった。ま、関係ないが」
「教えようと思ったのに、いきなりあんなことを言ったから」
「お前も、ドジっただろ。それを二階堂に助けてもらった」
「すまん」
「柊とおれが関わってたのは小学校の二年間ぐらいで、中学のことは知らない。それでも、なにかあったのはわかる。今の柊が嫌いじゃないが、あまり見たくないんだ。昔はその逆だった。だからといって、なにか言う資格はない」
川中の態度が煮え切らないのは、そのせいだったのかもしれない。
「なぜそこまで関わろうとする?そこまで人の内面に踏み込もうとするのは異常だ。何回やめろって言われた?」
「困っている人を見捨てるのが異常だというなら、異常なのは社会の方ね。私はそんな世界にもう飽き飽きしているの。社会の問題の原因の一つは、他人に関心が無いことよ。私は愛の力を信じてる」
川中は目を見開いてあっけにとられた後、笑った。
「かっこいいねぇ。そんなもん脳の錯覚だ。それで今柊はどうなってる?他人を助けるのは刺激的で、そいつに対して優越感を得られるもんな」
俺はぎくりとした。俺は同じような毎日を変えたかった。カナンを助けることに対して、少しだけそういう気持ちがあったのは確かだ。だけど、そんなのはほんの一部だ。ちゃんとカナンを助けたかった。それ以外の理由はない。
あの太陽みたいな笑顔が、絶望にゆがむ顔が見たくなかったんだよ。
「私は誰かのヒーローになりたかったのよ。刺激的?優越感?そうかもね。でも、昔助けてもらったから、本当はその恩返しをしたいだけなの。その人は、恩返しは私でなく他の困っている誰かにしてと言ったわ。私は約束を守る。確かに言われるとおり、私は失敗したわ。だけど、責任ぐらいは取らせてもらう」
「二階堂は俺のヒーローだよ。錦で助けてくれただろ」
「・・・・・・ありがとう」、二階堂は呟いて顔を背けた。耳が赤くなっていて、照れているみたいだ。どうして友達が出来なかったのかよくわからないと思った。
もし二階堂がいなかったら、俺とカナンはきっと消えないトラウマを刻みつけられていたに違いない。
「頭がおかしいんじゃないのか?お前らまだ知り合って一ヶ月もたってないんだろ。いかれてるぜ。距離感もわからないのか?」
「たぶん、俺はなんにもわかってないかもな。だけど、なんでもわかっているつもりのお前とは違う」
「理解してないのなら、中途半端に首を突っ込むのはやめた方がいいってよくわかっただろ」
「全部理解しているつもりで、何もしない方がよっぽど悪いだろ。お前は自分のことや他人のことをわかっているつもりで、なにもしない。なにもしないためのいいわけだろ、そんなの。苦しいなら、なにか変えてみせるような行動をしろよ」
「それで余計事態を悪くするのか?変わらないものもある。人によって論を変えてるだろ、それ。それを柊に言ってみろよ。あいつも、なんにもできやしない奴だ・・・・・・」
確かに、俺はカナンに対して甘いと思う。こんなことを言ったりはしないだろう。だけど、こいつに苛ついて言っただけだ。俺のせいじゃない。そう自分を正当化した。
「俺はカナンがそれをできる奴だと思ってる」
「思ってるだけだろ?」
「俺は、お前みたいな奴が大嫌いだ。冷たいふりをすれば、なんとかなると思ってる。困ってる奴を見捨てて、笑って。助ける奴をおかしいって言って。それでなんになるんだよ。そしたら、なにかいいことがあるのか?ないだろ。全員がお前みたいになったら、誰かになにかあったとき、勝手に死ねっていうのか?そんな世の中は嫌だ。お前みたいになるぐらいだったら、死んだ方がましだ」
純粋な怒りと自己の正当化を混ぜて叩きつけた台詞だった。反論にもなっていない、幼稚な反論だ。川中は黙って、こちらを見て、少し笑った。
「おれもそう思ってるよ」




