26
数日後も、まだカナンは来ていなかった。出席とか、やばくないかな。あきらかに結城はいらだっている。爪を噛んで、眉をしかめていた。おまけに貧乏揺すりまでしている。
「なんであいつ、学校来ないの?やっぱまた家行く?」
結城は俺の目の前の席で、そう言った。
「でも、行っても一緒じゃないか?それどころか余計怒るかも」
「ちくしょう。中学だったらあいつらボコって終わりだったのに」、結城が花田と山村と林を見て、毒づいた。二人は、花田の事が好きだから。だから、カナンの事をよく思ってない。自分よりリードしている恋敵が好きな男を傷つけたのだ。だから、余計に気に食わないんだろう。
「暴力で解決しようとするなよ。殴ったってなんにもならない」
「そんなことない。沢山これでなんとかなったよ」
「でももう中学じゃないし、もうヤンキーやめたんだろ。それに、自分より強い相手には通用しない」
「むかつく。ほんとむかつく。頭来るな、もう」、結城がうなった。
「やっぱり、俺たちが皆の目線を和らげてやるしかないんじゃないか。それで、カナンをまた学校来るように説得しようぜ」
「じゃあ、簡単な奴からやろうよ」
「三人の方からやるか。川中は・・・・・・」
「まぁ無視してもいいでしょ。あんたは花田と山村に話をつけてきてくれる?あたしは林に話つけてくるから」
俺は頷いて、まず花田から行くことにした。
花田と山村は、性格がそこそこいいから、たぶん結城は楽な方を選ばせてくれたんだと思う。林は性格が悪いって有名だ。高校で性格が悪い大会を開催したら、川中とトップを争うに違いないと言われている。
サッカー部の奴らに囲まれている、花田に声をかけた。頭を打った場所に、ガーゼが当てられていて、髪の一部が血の色で少し赤くなっている。
「花田、ちょっといいか」
「なんか用か?」
「人の少ない所で話したいことがあるんだ」
「いいぜ」
二人で廊下の、人の少ない所へ行った。
「なあ。花田。カナンがお前を押し飛ばしたことは謝るよ。だから、カナンが登校するように力を貸してくれないか」
「いや、お前に謝られてもな。っていうか、そういうことよりあいつの頭が心配だよ」
「あいつは、昔失明したことがあるんだ。それであんな風に、怖がってる。だから、またいつもみたいに接してやってくれないかな」
「っていわれてもな」
またそれか。言いたくなかったが仕方ない。
「お前は、怖くないのか。怪我をして急にサッカーが出来なくなって、急にサッカー部のやつらが冷たい態度を取って、いじめられて、ひとりぼっちになって、ただつまらない生活を送ることが」
「それは、嫌かもしれない」
「それがカナンなんだよ!だから、ひどい態度を取らないでやってくれ。頼むから・・・・・・」
なんだか涙が出てきて、後半になるとほとんど声が震えていたような気がする。
「頼むよ。花田が普通にしてくれれば、女子もそういう態度取らなくなるから」
「人の話を最後まで聞けよ。そういう意味じゃない。柊のことは俺も本当に心配してるんだ。なにがあったかはよく知らんけど、正直あのキャラでやってくの大変だと思うんだよ。時々、無理してるように思えるんだ。だから俺もああいうことをしたんだ。だけど、あんな風になるとは思わなかった。お前は、俺に怒ってるか?」
「そのときは、ちょっとな」
「すまん。お前は柊と一番仲いいもんな。許してくれ」、花田は急に、俺に頭を下げてきた。
「俺に謝ることじゃないだろ」
「そうだな。本人に直接言わないと」、花田は笑って、俺も笑った。
「しかし、うらやましいよな、お前の部活。学校の美少女の上から四人がいるんだぜ?しかも楽だし」
「美少女だとか、そういうことで考えたことはないよ。皆、いい奴ばっかりだよ。だから頑張れるんだ」
「今度、柊の話を教えてくれよ。お前なら、一番柊のことわかってそうだもんな」
花田は少し悲しそうな顔をした。
「俺も全然あいつのことわからないよ」
そして花田と別れて、別の場所に行った。美少女だとか、そういうことで考えたことがない、なんてことは嘘だ。皆のことを可愛いとか綺麗だとは思った。でも、それで対応を変えたわけじゃない。自分は他の人にも同じ事をしたと思う。そう勝手に思い込んだ。
よく山村が昼にいる場所の、体育館脇についた。
そして山村はそのあたりにいた。今日はたまたま一人みたいだ。黒髪の、ロングヘアーで、いつも憂鬱そうな顔をしている。腐女子と呼ばれる存在で、カナンとよくアニメや漫画についての話をしている。とはいえ、社会適合型腐女子みたいな、現実にも興味があるタイプの奴だ。
「山村さん、ちょっといいかな」
「なに?今私体調悪くて」
「そんなに時間はかからないから。カナンがさ、花田を突き飛ばしたときのことなんだけど」
「ああ、あれね。あんなに暴力的な人だとは思わなかったけど。花田くんに手を出すってことが、女子の間でどういうことになるのかわかってないよね」
「カナンが、あれから不登校なんだよ。暗いのがトラウマなんだよ。昔失明したことがあって、それであんな風になるんだ」
「私としては、花田君に手を出したのに怒ってる。花田君、柊さんばっかりひいきするから、柊さんのこと嫌になっちゃうんだよね。私、花田君によくアタックするけど、結局逃げられるもん。林さんも、相当怒ってるだろうね」
「だからって、カナンがこのまま学校ずっと来なくていいのか?」
「それは違うけど。けど、嫌な気分になったのは事実だよ。あのかわいこぶってる柊さんのキャラも好きじゃないし。ま、そういうのが好きな人もいるみたいだけどね。特に男子とか。現実でアニメキャラのノリはちょっとね」
「カナンがまた学校に来られるようにしたいんだ。皆が、普通にしてくれれば、また来られるかもしれない」
「うん。柊さんのこと、完全には好きになれないけど、普通にはするよ。言われなくてもそうするつもりだったけどね」
「ありがとう」
「でも、普通ってなに?なにが普通なんだろうね。普通について、考えたことはある?」
「今の話とは、関係なくないか?それ」
「ただ、ちょっと思っただけ。全く関係ないけど、私が勝手に思っただけ。じゃあね」
俺は教室に戻ることにした。普通、一般的なもの。それがもたらす物は味気なくて、変化がないものかもしれない。だけど、今はそれが一番いいと思う。
二人とも、話せばわかってくれた。花田は善意の行動が失敗しただけだ。俺たちみたいに。山村も、自分の気持ちを抑えてくれた。確かに、気に入らないこともあるかもしれない。だけど、それはそれ、これはこれで対応するのが人間というものだと思う。
教室に近づくと、結城の怒った声が聞こえた。
「あんたって、ほんとむかつく!」
「わたしもさー、イライラしてるんだけど」
教室に駆けつけると、結城と林が言い争ってた。秋の空みたいに表情が移り変わっている。主にマイナスの感情の間で。
やっぱり、こうなったか。たぶん二人とも絶対そりが合わないから、こうなると思った。
そのうちにチャイムが鳴って、授業を受けた。後ろのほうの席を見ると、机が一つだけ開いていた。
それがなぜかどうしようもなく、空虚に感じた。いつもあるものがなくなってしまったような、そんな切なくて、寂しい感じだ。
放課後になった。
人は色んな面がある。たとえばあの恥ずかしがり屋の二階堂は皆には性格がキツいと言われてるし。カナンも二面性がある。 結城は荒れてたけど、熱いハートがあるし、月波だってぽわぽわしてると思えば結構サディスティックだったり、母性を感じることもあるし。
そう考えていると、結城が椅子に座ったまま、こっちを見ていた。
「ねえ、あんたってさ。小さい頃、なにやってたの?」、結城が俺に言った。
「そんなこと、気になるか?」
「だってさ、二階堂は昔色んなことがあったじゃん。あたしもさ、それなりのことはあった。月波も、二階堂と一緒に色んなことをしてたみたいだし。じゃあ、あんたは?」
「俺は、ずっと普通だった。別に特筆することもないし、普通の家庭で普通に一人っ子で、普通に怒ることも哀しむこともないような感じで今になったよ。人生に特に起伏も無くてさ。皆みたいになにかを考えさせられるようなことが起こったこともない。小学校で野球部に入れられて、中学では帰宅部で、塾に通ってここに来た。誰かの葬式にも出たことないし、普通の家庭だったよ」
嘘をついた。人間、多少はなにかあるものだ。
「そうなんだ。でも、それが一番幸せだと、あたしは思うよ。それが、一番幸せ。あたしだって、人に自慢出来るようなことはしてないけど、ほとんどはしたくてしてたわけじゃない。誰かに怒ったり、哀しんだりするのは嫌なことで。楽しいことじゃない。自由が欲しかっただけなのに。荒れてたことのほとんどの原因は、自分にイラついてただけなんだ。なんで、あたしはこんな風なんだろうって。昔はさ、なんでも、出来ると思ってた。でも、なんにもできなかった。普通だった皆が羨ましかっただけなんだ」
結城は頬杖をつきながら、そう言った。
「あたし、こんなこと喋るつもりじゃなかったけど。恥ずかしいし。どうしてかな、あんたとカナンを見てると喋りたくなっちゃうんだ。あんたみたいな奴が、昔いてくれればよかったかも」
「どんなことがあったのかはわからないけど、それでもなにかあったなら、俺は手伝ってたと思うよ」
「だろうね。そう思う。それがあんたのいいところ」
「でも、それが完全にできるかはわからないけどね」
「そこがあんたの悪いところだと思うんだけど!もっとしゃきっとしなよ」
結城と話していると、教室の扉を力強く開けた人物がいた。喧噪に包まれていた教室が、さっと静まりかえる。音を消し去った人物は、二階堂冬華だった。
「失礼」、二階堂は教室に乗り込んできた。
「林さんはいるかしら?」
「もういないよ」、女子の誰かが言った。
林はもうすでに帰っていた。すると、川中の机の前まで行った。
「あなた、矢神君を殴ったって聞いたわ」
「先に殴ったのはあいつだし、手加減はした」
結城が急に反応して、川中に舌打ちをした。
「最低。この暴力男」
「そうとも。おれはクソ野郎だ。だからそれがどうしたんだよ、このクソ女が。可哀相なペットを助けます、なんてつもりか?的を間違えて撃つのはやめろ」
的を間違えて撃つ?少なくともカナンが傷ついた原因の一つはお前にある。頭に血が上ってきた。しかも、仲間をそんな風に言うなんて。
「私は、力を振り回す人間が許せない。力を盾にして、人を嘲笑するのも。それに、自由を盾にしてなんでもしようとする人間もね。それはあなたよ」
二階堂は氷みたいな目で、川中を睨みつけた。
「撤回しろ!カナンと、二階堂と、結城に言ったことを!第一、カナンが傷ついた原因はお前にもあるんだぞ」、俺は口を挟んだ。
「原因?」
「皆に言いふらしたのは、お前だろ!しかも、昔の友達にそんな風に言われるなんて、傷つくに決まってる」
「勝手に広まっただけだ。言っておくが昔は友達じゃねえ。あいつのこと嫌いだったんだ」
「ふざけんな!」、叫んだ。
「今のはちょっと酷くない?」、山村。
「柊のことを悪く言うのはやめろ」、花田が言った。
教室の空気が全てそいつに非難のまなざしを込めて向けられた。
「なにも知らないんだな。なにが酷いって?笑わせるぜ。お前らが余計な事したからああなったんだろ。なのにおれのせいかよ。そろいも揃って全員超弩級の、いや。やめるか。皆さんが機嫌を悪くする。それで?この話は終わりか?」、川中が笑った。とことん人を馬鹿にしている。
「もう二度と、カナンのことを悪く言わないでちょうだい」
「いいとも。だが関わってみればわかるさ。泣いたり叫んだりうるせえんだよな。感情が豊かすぎんだよ。お前らもな」
「だったら、そういう口の利き方やめろよ」
「口の利き方?おれがお前らに先に殴りかかったことあるか?一昨日も柊に水かけられるしな」
「待て、今カナンって言ったか?」、俺は言った。
「近くのカフェであいつバイトしてんだよ。たまたま行ったらメイド服を着てたぜ」
「どこだ。教えてくれ」
「秘密にしろと言われてる」
「そこをなんとか頼む」
「いいぜ。金をくれたらな。二千円でどうだ。協力してやるよ」、川中は冷酷な笑みを浮かべた。
「わかった。くれてやる。だからそこまで連れて行け」
「いいだろ」
そしてチャイムが鳴った。




