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保健室では階段から落ちたと取り繕って、大事になるのは避けた。喧嘩で二人揃って停学なんて、なんの意味も無い。しかも、先に殴ったのは俺だった。
ベッドで横になって、天井を見上げていると、自分のやるせなさに腹が立ってきてしまう。もう嫌だ。そこら中でボコボコにされて、やることも上手くいかないし、全部失敗してる気がする。人生みたいに、うまくいかない。腹が立ってきた。
月波がベッドの横の椅子に座って心配そうにこっちを見ている。
「ねぇ、なにがあったの?いきなり喧嘩してたけど」、月波が言った。
「川中に腹立つこと言われて、俺が殴って、殴り返されたんだ。バカみたいだろ」
「矢神君って、そんなに熱くなるタイプだったの?意外だったよ」
「いきなり、カッとなって。俺もちょっとおかしくなってるかもしれない」
「だいぶ痛そうだね」
「心のがもっと痛いよ」
急に白く細い手が、俺の頭に伸びてきた。
「いたいのいたいの、とんでけ」
そして頭を一通り撫で終わった後、にこりと笑った。
「こうすると、少しだけやわらぐよ」
「あ、ありがとう」、なんだか顔が熱くなって、目をそらした。
「ありがと。カナンちゃんを助けてくれて」
「でも、全然助けられてない。こんなざまだし」
「そうかもね。でも、なにもしない人なんかよりよっぽどいいよ。それだけでも、嬉しいよ」
「ごめん。気、使わせちゃってさ」
「たとえどんな結果になったとしても、わたしはなにも言わないよ。矢神君がさ、もしカナンちゃんを傷つけてしまっても、それでひどいことになってしまったとしても。傷は時間が癒やしてくれるよ。とうかちゃんだって、昔は毎日自分を痛めつけるみたいなことばっかりしてね。甘えてきたかと思うと、八つ当たりしたり。でもね、ずっとそばにいてあげれば、あっちもわかってくれる。今のとうかちゃんは、あんなにしっかりしてるでしょ?」
「でも、もしカナンが不登校になったら、俺はカナンの人生を狂わせたことになるし、転校したら俺のせいだ」
「そんなことないよ。矢神君はよく頑張ってる。もうすぐ授業だけど、授業出られる?」
俺はベッドから立ち上がった。
「元はと言えば、わたしがカナンちゃんの目をふさいだからなんだから。矢神君はなにも悪いことはしてないし。もし責めるなら、わたしを責めて。自分ばかり責めている人を見るのは、もう嫌だから」
「そうじゃない。もし月波が隠してなくても、いつかはこうなってただろ?早いうちでよかったと思ってる。ボウルでのことは、誰かのせいだとは思ってないよ」
「ありがと。でも、それを自分にも言ってあげて」
「ああ、わかったよ」
二人で一緒に教室まで上っていった。
教室に戻って、授業を受けた。川中はなにごともなかったみたいに椅子に座っていた。なにもかもたいしたことの無いように扱われているようで、無性に腹が立った。
自分にも腹が立った。怒ってばかりだ。意味も無く怒りに捕らわれるのは馬鹿らしいかもしれない。俺の場合、バカらしいじゃなくて、バカなんだろうな。
だが、カナンはいつになっても学校に来ることは無かった。




