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二階堂が一週間の停学になったと聞いたのは、次の日だった。
楠先生が、クラスで発表した。このような事件はないようにしましょう、夜中には出歩かないようにと。二階堂の名前は出なかったが、二階堂のことだと俺たちは知っていた。
一番最初に怒ったのは結城だった。結城は顔を怒りで赤くしている。結城は立ち上がって、足音を立てながら先生の横に立った。
「先生!なんで二階堂が停学なの!」、結城は先生の両肩に手を置いて揺さぶった。確かに俺だって気に入らないが、警察が来てしまった。どうしようもない。それが余計に腹が立った。っていうかせっかく伏せられてたのになんで名前を出すんだよ。
「わたしが決めたわけじゃありませんよ-!頭が痛いです-!」、間の抜けたような声で、先生は答えた。先生も関係ないのに怒られて、災難だな。
「じゃあ誰が決めたの!?」、結城は相当頭に来ているようで、目が見開かれている。
「校長先生とか教頭先生とかですよ!私は反対しましたよ-!」
「つれてって」
結城は肩を揺さぶるのをやめた。
「え?」
「つれてけって言ってるんです!校長と教頭の所に!」
「もう決まったことなんですからどうしようもないですよ!しかも一週間だけですから!我慢してください!」
「いいから!」
結城が先生を引っ張って、廊下に出ていった。カナンの方を見ると、目が合った。二人ともうなずいて立ち上がって、結城に急いでついていった。
結城は完全にキレていて、このまま放っておくと大暴れしそうだった。そうすると結城も停学か、退学になってしまう。
「ど、どうしよう。レオも停学になっちゃうよ」
「止めないと!」
「結城!暴力はなしだぞ!」
「これが黙っていられるもんなの!?正しい方が罰されるなんて間違ってる!」
「間違ってることなんていっぱいあるんだ!全部に怒ってたら破滅する!確かに俺も気にくわないけど、抑えろよ!」
「うるさい!」、結城が叫んだ。
「結城さん、ぜったいダメですからね!ね!」、先生が言った。そのうちに職員室に着いた。
「二階堂の停学を決めたのは誰だよ!」、扉を開けながら結城が叫んだ。
職員達が校長室を指さした。職員達は関わりたくないといった様子だった。うちの高校はそんなに気の強い人はいない。校長室に入ると、月波がいた。
「あれ?なんでみんな?」
「停学に抗議しにきたんだ」
「実はわたしもなんだ」
椅子には校長が座っていた。性格が悪いと職員からも評判の悪い校長だ。スキンヘッドの眼鏡で、太った中年男性だ。表情に変化がまったくない。
横には同じく性格が悪く神経質そうな教頭がいた。
「なんだね。全く。静かにできんのかね」
「あんたが、二階堂の停学を決めたんだって?」
「そうだ。警察沙汰とあっては高校の評判、教育委員会での評判、地域での評判などが落ちる。そしてそれは私の問題になってしまう」
「ふっざけんな!どうして女を犯そうとした奴から守って停学なんだよ!」
「君、女とはいえ複数の人を鉄パイプで殴ったというのは相当な大問題に決まっているじゃないか。聞くところによると、二階堂君は五人も一瞬で叩きのめしたらしい。そういう人間が人を叩くことの意味がわかるかね?しかも警察にも抵抗したんだろう」
「ちんぴらが沢山いたからだろうが!警察には抵抗してない!」
「いいかね。相手が誰だろうと、何人いようと大問題なんだ。警察が来る前なら関係の無い事だが、事件になっては問題になる」
「じゃあ黙って犯されてろっていうのかよ!カナンと、ヒロが犯されそうになってたんだ!」
「ヒロ?」、校長が言った。
「こいつだよ」、結城が俺を指さした。ちょっとそれ余分です結城さん!校長は俺を見て、渋い顔をした。
「そういうことになる。それか警察から逃げればよかった」
「て、めぇ!」
結城が叫んで、校長に近づいていこうとした。俺とカナンは結城を後ろから押さえた。
「離せ!」
「だめだ!ここで殴ったら退学になるぞ!」
「これでいい社会勉強になっただろう。夜は出歩くな。危険には近づくな。そういうことだ。停学で済んでよかったと思え」、教頭が眼鏡をあげて、にやりとした。
「ふざけんな!」、結城の暴れる力が強くなった。
「なぁ、勉強してきたんだろ!それでここに頑張って入ったんだろ!落ち着け!」
結城は必死に勉強して、ここに来たと言っていた。港区は不良の多い地区として有名で、結城はそこで不良をしていた。それは凄く難しいことだ。俺なんて、滅茶苦茶塾に通って、ギリギリだったし。しかも母子家庭らしいし、相当苦労してるだろう。よく受かったな、とさえ思ってしまう。それをこんなところで終わらせさせたくなかった。
「なぜそんなに頭に来てるのかわからない。君たちには関係の無いことだ」、そう言い終わると、校長は椅子に座り直した。それがたまらなく、苛立った。
「やっぱり、俺も抗議します。そうやって、なんでも他人事で、自分には関係ないって済ませるんですか。なにも出来なかった俺は、二階堂に助けられました。なのに、なにもしないってのは間違ってます!」
俺は頼りないかもしれないけど、そこは譲れなかった。勉強も運動もなんでも普通ぐらいだし、びびりだけど、そこだけは人として、正しくありたかった。
「君がなにをするんだね?どうするんだ?君に出来ることなどなにひとつない。若者は自分の力を過大評価する。青二才なんだ。結局、君はなにも出来ないんだよ」
「出来ないからって見守ってろって言うんですか?」
「君は言ってることを理解していないな。出来ない。どうしようもない。君の思い通りにするにはルールごと変える必要がある。そんなのは今すぐに出来ることじゃない。そして、判断はもう下された。赤ん坊みたいにダダをこねるのはよせ。受け入れろ。しょせん、ただの停学だよ。鉄パイプで頭を殴るって言うのはな、死ぬ危険性があるんだ。死んだら停学なんてものではすまない。その場合何年も少年院か刑務所に行くことになる」
校長はため息をついた。凄く頭に来たけど、なんとか抑えた。体育の西川が俺たちを引っ張っていって、外に出されそうになった。急に校長室の電話が鳴って、校長が電話を取った。
「はい、校長の山口です。はい。ああ、二階堂さん。いつもお世話になっております。いえいえこちらこそ。貴方のような名士がおってこそですよ、この地区は」
急に校長がおべっかを使い出した。表情は変わっていないが、口調だけはへりくだってるみたいに喋ってる。権力や金に対しては急に態度を変える、嫌なタイプの大人だ。
いきなり校長の眉がしかめられた。
「ええ、娘さんが事件を起こしたからと警察に言われて、こちらの方としてもいたしかたなく停学処分にさせていただいたのですが。いや、県警の方に言われたので。警察で問題ないということになった!?はぁ。わかりました。こちらで手続きをしておきます、問題ありません。今度の食事の席でもよろしくお願いします。ふぐですか、それはいいですね!」
校長が電話を切った。機嫌が急に良くなっている。
「今度のゴルフでは豪華な接待を受けられそうだ。きみ、今度はふぐだそうだよ。どうだね、ついでに今日一杯行かないか」、校長が教頭に対して笑った。
「ええ!?校長!?」、教頭が叫んだ。
「さぁ、帰りたまえ。どうやら人違いだったようだ」
「どういうこと?」、月波が言った。
「どうやら二階堂君の両親が警察に働きかけていいようにしたようだ。それならこちらとしても完全に手続きを履行する必要は無い。行動は最低限に、ということだ」
「つまり、二階堂はなにも処分を受けないということですか」
「そうだ。金持ちは強い。無力な君たちがわめくより、金を積んだ方が早いということだ」
全員が納得しないまま、毒気を抜かれて外に出た。急に月波の電話から音がした。スピーカーホンに変えたみたいだ。
「はい、とーかちゃん。停学になったって聞いて、皆で抗議しに行ったら、急になんともないみたいなこと言われたんだけど」
「ええ。結局、お金の力でなんとかすることになったの。理由を話したら、父さんと母さんがすぐに動いてくれた」
「すっごいね。とーかちゃんち何でも出来そうだね」
「出来ることだけよ」
それで簡単にもみ消す警察もどうなってるんだよ、ってツッコミをしたくなったけど、ぐっとこらえた。
「結局、母さんに怒られて、数日は自主的に謹慎することになったから、しばらくは家にいるわ。それじゃあ」
電話が切れた。
「お金、ね。あたし、やっぱり二階堂のこと嫌いだ」、結城が、見えない空に向かって呟いた。




