17
そろそろいい時間になってきたので、帰ることにした。明日からまた憂鬱な月曜日だったが、とりあえずカナンはまた明日から復帰しそうだったので、いつもよりは優しい気持ちで明日を迎えられそうだ。
駅までの帰り道の間に、結城がカフェに寄ろうと言ったので皆で寄った。
そしてカフェを出て、駅まで歩いていると、道がわからなくなってきた。
全員で迷っていると、明かりの少ない方に来てしまった。薄暗く、クラブや風俗みたいな店が沢山ある。煙草や酒のゴミが道に捨ててあるような場所だ。そこら中にちんぴらがいる。
「ねえ、こっちって違くない?」
「違うみたいだね」
コンビニのあたりで、二階堂と結城と月波はコンビニに行ってしまった。俺とカナンは二人でコンビニの外で待っていた。
そういえば、ここは川中が言っていた治安の悪い場所こと錦三丁目だったと言うことを思い出した。道に迷って、暗いところに入ってしまったのは間違いだった。今日はなにかクラブのパーティがあるらしく、柄の悪い男達が沢山いた。
早くここから出ようと思っていると、柄の悪い男達五人組と出くわした。
「おい、姉ちゃん。俺たちと一緒に飲まねえか?」
五人組の男達が、カナンと俺を取り囲んだ。
一人は痩せて小さく、残りの四人は普通の体格だった。全員髪を金髪か茶髪にして、耳にピアスをしたり、腕にタトゥーを彫っている。半グレとか、不良とか暴走族みたいな感じだ。
「すみません。彼氏と一緒にいるので」、カナンが言った。
驚いて、カナンの方を見ると、カナンは目配せをしてきた。痩せた男がちらりと俺を見た。
「ふーん。こんなんがいいの?もっと男らしいのとか興味ない?」
「いや、結構です」
俺とカナンはその場を立ち去ろうとした。
「結構ね、こっちは結構じゃねえんだよな」、男が呟いた。
俺たちはきびすを返して、早歩きをし始めた。しばらくして振り返ると、五人組が後ろからふらふらとついてきた。
「やばい、ついてきてるぞ」
「うそ、どうしよう」
歩くペースを早めたが、あっちも早くなった。そのうちの二人が急に前に出てきて、囲まれた。そのまま歩いていて、路地にさしかかったところで、一人が横に出てきた。輪が狭まってきて、突き飛ばされた。
「警察呼びますよ!」、スマートフォンを出そうとすると、腕を蹴り飛ばされた。スマートフォンが飛んでいく。
「警察は嫌いだ。あんなカスども、殴り殺してやりたいぐらいだぜ」
そのまま押し飛ばされて、路地裏の通りに追い込まれた。一番前にいたのは小さく痩せた男だった。
「どうしよ、逃げられないよ」、カナンが言った。
「袋のネズミだぞ。観念しろや」、小さな男が言った。男達が近づいてくる。
「俺たちはその女が欲しい。わかるよな?」
「いやだ!欲しいってなんだよ!人は物じゃないんだ」
男達が一歩進む。俺たちは一歩下がる。
「あきらめろよ。殴られたいのか?」
「殴られても渡さない」
また相手が一歩進む。またこっちが一歩下がる。そうしている内に、行き止まりになった。
「どうやら殴られなきゃわからねえみたいだな」、小さく痩せた男が言った。
「よっ、やれ。ボクサー!」、男の内の一人がはやし立てた。
痩せて小さい男がステップし始めた。ボクサーというあだ名らしい。
「お前、弱いくせにイキがってんじゃねーぞオタクが」
ボクサーはしわがれた甲高い声で笑った。他の男達の内の一人が、ボクサーの背中から指でそいつのことを小さいと示して嘲笑していた。全員嫌な奴かよ。仲間内で馬鹿にしすぎだろ。ボクサーが俺の胸ぐらを掴んできた。
「舐めてんのか、このガキ」
思い切り突き飛ばされた。足がもつれて、尻餅をついた。
「立てよ、クソ野郎」
ふらふらと立ち上がると、早い左のパンチが顔に飛んできた。くそっ、痛い。よろめいていると、また左が飛んできた。
「おい、突っ立ってるだけか?あぁ?」、男は嬉しそうに頭を振っている。また左だ。脳が痛くなってきた。また左。
「へっ、ジャブしかまだ使ってねえぜ。本気を出させてくれよ」
他の男達は壁にもたれかかって、薄ら笑いを浮かべている。また左。吐き気がしてきた。また左。くそっ、もう勘弁してくれ。
「次はワンツーだ」、男は言った。早い左と強い右が一瞬で飛んできて、ひっくり返った。
「立てよ!」、男が笑った。胸を掴みあげられて、立たされた。
「サンドバッグにしてやる」、壁に押しつけられて、腹を連続で殴られた。俺は崩れ落ちた。
「もう、もうやめて!もう私の大切な人を殴らないでよ!」、カナンの叫び声が聞こえた。足音がして、俺のそばに、泣いているカナンが駆け寄ってきた。
「聞いたか?大切な人だってよ。じゃあ、なんでもするか?」
「・・・・・・やめてくれるなら、なんでも」
「風俗代が浮いた。しかも相当かわいいぜ、こいつ」、ボクサーが笑った。
「カナン、やめろ」
「いいよ、私の事なんて」
「おい、こっちの男の方も犯そうぜ。かわいい顔してるし、女装させて女の方と対面でさせよう」、男達の一人が言った。
「はぁ?こいつを?お前一人でやってろよ」、違う一人が言った。
「やめてくれるって言ったじゃん!」
「殴ってはないからノーカンだな」、男達が、俺とカナンを引きずりあげた。最悪だ、殴られてしかも男に犯されるとかやめてくれよ!それで、路地から連れ出されそうになった。
だが一人、路地の前に立っていた。長い棒を地面に立てている人のシルエットだけが見えた。
「よく今まで耐えてくれたわ。私のいないときに好き勝手やってくれたみたいね。恥を知りなさい。力はそんなことのために使うものじゃない!誰かを守るために使うのよ!」、二階堂の声が聞こえた。
「おい、女じゃねえか」
「今日は三人は食えるな」
俺は急に離されて、地面に仰向けに倒れた。四人の男達がぞろぞろと、二階堂の方へ近寄っていった。
「かかってきなさい!」、二階堂は槍のように構えた。
一人の男が突っ込んだ。突きを顔に食らって、倒れた。もう一人は叩かれて、倒れた。残りの二人はぶん回すような攻撃で二人とも倒れた。
二階堂は前に歩き始めた。一人が立ち上がって、襲いかかろうとすると、後ろに棒の後ろ側で突きを食らわせて、動かなくなった。一瞬の出来事だ。セガールにやられた敵みたいに、一瞬で周りの奴らが吹き飛んでった。
「なっ」、ボクサーが叫んだ。
二階堂が持っているのは身長より長い鉄パイプだった。両方の先端に返り血がついている。
「私は600年、お家に伝わる武器術と柔術をおじいさまから受け継いだの。あなたはボクシングかなにかをやってるようだけど、私に勝てるかしら。鉄パイプはヘビー級ボクサーの元世界チャンピオンだって殺したわ」
二階堂は鉄パイプで、思い切り脇の壁を殴った。壁が割れて、一部がぱらぱらと削れ落ちた。総毛立つような殺気。二階堂が出しているとは思えないほどだ。まるで絶対零度のビームみたいだ。ボクサーはたじろいだ。
「武器なんて卑怯な奴だな」
「卑怯なのはそっちよ」
ボクサーがステップをし始めた。二階堂はじっと構えている。そしてすこしずつ距離を詰め始めた。二階堂が棒で突くふりをした。ボクサーが頭を揺らした。二階堂が棒で足を叩こうとした。ボクサーは下がってかわした。二階堂が踏み込んで棒を急に伸ばして突いた。ボクサーは腹に食らって、飛び退いた。
「降伏するなら今のうちよ」
「言ってろ」
二階堂の突きを横に避けて、ボクサーが突っ込もうとした。二階堂は棒の先を頭へ振ってはじき返した。ボクサーは腕で止めたが、動きが止まった。二階堂が腹を突いて、ボクサーを押し飛ばした。
二階堂が顔に向かって突いた。ボクサーはかがんで前へ進んだ。ボクサーの後頭部に棒の先が振り下ろされ、ボクサーは地面に倒れた。
そして二階堂がもう一度背中を打ち据えて、ボクサーは動かなくなった。
「手加減するのは難しいわ。こんなに時間がかかってしまった。でも、やりすぎたかしら・・・・・・頭割れてないわよね?」
二階堂はパイプの先で、倒れた男を軽くつついた。パイプの先に男がゆっくりと手をやった。二階堂はパイプで男の手を殴った。
「か、かっこいい!さすがお嬢様!」、カナンが二階堂に走っていって、飛びついた。
「ありがとう、二階堂」、地面に寝転がったまま俺は言った。
「言ったでしょ?友達は見捨てないって」、二階堂はにこりと笑った。
後ろから月波と結城が出てきた。
「すっご・・・・・・」
「それほどでも」、どや顔で二階堂が言った。
「ねぇ、矢神君大丈夫?」、月波が駆け寄ってきた。
「かっこ悪いけど、全然大丈夫じゃないし、立てないよ」
カナンと月波が俺の両手を取って引っ張り上げて、両脇の下に二人の頭が来た。
「ほら、行こうよ!私のヒーロー」
カナンはそうやって、俺にほほえんできた。路地裏から出ようとすると、サイレンの音が聞こえた。二台のパトカーだ。警察はいつも遅れてやってくる。警官が四人降りてきて、二階堂は足を止めた。
血がついた長い鉄パイプを見ると、警官は目の色を変えて、警棒のホルスターに手を伸ばした。
「武器を捨てろ!」、警官が叫んだ。
二階堂はまだ興奮冷めやらぬまま、警官をぞっとするような目できつくにらんだ。一人が拳銃のホルスターの上に手を置こうとした。
「おい、銃はやめろ」、違う警官が言った。
「応援を呼ぶか?」
「相手は少女だぞ。こっちは四人もいる」
「見ろよ。たぶんあの子、相当うまいぞ。警棒じゃこっちがやられるかもしれない・・・・・・」
「警官四人相手なら本気が出せそうだわ」、二階堂が笑った。 そして鉄パイプを放り投げた。
「遅かったわね。あと少しで誰かが酷いことになってたかもしれないのよ」
その場にいた皆が息をついた。
「そこの奴は君にやられたのか?署まで来てもらおう」
その後俺たちは必死に説明をした。二階堂をかばった。それぐらいはしないと。他の男達はもうどこかへ消えていた。警察が来た瞬間知らない振りをして逃げていったみたいだ。あいつらはボクサーを煽っただけで、俺を一回も殴っていない。卑怯な奴らだ。
ボクサーだけはまだ伸びていた。死んでいるわけでも骨が折れてるわけでもなさそうだった。俺たちはその後解放された。二階堂とボクサーだけが連れていかれることになったみたいだ。ボクサーは、プロの試験を受かるぐらいの奴だったらしい。資格をすぐ剥奪された後は、ここら辺の問題児で、ボクサーは警察と何度も揉めていたようだ。
「ま、停学は覚悟してるわ。もし私が退学になっても、忘れないでくれるかしら」
「ああ。忘れるわけなんてないだろ」
「それじゃあ、今日はさよなら」
二階堂は警官とともにパトカーに乗り込んで、どこかへ消えていった。




