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第九話 降伏宣言

 今日はもう遅いから休むように勧められ、ハルカはベッドに入った。

 この杖――飛杖船(ひじょうせん)には個室まであるらしい。

 杖の主人のための部屋と、客間がひとつ。だがとても一人で眠る気にはならず、ハルカとヨシノは同じベッドで寝ることにした。


「藤白さん……まだ、起きていらっしゃいますか?」

「……うん」

「わたくし、なんだか寝つけなくて……」


 ヨシノが声を発したのは、明かりを消して二十分は経った頃だった。


「……魔物とかいうの、たくさんいたね。あちこちに散らばって人を食べてるって、さっき記事が出てた」

「空から現れる数も、全く減っていないと……。一時間におよそ七百匹は出てきているそうですわ」


 七百か。それが昼間から続いていて、いつ終わるか分からないというのだから、日本が敗北するというフウの言葉は現実になりそうだ。


「わたくし達、本当に……戦わなくてはならないのでしょうか……」


 ヨシノの声は震えていた。

 ハルカよりずっと確実に魔物を倒した彼女でさえ、そうなのか。


「……戦うとか国を取り戻すとか、全然わかんないけどさ……」

「はい」

「鳥の魔物に追われたとき、死にたくないって思った。考えるより先に体が動いてた。助かると嬉しかった。――だから、次も助かるための力は、必要だと思う」


 魔物が襲ってきた、だから倒す。そこに理由はなかった。生きたいかどうかなんて、悩むことではない。助かろうと動く体がなによりの答えだ。

 フウは、ここには魔法を覚えるための本があると言った。もしそれを読まずに魔物に喰われることがあったなら、きっと酷く後悔するだろう。


「……そう……ですわね。なにかを学んで損をするということはありません。まずは、そこからですね」

「うん。これからどうなるのか分からないけど、まずは戦い方を知ろう。上位魔人……とかいうのと戦うかは、それから考えればいいよ」

「はい。ああ、なんだか安心してしまいました……」


 声から力が抜けたのを感じて、ハルカもほっと息をついた。


「わたしも、なんかスッキリした。もう寝よっか? 玉坂さん、もう少しこっちに寄っていいよ」

「ええっ! そ、それは……」

「あ……イヤ? そんな端に寄らなくてもと思ったんだけど……」

「い、いえ! では失礼して……!」




         §




<おはようございます。先ほど、目的地に到着いたしました>


 個室を出たハルカとヨシノを出迎えたフウは、開口一番にそう言った。


「よかった、着いたんだ。どこ?」

「福岡県です」

「九州? 日本はもうダメみたいに言うから、てっきり海外に行くのかと」

<それは不可能です。昨日上位魔人が出現した直後、この島国は強い結界によって封鎖されました。外界への出入りは出来ません>


 それは……海外からの助けを期待できないということか。

 一層気落ちするのを感じたが、テーブルに豪勢な朝食が用意されていることに気づき、気持ちを入れ替えた。


「とりあえず支度してごはん! 外の話はそれからにしよう」




 汚れた制服はいつの間にか洗ってアイロンまでかけられていた。

 それに着替えて、フウの異世界料理に舌鼓を打ち、外について考える。

 カーテンを開け放たれた窓の外に広がるのはひたすら森で、人の気配はない。


<ここは太宰府市、太宰府天満宮の奥にある山です。東京から距離がある大きな宗教施設であり、まだ魔物に侵略され尽くしていない、数少ない地域です>

「待って、数少ないってどういうこと?」

<おふたりが眠っている間に魔物は日本列島全体に広がり、ほぼ全土が魔物の制圧下にあります>


 息を飲んだ。スマートフォンは充電が切れて確認できなかったが、まさかそこまでの事態になっているとは。

 恐る恐る、ヨシノが口を開いた。


「……みんな、殺されたということですか?」

<いえ、魔物は魔人の命令により、人間を殲滅はしません。彼らは食糧――いえ、植民地を広げるためにこの世界に来たのですから。ただし、一割から二割ほどの人間はすでに喰われたと思われます>


 それは――大変な数ではないのか? 日本にいる人間の十人に一人は、わずか半日の間に怪物のエサになったと?


「……玉坂さん、ご家族って」

「父は仕事で海外に。けど……母を東京に残してきてしまいました」

「わたしもお兄ちゃんが……自衛隊が勝ってると思って安心してたけど、そんなことになってたなんて……」


 しん、と沈黙が降りる。


「とりあえず! 外に出ようか。まずは誰かに会って話がしたい」

「そ、そうですわね! それと公衆電話を探したいです。実は北九州市に祖父の家があるんです。会えるかもしれません」

「いいね、じゃあまずは電話を探そう!」


 大人がいるのは心強い。

 女子高生ふたり、なんの準備も考えもないまま見知らぬ土地に来てしまって、正直なにをしていいのか分からなかった。


<コウシュウデンワ、とはどういうものでしょうか>

「え……なんか道端とかに設置してある……緑の電話で……」

「硬貨を入れて、遠くの人と話せる道具ですわ」

<……こちらで探すには情報が少ないので、ひとまず森を出ます。五分ほどお待ちください>


 とくに浮遊感もなく、窓の外の景色が下に流れていった。

 これは便利だ。移動するのに歩く必要がなく、車より速い。


「あ……藤白さん、これを」

「ん? ありがとう?」


 ヨシノが何か思い出した様子で差し出したイヤホンの片方を耳にはめる。

 と、


<――繰り返します。関東・東北・中部地方は突如現れた謎の生物に襲撃され、昨夜十一時三十分、峰上総理大臣が降伏を宣言しました>

「……っ!!」

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