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第七話 チートアイテム/飛杖船

 陽が山あいに落ち、空が赤く染まり始めた頃――

 杖の柄にあしらわれた紫の宝石が、チカチカと瞬いて何かを主張した。


「……充電切れでしょうか?」

「そんなまさか……」


 家電製品の扱いも怪しいハルカは、未知の道具の異常にひくりと頬を引きつらせた。

 空の上。止め方も降り方も分からないこの状況で、突然電池が切れるなんてことになったら……。


「しょ、省エネモード。省エネモードとかないかな」

「そちらの宝石、ボタンだったりしないでしょうか」

「これ?」


 点滅する大きな紫の石の下、小ぶりな赤い石を指先で押してみる。

 押し込まれる感覚はない。ただ宝石に指を押し付けた感触に肩を落とし――


「えっ」


 気がついたら、()()()()()

 ピンクを基調とした十畳ほどのリビングダイニングで、いくつかのドアと品の良い家具が設えられている。

 暖房器具でもあるのか、室温はかなり高い。雨風にさらされ続けた体から力が抜けていくのを感じた。


「藤白さん、ここは……どこでしょう」

「わかんない……あっ窓!」


 厚いカーテンに覆われた窓を見つけ、そっとめくってみる。

 強い西日が差し込んで、目を慣らしながら見渡すと、どうやら空の上ではあるようだ。

 眼下には先ほどとそう変わらない、広大な緑とわずかな町らしきものが広がっている。


「いかがです? ……まあ」

「高さも速度も多分さっきと一緒だから……まさかと思うけど、ここって……」

「杖のなか、でしょうか」


 にわかには信じがたい話だ。

 納得できずに部屋のなかを見渡す。と、部屋の中央に鎮座する背の低い円柱に、先ほどのと同じ色の大きな石が、仰々しいガラスケースに守られて置かれていることに気がついた。


「これ……」

「まあ、大きな宝石」

「さっきはあの赤い石に触れたらここにいたから、もしかして……」


 手を伸ばすと、ガラスケースだと思われた透明のそれはなんの抵抗もなくハルカの手を通し、簡単に中の石に触れることができた。


「あっ!? 寒い!!」


 そして一瞬の間も置かず、ハルカは再び杖にまたがっていた。

 予期せぬ強い向かい風に煽られて吹き飛ばされかけ、慌てて再び赤い石を押す。


「藤白さん……! いま、どちらに?」

「そ、外……」

「で、ではやはり……」

「うん。嘘みたいだけど……ここ、杖のなかだ。石に触れたら出入りできるみたい」


 そういう便利機能があるなら、もっとはやく知りたかった。

 長時間記録的な豪雨にさらされ続け、もう手足はかじかむを通り越して麻痺している。


「と、とりあえず服着替えよっか。凍死しそう」

「そうですわね……あっ」


 手早く濡れた制服を脱ぎ捨てながら振り返ると、ヨシノはびしょ濡れになった通学カバンの中を見て固まっていた。


「あ……玉坂さん、ジャンケン負けたんだっけ?」

「残念ながら……わたくし、昔から運がなくて」


 気がつけばよかった。ハルカがリンユオからもらった革袋はかなりの大容量らしく、ヨシノのカバンひとつくらい、難なく入ったのに。

 しかし参った。ハルカの体育着を上下で分け合って着てもいいが、できればしっかり着込みたい。


「せめてタオルとか……そこのカーテンはいじゃう?」

「あ、でも濡れた服を脱いだだけでもだいぶ違いますわ。このお部屋、とても暖かくて……」

「そうは言ってもそのままじゃ……。こっちの部屋、入っていいのかな……」


 五つあるドアのひとつを開く。最初の部屋の広さだけでも驚いていたというのに、ドアの向こうにはさらに短い廊下と、三つのドアが存在した。


「広……どうなってんの、ここ……あ、ああーーーーっ!!?」


 ぼやきながら再びドアのひとつを開き、飛び込んできた光景に思わず絶叫する。


「どうしました!?」

「たったた大変!! 見て!!」


 慌てて飛び出してきたヨシノを誘導し、いま見たドアの向こうを彼女にも見せる。


「お風呂ーーーっ!! 広い! 浴槽ある! シャンプーある! タオルいっぱいあるーーっ!!」

「まあ、まあ……!!」


 感激したハルカと手を取り合って、ヨシノも静かな声で歓声をもらした。


「杖くれたってことは、この中の物もってことでいいのかな? このお風呂、使っていいのかな?」

<かまいません> 

「っ!?」


 突然聞こえた第三者の声に身構える。その姿を探してきょろきょろと周囲を見回すが……


<私をお探しなら、こちらです>


 再び聞こえた声をたどると、ヨシノの背後、腰ほどの高さに、小さな白い人形のような少女が浮いていた。


<この杖――飛杖船(ひじょうせん)の所有権は目的地へ到達するまでの間、ヨウフォン様にあります。しかしそれは船内設備の利用を妨げるものではありません。我が主はお二人の安全と存命を願いました>


 肉声とも機械を通した声とも違う、不思議な響きを持った美しい声。しかしその語り口調は抑揚に乏しく、どこか機械的だ。


<ここにあるものは全て、ご自由にお使いください。お二人を逃がすというヨウフォン様の命に反すること以外でしたら、なにをなさっても問題はありません>


 そう言って少女が湯殿をすっと指差すと、水瓶を模した水栓からお湯が溢れ出した。湯気を立てながら勢いよく浴槽が満たされていく。

 さらに湯殿の天井に指を向けると、洗い場全体にシャワーが降り注いだ。

 その蒸気がただよってくるのを感じて、ごくりとつばを飲み込む。


<私はこの杖を管理する妖精・フウです。身の回りの世話は私にお任せください。湯浴みをされるのでしたら、どうぞ>


 無言で、ハルカとヨシノは顔を見合わせた。

 そして次の瞬間にはかろうじて身につけていた下着を放り出し、熱々のシャワーに飛び込んでいた。


「お風呂ーーーーーっ!!!」

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