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第六話 逃走劇

「きゃあああ……」


 冷たい雨風が頬を打つ。ハルカは杖に、ヨシノはハルカに伏せる形でしがみついているが、気を抜けば振り落とされそうだ。


「たまっ、さかさん……! 遠慮はいらないから、もっとしっかり捕まって……!」

「はっはいい……!」


 どこか控えめだった腕にぎゅうと力が入る。

 どこに向かっているのだろう? いつ止まるの? どうやって降りればいい?

 様々な不安が頭をよぎる。

 だが、つんざくような異音が風に混じって耳に届いたとき、ハルカは今を生き残れるかも怪しいと悟った。


「魔物……!!」


 コウモリに似た羽毛のない羽の、巨大な鳥の群れだ。ぎょろりとした三つ目でハルカらをとらえ、真っ直ぐこちらに向かって来る!


「玉坂さん、魔法は……!?」

「わたくしはまだ……先ほどはすぐヨウフォンが助けに来てくださって……」


 となるとハルカがやるしかない。

 寿命を消費するという貴重な一撃を、この土壇場で使わせるわけにはいかないだろう。


「ごめん、わたしの腰、しっかりつかんでて……!」

「は、はい! 全力で!」


 ぐうっと思いがけない強さで締め付けられ、つい嗚咽がもれかけた。

 ――玉坂さん、意外と怪力……!

 だが落ちるよりはいい。ハルカは腰をひねってななめ後ろを向き、右腕をヨシノの右肩に押し付ける形で安定させた。


「悠の名のもとに……力に名を、名に形を与える。――ロウジエン!」


 放たれた光の矢は先頭の一羽の巨大な羽を掠ったが、仕留めきれてはいない。

 怪鳥はぎゃあぎゃあと濁った鳴き声をあげながらも、まだ諦めていない様子だ。

 ……落ち着け。もっとよく狙って……。

 雨で見づらいが、羽の動きが大ぶりだから、慎重にやればタイミングはつかめるはず……。


「……っ藤白さん、上!!!」


 切迫した声に反射で腕を真上に振り上げる。


「――ロウジエン!!」


 とっさに放った矢が怪鳥の大きなクチバシの中に突き刺さったのは、ハルカの指のほんの数寸先だった。

 目に入った血飛沫と雨水を乱暴に拭いながら、一瞬遅れていたら腕ごと失っていたかもしれないという事実に戦慄した。

 そして同じ化け物がまだ何羽も、ハルカたちを狙って追走している。


「――ロウジエン! ロウ……ジエン! ロウジエン!!」


 考える余裕はない。とにかく後ろめがけて打ち続けた。

 体の芯からなにかが抜けていくような――おそらくは魔力の消費している感覚なのだろう。みるみると抜けていくそれを感じながらも、時折まぐれで一羽仕留めると、ふわりとまた戻ってきた。

 ――とにかく一匹。リンユオの言葉を思い出す。

 一匹殺せば、次を殺す力を手に入れられる。


 ハルカの雑な攻撃でいくらか数を減らした怪鳥は、キイキイと鳴きながら翼をひるがえした。

 そのうち一羽は羽の付け根に矢傷を負って、群れに追いつくのもやっとの体でふらふらしている。


「あ……玉坂さん、今!!」

「え?」

「あああ見えないよね! 杖、反対向いて! お願い! お願いったら!」


 だが、杖は無反応だ。変わらず真っ直ぐ進むのみである。


「ああ、もう……っ!」


 かなり無理な姿勢にはなるが、ハルカは限界まで腰をひねって片手で杖を強く握り込み、もう片腕でヨシノの腰を引き寄せた。


「ぜっったい落とさないから、後ろ向いて。あの動きの遅い奴なら、当たると思う」


 距離は少し離れたが、元々大きな的だ。今なら危険もなく、試す勝ちは大きい。


「――はい。吉乃、やらせて頂きます。……吉乃の名の元に、力に名を、名に形を与える……ロウジエン!」


 見事的中。

 背中に矢を受けた怪鳥は真っ逆さまにビル郡に飲み込まれていった。


「やった! すごい玉坂さ……」

「ロウジエン!」

「えっ」

「ロウジエン! ロウジエン! ……ロウ!」


 なんかアレンジした!?

 一羽では飽き足らず残りの群れの大半を仕留めきったヨシノは、納得したように頷いた。


「お力添えありがとうございます。もう大丈夫ですわ」

「あ、はい……」


 さすがに的が見えないほど離れるとそれ以上の追撃はしなかったヨシノだが、なんだか、狐につままれた感覚である。


「藤白さん、わたくし、心得ました」

「うん?」

「ロウ……で止めると、威力は落ちますが消費する魔力も減るようです。矢が細くなるので広場にいたような大きな獣には使えないでしょうが……」


 会得していらっしゃる。

 このお嬢様、つよい。

 ハルカは数撃ちゃ当たるの精神でとにかくバカスカ乱射して、おそらく五羽は仕留めただろうか。

 一方ヨシノの撃破数は四羽だが、その全てが一撃必殺だった。一射たりとも外すことなく、一撃で巨大な魔物を仕留めてみせた。


「玉坂さん……」

「はい、なんでしょう?」

「ずっと仲間でいてね」

「はい! 喜んで」


 たおやかな微笑みがあまりに頼もしい。

 どこにたどり着くかも分からぬ道中だが、とりあえず、魔物に喰われる心配はいらないのかもしれない。


 東京の空に穴があいてから、なぞの少年に出会ってから、駅前広場での戦いから、どのくらい時間が経ったのだろうか。

 ようやく雨雲を抜け出して広がった空はまだ青く、本来ならまだ授業中だったのかもしれない。

 返り血はすっかり雨で流され、空の上にさえいなければ、とても先ほどまでの出来事を信じられない。

 だが事実としてハルカは魔法の杖などに乗って空を飛んでいて、後ろには普段めったに話さない玉坂吉乃がいる。

 ヨシノが片方分けてくれたイヤホンからはニュースの続報が流れ続ける。

 リンユオの動画が拡散され、その方法で戦う者が一定数いること。

 総理は米国に救助を依頼したが、未だ色よい返答はないこと。

 関東全域が避難区域に指定されたこと。

 被害は留まることを知らず、拡大する一方であること――。


 ああ、一体、これからどうなるのだろう。

 この世界に、なにが起きているのだろう……。

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