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第十六話 結界魔法

「……生きる、意志……」


 そんなことを、言われても。ハルカは困惑して視線を落とした。

 生きたいという思いと、他者を害する覚悟とは別物だ。

 魔物はまだ、ただ怪物として認識できたからよかったが、魔人はもう駄目な気がしていた。

 殺されかけたとはいえ、ほんのわずかな時間とはいえ、人として立ち振る舞うところを見てしまった。


「……しかたないな。キミはまだまだ子供らしい」


 ハルカに動く気配がないと分かると、リンユオは深い溜め息をついて、「これ持って」と自らの剣をハルカに押し付けた。


「わ、わたし剣なんて……」

「斬れとは言っていない。それは杖の代わりだ。今から俺が言う呪文を繰り返して。いいかい、――」


 訝しみながら、ハルカは口の中で同じ言葉を繰り返す。「……悠の名の元に、チア・リュエデュオン」

 ――途端、倒れていた魔物の体が光の粒子となって霧散し、魔力結晶だけがその場に残った。


「あ……」

「次からは一人でやるんだよ。それから、強くなるつもりがあるのなら、いま回収したその魔力は無駄にしないことだ」


 言いながら剣を帯に差し、ハルカの返事を待つこともなくリンユオは高く跳躍した。

 そのまま電柱を伝い、振り返りもせずに去っていく。

 その後姿を眺めながら、少し離れた後方からの物音にハルカは自分のすべきことを思い出した。


「……そうだ、残りの魔物……倒さなきゃ」


 子供扱いされた。間違いなく。

 結局殺したことには変わりないのに、非現実じみた演出のせいかあまりその実感はない。

 きっと殺す前に目が合ったら、静止の言葉や悲鳴が聞こえたら、無理だった。少なくとも今はまだ、人の血も肉も見られる自信などない。

 リンユオが妥協してハルカに教えた呪文は要するに、そういう嫌な部分をふんわり覆って、最小の罪悪感で命を奪う方法。自分を誤魔化すためのものだった。

 思うところはあったが、ハルカはとりあえずその事実に目をつぶって、成すべきことを成すために歩き出した。



         §




「藤白さん!」


 木陰に隠れていた最後の二体を倒したとき、頭上からヨシノの声が響いた。


「玉坂さん!」


 杖にまたがって現れたヨシノはハルカの姿を認めるなり、垂直に降下して着地してきた。いつの間にか杖を乗りこなしているらしい。


「結界の用意できた?」

「はい! フウさんの言う通り、いくつかのポイントにこの石の杭を打ち込んで参りまし……大丈夫ですか?」

「え?」

「顔色が優れないようです……やはりあれだけの数、お一人で戦うのは無理があったのでは」


 ん? と首をかしげた。なにか噛み合っていないような。


<この会話は我々の精神を繋げて行っている密談です。ヨシノさんには聞こえていません。また外の景色も、私の判断でお見せしませんでした。ただでさえ暴れていらしたので>


 なるほど。どうやらヨシノは魔人との遭遇を知らないらしい。

 しかし――


「暴れたって、玉坂さんが?」

「っ藤白さん、どなたと会話を? まさかフウさんとお話しているのですか?」


 つい口に出してしまうと、ヨシノが前のめりに慌てた。理由も状況も全く想像できないが、この様子では事実なのか。


<はい。ハルカ様と別行動になったことをお伝えした途端、ヨシノさんに攻撃を受けました。ハルカ様の元に戻らねば殺すと仰って……ハルカ様の安全のためにも迅速に結界を張る必要がある、と説得し事なきを得たのですが>

「ふ、藤白さん? フウさんはなんと?」

「……な、なにも聞こえなかった。故障かなー?」


 忘れよう。間違いなく、聞いてはいけないことを聞いた。

 ハルカが敵を殺すか迷っていた時に、ヨシノはフウを殺しかけていたと? 出来るなら冗談だと言ってほしい。


 ひとまず移動のために飛杖船の中に戻ると、出迎えてくれたフウの姿は、どう見ても事なきを得られていなかった。お人形のような綺麗な服がヨレヨレだ。


「この結界ってどこからどこまで続いているの?」

<龍脈――と呼ばれる魔物が好む力の流れを囲う形で、太宰府天満宮から太宰府市外までを繋げました。内部に潜む魔物を殲滅できれば、今後、この結界の中は完全な安全地帯となります>


 かなり広範囲だ。それなら太宰府天満宮に避難している人々の多くは、元の家に帰られるかもしれない。


<とはいえ当分は警戒が必要です。近辺に魔物の気配はありませんが、すでに離れた場所に逃げた、あるいは隠れている可能性もあります。念の為、一ヶ月ほどは残党を警戒した方がいいでしょう>

「じゃあ当初の目的通りでいいかな。これから結界を張って、それから食糧を回収し、参道に戻る。でいい?」

<はい。ではさっそくですが、呪文を>


 そう言ってフウが差し出したのは黄味がかった一枚の紙だ。長い。


<ハルカ様はまだ短縮呪文を使えませんので、この長さになりました。ちなみにこれは先ほど、私が日本語に書き起こしたものです>

「えー……と、読み上げればいいの?」

<外でお願いします。杖の柄に触れて、心を込めて>

「はい」


 呪文を唱えるのに心が必要なのか? 疑問だったが、とりあえずハルカは飛杖船の外に出た。

 いつの間にやら離陸していたらしく、そこは太宰府市全貌を見渡せるほどの高所だった。少し怖い。あと、紙が飛んでいきそう。


「えー……んんっ! 悠の名のもとに、我が力は土に根差し、此の地の龍脈と交わり庭守の楔となれ。楔の名は、北に(はつい)、う、(うみやめ)? (とみて)、西に(すばる)、――、――。――――。く、楔は大地と調和し、国神土地神八百万の神、御名(みな)を知り申さぬいずこの神々の領域も侵さぬことを此処に誓う。制約、結界は内に守護せし生命の拒絶により破られる。故に結界は永劫不動の――」


 な、長い。まだあるの? 意味あるの? これ。

 一行目からすでに嫌になって、ハルカは内心ため息をついた。

 国語の時間に教科書を読み上げるのはそれなりに好きなハルカだが、こうよく分からない文章をつらつらと続けるのは、かなり辛いものがあった。途中何度か噛んだ。

 これでまだ折り返し地点。ゆうにA4ノート一ページ分はあろうかという文量を読み上げ、これで終わりという感慨とともに、ハルカは高らかに叫んだ。


「結界はここに成る――フ・ジウ・ゴンディエサイ!」


 光の膜が、空を包み込んだ。

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