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第十五話 魔人遭遇

 目が合った瞬間、ハルカは死を予感した。

 重苦しくのしかかってくる威圧感――フウがそばにいればそれは魔族の持つ”瘴気”だと知れただろうが、ハルカはそれをただ、目の前の相手への怯えから感じているものだと思った。


「……なんだ、他にも使えるんじゃん。今のは移動魔法か? 舐めたマネしてくれるじゃねェか」


 魔人の一人、角の生えた男が低い声で言った。

 それは怒っている――というより、こちらを萎縮させようとして言っているように感じる。

 姿は人間のそれに近いが、三体はそれぞれ尾や翼、角を持っており、まるきり同じというわけではないらしい。


「若いね? 私、このくらいのが一番好き」

「おまえの好物は(わた)だろ? 分けてやるから手伝えよな」

「僕もいいの……?」

「ちょこっとな」


 男が二、女が一。ハルカを分け合う算段をつけながら、抜け目なく広がって逃げ道を塞がれた。走って引きつけるつもりだったが、その隙もない。


「……悠の名のもとに命ずる! 我が力よ、此処に(かたち)を示せ! ――チェン・ロウジエン!!」


 苦し紛れの呪文は、あえて最後まで唱えることを許されたように感じた。

 ハルカの正面の男性魔人は慌てる素振りもなく、冷静に光の矢をかわす。


「っかしいよな~。捕らえた人間共が言うには、使える呪文は一つきりのはずだよなァ?」

「どのみち初歩レベルではあるけど――ねーえキミ、それ誰に教わったの? 話してくれるなら生かしてあげるから、教えて?」


 魔人らにとって、ハルカの攻撃は脅威でもなんでもないらしい。

 まるで、オモチャの剣を振り回す子供の相手をする大人のような、そんな態度で女は声をかけてきた。


 ――でも、魔法が広まるのを嫌がっている……? だとしたら、魔法を教えてくれた者などいないと言っても、まず信じないだろう。おそらく太宰府天満宮に籠城する人々が怪しまれるだけだ。かといって飛杖船のことを話せば玉坂さんを危険に晒すことになる。

 となると……


「……っロウジエン!!」

「おっ」


 イチかバチか、男に向けて光矢を放ち、避けようと身をよじった隙に横を走り抜ける。

 ――やった! 油断してくれていて助かった。あとは玉坂さんが戻るまで……


「まあ待てよ」

「……っ!?」


 ひらりと跳躍し、男はハルカの目の前に降り立った。


「そう邪険にすんなって。なァ? まずは腕の一本でも喰ってみりゃ、話す気になるか?」

「ぅあ……っ!!」


 男の手がハルカのそれを這い、上腕を強く掴んだ。そのまま千切るつもりでいるのか、手加減なく締め付けられていく。

 男は鋭い牙を見せびらかすように口を大きく開いて笑い、ハルカの表情に怯えを認めると、さらに笑みを深めて力を入れ――


「――なんだ、もう負けるの?」


 突然頭上から響いた声に、ピタリと動きが止まった。

 とっさに腕を振り上げて男から逃れ、数歩距離をとる。

 それからようやく見上げると、電柱の上に銀髪の少年――リンユオがしゃがんでこちらを見ていた。


「リ……」

「誰だ、てめえ!?」

「さて、誰かな?」


 無造作に飛び降りたリンユオは軽々と着地し、ハルカの前に立った。


「昨日の子の何人かが東京を出たと聞いて、感心して来てみたんだけど……やっぱり無理があったかな?」


 リンユオは、ハルカの勝敗や生き死ににさして興味があるふうでもなく言った。

 魔法を教えてくれた。数が限られていると言いながら、便利な道具もくれた。今もこうして、助けてくれた。

 ――だが、味方だとは信じきれない何かが、リンユオにはある。


「ま、今回はさすがに運が悪かったか。対魔人向けの魔法は教えてないし、教えたところでまだ使えないだろう。――しかたないね」


 ひとりで勝手に話を進めると、リンユオは腰の帯に差していた剣を鞘ごと構えた。


「よく見ておくんだ。戦う(すべ)を教えてくれる親切な奴なんてそういない。自分で盗むんだよ」


 リンユオがそう言った次の瞬間、片手で構えられた剣がわずかに動いた。

 固唾を呑んで見守る。だがリンユオはそれ以上全く動かず、代わりに三人の魔人がぐらりとバランスを崩して倒れた。


「あ……?」


 間の抜けた声をあげたのは倒れた男だ。自分の身になにが起きたのか理解できないまま、男は地に伏して知る前に完全に沈黙した。


「どう? 剣の振り方、魔人の急所、大体わかっただろう?」

「え……いや何も……」

「ありゃ。見込みないなァ」


 無茶を言う。スポーツ観戦をしていても目が追いつかないことがあるのに、今の――居合いのような一瞬の剣など見えるものか。


「まあいいや。せっかくだから仕上げは任せてあげる。こいつらにトドメを刺してごらん」

「え……っ!」

「遠慮しなくていい。まさか人の姿をしている相手は殺せないなんて言わないだろう? 昨日散々殺った魔物共と同じだよ」


 殺せる――のだろうか。まず勝てる見込みがなさすぎて、全く考えていなかった。

 しかしハルカは、人をぶったことすらない。角や尻尾以外人と変わらない生き物に矢を射掛けるなど――。


「うーん……こちらの生態を少し勉強したんだけどね」


 唐突にリンユオは話題を変えた。


「ミツバチとスズメバチ……だっけ。俺からしたら同じ種族にしか見えないんだけど、ミツバチからしたらスズメバチは天敵らしい。力の差は圧倒的で、一対一なら必ず負けるそうだ」


 持っていきたいオチが見えてしまった。そんな回りくどいことを言われなくたって、ハルカも分かっている。


「それでも群れで連携してミツバチはスズメバチを殺す。自分たちの安寧のために。これと似たような生き物は俺の世界にもいるんだけど――ていうか、たいていの生物はそうじゃないかな?」


 自然界の常だとでも言いたいのか。だがそれは、直接的に命を奪う経験に乏しい現代日本の子供には厳しすぎる理論だ。


「生きるために敵は殺せ。敵を生かして自分が殺されたら世話がない。――わかるだろう?」


 分かっている。すぐ後ろの駐車場には人の腕が転がっているのだ。

 リンユオが来なければハルカもそうなっていただろうし、明日そうならないとも限らない。

 ――分かっているが、ハルカの手は震えていた。


「さあ――おまえの生きる意志を、俺に見せてみろ」

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