第88話「何故妹はあんな場所に……」
「うん、じゃあ俺達もそっちに行くから」
俺は電話を掛けてきた凛にそう言うと、一度電話を切る。
そして――目の前に来た少女たちの方を見た。
「何でここに居るんだ……? 雲母に、アリスさん……」
「あ、あはは……」
「岡山に新しい企業を出そうと思って、その下見。金髪ギャルは将来の為に勉強したいって事でアリスに相談してきたから、連れてきた。他にも猫耳爆弾とか連れてきて、ただ勉強ってのも可哀想だから遊びに連れて出たら、カイ達を見かけたの」
鉢合わせをした気まずさからか、雲母は苦笑いをしていた。
アリスさんは相変わらずの無表情だけど、いつもの様な気だるさは無い。
恐らく俺達の様子を見て近寄ってきてる事から、こっちが緊急事態だという事に気が付いてるのだろう。
でも、アリスさんが言った事は本当なのだろうか?
……まぁ、岡山県は数年前からたくさんの大手企業が目を付けてる県だからな。
岡山県は中国山脈、四国山脈、九州山脈に囲まれているから台風などの被害が少なく、雨も中々降らない晴れの国として知られている。
そして地震などの天災が少なく、海にも面している事から物品の運搬にも便利で、多くの大手企業がこの県に注目していた。
実際岡山県には、ここ数年急成長を遂げている企業の本社がある。
だから、アリスさんも今後の為に下見に来て、雲母もついてきたのだろう。
――うん、そう考えるとシックリくる。
アリアと違ってアリスさんは良い人だし、前話した時に雲母はアリスさんと完全に和解したのだろう。
だから、二人が一緒に居ても全然おかしくない。
俺はアリスさん達と鉢合わせをしたのが偶然だと結論付けると、アリスさん達が現れた瞬間から俺の右腕に抱き着いて、アリスさん達を威嚇している咲姫の事を見る。
今日一日、こんな風に咲姫に抱き着かれて振り回されていたのだが、今は今日の中で一番強く俺に抱き着いて来ていた。
やはりまだ雲母の事を嫌っているのと、前に俺の部屋に上がり込んでいたアリスさんの事が気に入らないのだろう。
「それより、何かあったんでしょ?」
俺が咲姫を見ていると、アリスさんがそう言ってきた。
そうだ――今はそれどころじゃないんだ!
「はい……実は、桜ちゃんが迷子になっちゃったんです」
「ちびっ子天使が迷子……?」
俺が桜ちゃんが迷子になったというと、アリスさんが怪訝な表情で俺の事を見てきた。
まるで、『それくらいで何を騒いでるんだ』みたいな目を俺に向けてきている。
別に騒いだ覚えはないが、俺や咲姫にとってこれは大事だ。
いや、桜ちゃんの事を良く知る雲母も、この状況がまずいという事に気付いてるみたいで、焦った顔をしていた。
「実は桜ちゃんって凄く方向音痴――っていうのも生易しいくらい、ありえないくらいの方向音痴なんですよ。だから一人で迷子になったとすると、何処に行っちゃうかわからないんですよ」
俺はアリスさんに、この状況が如何にまずいかを告げる。
だけどアリスさんは相変わらず怪訝な表情をしていた。
「電話すれば?」
「あ、いえ……実はさっき従妹からはぐれたという電話をもらったのですが――俺も従妹に同じことを言うと、桜ちゃんに電話をしても繋がらないらしいんです」
確かにアリスさんの言う通り、今の時代スマホを持ってるのが当たり前だから、はぐれても電話で連絡を取り合えばすぐに合流が出来る。
だからその事を俺も凛に言ったのだが、既に何度も電話をしたのに繋がらないし、探しまわっても見つからないから俺に電話をしてきたという事だった。
「でも、おかしいよ? だって凛ちゃんは花を摘みに行って戻ったら桜が居なかったって言ってるけど、あの子はそういう時絶対黙っていなくならないよ?」
俺とアリスさんの会話に入ってきたのは、咲姫だった。
相変わらずアリスさん達の事を怪訝な表情で見てはいるが、咲姫も桜ちゃんの事が心配なのだ。
「なるほど……じゃあ、カイのスマホでちびっ子天使の位置を確認すればいい」
「あ……!」
咲姫はアリスさんが言った意味がわからずに首を傾げているけど、俺はその言葉に思い当たる物があった。
というか、その為にあのアプリを作ったんだった。
「カイ……ちびっ子天使の事となると、冷静さを失いすぎ……。それじゃあこの先が思いやられる」
「す、すみません……」
呆れた表情で俺の事を見ているアリスさんに、俺は思わず頭を下げた。
「ねぇねぇ、どういうこと?」
俺達のやり取りを聞いていて話について来れていない咲姫が、俺の服をクイクイっと引っ張りながら上目遣いで聞いてきた。
……どうしよう、凄く可愛いんだけど……。
「カイ……」
「す、すみません!」
俺が、至近距離から上目遣いで見上げてきている咲姫の事を可愛いと思っていると、アリスさんが俺の事を睨んでいた。
だから、すぐに俺も頭を下げた。
そんな俺達のやり取りを、咲姫と雲母は不思議そうに首を傾げて見ている。
「えと……このアプリで、桜ちゃんの居場所がわかる様にしてるんだ」
俺は自分のスマホで桜ちゃんの居場所がわかるアプリを開きながら、咲姫にそう説明した。
「なんで、そんな物を……?」
「ひっ――!」
咲姫にアプリの事を説明すると、さっきまで上目遣いの可愛い顔だったのが、瞳から光を失った病んでいる顔に変わった。
心なしか、夏なのに寒さで体が震えてしまう。
恐らく、自分の大切な妹の位置を特定できるようにしていた俺に対して怒っているのだろう。
真夏なのに寒気がする程の冷気を発しているのは、まず間違いなく彼女だ。
咲姫の雪女並みの冷気は健在のようだった。
「なんで桜には入れてて私には入れてないのよ……。私だって海君にそういうのしてほしいのに……」
「え?」
俺が咲姫の冷気に体を震わせていると、咲姫が何か呟いた。
だけど、その声が小さすぎて何を言ったのかまでは聞きとる事が出来なかった。
「カイ、それよりもちびっ子天使の居場所を」
「あ、そうですね。えと――え……? なんでこんなとこに……?」
俺は桜ちゃんの位置情報を取得すると、その位置が有り得ない場所にある事に気が付く。
「どうしたの?」
戸惑っている俺の表情からおかしい事を察したのか、アリスさんがスマホを覗き込んできた。
「……山?」
「はい、そうなんです。桜ちゃんが居る場所は半口山――いえ、笹ヶ崎って所にある山なんですよ。ここからそう遠くはない場所ですが――どうしてこんな所に?」
桜ちゃんが居る場所は、岡山駅から自転車で40分――本気で飛ばせば20分くらいでいける山だった。
確かに凛がその辺に居たとは聞いているけど、いくらなんでも山の中に居るなんて……。
「あの子方向音痴だから、迷って山の中に入っちゃったのかな?」
アリスさんに続いてスマホを覗き込んでそう言ってきたのは、咲姫だった。
「それはなくない? 流石のあの子でも、山と街の違いはわかるでしょ?」
続いて、雲母もスマホを覗き込みながら会話に入ってきた。
「金髪ギャルの言う通り。普通迷子になれば、人が多い方に行くから街に向かうはず。なのに山の中に居るのは明らかにおかしい」
「「「……」」」
アリスさんの言葉に俺達三人は黙り込んでしまう。
明らかに、桜ちゃんの身に何か起きてるとしか思えない。
「この山……蛇や蜂はもちろん、猪も居るんです。早く連れ出さないと、大怪我じゃすまないですよ」
「うん、今からちびっ子天使の元へ向かった方が良い」
「はい、従妹とも合流する事になっていますんで、途中で拾っていきましょう」
「いや、カイは自転車で先に一人で行ってほしい。この時間車が凄く混んでるから、この距離なら自転車で行った方が早い。従妹の方はアリス達が拾っていくから、カイはちびっ子天使の元に先に行って」
「ですが……」
「心配しなくても、カイの居場所はアリスにはわかる」
アリスさんはそう言うと、自分のスマホを取り出した。
そういえば、前に桜ちゃんの為にアプリを作るかどうかでアリスさんに相談した時、アリスさんにもアプリを渡して位置情報を交換したんだった。
「わかりました、従妹の事はおねがいします」
「うん、任せて。だから、カイは一刻も早くちびっ子天使の元へ」
「はい!」
「ま、まって!」
俺がアリスさんに返事をして駆け出そうとすると、咲姫が大声で制止した。
「どうした?」
「私も行く! だって、桜の事が心配なんだもん!」
「いや、でも……」
急について来ると言い出した咲姫に困り、俺はアリスさんの方を見る。
「駄目に決まってる。自転車は借りればどうにでもなるけど、山で遊んだ経験がある人と無い人では、山の中での移動時間が全然違う。カイは幼い頃から山で遊んでるけど、君はそうじゃないでしょ?」
「だ、だけど……」
アリスさんに否定されても尚、咲姫は粘ろうとする。
俺にはその気持ちがよくわかる。
だって、桜ちゃんは俺にとっても咲姫にとっても大切な妹だから。
「大丈夫だ、俺が絶対桜ちゃんを連れ返ってくるから。だから、任せてくれ」
咲姫の気持ちがよくわかるからこそ、彼女が安心できるように俺は力強くそう言った。
「海君……。うん、桜の事、おねがいね……」
俺の言葉を信じてくれたみたいで、咲姫は退いてくれた。
だから俺は、笑顔で咲姫の言葉に頷く。
「時間が惜しい、行ってカイ」
「はい!」
俺はアリスさんの言葉に頷くと、自転車置き場に向けて全力ダッシュする。
そして自転車を受け取ると、本気でペダルを回して桜ちゃんの元へと向かうのだった――。
2
「はっや~……」
自転車置き場に向けて走る海斗の背中を見ながら、私は思わずそう呟いた。
海斗ってあんなに足が速かったんだ……。
体育の時間は手抜きしてるんだね。
本気で走る海斗のスピードは、クラスで足が凄く速いと言われる男子と大差ない様に見えた。
「さて、アリス達も行こっか」
私が海斗の後ろ姿を見ていると、アリスが声を掛けてきた。
「あ、うん、そうだね。それに海斗の従妹も拾わないといけないし」
「いや、あれは置いて行く」
「「え?」」
アリスはさっき海斗に『従妹は任せて』と言っていたはずなのに、その従妹を『置いて行く』と言った。
当然私と桃井は首を傾げる。
「今日はカイの誕生日なのに、あの従妹がカイと居ないって事は、黙っておいてきたんでしょ?」
「うっ……」
アリスが非難ってわけじゃないけど、桃井に対して従妹を置いてきた事について尋ねると、桃井は気まずそうに視線を逸らした。
これは無言の肯定ね。
「多分今従妹と合流すれば、二次被害が生まれる。だから、おいていく」
「た、確かに……」
海斗の従妹についてアリスから少し聞いていた私は、その二次被害ってのが簡単に想像できた。
私としても、出来れば会いたくない。
だって、何されるかわからないもん。
私達が反論しないのを見ると、アリスが何処かに電話をかけ始めた。
「もしもし、うん、アリス。うん、久しぶり。急だけど、頼みがある――」
アリスは電話をしながら私達と距離をとると、少しして電話を切って戻ってきた。
「誰に電話してたの?」
「気にしなくていい。あ、グッドタイミング」
私が尋ねると、相変わらずアリスは何も教えてくれなかった。
そしてアリスが『グッドタイミング』と言ったのは、白兎達が戻ってきたからなの。
私が今の状況を二人に説明すると、二人は桜の事をとても心配してた。
白兎はともかく、カミラも桜とは友達だったみたいで、勝手に一人で山に向かって走り出そうとするものだから、アリスがカミラの首根っこを掴んで大人しくさせていた。
そして――アリスが誰に電話をしたのかわからないけど、電話をした理由は少ししてわかった。
「――おまたせしました! 上から聞いております。さぁ、お乗りください!」
そう言って現れたのは、一人の警察官だった。
ここに来るのにもサイレンを鳴らしてきたから、おかげで私達は注目の的だった。
「ありがとう。じゃあ、いこっか」
私達に敬礼する警察官に対してアリスがお礼を言うと、私達にパトカーに乗る様に促してきた。
「あ、あの、定員オーバーじゃ……?」
私達は五人いて、警察官の人を合わせると6人になってしまうから、普通の乗用車に乗れる制限人数の五人を超えてるの。
だから、その事について白兎が警察官の人に尋ねた。
「いえ、大丈夫です! そこの銀髪のお嬢さんは小さいので、後部座席に隠れて下さればわかりません!」
「それ警察官の人が言っちゃっていいんですか!?」
到底警察官の人がするとは思えない発言をされ、白兎は律儀にツッコミを入れる。
そんな白兎に対して、警察官は暗い顔で返した。
「だって、上に逆らう方が怖いですもん……」
「せ、世知辛いですね……」
何があっても上には逆らえない。
私達はそんな現実を目の当たりにした。
「ねぇ、彼女何者……?」
いきなりの展開にドン引きをしながら、桃井が私に聞いてきた。
「うん、ごめん……。私が聞きたい……」
そんな彼女に対して、私はそう返す。
本当に、アリスは何者なのよ……?
この後は、警察官の人がサイレンを鳴らしながら飛ばしてくれたおかげで、スイスイと進むことが出来た。
この調子なら、山があるから途中で降りたとしても、海斗とあまり時間差無く桜の元に向かえると思う。
でも、なんでだろう……?
凄く胸騒ぎがするの……。
パトカーに乗ってる私は、嫌な予感がしてならないのだった――。
いつも『ボチオタ』を読んだ下さり、ありがとうございます(*´▽`*)
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