第86話「不穏な視線」
「やられました! あの泥棒猫、今日という今日は許しません!」
朝お兄ちゃんのお部屋に向かった凛ちゃんは、お兄ちゃんが既に居なくなってて大騒ぎ。
今日はお兄ちゃんの誕生日だからって凄く張り切ってたのに、お姉ちゃんが抜け駆けをした事に気づいちゃったみたい。
桜は数日前から何となくその事には気付いてたけど、少しだけ桜も誘ってくれるかなって期待してた。
でも、誘ってもらえなかったの……。
そのせいなのかな?
朝起きてお兄ちゃんが居なくて、凄く胸の中がモヤモヤしてるの。
「お兄様もお兄様です! 私がお兄様の誕生日を毎年どれだけ楽しみにしているかを知っておきながら、私の事を裏切るとは思いませんでした! 桜さん、いきますよ!」
「え? え?」
凛ちゃんは急に桜の腕を握って、早足で歩き始めた。
早歩きなのは、走るとはしたないと思ってるみたい。
でも、今からお兄ちゃん達を追いかける気なのかな?
「お兄ちゃん達を追いかけるの?」
「いえ、先程確認しましたが、お兄様は自転車で行かれてるみたいです。いつから出掛けてるかはわかりませんが、今から自転車で追いかけても間に合わないでしょうし、丁度もう少ししたらバスが来る時間です。それにお兄様が岡山に来て遊びに行くとしたら岡山駅周辺でしかないので、今からバスで向かえば先回りできます」
凛ちゃんは自信満々にそう言ってきた。
お兄ちゃんが向かっている先は岡山駅だと確信してるみたい。
「でも……自転車なら、他のとこにもいけるよ?」
「確かに寄り道はするでしょうが、この辺で長時間遊べるところなんて無いんですよ。だから、絶対に岡山駅に向かってるはずです。西に行けばもっと都会の街もありますが、多分そこに行くとしても岡山駅から電車で行くはずです。それに私には、お兄様が何処に居ようと居場所がわかるのですよ」
凛ちゃんはそう言ってスマホを見せてくれた。
その画面には地図が写し出されていて、赤い矢印が1つと青い矢印が1つあるの。
赤い矢印の方はほんの少しだけど、今も少しずつ動いてる。
「これは?」
桜は何の矢印なのか凛ちゃんに訪ねてみる。
「去年私がお兄様にお願いして入れて貰ったアプリです。普段はただ写真を撮って加工するだけのアプリですが、実はその機能はカモフラージュで、実際は居場所特定用のアプリなのです。そして赤色がお兄様で、青色が私です。これがある限り、お兄様は私から逃げることができないのです!」
「それ……犯罪だよ?」
「お兄様には同意をして頂いております! ……寝言で……」
凛ちゃんが最後にボソッと何か呟いたけど、聞き取ることはできなかった。
でも、お兄ちゃんがそんなこと許すとは思えないから、凛ちゃんは騙して入れたと思うの。
……だけど、顔色には嘘の色が出てない。
なんでぇ?
凛ちゃんが言ってることは本当なの?
……それとも、さっき凛ちゃんが呟いた言葉が影響してるのかな?
桜はどうしてこうなってるのかわからず、首を傾けながら考え込んでみる。
「そんなに疑わなくても、嘘は言っておりませんよ?」
桜が首を傾げてると、嘘を疑われてると思ったのか凛ちゃんが不満そうな顔をしてた。
「あ、違うの! 別の事を考えてただけだよ!」
凛ちゃんについても疑ってたけど、今は桜の目の事について考えてたから、これは嘘じゃないの。
「そうですか……? あ、いけません! 早くしないとバスに乗り遅れちゃいます! これを逃せば次にバスが来るのは数時間後なので、絶対に乗り遅れるわけには行きません!」
「あ、そうだね! うん、いこいこ!」
桜は凛ちゃんに頷く。
あまり話してると、桜の目の事について話さないといけなさそうだったから、話が終わってよかったぁ。
自分の目が特殊だということを誰にも知られたくない桜は、凛ちゃんの意識が時間に向いてくれたことにホッとするの。
でも、凛ちゃんも桜と一緒で、お兄ちゃんの居場所がわかるんだね……。
お兄ちゃんと桜だけがお互いの居場所をアプリで知ることが出来ると思って、お兄ちゃんから大事にされてると思ってた桜は、少しだけ残念に思うのでした――。
2
「どういうことですの!?」
岡山駅についてお兄ちゃんが来るのを待ってて数時間――アプリではお兄ちゃんがもう岡山駅に居ることになってるのに、お兄ちゃんに会えないの。
凛ちゃんが地図を拡大して凄く細かい位置まで見てみると、今桜達が居るところとお兄ちゃんの矢印があるところは重なってるの。
それでもお兄ちゃんに会えないせいで、凛ちゃんがアプリに対して怒っちゃった。
桜は凛ちゃんに気づかれないようにコッソリと、自分のスマホでお兄ちゃんが作ってくれたアプリを見てみる。
するとお兄ちゃんは、桜達と数キロ離れたところにいるようになってた。
多分、凛ちゃんのアプリが壊れちゃってて、桜のアプリが正しいんだと思う。
だからこのアプリの事を凛ちゃんに教えてあげれば解決するんだけど……。
……でも、今お姉ちゃんはお兄ちゃんと二人だけで居たいだろうから、桜はこのアプリの事を凛ちゃんに教えるのを止める。
胸の中は凄くモヤモヤしてたけど、お姉ちゃんの邪魔はしたくないと思ったから。
それに……お腹すいちゃったよぉ……。
桜は凛ちゃんに連れられて朝から家を出ちゃったから、まだ朝ご飯を食べてないの。
それなのに、もうお昼過ぎになっちゃってた。
「凛ちゃん、ご飯たべよ?」
「駄目です! お兄様を見つけるまではご飯など後回しです!」
お昼ご飯を食べたかった桜は凛ちゃんにその事を言うと、凛ちゃんは意地になってるみたいで聞いてくれなかった。
「うぅ……」
お腹がすいちゃってつらい桜は、凛ちゃんの顔をジーっと見つめる。
「な、何ですかその目は……。駄目ですよ? お兄様を見つけるのが先なんですからね?」
「凛ちゃん……」
「だめですって!」
「ご飯……」
「あなた、意外と食い意地はってるんですか!?」
「お腹ペコペコ……」
「わ、わかりました! わかりましたからそんな目で見ないで下さい!」
桜がずっと凛ちゃんの事を見つめてると、凛ちゃんが頷いてくれた。
「ありがと、凛ちゃん!」
「もう、仕方がない人なんですから……」
凛ちゃんにお礼を言うと、凛ちゃんは溜息をついちゃった。
ごめんね、凛ちゃん。
でも、もう少しだけお姉ちゃんに時間をあげてね。
桜は凛ちゃんに悪い事をしてると思ったけど、お姉ちゃんを優先するのでした――。
「――おい、あれ……」
「あ? ……へぇ――つくづく、俺は運が良いようだな」
この時、三つの視線が桜達に集まってる事に、桜達は気付かないのでした――。