第84話「面倒見係に就任した男の娘」
「海君海君、また昨日のアニメ、見よ?」
昨日と同じ様に咲姫が俺の部屋に来ると、スマホを片手に上目遣いでアニメ鑑賞を誘ってきた。
今日はお風呂から上がってすぐ来たみたいで、髪がうっすらと濡れており、頬が赤く染まっていた。
そして今日は水玉模様が入った黒色のパジャマを着ていて、凄く色っぽいとも思った。
「また、凛に邪魔されるんじゃないか?」
昨日の騒動にコリゴリしていた俺は、そう言って遠回しに断った。
「大丈夫だよ! 今日は凛ちゃん達お風呂に行ったばかりだから、すぐには来ないもん!」
なるほど、凛達がお風呂に入ってすぐのタイミングを狙ったのか。
女の子のお風呂って凄く長いから、アニメを一話見るだけなら問題ないだろう。
ただ――何故咲姫は、俺と一緒に見ようとするのだろうか?
一人で昨日の続きから見ればいいのに。
……でも、誘われるのは嬉しいから、凛が邪魔に来ないのなら良いと思った。
それに今日はまだ布団を出していないから、昨日みたいに寝転がる事も無いし。
俺はそう結論づけると、咲姫に頷いた。
すると咲姫は凄く嬉しそうにテクテクと駆け寄ってきて、俺の横に座る。
そしてその座り方は、家でエロゲーをする時と同じ様にくっついてだった。
「近くないか……?」
「仕方ないよ! だって、画面が小さいんだもん! くっつかないとちゃんと見られないよ?」
「確かにそれはそうなんだが……」
俺が咲姫に離れるように言おうとすると、咲姫が先に否定してきた。
確かに咲姫が言ってる事は正しい。
なんせ、今日もアニメを見ようとしているのは、咲姫のスマホなのだ。
二人くっつく様にしなければ、きちんと画面は見えない。
しかし――そもそも、二人でスマホの画面を見ようとするのがおかしいんじゃないか?
俺はそう思いながらも、口に出すのはためらわれたため、結局咲姫の言う通りにしてアニメを見始める。
「あ、このヒロインの声……」
アニメを見始めてメインヒロインが出てきた時、俺は思わずそう呟いた。
このヒロインの声って、春花と似た声で奇妙な名前をした、新人声優さんだ。
名前は確か――秋刀魚春さんだったな。
そっか、もうメインヒロインの声をはれてるんだ。
昨日はアニメよりも咲姫に気をとられてたから、気付かなかったな……。
それにこのアニメ、天然のアニメ声を持つ有名声優の『かなにゃん』も出てる。
彼女は生まれ持った天性の声で、デビュー当時から人気が鰻登りだった。
そんなかなにゃんを抑えて一番のメインヒロインを演じるなんて、オーディションで選ばれたとはいえ、凄いと思った。
いや、人気など関係なく、オーディションで役をもぎ取ったというのは、確かな実力があるという証明になるため、より凄いと思った。
まぁ、一番のメインヒロインが大人っぽいから、イメージ的にかなにゃんよりも春さんの声があってたというのもあるだろう。
かなにゃんも春さんも、俺と同じ年齢らしい。
まぁ、春さんの方は顔が出てないから知らないし、かなにゃんも年齢偽証の可能性があるけど、かなにゃんの方は多分嘘じゃないだろう。
かなにゃんはアイドル顔負けの可愛い顔をしており、雑誌にもよく取り上げられていて、その顔は高校生にしか見えなかったから。
ただ――極たまに、かなにゃんについてよくない噂も聞く。
まぁ、ネットだから誰が悪口を書いてるかとわからないし、根も葉もない噂を流されてるだけって可能性も凄くある。
そして俺はかなにゃんの大ファンだったから、そんな噂を信じてはいない。
「海君、この声優さんの声がどうしかしたの?」
俺が呟いた言葉に対して、アニメを一時停止してから咲姫が尋ねてきた。
「あ、いや……この人、もうメインヒロインをはれるようになったんだなって思っただけだよ」
「え? もしかして海君って、声だけで声優さんがわかる人?」
俺の返答に対して、咲姫が首を傾げる。
「あぁ、俺は声フェチだから、声優さんもちゃんとチェックするぞ? 寧ろ咲姫は、声優さんをチェックしないのか?」
アニメ好きは声優に関しても詳しい人が多い為、別に声だけで声優さんの名前がわかるのは珍しくない。
寧ろ、咲姫が全然興味無さそうなのが意外だった。
「私……この人の声、嫌い……」
しかし、咲姫は俺の質問には答えずに、春さんの声を否定し始めた。
「え、なんでだ? 凄く綺麗な声をしてるじゃないか」
突然の咲姫の発言に驚いた俺は、咲姫にそう尋ねる。
なんせ、春さんの声は鈴の音の様に綺麗な声なのだ。
十人が十人好きと言いそうな声なのに、咲姫はそれを否定した。
「だって……あの人の声に似てるんだもん……」
咲姫は急に不機嫌になり、そう呟いてソッポを向いてしまった。
「あの人? あの人って誰だ?」
「別に誰でもいいじゃん。海君に全く関係無い人だよ。それよりも、ね? 早く続き見よ?」
咲姫はそう言うと、一時停止していたアニメを再生し始めた。
一体何に不機嫌になったのかわからないが、今後春さんの話題は出さない方が良い気がした。
あの人って――まさかな……。
こんな綺麗な声をする人間がそう何人も居るとは思えないが、あいつが咲姫に出会う確率に比べればかなり高い。
それにあいつは性格がかなり良いから、いくら咲姫でもこんな風に嫌ったりはしないはずだ。
だから、たまたま似た声の人間がもう一人居ただけだろう。
俺は咲姫の言う『あの人』が、春花と別人だと結論付けるのだった――。
2
「はい……金髪ギャル……。今度は……こっち……」
「ちょ、ちょっとまってよぉ……。なんで海斗の前日の夜から、岡山の家で誕生日パーティーの準備をしてるの……? てか、なんでこんな都会とも言い難い場所の家を別荘にしてるわけ……?」
私は、目の前でパーティー会場を彩る飾り道具を私に渡そうとしている、心の無しかテンションが高いアリスにそんな疑問をぶつけてみる。
昨日アリスとあった後、次の日に移動すると言われ、てっきり海斗に会いに行くものと思っていたら、どうしてかわからないけど住宅街にある一軒家に入って、いきなりアリスはパーティー会場の準備をし始めたの。
当然私としては、疑問だらけ。
まず、なんで自分達でパーティー会場の準備をしてるの?
普通こういうのって、会場を貸し切って食事とか全て準備してもらうものじゃない?
それに、なんで日本屈指の大手財閥のご令嬢が、こんな都会か田舎かわからない所にある家を別荘にしてるの?
そして何より――
「ここは……これからも何度も……来る事になるから……。だから……少し前に買っておいた……。パーティーの準備を……自分達でしてるのは……そっちの方が……カイが喜びそうだから……」
私が最後の疑問を思い浮かべる前に、アリスがここを別荘にしている理由と、パーティーの準備を自分達でしている理由を答えた。
うん、後者はわからなくもない。
豪華な所でする方が誕生日パーティーは良いけど、友達が自分の為に会場を準備してくれたってのは、それはそれで凄く嬉しいもん。
でも――これからも、ここに何度も来るって何?
もしかして、海斗が岡山に行くたびに、アリスも岡山に行くつもりなの?
ただ私がその疑問を口にする前に、アリスが先に口を開いた。
「わかったら……はい……」
アリスは気だるげにしながらも、飾り道具を私の手に置いてきた。
そして、自分は新たな飾り道具を手に持ち、海斗の為に飾りつけをし始めた。
その表情は、少しだけ楽しそう。
いつも無表情で居るアリスにしては珍しい表情で、海斗が喜んでくれるかどうかでワクワクしてるんだと思った。
こんなアリスは初めて見る。
やっぱり、アリスは海斗の事が好きなんだ。
でも、だからと言って海斗を譲るつもりはない。
そもそも、アリスとだって仲が良いわけじゃないから、譲る必要も無いのだけど。
それよりも――
「何でここに居るわけ、白兎?」
気持ちを切り替えた私は、先程から一生懸命パーティー会場の飾りつけをしている、男の娘に尋ねてみた。
「いや、それ君が言うの!? それ僕の台詞だよね!?」
私が尋ねた事に対して、白兎は驚いたような表情で聞き返してきた。
「あ、うん、私が半強制的に連れてきたんだけど――だってそれは、アリスに言われたからだもん。あんた、いつからアリスと友達だったの?」
そう、私は昨日、アリスから白兎も連れてくるように言われていた。
正直この二人の接点は全く見えず、強いて考えられるのは海斗繋がりって事くらいだけど、海斗が白兎をアリスに紹介するとは思えなかった。
となると、二人は元々知り合いだった事になる。
でも、それならどうしてアリスは自分から誘わなかったのかが気になった。
だから、白兎になんでいるのか聞いてみたの。
「いや……初対面……」
私の質問に答えたのは白兎ではなく、アリスだった。
「え、じゃあ、本当に何で連れて来たの?」
「だって……カイの友達だもん……」
「いや、え? 海斗が白兎と交流持ち出したのって、最近だよね? なんで、あんたがそんなとこまで海斗の交流関係を知ってるの?」
私の疑問に対して、アリスはニコッと笑った。
「カイの事なら……アリスが一番よく知ってる……」
……ねぇ?
私って散々海斗から嫌がられてストーカー扱いされてたけど、本当のストーカーってこいつなんじゃないの?
あまりにも海斗の事について知りすぎてるアリスに対して、私はそう思った。
「それに……白兎の子には……やってもらいたい事がある……」
「やってもらいたい事?」
いきなり話を振られた白兎は、不思議そうに首を傾げていた。
白兎の子って、なんだか動物みたい。
あ、いや、それよりも……一体白兎に何をやらせるのか、凄く気になる。
私と白兎が不思議そうにアリスを見てると、別の部屋から大きな声が聞こえてきた。
ううん、大きな声っていうより、泣き声に近い叫び声が。
「おねぇさまぁあああああ! 助けてくださいぃいいいいいいいいい!」
……そういえば、カミラもついて来てたんだった……。
今の声、また何かやらかしたわね……。
「あの子の事……任せた……」
アリスは白兎の肩をポンっと叩くと、凄く良い笑顔でそう言った。
カミラについて何も知らない白兎だけど、さっきの叫び声から察したんだと思う。
自分がとんでもない子を押し付けられた事を――。
そのせいでいつも人懐っこい笑顔を浮かべる白兎の顔が、今は凄く引きつった笑顔になってるもん。
というか、カミラって男嫌いなのに、白兎を近寄らせて大丈夫なの……?
その後は私の心配は他所に、白兎にカミラが噛みつくことはなかったけど、次から次へと問題を起こすカミラに対して、白兎は涙目で対応する事になるのだった――。