第83話「すれ違う思い」
「疲れたぁ……」
映画を見た後も、ショッピングモール内をうろついてショッピングを楽しんだり、全国的に有名なコーヒーのチェーン店でくつろいだりした後、俺達は祖父母の家に帰った。
そして晩飯を食べて風呂に入った後、俺はそのまま布団に突っ伏した。
今日一日凛と桜ちゃんが視線を集め続けるせいで、俺は凄くストレスを感じていた。
何度も言うようだが、俺は本当に見られるのが苦手で嫌いなんだ。
でも――何だかんだ言って、俺自身も楽しんでたんだよな。
それに役得とも言えただろう。
何せ、可愛い二人のコスプレ姿をずっと間近で見続けれたんだから。
特に桜ちゃんが半端なく可愛かった!
まさかみんみんのコスプレをしてくるとは!
みんみんは俺が凄く好きなキャラだったため、それだけで凄く嬉しかった。
……本当に俺、桜ちゃんに好みとか全部把握されてないよな?
今回桜ちゃんにコスプレ衣装を貸したのは凛だし、それはないと思うが……。
というか凛のやつ、なんで自分が着られないのに幼稚園児のコスプレ衣装や、みんみんのコスプレ衣装を作ってたんだ?
コスプレイヤーとはそういうものなのか?
「かーいーくん!」
俺が凛の事で疑問を浮かべていると、声を弾ませた咲姫が俺の名前を呼びながら部屋に入ってきた。
いつもは絶対ノックをするのに、今はノックをすることも忘れてるみたいだった。
そしてその表情は、まるでお預けをくらい続けた犬のような表情をしている。
だから俺はこう思った。
『俺、犬より猫派なんだけど?』――と。
……いや、何を馬鹿なことを考えてるんだ。
そうじゃないだろ、俺……。
「えと、どうした?」
何故咲姫がこんな表情をしているのかわからないが、態々(わざわざ)部屋に来たということは、何か話があるのだろう。
「えっとね、アニメ……一緒に見ない?」
咲姫はそういうと、手をモジモジさせながら上目遣いで俺の顔を見上げてきた。
そんな仕草をされた俺は、当然顔が熱くなる。
なんせただでさえ容姿が可愛いのに、こんな仕草をされたら可愛くないはずがない。
「ブルーレイで見るのか? あれ? でも、ブルーレイディスク持って来てないよな?」
凛が持ってるから借りる事は出来るが、多分――と言うより、絶対咲姫が居る限りは貸してくれないだろう。
「あ、ううん。これで、見よ?」
咲姫はそう言うと、シンプルなケースに入ったスマホを取り出した。
学校でのイメージがあるから、咲姫は可愛らしいスマホケースを使っていない。
というか――
「え、スマホ?」
そんな小さい画面だと、二人で見るのはキツくないか?
俺は頭の中で疑問を浮かべるが、咲姫は可愛い笑顔で頷いた。
「うん、そうだよ! これで一緒に見よ!」
咲姫はそう言うと、俺の横にゴロンっと寝転がった。
――そう、俺の布団の上に。
「は……?」
俺はいきなりの出来事に頭の中がフリーズしてしまう。
え、なんでこいつ、俺の横にいきなり転がってるの?
「これ、始まったばかりのアニメなんだけど、どうかな?」
咲姫がそう言って見せてきたのは、幼い頃に、王国の騎士団によって禁術を身に着けさせられた主人公が、その事が原因で後に国を追われ、過酷な逃亡生活の果てに倒れてしまい――偶然そばを通りかかったヒロインに拾われる所から始まる。
主人公は始めはヒロインに心を開かなかったが、優しいヒロインと接しているうちに段々と心を開いていく。
しかし、ヒロインと仲良くなっていくうちに騎士団に居場所がバレ、また再び逃亡生活が始まる。
ただ今回追われているのは主人公だけでなく、主人公に加担したヒロインやその友達もだった。
そして主人公達は、逃亡中に段々と国の闇の部分を知る様になり、このままでは近い未来に多くの人が死ぬ事を知る。
多くの人が死ぬという事を知った主人公達は、国に反乱の意思がある仲間を集め、国に打って出る事にして戦っていくという話だ。
咲姫はこのラノベを凄く気に入っており、何度も俺の部屋で読み直していた。
だから、アニメ化してすぐ見ようとしていたのはわかるのだが――何故、俺の横で見る?
喜びを共有したいという事だろうか?
「ね、ね! 早く見よ!」
「あ! ちょっ――!」
咲姫が来た事によって布団から半分だけ体を起こしていた俺は、腕を咲姫によって引っ張られ、咲姫の横に寝転がる様に転んでしまう。
そのせいで凄く咲姫と顔が近くなってしまった。
こ、こいつ……!
俺の事を男として見てなさすぎだろ!?
平気で男と一緒に布団に寝転がる危機感の無い咲姫に対して、俺は文句を言おうとする。
ただ、咲姫の顔を見ると、凄く嬉しそうに画面を見ている為、なんだか文句を言う気が失せた。
心なしか、咲姫の頬が赤い気がする。
今まで考えない様にしていたが――もしかして、家族として仲良くしようとしてるんじゃなく、本当に俺に好意を持ってくれてるのだろうか……?
――いや、止めておこう。
これじゃあ、春花と同じようになるだけだ。
ましてや咲姫は家族だ。
例え咲姫が俺の事を好意的に見てくれていたとしても、世間がそれを良い様には捉えない。
人間は、人を非難する事に快感を見出す。
ましてや咲姫みたいに恵まれた人間は、思いっ切り嫉妬の対象になるだろう。
そしてそれは、口実を与えてしまえば、格好の餌食にされてしまうという事だ。
だから、口実を与えるべきではないのだ。
それに――人として汚れてる俺にはもう、誰かと付き合う資格は無いしな……。
「どうしたの、海君……?」
一言も喋らない俺に違和感を感じたのか、咲姫が心配そうに俺の顔を覗きこんできた。
「あ……いや、なんでもないよ」
俺は咲姫に心配をかけない様に、なんとか笑顔を作る。
「そっか。あ、始まったよ!」
咲姫は可愛い笑顔を俺に向けて頷くと、また画面に視線を戻した。
学校で見る咲姫は正直今でも好きになれないが、今の咲姫は嫌いではない。
寧ろ――いや、なんでもない。
だけど、咲姫にはちゃんと幸せになってほしいと思った。
俺はそんな事を思いながら、いつの間にか画面よりも、すぐ近くにある咲姫の横顔を見ていた。
すると――いきなり、俺の部屋の襖が勢いよく開いた。
「あぁ! やっぱりお兄様の部屋に居ました! 私達がお風呂に入ってる間にお兄様の部屋に忍び込んで、しかもお兄様のお布団に寝転がるなんて――この発情した獣め、去勢してやります!」
襖の向こうに居たのは、お風呂から上がったばかりなのだろう――髪がしっとりとしていて、頬が赤らんでいる凛と桜ちゃんが居た。
どうやら二人は、仲良く一緒にお風呂に入っていたみたいだ。
ここのお風呂はかなり広いから、10人でも一緒に入れる。
だから二人も一緒に入ったのだろうけど、この二人はいつの間にか凄く仲良くなっているみたいだ。
ただ――前にも言った気がするが、凛が人の事を言える事ではないよな?
こいつなんて、俺が寝ている間に布団に潜り込んでいたんだから。
「私、女の子だよ!?」
凛に去勢と言われた咲姫は、驚いた様な声を出す。
「知りません! とにかく、この世から消して差し上げます!」
「待て待て待て待て!」
スタンガンを取り出して咲姫に襲い掛かろうとする凛を、俺は必死におしとどめた。
その後は凛を落ち着かせるのに、優に三時間を費やす事になるのだった――。
……いや、いくらなんでも掛かり過ぎだろ!?
――と、凛を落ち着かせるのに体力を使い切ってしまった俺は、ゲンナリとするのだった――。