第1話「ロリ系美少女には迷子属性がつくのか?」
「父さん、再婚しようと思うんだ」
夕食の席で、父さんが真剣な表情で話し始めた。
俺はその言葉に――
「別にいいんじゃない?」
と、笑顔で返した。
父さんは驚いたような顔で俺の方を見てくる。
「いいのか? だって、新しい家族が出来るんだぞ?」
「もう俺だって子供じゃないんだ。父さんが再婚したいんなら、すればいいと思うよ」
俺はそう言って、食器を流し場へと持っていく。
背中に父さんの視線を感じたが、俺は気づかないふりをした。
流し場に着き次第、すぐに食器を洗い始める。
その動作に淀みは一切無い。
そう――動揺など微塵も感じさせない、普段通りの行動だ。
だが、俺の心は態度とは裏腹に、動揺しまくりだった……。
新しい家族だと…………?
これは俺にとって、深刻な問題だ。
コミュ障の俺に対して友達が出来るどころか、新しい家族?
はっ、無理だ。
俺に死ねと言うのか?
知らない人間が新しい家族になるとか、絶望でしかない。
会話など出来るはずがないし、気を遣い続けなければならない。
唯一安らげる場所だった家が、これからストレスがかかる場所に変わってしまうのか……。
だが――そんな事を父さんに言えるはずが無いし、気づかれるわけにもいかない。
母さんを早くに亡くして以来、父さんは男手一つで俺を育ててくれた。
家事と仕事の両立は大変だっただろう。
俺はそんな父さんに感謝しても、しきれないんだ。
……なら、オタクなど止めて、しっかりと勉強しろって?
それとこれとは話が別だ。
人には得手不得手がある。
別に勉強が出来るからと言って、仕事ができるとは限らない。
友達が多いからと言って、偉いとは限らないのだ。
……決して、出来ない事に対する僻みじゃないぞ?
2
洗い物を終えて部屋に戻ると、スマホが点灯していた。
どうやら、メッセージが来ているようだ。
『どうしよー、これから新しい家族が出来るんだってー(>_<) 知らない人と家族になるなんて、無理だよー(ノД`)・゜・。』
「ブハッ――!」
俺は思わず、吹き出してしまった。
まじか、こんな偶然あるんだな……。
『そっか……実は、俺の父さんも再婚するらしいんだ。つまり、俺にも新しい家族が出来る』
俺がそう送ると、すぐに返事が来た。
『えぇえええええええ! 何その偶然! こんなことあるんだね!』
『本当だね! はぁ……今から気が重いよ……。流石に、父親に断ってくれって言うわけにもいかないしな……』
『わかるわかる! 私のお母さんも凄く嬉しそうだったから、嫌だって言うわけにもいかないし……。はぁ……海君が新しい家族だったら良いのにな……』
『俺も花姫ちゃんが相手だったら、気が楽なのになー……』
――海君とは、俺のアカウント名に花姫ちゃんが君付けしているだけだ。
俺の名前が、神崎海斗だったから、ただ単に海と名付けた。
そして彼女のアカウント名が花姫だったから、俺はそのまま花姫ちゃんと呼んでいる。
俺達はその後も、ありえないとわかっていながらたらればの話を続けるのだった――。
3
俺は今、必死に頭の中で考え続けていた。
何について考えているかと言うと――少し距離が離れた所で泣きそうな表情をしている女の子に、声を掛けるかどうかについてだ……。
放課後、他の生徒から先生に頼まれた用事を押し付けられた俺は、頼まれごとを終えて教室に戻ろうとしていた。
そしたら、何故だか廊下を涙目で行ったり来たりしている女の子に、鉢合わせをしてしまったのだ。
……いや、助けてやれよって思うだろ?
他の奴らには簡単かもしれないが、コミュ障の俺には知らない人間に声を掛けるなど、難易度が高すぎる。
ましてや、その泣きそうな表情をしている彼女は、少し離れた所からでもわかるくらい可愛いのだ。
身長は140cmくらいだろうか?
身長が低く、幼い顔立ちをしているが、目はパッチリとしていて、パーツの配置も整っていた。
後数年もすれば、まず間違いなく美人になるだろう。
しかし、小柄な体格とは相反するように、女性らしいある一部分だけが強調されていた。
九割方の男子は彼女とすれ違う際に、その――大きな胸へと視線が行くのではないだろうか?
そんな美少女に声を掛けている姿を見られれば、周りからナンパをしていると思われないか?
ましてや声を掛けた瞬間、彼女に気持ち悪いと思われやしないか?
といった、考えが頭の中を駆け巡る。
だが、このまま見て見ぬふりをするのも、なんだか良心が痛まれる。
……俺にだって、良心くらいはあるんだからな?
……本当だぞ?
嘘じゃないからな?
結局、俺は勇気を出して彼女に声を掛ける事にした。
「その……なにか、困っているのか?」
「――っ!」
俺が声を掛けると、彼女はビクっと体を震わせた。
いきなり声を掛けたせいで、驚かせてしまったようだ。
「驚かせて済まない。先ほどから行ったり来たりしているけど、どうかしたのか?」
俺の言葉に、彼女はおそるおそる俺の方を見上げてくる。
近距離から見ると、やはり半端なく可愛い女の子だった。
先ほども言った通り、目がパッチリとしており、あどけなさが残る童顔の少女だ。
この学校の制服を着ているのだから、高校生には間違いないのだろうが……一見、小学生にも見える。
……ある一部分を除いてな。
しかしその整った顔は、まるでアニメにでも出てきそうだなと思えるほどだった。
こんな美少女、滅多にお目にかかれないだろう。
ネクタイの色からして、新入生の様だが……。
というか……これで俺と同じ二年生だったら、俺は何とも言えない表情をしてしまうだろう……。
「あ、あの……実は道に迷ってしまいまして……」
あぁ……入学したばかりだから、校内の作りがわからなかったのか。
まだ入学式があってから、一週間もたっていないうえに、この学校は普通の学校よりも、遥かに大きいしな……。
「何処に行きたかったんだ?」
「えと、図書室に……」
まじか……。
俺はソッと、目を背ける。
そして彼女が出来るだけ傷つかない様に、慎重に言葉を選んで告げた。
「図書室って、一年生の教室から見て、ここと真反対なんだけど……」
「……」
反応がなかったため恐る恐る彼女の顔を見ると、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。
「ま、まぁ仕方ないよ! 入学したばかりだったら、どこに何があるかわからないもんな!」
俺はそう言って、必死に言い繕う。
確か、一年生には建物配置図が渡されていたはずだけどな……。
「その……桜、昔から方向音痴で、地図もロクに見れないんです……」
彼女は弱々しい声で、そんな事を呟いた。
桜とは、彼女の名前だろうか?
そんな事よりも、地図があって道に迷ったのか……。
まぁ、たまに凄い方向音痴の人間とかいるしな……。
例えば電車に乗る時、逆方面に行く電車に乗る奴とか……。
実際、俺は過去に一度そういう子と会っている。
あれは――中学二年生に上がったばかりの時だろうか?
その頃はまだ、俺にも友達というのが居た。
まぁそんな俺と、友達5人くらいで街中に向かっている電車の中で、その迷子の女の子と出会ったのだ。
その子は多分身長の低さや見た目から、俺よりも三つか四つ年下だったと思う。
そんな子が電車の中で、今にも泣きそうになりながら外の風景を見ていたのだ。
俺はその子の事がほっておけなくて、思わず声を掛けてしまった。
するとその子は、『行きたい駅につかないの……』と、泣きそうになりながら答えてくれた。
そのまま、行きたい駅の名も教えてくれたのだが――その子に駅名を聞いた当時の俺は、こう思った。
『そりゃあ行く方面が違うから、着くわけないだろ……』と。
まぁ対処法としては、反対方面だって事を教えればいいだけだっただろう。
しかし、その子は幼い――しかも、泣きそうになっている子だ。
そんな女の子を一人で引き返させる事を不安に思った俺は、友人達に先に行ってもらう様に告げて、その女の子を目的の駅まで連れて行ってあげた。
今はその子がどうなっているかは知らないが、凄く可愛い子だったので、目の前の女の子みたいになっているのではないだろうか。
……もしかして、ロリ系美少女には迷子属性が付くのか?
一瞬、そんな馬鹿げた考えが浮かんでしまった。
まぁ流石にそんなわけないだろうと思った俺は、首をブンブンと横に振って、思考を切り替える。
しかし困ったな……。
方向音痴という事は、こんだけ広い校舎内の場所を口頭で教えても、また迷ってしまう可能性がある。
というか、この子は絶対迷う気がする。
だって、漫画とかでのお決まりの展開だから……。
俺は少しだけ考えて――
「俺も実はこれから図書室に本を借りに行く予定だったんだ。教室に鞄を取りに行かないといけないんだけど、それでも良いんなら、一緒に行くか?」
と、尋ねてみた。
……良く言った俺!
これでリアルの学園生活で、友達が出来るかもしれない!
後輩で、しかも女の子だけど!
「あ……はい、お願いします!」
そう言って彼女はニコッと笑った。
その笑顔に俺がドキリとさせられたのは、言うまでもない。
俺は図書室に着くまでに、彼女と上手く会話してみようと思った。
これを機に、人付き合いが上手くなれる様にしたかったのだ。
だが――会話が思いつかない!
よく考えれば、俺が話せる話題はラノベかゲームかアニメの事しかないのだ。
いや、アニメならもしかしたらと思ったが……。
俺はチラッと横目で、ニコニコ笑顔で横を歩くロリっ子を見る。
……俺が好きなアニメを、この純粋無垢な女の子が見ている可能性など、皆無だろう……。
なんて言ったって、俺が見るアニメと言えばオタクが大好きなアニメしかないのだから……。
そう、俺は所謂オタク趣味についてしか語れないのだ。
この美少女が、オタク関係の事を知ってると思うか?
――否に決まっている!
ここでオタク関係の話をしてみろ。
顔では苦笑いされて、心の中ではドン引きされるだろう。
挙句、俺の事がオタクだと言い触らされかねない(クラスメイトには言ってもいないのに、バレてるけど!)。
……いや、最後のはこの子の雰囲気からして、しそうにはないんだが……。
なんせ、人畜無害の優しい雰囲気をまとっている。
言うなれば、人懐っこい女の子なのだ。
俺が先ほどから普通に会話が出来ていたのも、それが大きかった。
しかし、一体どんな話題を振ればいいんだ……。
「あ、あの……」
俺が頭の中で打開策を探そうとしていると、隣を歩いてる彼女が俺の方を見上げながら口を開いた。
「どうした?」
「えと、先輩って二年生なんですよね?」
「うん、そうだけど……よくわかったな? ネクタイの色でわかったのかもしれないけど、まだ入学したばかりだから、一年生は二年生と三年生がどっちの色なのかわからないと思っていたよ」
二年生のネクタイの色は青色で、三年生の色は黄色。
そして、今年入った一年生のネクタイの色は赤色だった。
これはローテーションされていて、来年の新入生がつけるネクタイの色は、今年卒業する三年生と同じ色――つまり、黄色になるのだ。
だから、俺達在校生はすぐに学年を判別できる。
しかし、入学したばかりの一年生達には、ネクタイの色では判別がまだつかないはずなのだが、上級生に知り合いがいるのだろうか?
「桜のお姉ちゃんも二年生なので、わかったんです。もしかしたら先輩と面識があるかな? っと、思いまして」
無邪気に向けてきた言葉が、俺の心を抉る。
彼女が悪意を持って、言ったんじゃない事はわかっている。
勝手に俺が傷ついているだけなのだ。
……何故俺が傷ついたかと言うと、そんなの決まっている。
俺に友達がいないから――だ!
『面識があるかな?』という言葉で、『友達がいない俺に面識があるわけないだろ』って言葉を連想してしまった……。
そんな事、口が裂けても言えるはずがないが……。
「うーん、多分知らないな。俺って女子に友達は居ないんだ」
ごめんなさい、少し見栄を張りました。
女子どころか、男子にも友達がいません。
「あ、そうなんですか……。他愛の無い話だったので、気にしないで下さい。それに、根は凄く優しいんですが、取っ付き辛い姉だとは思いますし……」
そう言って、彼女は俺の事をフォローしてくれた。
なんて優しいんだ……。
彼女とは、是非とも仲良くなりたかった。
よし、今度こそは俺の方から話題を――
「あ、着きましたね!」
――振れなかった……。
なんでこのタイミングで着くんだよ!
もう少し空気読めよ、図書室!
俺はそんな馬鹿げた事を、本気で思った。
あ……でも、あれだな。
図書室に着いたからと言って、別にここでお別れというわけじゃないんだ。
一緒に本を選んだり、見たりすればいい。
「なぁ、それでなんの本を探しに来たんだ?」
俺の言葉に、彼女は首を傾げる。
そして、思い出したかのように口を開いた。
「あ、そういえばきちんと説明していませんでしたね。桜、図書室に本を借りに来たんじゃなく、ここで待ち合わせをしてたんです」
「え、待ち合わせ?」
「はい。先ほど言った通り、桜は方向音痴なので、一人で帰っちゃうと迷子になっちゃうんです。だから、お姉ちゃんと図書室で待ち合わせして帰ろうってなってるんです」
なんだそれ……。
待ち合わせなら、何でどちらかの教室にしないんだ?
特に、この子は道に迷うんだろ?
普通、一年生の教室に迎えに行ってやるんじゃないのか?
それにこの時間まで、この子に連絡がないと言うのも変わった話だな……。
この子の姉は、部活でもやっているのだろうか……?
だから、ここで待ち合わせをして、暇をつぶさせるつもりだったのか?
……でも今日って、全部活休みの日だよな……?
「あ、先輩もお姉ちゃんが来るまで、一緒にここで待っててくれますか? 桜、もっと先輩と話がしたいですし、お姉ちゃんとも友達になってほしいので!」
「え……?」
俺は思わぬ提案に思考が停止する。
いや、提案で思考が停止したんじゃない。
『桜、もっと先輩と話がしたい』という言葉で、思考が止まったのだ。
聞き間違いじゃないよな?
意外とこの子に好印象を抱いてもらえたのか?
最後ら辺しか、まともに会話が出来なかったのに?
だが、これは嬉しい提案だった。
もちろん乗らないわけにはいかないだろう。
「ああ、それなら俺ももっと――」
『話したい』と言いかけて、俺は言葉を止める。
ここで彼女と話すのは良い。
だがちょっとまて。
彼女の姉が来るまで、一緒に待つ?
それって、彼女の姉と顔を合わせるという事だよな?
さっきこの子も、姉と友達になってほしいみたいな事を言ってたし……。
でも、彼女の姉って二年生だよな?
しかも、とっつきにくいとか言ってなかったか?
……無理だな。
「ごめん、俺用事を思い出したから、もう帰るわ」
そう言って、俺は足を翻す。
「え? 先輩、本を借りにきたんじゃなかったんですか?」
そういえば、彼女を案内する口実としてそんな事を言ったな……。
「急ぎの用事なんだ! 本なら別の日に借りられる!」
まぁ俺は、ラノベはたくさん読むが、小説は一切読まないため、また図書室を訪れる気はないのだが……。
とにかく、今は一刻も早くここを立ち去った方が良いだろう。
後ろの方で彼女がまだ何か言っていたが、俺は振り向く事をせずに帰路についた。
――しまった。
彼女にクラスどころか、名前すら聞いていない。
この学校の人数は無駄に多かったため、クラスもわからないとなると、次に彼女に会えるかどうかすら、怪しい。
はぁ……。
俺は先程名前を聞き忘れたことを、後悔して俯いてしまう。
――足元を見て歩いていると、他の生徒とすれ違う時、フワリとした花の様な良い匂いがした。
俺は反射的に後ろを振り返る。
あれ?
彼女って、桃井だよな?
へぇ……あいつも図書室なんて使うんだな。
いや、むしろ秀才なのだから、小説なども良く読むのか。
まぁ、俺が見ている事に気付かれて、変な言い掛かりをつけられても困るし、さっさと帰ろう。
この時の俺は、桃井が図書室に向かっている事など大して気にしなかったのだが――後にその事を後悔する事になるのだった。