第80話「金髪少女達の会合」
「あ……金髪ギャル……」
私がお店で品物を眺めてると、気怠げな声が聞こえてきた。
この声でそんな呼び方をする人は、私の記憶には一人しかいない。
「だからその呼び方はやめてよ、アリス」
そう言いながら後ろを振り返ると、天然でふわふわとしている綺麗な金髪をした少女が、私の真後ろに立っていた。
よく顔を見ずに私が誰かを認識できたねって思うけど、この子は不思議な所があるから、別人かもしれなくても平気で声を掛けてきた可能性がある。
「一人……?」
アリスはキョロキョロしながら、そう聞いてきた。
むっ……。
「言っとくけど、海斗は居ないわよ?」
どうしてかわからないけど、アリスはいつの間にか海斗と接点を持ってたし、前に私が海斗と仲良くしてたら拗ねてたから、この子が海斗に興味を持ってる事は間違いない。
だから、今日も私が居るから海斗も居るんじゃないかと探してるんだと思う。
「それは……知ってる……」
だけど、海斗が居ない事を教えるとアリスは残念そうにもせずに、コクリっと頷いた。
「え、知ってるってどうして?」
どうして今会ったばかりのアリスが、私と一緒に海斗が居ない事を知ってるのか気になった私は、その事をアリスに聞いてみる。
「だって……カイがここにいるはず……ないから……」
「それってどういう事?」
「……知らないの……?」
アリスは首を傾げながら私の事を見る。
私はアリスが何を疑問に思ってるのかわからなかった。
昔からそうだけど、アリスと会話を成り立たせるのは大変。
「いや、急に知らないのって聞かれても、何についてかわからないんだけど?」
「そう……ならもういい……」
アリスはそう言うと、興味なさげな視線を返してきた。
「それよりも……一人でこんなとこまで来たの……?」
アリスがいうこんなとこというのは、都心にあるショッピングモールの事だった。
都心という事は、私の住んでる街から県をまたいでるって事なの。
だから、アリスも一人で居る事を不思議に思ってるんだと思う。
「そうだけど、悪い? そっちこそ一人なんて珍しいじゃん。いつも護衛の人かアリアが傍に居るのに」
「アリアは……会社の事で忙しい……。ニコニコ毒舌は……アリアのガス抜き役……」
ガス抜きね……。
あいつのガス抜きって一体何をするのかな?
好き放題に暴れてる姿しか思い浮かばないんだけど?
でも、それでアリスが護衛無しなんて、珍しいなぁ……。
ん……?
そういえば――
「昔からずっと疑問だったんだけど、どうしてアリスには護衛が付いてるのに、アリアには護衛が付いてないの?」
私はアリスと護衛の話をしてて、昔思ってた疑問をアリスにぶつけてみる。
どちらか片方に護衛をつけるなら、もう片方にも護衛をつけそうなのに、アリアには護衛が付いてるとこを見たことが無い。
「アリアは……護身術を身に着けてるから……」
「でもそれって、幼い時だとあまり意味ないよね? だって、幼い子だと護身術を覚えたてだろうし、仮に結構年月を重ねてたとしても、力が弱すぎて意味ないもん。でも、幼い時からアリアには護衛がついてなかったと思うけど?」
私がアリスにそう言うと、アリスはジーっと私の顔を見つめてくる。
そして、少しだけ考えるそぶりを見せると、ゆっくりと口を開いた。
「アリアは……自分の為に……護身術を……覚えたわけじゃない……」
「えと、どういう事?」
てか、そもそもその答えって、私の質問から微妙に外れてない?
「アリアは……アリスを守る為に……護身術を覚えさせられた……。アリスといつも一緒に居る……アリアが護身術を覚えれば……他の護衛より……凄く役に立つから……」
アリスは顔を曇らせて、そう答えた。
また私がした質問の答えとは別の答えが返ってきたけど、なんとなくわかった気がする。
どうしてかわからないけど、昔はアリスの方が大切にされていて、アリアは大切にされてなかったんだ。
……そういえば、前に海斗がそんな事を言ってた気がするなぁ……。
だから、アリスを守る為にアリアは護身術を覚えた。
そしてわざわざアリスの護衛をしていたって事は、アリアはどうなっても構わないって事だから、護衛を付けてまで守る必要もないって事だったんだと思う。
でも――
「どうして、そんな差別が生まれた訳? それにアリスには悪いけど、昔からアリアの方が目立ってたよね?」
私は平等院姉妹とは小学生の時からの付き合いだから良く知ってるけど、昔からアリアは皆の中心に居て、アリスは口数が少なくて隅っこに居る様な子だった。
だから、平等院が大切にするとしたらアリアの方だと思う。
まぁアリアは元気な子で、アリスは大人しくて元気が無い子だったから、アリスの事を心配してって事も考えられなくはないけど、平等院財閥はそんな甘くないはず。
という事は、アリスにはそれだけの才能が有ったって事……?
「まぁ……その答えは……自分で見つけて……。それが……アリスとカイの繋がりの……ヒントにもなるしね……」
「――っ!」
アリスの言葉に驚いてアリスを見ると、アリスはニコッと笑った。
私が、海斗とアリスの繋がりを気にしていた事はバレていたみたい。
「それに……今日は……別の護衛が居る……」
「別の護衛?」
「お姉さま――!」
別の護衛って誰だろうと私が思っていると、元気な声が聞こえてきた。
その声を聞いた瞬間、私は長々とアリスと話をしていた事に後悔する。
「あ――! 誰ですか、この人! いくら女の人って言っても、ギャルはお姉さまに近寄っては駄目です!」
そう叫んで私とアリスの間に体を割り込ませたのは、海斗が見たら喜びそうな、生まれ持った銀髪を猫耳の様な形にした、小さい外国人の女の子だった。
そして、私が会ってきた中で一番の危険人物だった。
どうしてかというと――この子は、歩く先歩く先でトラブルを起こす、半端ないトラブルメーカーだからなの。
しかもそれだけじゃなく、平等院姉妹に凄く懐いてるから、アリアと敵対してた私の事を凄く敵視してる。
昔から変に絡まれて大変だった事を今でも覚えてる。
「歩く猫耳爆弾……うるさい……ハウス……」
「お姉さま!? 私は犬ではありませんですよ!? 私は猫です!」
「いや、猫でもないでしょうが!」
あまりに自然にボケるカミラに、私はつい突っ込んでしまった。
「この耳が見えないのですか!? 私は猫女なのです!」
カミラは自分の猫耳――にしている髪を手で押さえて、そんな事を言ってきた。
昔から変わった子だったけど、今は前以上に変わった子になってしまったみたい。
「はいはい、そうだね。私はもう行くわ」
カミラに私が誰か気づかれて絡まれたくない私は、さっさとこの場を去ろうとする。
それに、まだ目的の物も買えてないし。
「金髪ギャル……買うのはいいけど……どうやって……渡すつもり……?」
しかし、立ち去ろうとする私に対して、アリスが気になることを聞いてきた。
「どういう事?」
「ん……? カイにどうやって……渡すつもりかを……聞いたんだよ……?」
「……なんで、海斗にプレゼントを買おうとしてるってなるの?」
「だって……ここ……男物のコーナー……」
あ――そうだった。
私が海斗の誕生日プレゼントを選んでいたんだから、当然私が居るのは男物のコーナーだった。
「でも、海斗とは限らないじゃん。別の人にあげるかもよ?」
「それは……ない……。だって……金髪ギャルは……乙女の様な顔で……商品を手にとっては……悩んで……戻してた……」
「あ、あんた、いつから見てたの!?」
確かにどれが一番海斗が喜んでくれるか悩んでたけど、そんな乙女みたいな顔をしてたの!?
しかもそれをアリスに見られてたわけ!?
でも、仕方ないじゃん!
海斗に初めてあげるプレゼントなんだから、凄く喜んで欲しいんだもん!
それでなかなか決まらなくて、都心まで来ちゃったんだし!
「見てて……面白かった……」
「あ、あんたねぇ……」
笑顔で先程の私の様子を思い浮かべているアリスに、私は怒りを募らせる。
「そんなに……怒らない……。その代わりに……良い事を教えて……あげるから……」
「何、良い事って……?」
「カイは今……岡山県に居る……。だから……誕生日に会いたいなら……岡山県に行かないといけない……」
「え!?」
何、どういう事!?
なんで海斗岡山県に居るわけ!?
しかも、どうしてその事をアリスは知ってるのよ!?
私には教えてくれなかったのに、アリスには教えてたって事!?
「毎年カイは……この時期父親の……実家に戻ってる……」
「いや、なんであんたがそんな事知ってるの!?」
あまりにも海斗の事に詳しいアリスにそう聞くけど、アリスはそれについては教えてくれなかった。
「それに……カイの誕生日には……既に予約が入ってると思う……」
「う、そ、それはそうだろうけど……」
アリスの言う通り、多分海斗の誕生日には既に予約が入ってると思う。
そしてその相手は、間違いなく桃井だと思う。
こういう時、家族ってずるいって思う。
簡単に相手の予定を抑えられるんだもん。
……どうして私が先に約束をとりつけなかったのかって?
仕方ないじゃん、海斗と話してサプライズでプレゼントを用意しようとしてる事をバレたくなかったんだもん!
でも、そのせいで海斗を別の子にとられてたら、本末転倒だよね……。
しかも、岡山県に居るなんて……。
なんでこんな事になるわけ……?
「だけど……アリスは八月八日に……岡山県で……パーティーを開く予定……。金髪ギャルも……来る……?」
「え!? それってもしかして、海斗の誕生日パーティー!?」
「うん……」
「い、いく! そんなのいくに決まってるよ! ……でも、海斗は本当に来てくれるの? だって、他の子と約束してたらそっちを優先するんじゃ……?」
「心配……いらない……。カイは……絶対来る……よ?」
「そ、そうなんだ……。うん、だったら絶対行きたい!」
「わかった……」
「でも、どうして誘ってくれたの? 私が居ない方がアリスには都合が良いんじゃない?」
どうしてアリスが海斗の誕生日パーティーに、私を招待してくれたのか疑問に思った。
だって、私だったら絶対海斗と二人っきりの方がいいもん。
アリスだって海斗に好意をもってるはずなのに、わざわざ別の女の子を海斗に近寄らせる理由がわからなかった。
「別に……人数が多い方が……カイが喜ぶから……」
私の質問に対して、アリスはいつもの無表情で興味なさげに返してきた。
うぅん……やっぱり、この子はよくわからない。
でも、この誘いは凄く有難かったから、素直にお礼を言っておこ。
「ありがとね、アリス」
「うん……」
私がお礼を言うと、アリスはコクンっと頷いた。
「それはさておき――カミラは何処に行ったの?」
さっきから静かだなっと思ってたら、いつの間にかカミラが居なかった。
「あれはうるさかったから……ジュース買いに行って……もらった……」
「あぁ、そういう事」
ちゃっかり厄介払いはしてくれてたんだね。
……でも、あの子が一人って事は――何かやらかしてそう……。
「おねぇさまぁ……助けてくださいですぅ……」
どうやら私の嫌な予感は当たったようで、涙声でアリスに助けを求めるカミラの声が聞こえた。
私とアリスがその声のする方を見ると、何故かビショビショになっているカミラが立っていた。
「……どうやったら……そうなるの……?」
いつも無表情でいる流石のアリスも、こんなショッピングモールで後輩がびしょ濡れになった事に驚きを隠せなかったみたい。
「大きい男にぶつかって……。そしたら、私の持ってた二つのジュースの蓋がとれて、中身が私に掛かったんですぅ……! そしてその事に驚いた人が、手に持ってたジュースを落として、またそれが私にあたっちゃって、その勢いで蓋がとれて中身がかかってきたんですぅ……! それも二度も……!」
カミラは涙目で理由を説明した。
アリスは自分の持ってたハンカチでカミラの事を拭いてあげてるけど、全身びしょ濡れになってるせいであまり効果が無かった。
「あんた、その人達はどうしたわけ?」
いくら事故とはいえ、女の子をびしょ濡れにしたら誰でも助けてくれそうだけど。
「やられたらやり返せです! 薙刀で葬り去ってやりました!」
カミラはそう言うと、何処から取り出したのか、いつの間にか薙刀に模した木の棒を手に持ってた。
「いや、あんた事故でぶつかった相手に何してるわけ!?」
「知らないです! 男はみな敵なのです!」
こ、この子は……。
どうやら、昔から続く男嫌いは直ってなかったみたい。
「歩く猫耳爆弾……後でおしおき……」
「うぅ……はぁい……」
未だにカミラの体を懸命に拭いてるアリスは、怒ったような声で『おしおき』と告げた。
それに対してカミラはシュンっとしながらも、素直に頷いた。
アリスって意外と面倒見がいいのね……。
私はそんな二人のやりとりを、まるで親子みたい――と思って、見続けるのだった。