第79話「天使の我が儘と独占欲」
「大丈夫、桜ちゃん?」
コクコク――。
俺の問いかけに、桜ちゃんは首を縦に振った。
しかし、俺から見た桜ちゃんは大丈夫な様に見えない。
と言うのも――今の桜ちゃんは、俺にベッタリとくっついたまま離れようとしないからだ。
……いや、確かにいつも腕を組んで歩いてはいたから、ベッタリと言えばベッタリだったのだが、今の桜ちゃんは雷のあの日みたいに怯えて離れないのだ。
こうなったのはさっきの桐山達のせいなんだろう……。
純粋で優しい桜ちゃんはあんな男達と関りを持つ事が無かって怖かったのだろうし、俺も桐山に意識を集中してたせいで桜ちゃんの事を気にする事が出来なかった。
あの時はついムカついて桐山の相手をしてしまったが、桜ちゃんの事を考えるならさっさと逃げるべきだっただろう。
それにあのまま喧嘩になれば、こっちが圧倒的に分が悪かった。
桜ちゃん達を危険に晒す可能性があったから、反省しないといけないだろう。
「桜さん、そんなにお兄様にくっつくとは何事ですか! 乙女の恥じらいはないのですか!」
「……お前が言うの……?」
いつも以上に俺にくっついてしまっている桜ちゃんに嫉妬してなのか、凛が怒ったのだが――桜ちゃんにしがみ付かれている反対の腕は、ガッツリ凛にホールドされていた。
うん、こいつに桜ちゃんの事を言う資格はないな。
「私はいいんです! だって、従妹ですもん!」
「いや、理由になってないからな?」
従妹だから腕にしがみ付くってなんだよ。
お前がしがみ付いてくると、怖くて冷や汗が出るからやめて欲しいんだが?
もちろん凛にそんな事が言えるはずがない俺は、凛から視線を逸らし桜ちゃんの事を見る。
すると桜ちゃんは涙目で俺の事を見上げていた。
「どうかした?」
「お兄ちゃん……ギュッてして……?」
「………………はい?」
涙目で俺の顔を見上げてる桜ちゃんは、何故か抱きしめて欲しいとおねだりし始めた。
え、えぇと……?
あれ、いきなりの事過ぎて頭が回らないんだが?
「――駄目ですお兄様! そんな事許しません!」
俺達のやり取りを聞いていた凛は、血相を変えて止めてくる。
「お兄ちゃん……」
そして桜ちゃんは、スッゴク可愛い上目遣いで、物欲しそうに俺の顔を見上げてくる。
俺は凛の怖さと桜ちゃんの可愛さを天秤にかけるが――一秒も迷わずに桜ちゃんを抱きしめた。
「お兄様!?」
凛が殺気を帯びた声をあげたが、俺は素知らぬふりをする。
……いや、凛の事が怖すぎて振り向けないだけなんだが……。
「えへへ――」
恐らく俺の事を凄い顔で睨んでいるであろう凛とは違って、桜ちゃんは嬉しそうな声を上げた。
そして、スリスリと自分の頬を俺の頬にこすりつけて甘えてきた。
な、何これ!?
頬すりとか初めてされたんだけど!?
「さ、桜ちゃん?」
あまりの甘えん坊モードに驚いていると、桜ちゃんが体をギュッと抱きしめてきた。
「もう少しだけ……おねがい……」
「う、うん……」
一体桜ちゃんはどうしてしまったのだろうか――雷の日なみに今日は甘えん坊だった。
――それから少しだけして、桜ちゃんが自分から離れた。
俺はその事を心から残念に思う。
「ありがとう、お兄ちゃん」
桜ちゃんはそう言うと、ニコッといつもの天使の様な笑顔を浮かべる。
「あぁ、別にこれくらい――ぎゃああああああああ!」
俺が桜ちゃんと会話をしていると、全身に激痛が走った。
こ、これは……電流!?
俺は意識が薄れそうになりながら、体が上手く動かずに地面に倒れそうになる。
「おっと、危ないですね」
しかし、地面に倒れる前に凛に抱き留められた。
「急にどうしたのですかお兄様? こんなところで寝られたら危ないですよ?」
「お……まえ……スタン……ガン……」
俺が意識薄れる中凛の顔を見ると、凛はニヤッと笑っていた。
間違いなく、こいつがやったのだろう。
「私の言いつけを無視した罰です」
凛の弾んだ声を最後に、俺の意識はなくなるのだった――。
2
「――お兄ちゃん!?」
急に目の前で凛ちゃんにスタンガンを当てられたお兄ちゃんは、気絶しちゃった。
そんなお兄ちゃんの事を凛ちゃんは笑顔で見つめてる。
「桜さん」
「な、何……?」
桜は少し凛ちゃんを怖いと思いながら、凛ちゃんに返事をする。
「桜さんはお兄様の事がお好きなのですか?」
「え……? う、うん……大好きだよ……?」
凛ちゃんの急な質問には驚いたけど、桜はお兄ちゃんの事が大好きだから正直に答えた。
だって、お兄ちゃんは凄く優しいもん。
さっきも、あのお兄ちゃんの知り合いの人達の感情を見て身の危険を感じた桜は、お兄ちゃんに安心させてほしくて街の真ん中で我が儘を言ったのに、お兄ちゃんは優しく受け止めてくれたの。
いつだって、桜の事を大切にしてくれるから、桜は凄くお兄ちゃんの事が好きなの。
「それはお兄様としてですか? それとも、男性として好きなのですか?」
桜は凛ちゃんの質問に首を傾げる。
男の人として、好き……?
お兄ちゃんを……?
そんな事考えたことも無かった。
だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん。
お兄ちゃんを男の人って見た事がないし、幼い時に助けてもらった時もカッコイイお兄ちゃんって感じだったから、そんな風に考えた事がなかった。
だから、お兄ちゃんの事は男の人として好きとは思ってないんだと思う。
……でも、その事を言葉にする事が出来なかった。
なんでだろう?
その言葉を口にしようとすると、凄く心がモヤモヤするの……。
「なるほど、そういう事ですか……」
桜がどう言葉にしたらいいのか迷ってると、凛ちゃんが納得したような事を呟いて頷いた。
「何がそういう事なの?」
何も答えなかった桜の様子から凛ちゃんが何に納得いったのか知りたかった桜は、凛ちゃんに聞いてみた。
「いえ、やはり桜さんは要注意人物だと思っただけです。いいですか、桜さん? 私が居る時にあなたがお兄様の傍に寄る事は止めませんが――もし、お兄様と二人っきりになったり、私からお兄様を奪おうものなら、容赦はしませんよ?」
凛ちゃんはそう言うと、ニコッと可愛い笑顔で笑った。
でも、心は全然笑ってない。
桜に酷い感情を向けて来てた。
……やだ、お兄ちゃんをとられたくない!
また凛ちゃんに桜からお兄ちゃんを盗られると思った桜は、仲良くしようと思ってたはずなのにまた凛ちゃんに怒っちゃう。
「だめ! お兄ちゃんは桜のお兄ちゃんなの! だから、盗ったらだめなの!」
桜は頬をプクーっと膨らませて、凛ちゃんが抱き留めてるお兄ちゃんの腕に抱き着く。
あれ……さっきまでは、凛ちゃんと仲良くしたいし、二人仲良くお兄ちゃんと居ればいいって思ってたのに、なんで桜はこんなに胸がモヤモヤして、凛ちゃんに怒ってるの?
もしかしてさっきお兄ちゃんに抱きしめてもらったから、それであげたくないって気持ちが強くなっちゃったのかな……?
桜は自分がとった行動に自分で驚いてた。
「……どうやら、私の思い過ごしの様ですね」
逆にさっきまで嫌な感情を桜に向けてた凛ちゃんは、肩透かしみたいな感じになった。
でも、お兄ちゃんの体は離してくれない。
「お兄様がお起きになられるまで、喫茶店にでも入っていましょうか」
「あ……う、うん……」
凛ちゃんはそう言うと、喫茶店に向けて歩こうとする。
桜はそんな凛ちゃんを見ながら、自分の中で折り合いがつかずに、モヤモヤした気持ちを引きずっちゃってた。
でも――あまり身長が大きくない凛ちゃんに一人でお兄ちゃんを引きずって運ぶのは無理だったみたいで、凛ちゃんは動けずに固まっていたので、桜は心のモヤモヤを忘れる為にお兄ちゃんを運ぶことに集中するのでした――。