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第78話「過去の忘れ物」

「はぁ……」

 俺は今の状況に思わずため息が出てくる。


「どうされました、お兄様?」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 俺が溜息をついたせいで、凛と桜ちゃんが心配した様な顔で俺の事を見上げてくる。

 溜息一つで心配してくれる二人は良い子なのだろうが――俺が溜息をつく主な原因は、この二人だ。


 と言うのも――

「ねぇ、あれどう思う?」

「少なくとも、あの男の業が深い事は間違いないわね……」


「なぁ、いくらなんでもあれは狡くないか?」

「え、いや……お前、あれがいいの?」

「いやいや、お前よく見ろよ? 格好はともかく、あの二人凄く可愛いぞ?」

「あ……確かに! ……でも、俺はちょっと無理かな……」


「あ、あ、あ……こんな所にみんみんが……! それに、もう一人はミリス様が……!」

「本当だ! 小さい方は髪型が少しだけ違うけど、『この凄い世界にお祝いを!』のヒロイン達だ!」

「なんであの二人が、あのモブキャラに抱き着いてるんだ!?」

「……決まってるじゃないか、金で雇った彼女のフリをしてくれる子達だからだよ!」

「な、なるほど! よし、今から僕も申し込んでくる!」

 ――といった様に、街に遊びに来た俺達は今凄く注目されていたからだ。

 

 話の内容からわかる様に俺達が注目されている理由は、凛と桜ちゃんが『この凄い世界にお祝いを!』のキャラ達のコスプレをしているからだ。

 凛はミリス様という、優しくて温和なのにお茶目っ気がある、素敵な女神様のコスプレをしていて、桜ちゃんはみんみんっていう、特殊な強力魔法をうつ事しか頭にないが、実は凄く良い子で包容力もあるロリっ子キャラのコスプレをしていた。


 ……なんでこの二人、街に遊びに行くだけでコスプレしてるの?

 しかも、全く周りの反応を気にしないくせに俺の溜息にすぐ反応するって、君達の耳は何処についてるわけ?

 俺はもう胃が痛すぎるんだけど?


 しかも、何気に二人ともコスプレが凄く似合ってるのがまた何とも言い難い……。


 凛はミリス様と目の色は違うが、銀髪のウィッグをかぶってるのと、普段からおしとやかに振る舞っているのでミリス様に似ている。

 桜ちゃんは片目に眼帯を付けてて、人懐っこいみんみんって感じで凄く可愛い。


 そして俺の推しキャラはみんみんな為、桜ちゃんがこのコスプレをしてくれて凄く嬉しいという気持ちもある。


 ……こんな状況じゃなければな!?


 桜ちゃん、君はまだ常識があると思ってたのに、なんで君まで街で普通にコスプレしてるの!?

 ――いや、知ってる!

 凛にそそのかされたんだよな!

 

 凛の奴、自分だけがコスプレしてたら俺に断られるとわかっているからか、桜ちゃんを味方につけやがった。

 そして桜ちゃんを相手にしてしまった俺が敵うはずもなく、結局コスプレで遊びに行く事を許してしまったのだ。


「――あ、あの……」

 俺がコスプレをして注目を集めてしまっている二人に頭を抱えていると、小太りな男性が話しかけてきた。


「はい?」

 俺はそんな男性に反応を示すが――

「あ、あなたじゃなくて、そっちの子に用が」

 ――と、桜ちゃんの方を指さす。


 すると桜ちゃんは俺の後ろにバッと隠れてしまった。

「あ……怖がらなくていいんだよ? ただ、僕もお金を払うからデートをしてほしいんだ!」

 どうやらこの男性は、先程自分も申し込むみたいな事を言っていた男性みたいだ。


 まさか申し込むってのが、サイトじゃなくて直接とは思わなかったが――桜ちゃんを怖がらせるのは許せない。

 だから俺が文句を言おうとすると――俺より早く凛が言葉を発した。


「さっさと失せてください、この汚い豚が」

 俺と小太りの男性はその言葉に驚いて、凛の顔を見る。

 すると凛は凄く素敵な笑顔で言葉を続けた。


「あなたの様な方が話しかけて良い相手ではないのです。身の程を知ってさっさと消えなさい、この卑しい豚が」

「あ……あぁ……」

 凛にけなされた男性は絶望からか、声がちゃんと出ない様だった。


 お気の毒に……。


 さっきまで桜ちゃんの事でムカついていたはずなのに、俺は凛に毒を吐かれた男性に同情をしていた。

 ここまで言われたら、誰だって心が折れるだろう。


「ミリス様にけなされた……! 卑しい豚とまで言われた……! …………今日は何て最高な日なんだ! こんなご褒美をもらえるなんて!」


 ……どうやら、絶望で声が出なかったんじゃなく、嬉しすぎて声が出なかったようだ。


 漫画とかだとよく見るけど、本当にこんなドMキャラが居たんだ……。

 いくらオタク仲間の俺でも、流石にこれはひきます……。

 

 もちろん、凛も凄く気持ち悪いような顔をしていた。

 桜ちゃんは俺の後ろに隠れて顔が見えないが、この子は多分、あまり気にしてない気がする。

 それよりも、ただこの男に怯えてるだけだろう。

 ただ、周りの人達は当然ドン引きしており、俺達に向けられる視線は更に痛々しい物になった。


 もうこれ以上は関わらない方が良いと判断した俺は、喜びから昇天している男をほっといて、凛と桜ちゃんの手を引いて歩き出した。


 しかし、不幸は続くというのだろうか、歩き出してすぐにまた問題が起きた。


「――いってぇなぁ! あぁ、腕が折れちまったわ! どう責任取ってくれんだ、あぁん!?」

 という風に、変な不良っぽい男子に凛が当たってしまい、因縁を吹っ掛けられていた。

 いや、当たってしまったのではなく、明らかにあっちからぶつかってきたのだが……。

 こんな古い手を使う奴がまだ居たとは……めんどくさい事になった。


「おいおい、どうしたんだよ?」

 すると、その後ろから二人組の男達が歩いてきた。

 多分、こいつの連れなのだろうが――俺は片方の男の顔を見て、固まった。


「どうもこうもねぇよ! このコスプレ女が俺にぶつかってきて、腕が折れちまったんだわ!」

「なに~!? それは大ごとだ! どうするよキリちゃん!?」

「こりゃあ、慰謝料をもらうしかねぇなぁ!? でも、お金ってのは可哀想だから、ちょっとだけ俺達に付き合ってくれたら、それで許してやるぜ?」

 男達はそう言って大袈裟に演技をして、凛の事を見る。


 恐らくは最初から凛が目的だったのだろう。

 凛は顔だけは美少女だし、髪は銀色のウィッグをつけてて目はオッドアイの為、見方によってはカラコンを入れた派手なギャルに見えなくもない。

 だから目を付けられたのだろう。


 ただ――先程男が呟いた、『キリちゃん』というあだ名――。

 それに、昔より成長してるせいで少しだけ顔付きは変わってるが、この顔を忘れるはずが無い。


 桐山……!


 俺は後から合流した桐山の顔を見た瞬間、腹の中が煮えくり返る感覚に襲われる。

 過去に桐山を見殺しにした罪悪感など沸いて来ずに、何故だか怒りだけが凄く込み上げてくる。

 ただ、俺の顔が前髪で認識できないからか、桐山は俺の事など見向きもせずに、俺に怯えた様にしがみ付く桜ちゃんへと視線を移した。


 ……いや、桜ちゃんではなく、桜ちゃんの胸にだ。


「へぇ、良い体してんじゃん! お前も一緒に来いよ!」

 そう言って、桐山は桜ちゃんに手を伸ばすが――俺はその手を払いのけた。


「あぁ!?」

 俺に手を払われた桐山は、ガンを飛ばしてくる。


「てめぇ、調子に乗ってんじゃねぇぞ!?」

 そう言って、桐山の連れが俺に手を伸ばしてきたが、それを桐山が止める。


「いい度胸してんじゃねぇか。俺に喧嘩売ったって事は、覚悟が出来てるんだろうな?」

「……お前、昔よりもクソ野郎になったみたいだな」

 俺が吐き捨てる様に言うと、桐山は怪訝そうな表情で俺の顔を見る。

 だから俺は、俺が誰なのかわかるように自分の手で前髪を上げた。


「――っ! て、てめぇは……神崎……!」

 俺の顔を認識した桐山は、驚いたような顔をし――そのまま、憎しみの表情に変わる。

 どうやら向こうは俺の事を相当恨んでいたようだ。


 まぁ俺と喧嘩をしたせいでこいつは入院する事になったんだし、一歩間違えれば死んでいたからな。

 完全な逆恨さかうらみでしかないが、こいつが俺の事を憎むのもわからなくはない。

 どうしてこいつが、こんな俺達の地元から遠く離れた場所に居るのかは知らないし、関わりたくもなかったが、俺の大切な物に手を出すのなら許さない。


「……ふぅ――」

 しかし、桐山は何を思ったのか深く息を吐くと、急に笑顔を向けてきた。


 気持ち悪い……。


「まぁ過去に色々あったが、もう昔の事だ。お互い水に流そうぜ。それに、ちょっかいかけて悪かったな」

 桐山は笑顔でそう言うと、俺の肩にポンっと手を置き、立ち去って行く。


「は!? ちょっ、キリちゃん!?」

「おいおい、どういう事だよ!?」

 桐山が立ち去ってしまったせいで、二人の連れは慌てて桐山を追いかける。


 ……一体、どういうつもりだ?

 

 俺は桐山の急な態度の変化に気味の悪さを感じた。

 あの執念深い男が水に流そうなんて言うはずが無い。

 それに直前までは、俺に憎しみの感情を向けていたのだ。


 ……これは警戒しておいた方が良いだろう。


「……お兄様の知り合いですか?」

 さっきまで黙っていた凛は、そう言って俺の事を見上げてきた。


「いや、ただの腐れ縁だ。それよりも、凛が黙ってたことに驚いたよ。お前って実は怖がりだったのか?」

「いえ、これを取り出そうとしてたのです」

 俺が純粋に思った事を凛に聞くと、凛は首を横に振って何かを俺に見せつけてきた。


「……スタンガン……?」

「はい、これを取り出すのにちょっと時間がかかってしまいまして……。おしいです、これで息の根を止めるつもりでしたのに……」

「……なんでそんな物持ってるの? いや、それよりも息の根を止めるって冗談だよな?」

 純粋になんでスタンガンを持ち歩いてるのか疑問に思ったのと、凛が『息の根を止める』というのを冗談で言ったと信じたかった俺は、凛に念を押すように聞いてみた。


「スタンガンは女の子の必需品ですよ、お兄様? 丁度三つありますし、先程の虫がまた絡んでこないとも限らないので、お兄様達も持っててください」

 凛は素敵な笑顔を浮かべて、俺と桜ちゃんにスタンガンを渡してきた。


「そんな必需品聞いた事ないけど!? それに何で三つも持ってるの!? 後、なんで冗談って所はスルーした!?」

「あ、お兄様、先程の害虫のせいで人の注目を集めてるみたいなので、早く行きましょう!」

「いや、注目を集めてたのは元からだからな!? それにかたくなに無視するな、こら!」

 流石に人が死ぬほどの電流を流すスタンガンは市販されていないが、改造すれば作れなくもない。

 普通は改造してないと信じたいが――凛の目がマジだった事から、有り得ない事ではない。


 凛はこの後も俺の疑問をスルーし続け、俺は不安をぬぐえないのだった――。





「キリちゃん、なんであいつら見逃したんだよ!?」

「そうだよ、キリちゃんがとおるに神崎に絡めって言ったんじゃないか!」

 俺が神崎達と別れた後、連れの和也かずや達が俺の後を追って先程の事を聞いてきた。


「おい和也、あの女の方の神崎ってのは兄が居たのか?」

 神崎に妹が居た記憶が無い俺は、その事を女の方の神崎と地元が同じらしいカズヤに聞いてみる。


「いや、神崎は昔から一人っ子のはずだ。あいつ中学の時も髪を染めてたのと、目がオッドアイで目立ってたからよく知ってる。それに地元で有名な地主の孫だから、俺達の地元ではあいつの家の事は皆知ってて、神崎は一人っ子って話だ」


「そうか……」

 という事は、苗字が同じなのは従妹という事なんだろう。

 しかし――引っ越してたのは知っていたが、まさか俺が引っ越しした近くに引っ越していたとはな……。

 これは嬉しい誤算だ。


「なぁキリちゃん、あの男はなんだったんだ?」

 ぶつかり役をした徹が神崎について聞いてきた。


「あいつはな、前に話した、俺を二階の廊下から突き落として、病院送りにしてくれた奴だよ」

 まぁ本当は、神崎を突き落とそうとした俺が、躱された拍子に止まり切れなくて落ちただけだが、そんな事を馬鹿正直に話す必要はない。


「まじかよ!? じゃあ尚更なおさらなんであいつを見逃したんだ!?」

 ふん、見逃した?

 そんなわけないだろ。

 俺はあいつに復讐すると決めてるんだからな。

 

 なんせ俺はあいつのせいでクラスメイト達から白い目を向けられるようになり、学校にいられなくって母親の方の祖父の家に引っ越すようになったんだからな。

 それにあいつさえいなければ、春花だって俺の物だったのに……!


「なぁ、どっちだと思うよ?」

「は? 何が?」

「ぶっこわしたら、神崎がよりショックを受ける方だよ」

「そりゃあ、ちびっ子の方じゃね? あんな子がベッタリしてきたら、誰だって可愛がるだろうし」

「え、キリちゃん、まさかあんな小さい子をるの? 男の方をシバクんじゃなく?」


「あぁ、あの神崎って男はな、自分がされるより大切な人間を傷つけられる方が効くんだよ。それに、ちびっ子の方も良い胸してたじゃねぇか。この前捕まえた女にはもう飽きたし、いいタイミングじゃないか」

 俺は神崎についてはよく知ってるため、その事を和也達にも教えてやる。

 それにちびっ子自体には興味ないが、あの胸には興味があった。


「えぇ……神崎じゃないのかよ……」

 だが、和也は女の方の神崎が良かったみたいで、不満を口にした。

 まぁ元々はそっちを狙ってたわけだしな。


「ありゃあ駄目だ。俺達に対して全く怯えてなかったし、心を折るのに苦労しそうだ。それよりも、あからさまに怯えてたちびっ子の方が心を折りやすそうだしな」

「ふーん……。じゃあ、今から尾行を開始か?」

「いいや、今日のとこはやめだ。ああいう見た目をしてたからわからなかっただろうが、神崎はめんどくさい男だ。今日一日警戒が解ける事はないだろうから、ついて行くだけ無駄だ。なぁに、和也のおかげで居場所はわかったようなもの。別に焦る必要は無いさ」

 俺は笑顔で和也達にそう言うと、また歩き始める。


 感謝するぜ、神。

 これで昔の借りを返せる。


 俺は神崎に仕返しとして、神崎の大切な物を壊せる事に胸をおどらせるのだった――。


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