第77話「街に遊びに行こう」
「――お兄様、明日は街に遊びに行きませんか?」
幼稚園児桜ちゃんに癒された後――桜ちゃんと凛に作ってもらった晩御飯を食べていると、凛が俺に体を擦り寄らせながらそう言ってきた。
俺がおしとやかな女性が好きという事でこいつはお嬢様口調になっているが、行動は全然おしとやかじゃない。
ただ、咲姫や雲母と違って、凛には幼い頃からこんな態度を取られていて慣れているし、そもそも凛は従妹な為、俺は別に動揺したりはしない。
……少し、怖いだけだ。
「桜も行きたい!」
俺が凛に返事をする前に、桜ちゃんが体をピョンピョンさせながら話に入ってきた。
可愛い……。
俺はそんな桜ちゃんを見てて、心が癒される。
ただ、惜しいのは――今はもう、桜ちゃんが幼稚園児のコスプレじゃない事だ。
もう少し、幼稚園児桜ちゃんを見ていたかった。
「桜さんはお留守番です。私とお兄様だけで、楽しくデートをするのです」
「えぇ……」
凛は勝手にデートとか言い出して、桜ちゃんが一緒に行く事を拒んだ。
当然、俺としてはデートなんていう認識はない。
ただ、凛が怖いから否定をしたりもしない。
「どうしても……?」
「うっ……」
余程行きたいのか、凛に拒まれた桜ちゃんは目をうるおわせながら凛を上目遣いに見上げ、凛はそんな桜ちゃんに罪悪感からか、気圧されている。
桜ちゃん達は滅多に岡山県に来ないだろうから、どうせなら連れて行ってあげたいと思う。
「凛、桜ちゃんも連れて行ってあげよう」
「嫌です……!」
俺が凛に口添えをしても、凛は首を横に振って断った。
さっきは桜ちゃんと仲良くしていた様に思ったのに、やっぱり凛の独占欲は変わらないみたいだ。
困ったな……。
桜ちゃんも連れて行ってあげたいのに、ここで凛が簡単に引くはずが無い。
どうするか――。
「桜、だめなの……?」
「……」
「桜初めて岡山県に来たから、いってみたいなぁ……」
「うぅ……」
「だめ……?」
「わ、わかりました! 桜さんも行きたいなら仕方ありません!」
「やったぁ! 凛ちゃんありがとう!」
上目遣いの桜ちゃんVSヤンデレ従妹の勝負は、桜ちゃんに軍配が上がった。
あの凛があっさりと意見を曲げるなんて、本当に桜ちゃん凄すぎるだろ……。
二人のやり取りを見ていた俺は、珍しい光景に驚きが隠せなかった。
そしてその時、部屋の隅で体を丸めて体育座りをしながらこっちを見ている咲姫に気付く。
今日の咲姫は、何だか凄く大人しかった。
でも、今の表情を見るに、多分咲姫も行きたがってる。
「咲姫も行くか?」
「あ……!」
俺が咲姫に声を掛けると、咲姫は嬉しそうな表情をした。
しかし――
「お兄様、あの女だけは絶対に駄目です! お兄様に毒を盛った事、絶対に許しません!」
――と、咲姫が答える前に凛が拒絶した。
そしてその凛の目は、まるで親の仇でも見る様な、憎しみの目で咲姫を見ていた。
たったあれだけの事で何もそこまで怒らなくてもいいのに、凛は俺の事になるとちょっと大げさすぎる。
……まぁ、料理を食べて意識を失ったのは初めてだし、一日以上寝込んでいたわけだけど……。
父さんが医者じゃなければ、病院に連れて行かれたかもしれないが……そこまで大したことじゃないだろ?
……あれ、本当に大したことない事か、これ……?
でも、咲姫は好意で作ってくれたんだから、そんな言い方をするのは可哀想だ。
「いや、あれはわざとじゃないんだし、そんな可哀想な事を言うなよ」
だから俺は、そう言って咲姫の事を庇う。
「お兄様は甘すぎます! あの女は万死に値する事をしたんです!」
「万死って……お前は昔から発想が過激すぎるぞ?」
凛の怖いとこは、これを冗談でなく本気で思っているとこだ。
いつか間違いを起こさないか、心配で仕方がない。
「別に……私、行きたいなんて言ってないし」
凛に拒否をされてしまった咲姫は、学校に居る時の様な冷たい態度で凛に答えた。
「へぇ――じゃあ、問題ありませんね。お留守番宜しくお願いします」
「あっ……」
凛は意地悪く笑顔でそう言って、咲姫を突き放した。
咲姫は一瞬寂しそうな顔をするが、すぐに凛とした態度をとる。
「あっそ、勝手にいけばいいじゃない」
「そうさせて頂きます」
――結局、咲姫は置いて行く事になった。
今は、桜ちゃんが凛に咲姫も一緒に行かせてほしいと頼みに行ってる。
でも、きっと凛は頷かないだろう。
桜ちゃんが特例なだけで、基本凛は他人を嫌う。
ましてや咲姫は料理対決の事があるから、普通の人以上に嫌われてしまっている為、絶対に凛は頷かない。
しかし、折角岡山に来たのに、咲姫だけ置いて行くのは可哀想だ。
さっきの咲姫の表情を見るに、本人は行きたいのだろうし。
だから、咲姫だけ別に連れて行ってあげよう。
「咲姫、ちょっといいか?」
桜ちゃんが頑張って凛を説得している姿を横目に、俺は落ち込んでしまっている咲姫に声を掛ける。
「どうしたの、海君……?」
「話がしたいから、ちょっと外に出ないか?」
「あ……うん!」
俺が外に行こうと誘うと、咲姫はさっきまでの暗い表情が嘘かの様に嬉しそうに頷いた。
外に出ようとしたのは、家の中だと凛が聞き耳を立てると思ったからだ。
「昨日はごめんね……?」
祖父母の大分広い庭を散歩していると、咲姫が先に口を開いた。
「ん? あぁ――料理の事なら気にしなくていいぞ」
「でも、私食べ物と呼べない物を出しちゃった……」
「だから気にするなって。あれは俺が食べたくて勝手に食べた物で、咲姫に無理矢理食わされた物じゃない。だから、咲姫が気にする事はないんだよ」
「でも……」
俺がどれだけ気にするなと言っても、咲姫は気にしてしまう様だ。
だったら、言い方を変えよう。
「ならさ、今度はもっと美味しい料理を食べさせてほしい。これから料理を練習するんだし、俺はまた咲姫の手料理が食べたい。だから、今回の料理の事を悪いと思うなら、お詫びとしてまた今度咲姫のおいしい手料理を食わせてくれよ。それで今回の事はチャラだ」
俺はそう言って、咲姫に笑いかけた。
咲姫は少しだけ黙り込んだ後、俺と同じように笑顔を浮かべて口を開く。
「う、うん! 私、今度は海君に美味しい料理を食べてもらえる様に頑張る!」
咲姫に元気が戻ったみたいで、俺は良かったと思う。
折角可愛いんだから、彼女には笑顔で居てもらいたかった。
「それで、海君の話って何?」
話が一区切りつくと、咲姫がそう尋ねてきた。
「あぁ、明日は咲姫を連れて行く事は出来ないけど、明後日街に遊びに行かないか? 凛に気付かれない様に出ないといけないから、朝早い時間になるけど」
「それって、二人っきり……?」
俺が咲姫を遊びに誘うと、咲姫が二人だけかと上目遣いで聞いてきた。
多分俺と二人っきりより、桜ちゃんも一緒に連れて行きたいのだろう。
ただ、桜ちゃんは今凛と仲が良いし、凛の機嫌取りの為に桜ちゃんには残ってほしかった。
だから明後日は二人っきりだ。
「うん、そうだな。悪いけど、桜ちゃんを連れて行こうとして凛に気付かれると困るから」
「あ、ううん、全然いいよ!」
俺の言葉に対して咲姫が元気よく頷く。
その姿に違和感を感じたが、わざわざ指摘するほどでもない。
だから、俺はスルーする事にした。
「あ――でも、明後日じゃなくて三日後でもいいかな?」
何かを思い出したかのような様子で、咲姫がそう言ってきた。
三日後……?
なんかの日だった気がするが――まぁ、何も約束はしていない。
だから、咲姫が望むのならそっちの方がいいな。
「うん、それでいいよ」
「ありがとう!」
俺が頷くと、咲姫が嬉しそうにお礼を言ってきた。
余程、岡山の街に行ってみたいのだろう。
その後は、あまり席を外すと凛が詮索を始めるだろうから、すぐに家の中へ戻るのだった――。
2
――やったやった!
海君と一緒に家の中に戻った私は、そのまま海君と別れて自分の部屋として割り当てられる和室に向かった。
そしてお布団を引いて、そのまま横になって布団の上でバタバタしてたの。
だって、海君と二人っきりで遊べる事になったんだもん!
海君の従妹の口車に乗せられて、一人だけ置いて行かれる事になった時はショックを受けたけど、海君と二人っきりで遊べるようになったから結果オーライだよ!
しかもね、なんと遊ぶ日は海君の誕生日なの!
前は私の誕生日に二人っきりで遊んで、今度は海君の誕生日に二人っきりで遊べるなんて最高だよ!
私はこの日の為にちゃんとプレゼントを用意したし、このプレゼントを渡す時にあれをするって決めてるの!
海君の従妹はやっかいだし、他の女の子達も手ごわいけど――絶対に、海君の心を射止めてみせる!
私は海君を誰にもとられない様にするための、決意を固めるのだった――。