第74話「料理対決」
「料理で決着をつけましょう」
俺を巡って凛と桜ちゃんは火花を散らしており、どちらが妹の座に収まるかという事を、料理で決着をつけようと凛が言い出した。
俺を巡ってという事は凄く嬉しいのだが――状況的には全然嬉しくない。
俺にとって桜ちゃんは凄く可愛い妹だし、凛もヤンデレ化してるせいで怖くはあるが、お兄様呼びされる事自体は嬉しかった。
だから、わざわざどちらが妹かを賭ける必要はないと思う。
というか、妹の座というのならそれはもう桜ちゃんの物だろ。
だって、凛は従妹であって妹じゃないんだから。
……でもこんな事言えば凛が暴走するので、口が裂けても言えない。
さっきも正座をさせられてこってり絞られたばかりだ。
何処から持ってきたのかわからないが、鞭を取り出した時には肝が冷えた。
実際は俺自身が叩かれるんじゃなく、俺の真横の畳を叩き続けていただけだったが、凄く怖かった。
おかげで畳はボロボロに傷んでしまい、取り換える必要があるだろう。
もう凛に絞られたくない俺は、別の部分を指摘する事にする。
「妹の座を決めるのになんで料理対決なんだ? 姉ならともかく、別に妹は料理出来なくても問題ないだろ?」
俺は疑問に思っていた部分を聞いてみる事にした。
だってこれだと、料理が出来ない方が不利だ。
まぁ桜ちゃんが凄く料理が上手だというのは知っているが、正直今回の勝負は分が悪い。
なんせ凛は幼い頃から偉い講師の方々を招いて、ミッチリと花嫁修業を積んでいるのだから。
当然料理も徹底的に仕込まれており、ここ最近は凛の料理を食べていないけど、桜ちゃんより上手になっている可能性がある。
普段から自分で勉強して料理を作ってる桜ちゃんに対して、偉い講師を招いて料理を学んでいる凛では割に合わないだろう。
まぁ凛が花嫁修業をしていたのは健二おじさん達に強制されていたわけではなく、俺の嫁になる気満々だった凛が自分から申し出たのだが……。
俺ってどれだけ凛に影響を与えてるんだよ……。
自分の言動のせいで従妹に色々影響を与えている事に、俺は思わず頭を抱えそうになる。
「何をおっしゃるのですお兄様!」
俺の質問に凛は大きな声で怒ってきた。
凛は信じられない物を見る様な目で俺の事を見ている。
え、そこまで怒られることを言ったっけ?
凛が怒った意味がわからなかった俺は首を傾げる。
すると凛はこう言った。
「アニメでもラノベでも漫画でも、家事をすると言ったら基本妹なんです! まぁ、姉や両親がされる事も多いですが、萌え系で言えば妹が主流です! お兄様が大好きなエロゲーだって妹が家事をする事が多いでしょ!?」
確かにそう言われればそうかもしれないが――こいつ皆の前で何言ってくれてんの!?
何さらっと俺がエロゲーを持ってる事を暴露してるんだよ!
てか俺、凛にエロゲーを持ってる事教えてないけど!?
なんでこいつ知ってるの!?
「海斗……後でもう一度話をしようか」
父さんは俺と肩を組むように腕を回してくると、笑顔でそう言ってきた。
桜ちゃんと一緒に寝たという事がバレた時の般若の様な表情ではなかったが、この笑顔は怒っている時の笑顔だ。
なんで普段優しい人って、怒った時は皆笑顔なの?
逆に怖いんだけど……。
「は、はい……」
下手な言い訳が通じる相手ではない事を知っている俺は、大人しく頷く。
どうしよう……俺のエロゲーが全部没収される可能性が……。
いや、それどころか咲姫と一緒にエロゲーをしてた事がバレれば、さっきの二の舞になるんじゃ……?
咲姫との事がバレた時の事を考えた俺は、全身から冷や汗が流れる。
父さんは桜ちゃんを半端なく可愛がっているが、咲姫の事も結構可愛がって接している。
もし咲姫が少しだけ距離を取るような態度ではなく、俺にするような態度を父さんにもしていれば、桜ちゃんと同じように接していたに違いない。
つまり桜ちゃんとは違って咲姫が距離を取りたがっているから、父さんが二人に対する接し方を変えているだけで、二人の事を同じくらい可愛く思ってる事は間違いない。
だから咲姫にエロゲーをさせていた事がバレれば、やはりさっきの様に叱られる事は間違いないだろう。
……なんで俺はいつも家族に退路を断たれるんだ……?
実はみんな俺の事が嫌いなの?
周りから故意に陥れられてるんじゃないかと思った俺は、疑心暗鬼になりそうになる。
「桜も、料理対決でいいよ!」
桜ちゃんは俺の顔を見つめた後、勝負を受けると宣言した。
彼女が話を進めてくれたことにより、とりあえず俺がエロゲーを持っている事についてはもう触れる者はいなかった。
ただこれは後回しにされただけで、皆忘れた訳ではないのだろう……。
でも、とりあえずこの窮地から抜ける事が出来た俺は一安心する。
「だったら、私も参加する!」
「「え!?」」
何故だかわからないが、いきなり咲姫が桜ちゃん達の料理対決に参加すると言い出し、その発言を聞いた桜ちゃんと香苗さんが驚いた声を出した。
「私は姉だけど、この勝負には参加したい!」
「……見た目だけが取り柄のお兄様にたかる虫が……」
凛はそう呟くと、咲姫の事を見据える。
おい、凛……それって俺が汚物みたいな発言なんだが?
というより、咲姫は何でも高いレベルでこなせる完全無欠の女だから、お前の上位互換だ。
容姿面では特徴がある凛も負けてはいないかもしれないが、容姿と勉強以外の他の面では流石に咲姫の方が上だろう。
家事自体は咲姫が忙しいから見た事はないが、何でも出来る咲姫の事だから料理も期待出来ると思う。
漫画とかで出てくる、こういう女に限って料理が出来ないというのも無いだろう。
なんせ咲姫が料理が下手だという噂が流れた事が無いからだ。
調理実習の授業はうちの学園にもあるから、もし料理が下手だったりすれば咲姫の知名度的にすぐに噂になるだろう。
その噂が無いという事は、少なくとも咲姫は下手ではない。
それに俺自身が咲姫の手料理を食べてみたいという気持ちがあった。
だから俺は――
「うん、一人だけ仲間外れは可哀想だし、いいんじゃないか?」
――と、咲姫の事を後押しした。
「海斗君……勇者ね……」
香苗さんが何やらボソリと呟いた。
しかし、俺と席の距離があるせいで何を言ったのか聞き取れなかった。
ただこのタイミング的に俺の発言に対して何か言ったみたいだったから、俺は香苗さんに何を言ったのか尋ねようとする。
「海君……! 私頑張るから!」
だが、俺に後押しされたのが嬉しかったのか、目をキラキラとさせた咲姫が俺の手を握って話しかけてきたため、俺の意識は咲姫に向いてしまう。
「あ、あぁ……頑張ってくれ」
俺は咲姫の行動に戸惑いながらそう頷くと、自分が今何をしようとしていたのか忘れてしまった。
そして三人は話し合ってお題を決め、手料理に取り掛かるのだった――。
2
今回の料理のお題目は『肉じゃが』という事になったらしい。
なんでも、家庭的な女性が作る料理として最も代表的な物だかららしい。
俺もその話は聞いた事があるが、正直言ってその話は古いと思った。
俺達世代で肉じゃがが家庭的料理の代表だと思ってる奴がどれだけいるのか。
ただまぁ料理対決をするのは桜ちゃん達三人だし、俺は肉じゃがが好きな為問題ない。
「――どうぞ、お召し上がり下さい」
最初に料理を完成させたのはやはりというか、凛だった。
しかし、桜ちゃんもすぐに料理を完成させた。
咲姫は何だか手間取ってるようだ。
今回料理を審査するのは、俺と父さんと健二おじさんの三人だった。
まずは、先に料理を完成させた凛の肉じゃがに箸を伸ばす。
「美味い……」
俺が最初に口に運んだのはジャガイモだったが、それをよく噛んで飲み込んだ俺はそう呟いた。
ジャガイモは大きく切っているのに、しっかりと中にまで味が染みているし、柔らかい。
その次に人参を食べて、しらたきを食べる。
そして最後にメインの牛肉を口に含んだ。
どれも味付けがしっかりとされており、甘みが有って美味しかった。
あまり甘いのを好まない俺としてはもう少し甘味を抑えてくれた方が良いが、一般的な肉じゃがとしてはこれを出されれば満点物だろう。
父さんや健二おじさんも美味しそうに味わっていた。
「流石凛だな。凄く美味しいよ」
「いえ、お兄様には及びません」
俺が褒めると凛は謙遜したが、嬉しそうに笑みを浮かべた。
こういう凛なら素直に可愛くていいんだけどな……。
それに凛は俺に及ばないと謙遜したが、料理の腕前では俺の上を行ってる気がする。
「じゃ、じゃあ、次は桜のをお願いします……!」
桜ちゃんは緊張した面もちでそう言うと、俺達の前に肉じゃがを並べる。
その肉じゃがは綺麗に盛り付けられており、桜ちゃんの性格が出ている。
俺は先程凛の肉じゃがを食べた時と同じように、桜ちゃんの肉じゃがを食べる。
――これは……。
桜ちゃんの肉じゃがを食べた俺は桜ちゃんの方を見る。
すると、桜ちゃんはニコッと可愛らしい笑顔を浮かべた。
へぇ――なるほど、そう考えたのか。
ただ、これだと……。
俺は父さんと健二おじさんの方を見る。
すると、二人は美味しそうに食べて居ながらも、少しだけ首を傾げている。
それもそうだろう。
だってこれは――。
「まず現時点で私とこのちびっ子の肉じゃが、どちらのが美味しかったのか聞かせて頂けますか?」
俺達が桜ちゃんの肉じゃがを食べ終えると、凛がそう聞いてきた。
「まだ咲姫のを食べてないんだから、それからでいいだろ?」
俺は凛がこのタイミングで聞いてきた事に対して、顔をしかめながらそう言う。
目聡いこいつは父さん達の表情の変化を見逃さなかったのだろう。
やはり俺の従妹だけあると言えばいいのか、狡い奴だ。
「そもそもは私とこのちびっ子との勝負でしたので、先にどちらの料理が上だったかを知りたいだけです。もう一人の判定を待ってからだと、その方が私達よりも上でしたら、私とちびっ子のどちらが上だったかがわからないでしょ?」
咲姫に負けるなんて思ってもいないくせに、凛はそう言ってきた。
それにもし咲姫の方が上だったとしても、その後二位はどっちだったかを決めればいいだけだから、ここで判定を出す必要はない。
だが凛にそんな事を言っても、第三者の料理が混じれば味への印象が変わったり、記憶が正確じゃなくなるとか屁理屈をこねだすだろう。
結局咲姫の料理がまだ来ない事から、先に判定を出す事になった。
その結果――先に父さんと健二おじさんが凛に入れた。
この時点で、三票の内の二票を獲得した凛の勝ちは確定だ。
その結果を受けて凛は勝ち誇った笑顔を浮かべる。
「これで妹の座は私の物ですね」
「……」
まるで挑発するかの様に言う凛に対して、桜ちゃんは反応を示さずに俺の顔をジーっと見つめていた。
それに釣られて凛や父さん達も俺の方を見る。
俺はみんなに見つめられる中――桜ちゃんに投票した。
「なっ!?」
俺の判定に凛が驚いた表情をしている。
逆に桜ちゃんは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「なんでですか!? まさか情けで入れたと言うのですか!?」
凛は納得いかないといった感じで俺を問い詰めてきた。
「そうじゃない、桜ちゃんの方が美味しかった。ただ、それだけだよ」
俺は思っている事をそのまま凛に伝えた。
「そんなはずありません! 現にお父様達は私に投票してくださってます! なのにお兄様だけがちびっ子に入れるなんて贔屓としか思えません!」
「何を言ってるんだよ、お前は……」
俺は凛の発言に呆れた表情をする。
「え……?」
「料理なんて好き嫌いが現れる物だろ? お前の作った肉じゃがは確かに美味しかったよ。一般的に好かれる肉じゃがとしては満点だと思う」
「だったらなんで……」
「でも、俺には少し甘かった」
「――っ!?」
俺の言葉に対して、凛が驚いた表情をする。
それもそうだろう、だって俺は先程凛の料理を『凄く美味しかった』と言ったのだから。
ただ、俺がここで凛の料理にダメ出しをしたのにも当然訳がある。
「普通の料理だと別に気にしない点だが、今回は勝負だ。そして、桜ちゃんの料理は甘さを少しだけ抑えていたから、凛の料理より美味しかったと感じたんだよ。それが俺に丁度良かったんだよ。逆に父さん達はしっかりと甘味をつけた凛の後に、甘味を抑えた桜ちゃんの料理を食べたから、味に物足りなさを感じたんだと思う。だからお前も咲姫の料理が加わってその印象が薄れる前に、ここで決着をつけときたかったんだろ? それにお前、桜ちゃんが料理を作っていたのを見ていて、甘さ控えめで作る事に気付いていたんだろ? だから、桜ちゃんより早く作る事を意識して先に出した」
俺は料理をしている姿を見ていたわけではないが、凛が出した料理からなんとなくそうなんじゃないかと思った。
案の定、凛の顔色が曇る。
多分、俺の予想が当たっていたのだろう。
「なんで、その事を……?」
「俺が甘さ控えめを好む事をお前が知っているからだよ。なのにお前は今回甘さを抑えずに一般的な甘さで作ってきた。これは自惚れだととられるかもしれないが、普段のお前なら俺が好みの味付けに仕上げたはずなんだよ。だから、桜ちゃんの料理の印象を薄れさせるためにわざわざそうしたんじゃないかと思った」
「……やっぱり、お兄様には敵いませんわね……」
凛は諦めた様にそう呟いた。
だけど、相手の調理を見てはいけないなんて禁止はしていないし、相手の料理より自分の料理を印象付ける様にするのは立派な戦略だろう。
やり方は気に入らないが……。
しかしだから、桜ちゃんの負けには変わりない。
正直、桜ちゃんには申し訳ないと思う。
俺の好む味付けにしたせいで、一般的に好まれる味から外れて負けてしまったんだから。
「……今回の勝負、私の負けです」
凛は悔しそうにしながら、そう呟いた。
「凛、いいのか?」
俺はその凛に対して思わず尋ねてしまった。
こいつがどれほど俺に執着しているかを知っているから、ここで自分から負けを認めたのが意外だったのと、別に凛が負けを認める必要もなかったからだ。
「妹の座を渡すのは嫌ですけど……反則じゃなくてもこんな狡い手を使って勝った事を見抜かれた今、私はお兄様に失望される方が嫌です。それに、今回はお兄様の妹の座をかけた勝負。それなら投票数関係なく、お兄様が一番美味しいと言った料理が一番なのです。なのに私は勝ちたいって欲望でお兄様の事を二の次にしてしまいました。だから、私の負けなのです」
まぁ勝手に審判を三人にしたのは俺だったから、そこは凛にとって譲れないのかもしれない。
凛がそう言うのなら、それでいいだろう。
そもそも、凛は妹じゃないんだし……。
これからは普通の従妹として接してくれたらいいけど……。
「でも……それなら引き分けって事にしよ?」
凛が負けを認めた事によって桜ちゃんの勝ちが決まったかと思ったら、桜ちゃんが引き分けを提案した。
「だって、そもそもこの勝負は三人の審判員の判定で勝負が決まるって事だったんだもん。それなのに桜はお兄ちゃんの好きな味付けに合わせただけで、実際凛ちゃんが二票を獲得したんだから、凛ちゃんが負けたって言うんだったらこれは引き分けだよ」
桜ちゃんは天使の様な笑顔でそう言った。
この天使は凛に気を使ったのだろう。
本当に、良い子だ……。
「お兄様を独り占めにしたかったんじゃないのですか?」
「うん……お兄ちゃんは、桜だけのお兄ちゃんだって思いたいけど……でも、凛ちゃんは昔からお兄ちゃんと仲良くしてたんだったら、桜は割り込んじゃった事になるもん……。だから、独り占めは良くないかなって……」
桜ちゃんが人差し指を突き合わせながら下を向いてそう言うと、凛は何とも言えない表情をした。
だけど――
「それでしたら、確かに今回は引き分けですわね」
――と、桜ちゃんの言い分を認めた。
あの凛が俺以外の言葉で譲歩をするとこは、久しぶりに見たかもしれない。
これで二人が仲良くなってくれたらいいな――と、俺は淡い期待を抱く。
「これでも……黒色なの……?」
凛の顔をジーっと見つめた桜ちゃんは何やらボソリと呟いたが、何を言ったのか聞き取れなかった。
……というか、何か忘れている様な……?
「……出来たよ……」
俺が何を忘れてるのかと思い出そうとすると、何だか元気がない声で咲姫が話しかけてきた。
あ、そうだ。
咲姫も料理対決に参加してたんだった。
あまりにも調理が遅いからスッカリ忘れてたけど、一体どんなのがで……き……て……?
俺は咲姫が手に持つ料理らしき物を見て、体に戦慄が走る。
だって、その物体は原型をとどめておらず、何故だか紫色なのだ。
あ、あれ……?
肉じゃがって紫色の奴もあったっけ?
……うん、何処かの国ではあるのかもしれないな!
あまりにも理解できない展開に、俺は現実逃避する。
まず、肉じゃがって名前からわかる様にこれは日本の料理だし、どの都道府県にも紫色の肉じゃががあるなんて聞いたことが無い。
まだジャガイモがだけが紫なら、紫ジャガイモを使ったんだなとわかるが――全てが紫色って……。
これ、毒じゃね?
「……お姉ちゃん、料理出来ないの……」
咲姫が作った肉じゃがを目の前に並べられた俺と父さん、それに健二おじさんが固まっていると、桜ちゃんが俺にそう耳打ちしてくれた。
うん、桜ちゃん……それは咲姫が料理を作る前に教えて欲しかったかな!?
それにいくら料理が下手って言っても、紫色ってどうやったら作れるの!?
普通いっても黒焦げだよね!?
俺は心の中でそんな風に桜ちゃんに突っ込む。
目の前には咲姫が居る為、流石に言葉には出来なかった。
「え、えと……ちょっと失敗しちゃった……」
咲姫は苦笑いしながら、このありえない物体に対して『ちょっと失敗した』と言った。
全然ちょっとじゃねぇだろ……!
俺はついそう叫びたくなるが、咲姫を傷つけたくなかった為グッと言葉を飲みこむ。
しかし、これを食べろと言うのはどうなんだ……?
もういっそ、出来なかったって言って捨てて来てくれた方がよかった。
――いつまで経っても肉じゃがに俺達が手をつけないでいると、咲姫が悲しそうな表情をして俯いた。
……これって、俺が後押ししたせいで咲姫が作ったんだよな……?
なのに作らせるだけ作らせて食べないってのは……。
俺はそう思って咲姫の事をチラッと見る。
すると咲姫はシュンっとしていた。
あぁ――もう、こうなったらヤケだ!
シュンっとする咲姫に罪悪感を感じた俺は、覚悟を決めて食べる事にする。
ただ、噛んでしまうともう体が拒否してしまいそうだったのと、元々原型をとどめていないほど砕けていたため、俺は流し込むように全て口の中に放り込む。
「「「「「あっ――!」」」」」
咲姫以外のその場に居る人たちが、俺のとった行動に驚きの声を上げる。
「うぐっ――!」
出来るだけ意識しないようにしたが、どうしても舌には料理があたってしまうため、俺は表現し難い味を味わいながらもどうにかこうにか全て食べきった。
「ちょっと驚いたけど、おいしかったよ。ただ、形が崩れてたのが勿体ないから、今度また一緒に料理を作って覚えた方が良いかな」
全て完食した俺は咲姫を傷つけない様――尚且つ、もう咲姫が一人で料理を作らない様に遠回しの言い方をした。
俺の言葉に皆が感心――または尊敬したような目を向けてくる。
「本当に!? 一緒に料理作ってくれるの!?」
そんな中咲姫は嬉しそうな表情で俺の事を見ていた。
俺はそんな咲姫に笑顔で頷いたのだった。
咲姫の料理はとんでもない味がしたが、もう全て胃に入ってるため大丈夫だろう――とこの時思っていた俺は、三十分後に倒れてしまい、そのまま二日間寝込むのだった――。