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第73話「三人の処刑人」

 ――神様の意地悪……。


 数日前にあの子と会って以来、私はそんな事ばかり考えていた。

 

 あの事件以来初めて西条さんと向き合ったあの日――ある一人の女の子に声を掛けられたの。

 その子はクリーム色の綺麗な髪をしている、ミドルヘアーだった。

 声は鈴の様に綺麗な声色で、同じ女である私は羨ましいとさえ思った。 

 身長は私より少しだけ低く、顔は綺麗というよりも可愛いという言葉が似合う感じの子だった。


 そしてその子の名前が――小鳥居ことりい春花はるかだった。


 私はこの時ほど自分の記憶力を恨めしく思った事はない。

 小鳥居春花……私はその名前を、大分前に聞いた事があるの。


 そう――かい君と西条さんが話していた会話で出てきたの。


 そしてその名前を聞いた瞬間、海君の顔色が変わったのを今でも覚えてる。

 しかもその小鳥居さんは、私と如月先生の会話を聞いて話しかけてきたみたいだった。


 だって、『神崎海斗君の知り合いですか?』と聞いてきたんだもん。


 まだ片方だけなら同姓同名の人違いって可能性はあったのかもしれないけど、二人とも同姓同名で知り合いという可能性は凄く低いと思う。 

 その時はプライバシーの侵害になるからって事で海君自体については話をしなかったけど、彼女はやたらと私達の学園について聞いてきた。

 それに対して、如月先生は笑顔で色々と話しちゃうし……。


 なんでこんな意地悪ばかりするの……神様?

 

 誕生日のあの日、私は凄く幸せだって、海君とこれから上手くいくって思ってたのに……。

 それなのになんで……知らない間に家で外国人の金髪の女の子が海君に膝枕をしてたり、西条さんと海君は凄く仲良くなってたって事になるの?

 その上海君と深い仲だったかもしれない女の子が出てくるなんて……。


 神様は私の事が嫌いなの?

 別にいいよ?

 そっちがその気なら、私にだって考えがあるんだから。


 もうウカウカしていられないと思った私は――この日、ある決意をするのだった。




 

「来てしまった……」

 俺はそこそこ大きい門の前に立つと、歩みを止めてしまう。

 俺達は今日、新幹線を乗り継いで父さんの実家がある岡山県に来ていた。

 そして電車に乗り替え、その後バスにも乗ってようやく山の中に有る、祖父母の家についた。

 

 祖父母はこの辺の土地一体の地主じぬしらしく、その孫である俺は昔からこの辺の人達に良くしてもらったものだ。

 ちなみに、何故父さんはそんな家から出ているかと言うと、医者になりたくて跡継ぎを断ったそうだ。

 その代わりにケジメとして、遺産のほとんどは次期当主である弟の健二おじさんに譲ってるらしい。

 だから、健二おじさんとその奥さん、それに――従妹の神崎(りん)はここに住んでいる。


 ……帰りてぇ……。


 やはり凛に会いたくない俺は、この家に入る事にためらってしまう。

 どうにか逃げられないものか……。

 いや、逃げたら逃げたで、後で地獄を見る事になる。

 もう腹をくくるしかないんだ。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

 俺が覚悟を決めた時、桜ちゃんが不思議そうな顔で俺の顔を見上げていた。

 

 あ、そうだ! 

 桜ちゃんと咲姫にはちゃんと忠告しておかないと!


「桜ちゃん、咲姫、ちょっといいか?」

 俺の言葉で、俺の事を見上げていた桜ちゃんはもちろん、咲姫も俺の方を振り返った。

 俺はそんな二人に言っておかなければいけない事を告げる。


「今日からこの家に居る間、絶対に俺に話しかけないでくれ。近寄るのも無しで頼む」

 俺は真剣な表情を作って、二人にそう言った。


「「え……?」」

 二人は姉妹仲良く、同じようにキョトンっと首を傾げる。

 その仕草は凄く可愛く、真面目な話をしようとしているのに思わず頬が緩みそうになる。

 

 ただ、咲姫も桜ちゃんもすぐに顔が曇った。

「なんで駄目なの?」

 咲姫がそう言って、ちょっと拗ねた様な表情で俺に迫ってくる。


「いや、これはお互いの為なんだ」

「それ理由になってないよ。いきなりそんな事言われても納得できないから、やだ」

 咲姫はプクーっと頬を膨らませながら、そう言ってきた。


 困ったな……。

『俺の従妹がヤンデレで、他の女の子と話してたら嫉妬して何しでかすかわからないから』って言えるわけがないし……。

 そんな事言えば、俺は二人に『従妹は俺の事が好きすぎて、問題行動を起こすんだ』という自意識過剰発言をする様なものだ。

 当然俺は自意識過剰キャラじゃないので、そんな事は言わない。

 だけど、他にどう説明すればいいのだろうか?

 

 咲姫はもう我が儘モードに入ってるから、中々いう事を聞かないだろうし、桜ちゃんは目をウルウルとさせながら俺の事を見ている。

 その瞳を見ていると、罪悪感が物凄い。


「――今回は海斗の言う通りにしてくれないか、二人とも」

 俺が困っていると、父さんが助け船を出してくれた。

 俺達の事情を知っているからこそ、俺の発言を支持してくれたのだ。


「随分と変わった事を許すんだね、あなた?」

 香苗さんは首を傾げながら、父さんに疑問をぶつける。

「入ればわかるよ……。とりあえず海斗、お前が一番に入れよ」

 父さんはそう言って、俺の背中を押してきた。


 これも、昔からの決まり事だ。

 理由はすぐにわかる。

 

 俺は一度深呼吸をすると、覚悟を決めて門を開ける。


 ――とは言え、そこにあるのはまだ庭だ。

 ここから少し歩かなければいけない。


 じゃあ何故深呼吸をしたのかって?

 ……それだけ、会うのが怖いんだよ……。


 そしてついに玄関に辿り着いてしまった。

 俺はもう一度深呼吸をすると、恐る恐るドアを開ける。


 すると――

「お帰りなさいませ、お兄様」

 ――と、ピンク色に髪の毛を染めた、メイド服に身を包んだ女の子が『合手礼ごうしゅれい』と呼ばれる、床に着けた両手の人差し指の先を合わせて、深々とお辞儀をしていた。


 これが、俺の従妹の凛だ。

 凛は俺が来る度に、こういう風に出迎えてくれる。

 もしこの時先に入ったのは俺じゃなく父さんだった場合、凛は父さんにチクチクと愚痴を言い始める。

 だから、俺が先に入らなければいけないのだ。


「凛……お前、いつからここに居たんだ?」

 俺がそう尋ねると、凛が嬉しそうな表情で顔を上げた。


「二時間ほど前くらいでしょうか。お兄様が来られる事が嬉しくて、わたくしは待ちきれなかったのです」

「二時間……!」

 俺と凛の会話を後ろで聞いていた咲姫が、驚いた様にボソっと呟いた。


 まぁそりゃあ驚くよな。

 普通到着時間まで教えてるんだから、待つにしてもその五分前くらいに待てばいいのに、二時間だもん。

 ありえないだろ、普通……。

 でも、それを平気でするのが凛なのだ。


「それで――そちらのお二方はどちら様でしょうか?」

 凛は茶色の右目と水色の様な白色をした左目の両方を細めると、俺の後ろに居る咲姫と桜ちゃんを見つめる。

 凛のこの目は、カラーコンタクトではない。

 凛の母方の祖母がロシア人の為、凛はクォーターであり、生まれながらのオッドアイなのだ。


 まだ凛が幼い頃、その目が原因で他の奴らによく虐められていた。

 その事を知った俺は、例え相手が年下だろうと容赦なくシバキ、凛を虐めない様に言い聞かせたのだ。

 そして凛には、『他の奴の目なんて気にするな。凛は凄く可愛いんだ。そうだ――折角アニメみたいな目をしてるんだから、ピンク色の髪にしてみたら似合うんじゃないか?』と、言ったのだ。


 うん――あの時の俺って馬鹿だよな!

 そして塞ぎ込んでいた凛が元気になって髪をピンク色に染めたいと言ったら、親バカである健二おじさん達は言う通りにさせてしまったのだ。

 しかも、予想以上に凛にピンク色の髪は似合っており、俺はべた褒めしてしまった。

 そのせいで凛は、それ以来ピンク色の髪を止めようとしないのだ。


 それは例え教師に注意されようともだ。

 凛のたちが悪い所は、勉強が凄く得意で、咲姫と同じで全国模試では常に上位な事だ。

 まぁ流石に運動は苦手みたいだが、ハイスペックキャラには変わりない。

 そして頭も回るせいで、教師陣は言い負けてしまうらしい。


 ……もちろん、俺も言ったよ?

 髪色を戻したらどうかって。


 そしたら――

わたくしの髪、似合ってないですか……?』

 ――と、目をうるわせながら上目遣いで見てくるのだ。

 

 俺はそんな目で見られると強く言えなかった。

 ましてや先ほども言ったが、凛にはピンク色の髪が凄く似合ってるせいで、似合ってないなんて言えるわけがない。


 そして凛がメイド服にコスプレしてるのは、オタクである凛の趣味だった。

 凛はオタクになってからというもの、よくコスプレをしているのだ。

 

 ……うん、当然、俺はべた褒めしたよ?

 当時はオタクじゃなかった俺は何のキャラかわからなかったけど、とりあえず可愛かったから可愛いって褒めまくった。

 結果、凛は更にコスプレをするようになった。


 ……そうだよ!

 凛がこんな風になってしまったのは、ほぼ俺のせいだよ! 

 ただ、オタク趣味を持つようになったのは知らん!

 いつの間にかそうなってたんだから!

 むしろ、俺は巻き込まれたんだから!


 というか、今はそれ何処じゃない。

 凛がこの目をしてる時は不味い。

 凛が何かしでかす前触れだからだ。


「この二人は俺の大切な家族だ。二人を傷つけるような事すれば、俺はお前を許さないぞ?」

 俺はそう言って、凛に脅しをかける。

 全部ではないが、凛は俺の言う事なら結構素直に聞いてくれることが多い。

 

「大切……それは、わたくしとどちらが大切でしょうか?」

 凛はそう言うと、俺の顔を見上げた。

 その目は光を失っている。

 俺はそんな凛に冷や汗を掻きながらも、適切な言葉を投げかける。


「もちろん、凛が一番だよ」

「ならば、わたくしは気にしません」

 俺が凛の事を一番大切と言うと、凛は笑顔で頷いた。

 そして、俺の腕へと腕を絡ませてくる。

 俺はそれに対して何も抵抗せずに、好きなようにさせる。


 ここで凛を拒めば、後で怖い思いをするからだ。

 それにさっきの質問の時に凛が一番と言わなければ、それはそれでまた恐ろしい事をしただろう。


 本当に、凛が怖い……。


 ただ、今は凛と同じくらい、咲姫が怖い。

 なんであいつ、今絶対零度なみの冷気を発してるの?

 父さんと香苗さんビックリしてるよ……?


 桜ちゃんは――

「黒色……」

「え?」

 俺が桜ちゃんの事を見ると、何かボソリと呟いた。

 そして、何故か桜ちゃんは凄い勢いで、凛に腕をとられている右手側ではなく、左手側に抱き着いてきた。


「さ、桜ちゃん!?」

 俺は桜ちゃんの突然の行動に驚く。

 いや、この子もよく抱き着いてくる子だったが、この家に居る間は関わらないと言って聞かせていたはずなのに。

 しかも、頬が風船の様に膨らんでるし……。


「お兄ちゃんは桜のお兄ちゃんなの! とっちゃあだめなの!」

 桜ちゃんは頬を膨らませたまま、凛に向かってそう言った。


「なんですか、このちびっ子は?」

 凛は再び光を失った目で桜ちゃんを見た。

 桜ちゃんはそんな凛に一瞬怯えたけど、俺の腕にギュッとしがみ付いて、大きな声をあげる。


「お兄ちゃんは桜のなの!」

「ふん、戯言ざれごとはよしてくださいませんか? 正月には居なかった事から、お兄様の家族になったばかりなのでしょ? なのに妹面とは、図々しいにもほどがありますわ」

「むぅ――!」

 妹になったばかりの事を指摘されて、桜ちゃんが悔しそうにまた頬を膨らませる。


わたくしはお兄様と幼い頃にお風呂に一緒に入っておりますし、よく一緒に寝させても頂きましたの。あなたとは年季が違いますわよ?」

 凛は勝ち誇った様な顔でそう言った。


 あ――その話題は不味い!


 と、俺が思った時にはもう遅かった。


「桜だってお兄ちゃんと寝たことあるもん! それも幼い頃じゃなくて、数日前に!」

 桜ちゃんは雷の日に俺と一緒に居た事を、大声で暴露してしまった。


「「「は?」」」

 桜ちゃんの言葉に凛、咲姫、父さんの三人が驚きの声を漏らす。

 香苗さんだけは『あらあら――』と、右手を頬にあてて、微笑ましそうに笑っていた。


「お兄様、どういうことでしょうか?」

 凛は桜ちゃんに向けていた、光が抜けきった目を俺に向けてきて、右腕に思いっきり爪を食い込ませてくる。


「いたいいたいいたいいたい! やめて凛! 凄く痛いから!」

 俺はそう凛に言うものの、凛はジーっと見つめてくるだけで、爪を立てるのを止めてくれない。


 そうしていると――

「海君……私が居ない間に、桜と寝たの……?」

 ――と、滅多に聞くことがない咲姫の低い声がしたと思ったら、凄い冷たい眼で俺の顔を覗きこんできた。


「ひっ――!」

 俺はその瞳に命の危険を感じる。

 これは咲姫の様な美少女がしていい目ではない。

 獲物を狩るような目だ。


「よし海斗、ちょっと父さんと話をしようじゃないか」

 陽気な声で話しかけてきた父さんは――まるで、般若はんにゃの様な顔をしていた。

 あの優しい父さんは何処に行ったんだ。


 というか、なんで俺ばかりこんな目に遭うの!?

 いくらなんでも酷すぎるだろ、神様!


「――もうこんな人生、嫌だぁあああああああああああ!」


 俺は三人の処刑人に引きずられながら、人生に嫌気がさすのだった――。


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