第68話「オタク達を薙ぎ払う、銀髪猫耳少女」
――現在俺は、アキバの街で一人ポツンっと立っていた。
……一人と言っても、一般客はたくさん居る。
うん、居過ぎってくらい、人が居る。
ただしかし――俺の可愛い天使の様な妹が居ないのだ。
とは言え、別にあの子が迷子になっているわけではない。
あの子の方向音痴具合は知っているから、決して目を離したりはしなかったし。
だけどな――流石に花を摘みに行ってるのに、ついて行くわけにはいかないだろ?
それに俺はちゃんと離れた時の対策もとっている。
今回出かける前に、俺は桜ちゃんのスマホに位置情報からお互いの位置がわかる様にしたアプリを入れているのだ。
……勝手に入れたわけじゃないぞ?
ちゃんと桜ちゃんの了承を得たからな?
それにもし桜ちゃんが男と遊びに行く事になったとしても、尾行用に使うわけじゃないからな?
………………本当だぞ?
「お兄ちゃん、おまたせ!」
俺が脳内の自分に話しかけていると、桜ちゃんの明るい声がした。
ただ、桜ちゃんの登場で周りの人達がザワツキ始めている。
一体どうしたのだろうか?
俺がそう思って振り返ると――――そこには小学生が居た。
しかも、二次元の小学生だ。
「も、もしかして、まなちゃん!?」
俺はその少女を見た瞬間、驚きのあまりその名を呼んでしまった。
「えへへ――うん!」
俺の質問に、その少女は笑顔で頷いた。
まなちゃん――俺が愛読している、『竜王のショウギ!』で主人公に弟子入りする一番のメインヒロインだ。
そんなまなちゃんが今、俺の目の前にいる――わけではなく、何故かまなちゃんソックリにコスプレした桜ちゃんがいた。
桜ちゃんは、いつもの頭の上側で左右に括っている髪を、今は頭の下側に括っていた。
元々の髪が短いせいで、まなちゃんの様な髪型とはほんの少しだけ違うが――まなちゃんのトレードマークと言える白い帽子を被っており、服も原作でまなちゃんがきている、白と紺色を主とした可愛らしい服装だった。
「今日ね、アキバに来たかったのはこのコスプレをお兄ちゃんに見てもらう為だったの! アキバだったらコスプレしてる人が多いって聞いたから、この格好でお兄ちゃんと遊べるって思ったの! それに、帽子は違うけど、この服は桜が作ったの!」
桜ちゃんはコスプレ衣装を見せびらかすかのように手を広げてクルクルと回転し、ニコニコ笑顔で俺を見上げながらそんな事を言ってきた。
「え、自分で作ったの!?」
俺が驚いてそう尋ねると、桜ちゃんは嬉しそうに頷く。
あの手提げ鞄の中身は、このコスプレ衣装が入っていたのか!
しかも手作りって凄くない!?
やばい、どうしよう!
めちゃくちゃ可愛いんだけど!?
俺は桜ちゃんのあまりの可愛さに、口を抑えてソッポを向く。
「どうかな……? お兄ちゃんが喜んでくれるかなって思ったんだけど……?」
あまりの桜ちゃんの可愛さに咄嗟に顔を背けてしまったせいで、桜ちゃんが不安そうな声で尋ねてきた。
「あ、ごめん、凄く可愛いよ! まるで本当にまなちゃんが二次元から飛び出てきたのかと思った!」
俺がそう答えると、桜ちゃんが笑顔に戻って俺の腕に抱き着いてきた。
……や、やばい……!
今俺、まなちゃんに抱き着かれてるよ!?
コスプレのせいで桜ちゃんがまなちゃんにしか見えなくなった俺は、あまりの出来事に感動すら覚えていた。
すると――『パシャパシャパシャパシャ――!』と、カメラのシャッターを切る音が盛大に聞こえてきた。
俺と桜ちゃんはその音に驚き、周りを見回す。
そしたら、周りにいた人達――多分オタクの人達なのだろう、俺達はそんな人達に囲まれて盛大に写真をとられていた。
まぁ主に、桜ちゃんが撮られているんだが……。
「お、お兄ちゃん……!」
桜ちゃんはあまりの出来事に、怯えた様な――そして泣きそうな表情で俺にしがみ付いてきた。
「あの――! この子はコスプレイヤーじゃないので、写真を撮るのはやめてください!」
俺は桜ちゃんの写真がなるべく撮られない様に桜ちゃんを覆う様に抱きしめると、周りにそう呼び掛けた。
「何を言ってるんだ! その子はコスプレをしてるんだからレイヤーだろ!」
「そうだそうだ! 写真を撮らせろ!」
「俺もまなちゃんに触りたい!」
だが俺の声はあっさりと、周りの声に消される。
くっ――なんでこいつら、こんなに興奮してるんだ!?
アキバのオタクってこんなに凄いのか!?
てか、例えコスプレイヤーだったとしても、お触りは厳禁だろ!?
――おそらくは二次元の世界から飛び出てきたような桜ちゃんに、こいつらは興奮してしまっているのだろう。
あのラノベってアニメ化もしててめっちゃ人気だし。
ただこれだと、桜ちゃんが怯えて可哀想だ!
逃げようにも今はアキバの真ん中ら辺にいるため、すぐに別のオタクに囲まれてしまうだろうし……。
どうすればいい……?
「男なんて死んじゃえ――です!」
「「「「ぎゃああああああ!!」」」」
俺がこの状況をどう打開したものかと考えていると、なんだか俺達を囲むオタク達がいる一部分から、悲鳴が聞こえてきた。
しかもその悲鳴は、止むどころかかなり広がっていっている。
「消えろ消えろ消えろ――です! 男なんて存在消えてしまえ――です!」
そして、オタク達の悲鳴の中に、声の高い女の子の声が混じっている。
それもかなり物騒な内容の言葉が。
「に、逃げろ! 殺されるぞ!」
「通り魔だ! 通り魔が出たぞ!」
誰かの言葉を合図に、オタク達が蜘蛛の子が散るように一斉に居なくなっていく。
すると、薙刀を模した木の棒を持った、桜ちゃんとそれほど背が変わらない女の子が立っていた。
その子は、銀色の髪をまるで猫の耳の様な形にしている――幼さがまだ残った愛らしい顔をした外国人の女の子だった。
……なんでそんな物騒な物を、こんな幼い子が持ってるんだ……?
しかも、銀髪は外人だからなんだろうけど、何故猫耳ヘアー……?
それにこんな可愛らしい顔をしてて、なんであんな物騒な言葉を叫んでたの……?
てか外国人なのに、凄く日本語が流暢なんだけど?
俺はあまりの出来事に、たくさんの疑問が頭の中を駆け巡っていた。
「全く! いきなり暴れるとは何事ですか!」
俺が銀髪の少女を見ていると、見覚えのある女性が現れた。
――アリスさんの護衛だ。
という事は――。
俺は女性が駆けってきた方角を見る。
すると、気だるげな様子で歩いてる金髪の少女――アリスさんが居た。
「アリスさん……」
「……カイ……? 珍しいとこで……会うね……?」
俺がアリスさんの名前を呼ぶと、アリスさんが驚いた表情をした。
多分人の視線を苦手とする俺が、人がかなり多いアキバに居るから驚いているんだろうけど――俺だって、アリスさんがオタクの聖地にいるなんて驚きだ。
「あの男共が悪いのです! 私は正しい事をしたのです!」
俺とアリスさんの横では、先程の銀髪の少女がアリスさんの護衛に手をブンブンと振って、何やら言い訳をしていた。
……いや、どんな理由があったとしても、薙刀っぽい木の棒で人を薙ぎ払うのは駄目だろ……?
俺は銀髪の少女の言い訳にそう思った。
もちろん、護衛の人も俺と全く同じ事を言っている。
ただ――彼女のおかげで俺達は助かったので、少しは彼女の擁護をしてあげた方が良いだろう。
……それにすぐにここを立ち去らないと、警察が来るかもしれないし……。
俺がそう思って銀髪少女と護衛の方の話に加わろうとすると――アリスさんに服の袖を引っ張られた。
「やめといた方が……いい……。歩く猫耳爆弾に……攻撃される……よ? それに――」
何故か、俺が話しかけたら銀髪の少女に攻撃されるとアリスさんは言い、そのまま視線を銀髪少女達の横に向ける。
俺もその視線につられてその方向を見ると――桜ちゃんが彼女達の傍に歩み寄っていた。
「あ、あの……! ありがとうございました! 凄く怖かったので、助かりました!」
桜ちゃんは銀髪の少女に向けてお礼を言うと、バッと頭を下げた。
そんな桜ちゃんに銀髪少女は照れた様にハニカム。
「いえいえ、いいのです! あの男たちが目障りだったから、薙ぎ払っただけなのです!」
銀髪少女は笑顔でそう桜ちゃんに言った。
いや、うん、凄く助かったけど……いくら目障りでも、薙ぎ払うのはやめような?
俺は心の中で、そうツッコミを入れておく。
先ほどからの彼女の発言で、何故アリスさんが俺を止めたのかわかった。
この子はおそらく、男嫌いなんだろう。
要はこれで俺が話しかけたら、俺も先程のオタク達みたいな目に合わせられた可能性が高いという訳だ。
……なんでアリスさんの知り合いって、こんな物騒な奴ばかりなの……?
俺はそう思ってアリスさんの方を見ると、アリスさんは護衛の方のとこに行っていた。
「後で……アリスが言って聞かせるから……今は邪魔しないで……」
アリスさんのその言葉に、護衛の方が『かしこまりました』と、頭を下げた。
邪魔をしないで……?
あぁ――桜ちゃん達が今会話をしているからか。
現在桜ちゃんと銀髪少女は、楽しそうに笑顔で会話をしていた。
「――でも凄いのです! 本当にまなちゃんみたいで可愛いのです!」
「えへへ――そうかな? そう言ってもらえると、凄く嬉しいよ」
……こうして見ていると、二人のロリっ子が仲良く話してる姿って、微笑ましくて良いなぁ……。
「ニコニコ毒舌」
「はい」
「――いてっ!」
俺が二人のロリっ子の微笑ましいやり取りを見ていると、何故かアリスさんの護衛の人に頭をバシッと叩かれた。
「なんで今叩いたんですか!?」
「カイが……犯罪者みたいな顔をしてたから……」
俺が護衛の人に文句を言うと、アリスさんが機嫌悪そうにそう言ってきた。
え、俺そんな顔してた!?
だからアリスさんは怒ってるの!?
でも暴力は駄目だろ!?
「……もう一発……いっとく……?」
アリスさんが首を傾げながら、俺にそう尋ねてきた。
「遠慮しときます!」
俺は咄嗟にそう言って頭を下げる。
なんだか理不尽な気もしなくはないが、何か口答えすれば、容赦ない攻撃が飛んでくるだろう。
「桜は、桃井桜って言うの。よろしくね」
「私はカミラ・フォン・ロレーヌです! よろしくです!」
俺達のこんなやりとりを横目に、桜ちゃん達は自己紹介を始めた。
フォン……?
という事は、彼女は貴族なのか?
「歩く猫耳爆弾は……アリスの学園の……一年生……。小学生の頃から……わけあって……アリス達と同じ学園に通ってる……ドイツの貴族……。今日は……歩く猫耳爆弾が……アキバに来たがった……」
俺が首を傾げてロレーヌちゃんを見ていると、アリスさんがそう説明してくれた。
この子も高校生なの……?
高校生のロリっ子多すぎないか?
……でも、猫耳――凄く可愛いよな……。
「ニコニコ毒舌」
「はい!」
「――いてっ! ……またですか!?」
俺がロレーヌちゃんを見ていると、先程と同じように護衛の人に頭を叩かれた。
しかもこの人の平手打ち、すごく痛い!
流石に二度目はイラっときたのだが――
「どうやらカイには……もっとおしおきが必要そう……」
「そのようですね」
「い、いえ、もう十分です!」
――更に不機嫌になっているアリスさんと、笑顔でジリジリと近寄ってくる護衛の方の圧力に負けて、俺はすぐに頭を下げた。
その後は、もう疲れて帰るらしいアリスさん達と別れて、俺達はアキバの街をブラつくのだった――。
当然残念ではあるが、桜ちゃんには元のゴスロリ服に戻ってもらった。
……しかし、写真は撮られないまでも、注目具合は変わらないのだった――。