第60話「人を食い物にしてきた者の末路」
読み専(?)のソラあっとchloe様からレビューを頂きました♪
この作品を楽しんで読んでいただけているのが伝わってきて、嬉しいです(^^♪
もちろん、最後まで更新を続けたいと考えております(/・ω・)/
皆さんもレビューを読みに行ってみてください(^_-)-☆
「てか、なんであんたまで代理人を立ててるのよ! 誰よ白兎凪紗って!」
アカウント名が雲母じゃない事に気付いたアリアが、雲母に問い詰める。
まぁ不思議だろうからな。
インサイダー取引とならない様に代理人を立てたアリアとは違い、雲母自身が代理人を立てる必要はない。
アリアが疑問を抱くのは当然だ。
本当はKAIの関与を隠すという意味があるが――雲母には、白兎を俺が平等院システムズの情報を仕入れた、隠れ蓑にしたい事を伝えてある。
だから、アリアが尋ねてきた時の返答も、予め決めておいた。
「あんたの策略なんてお見通しって事よ!」
「はぁ!?」
雲母が挑発をする様に、『アリアの策略を見抜いてたから、その証明に代理人を立てた』という事を匂わすと、アリアが目を見開いてキレた。
……いや、元からキレてたな。
「負け犬雲母が私の策を見抜けるはずがないでしょ! どうせそこの陰湿そうな男が教えてくれたんでしょうが!」
アリアは雲母に怒鳴りながら、俺の事を指さす。
……いや、陰湿そうな男って……。
ま、まぁ、実際その通りかもしれないが……アリアに言われるのは、色々と納得いかない気がする……。
しかもアリスさん、若干笑ってるし……。
あんた妹が負けて横でキレてるのに、よく平気で笑えるな……。
「いや、今負け犬ってあんただから」
負け犬雲母と呼ばれた事が気に入らなかった雲母は、アリアを指さしながら舌を出してそう言う。
「ぐぬぬ……」
雲母の言葉に、アリアは悔しそうに歯を食いしばっていた。
しかし実際負け犬なので、何も言い返す事が出来ない。
雲母はそんなアリアの様子に満足したのか、肩を竦めて声を出した。
「ま、あんたの言う通りだけどね。海斗があんたに株の知識が無いなら、インサイダー取引を仕掛けてくるって見抜いたの。でも、流石に平等院財閥のどの株価まではわからなかったから、うちの学校で株を使って儲けてる事が有名な、この白兎って子を頼ったって訳。彼、言ってたわよ? 『平等院システムズは一部で、そろそろ大きな発表があるかもしれないって噂が立ってるから、もし勝負でインサイダー取引をするなら、絶対平等院システムズだよ』って。他の株は安定してる代わりに、株価が高くて利益になりづらいからってさ。まぁでも、流石に株を買うタイミングは私が読んだけどね」
「へぇ――なんで、その株で儲けてる子に株の流れを読むことを頼まなかったの?」
「だって今回は私の勝負だし、株の流れを読む事には自信があったから、自分で読むべきって思ったのよ」
雲母がそう言うと、アリアは考え込み始める。
そして、ニヤッと笑った。
……流石に、そんな簡単にいくわけないよな……。
俺はアリアが笑った意味がなんなのかに気付いていたため、アリアの次の言葉が予想できた。
「はは、墓穴を掘ったわね! あんたその言い方、その白兎って奴と大して仲が良いってわけじゃないんでしょ? 本当は株の流れを読む事だって、自信があるんじゃなく、その男を信じ切れないから自分で読んだんでしょ? それなのにあんたが人生が掛かっているこの勝負で、大して親しくない人間の言葉だけをそのまま信じるとは思えない! つまり、あんたが平等院財閥の株に人生を掛けたのは、別の人間からのアドバイスで、尚且つあんたがかなり信用を置いている相手――だから、ねぇ、平等院財閥の事を教えたのはあんたなんでしょ、KAI?」
アリアは調子を取り戻すと、そう言いながら俺の方を見た。
俺の名を呼ぶニュアンスから、俺がKAIである事に気付いたのだろう。
「今回の平等院財閥のアンチウイルスソフトについて知っている人間は、平等院財閥の人間か、その製作に携わった人物のみ! ねぇそうでしょ? 最早都市伝説レベルに噂をされている、KAIさん?」
「一体何のことかわからないんだが……?」
俺はアリアの言葉に首を傾げた。
俺達のそんなやり取りを見ながら、雲母は驚いた顔をしている。
雲母が驚いているのは、俺がKAIかもしれないからなのか、アリアが急に俺に矛先を変えたからなのか――。
アリアが立ち直る事が出来、現在俺に矛先を向けているのは、俺がKAIだと証明できれば、雲母が行ったのはインサイダー取引だと立証出来るからだろう。
しかし、この流れはもちろん想定済みだ。
だから、何も問題ない。
「とぼけたって無駄よ? だって、あんたお姉ちゃんと平等院システムズで会ってるでしょ? だから、お姉ちゃんがあんたをカイって呼んでるのよね?」
恐らく、これはハッタリだ。
アリスさんが平等院システムズに通っていた事を、妹であるアリアが知っていてもおかしくはない。
そしてその際にアリスさんと鉢合わせしたと考えるのは、今回の勝負の流れとアリスさんが俺の名をカイと呼ぶことから、その考えに至るのは当然とも言える。
しかし、俺とアリスさんが本当に鉢合わせしている事を知っていれば、もっと早くから俺をKAIだと疑っていてもおかしくない。
なのに、今の今までアリアはその様子を見せていなかった。
だから、これはハッタリだ。
「おいおい、負けそうだからって意味が分からない事を言うなよ? 俺もKAIの噂はネットで知っているが、確かKAIは40歳代の男じゃなかったか?」
認めさえしなければ俺がKAIっていう確証は得られないため、俺はとぼける。
「ふん、あくまで白を切るってわけね。まぁ確かに実力的に私もそう思っていたけど、過去に例外の人間が居た事を私は知ってるの。つまり、実力と年齢が吊り合ってなくても、おかしくないわけ。だから、お姉ちゃんに聞くわ。ねぇお姉ちゃん、こいつをカイって呼ぶのって、こいつがあのKAIだからなんでしょ?」
アリアは俺から言質がとれないと理解すると、アリスさんに尋ねる事にしたようだ。
「……」
しかし、アリスさんはアリアの目を見るだけで、何も答えない。
「な、なんで黙ってるの……? ねぇ、そうなんでしょ? こいつがKAIなんだよね?」
アリスさんから俺がKAIだと答えてもらえなかったアリアは、戸惑いながらもアリスさんに尋ねる。
「……」
しかし、アリスさんはやはり何も答えない。
「何で答えてくれないのよ!? わかってるの!? こいつがKAIだと証明できなかったら負けるのよ!?」
とうとう痺れを切らしたアリアが、アリスさんにそう怒鳴る。
アリスさんはそんなアリアに対して、若干眉をひそめ、困ったような表情をする。
馬鹿だな、アリア……。
ちゃんとアリスさんはお前に教えてくれてるじゃないか。
俺がKAIだって事を。
アリスさんはアリアの質問に肯定も否定もしていない。
それがアリスさんから出す、アリアへの答えなのだ。
何故なら、アリスさんは答えないんじゃなく答えられないんだ。
もし肯定してしまえば、KAIとの契約に触れる事になるから。
アリスさん自身は現在平等院システムズに籍を置いていないが、アリアの姉に当たるため、平等院システムズの関係者だ。
つまり、アリスさんが俺をKAIだと認めてしまえば、平等院システムズはKAIとの契約を破った事になり、二億の賠償金を負う事になる
いくら平等院システムズが大きな会社とは言え、二億は安くない金額だろう。
だからアリスさんは俺がKAIだと知っていても、肯定する事が出来ない。
しかし、その代わりに否定もしていない。
アリアはKAIとの契約内容を理解しているはずだから、何故アリスさんが肯定も否定もしないかをちゃんと考えればわかるだろう。
それで気づかないという事は、それほどアリアは追い込まれていて、余裕が無いという事なんだろうな。
「もういい! 別に今回二億の株が無くなっても、痛手ではあるけど十分やり直しが出来る! だからあんた達覚えてなさいよ! 絶対今回の借りを返してやるから!」
アリアは今回の勝負について諦めたらしく、まるでアニメの悪役が捨て台詞を吐くみたいにそんな事を言った。
――じゃあ、ここからは俺が出しゃばらせてもらおう。
「おいおい、まさか今回の勝負がそれだけで終わると思ってるのか?」
俺がもう帰ろうとしているアリアに対してそう言うと、アリアが怪訝な表情で俺を見てきた。
「は? どういう事?」
「お前、雲母に人生賭けさせといて、自分だけ負けても安全圏で居られるとか、本当に思ってたのか?」
「いやいや、意味わからないんだけど? 元々私は、そいつの倍の金額の株を賭けてたわけだし、人生を賭けるとか、そんなのお金を稼ぐ実力が無い、そいつが悪いんでしょ? 寧ろ倍の賭け金を出した私は、良心的なくらいよ?」
アリアは、雲母に人生を賭けさせたことを悪びれた様子もなく、そう言った。
やはりこいつは、ただ負かすだけじゃ駄目なようだな。
「別に賭け金の話なんてしてない。俺が言いたいのは、相手に人生を賭けさせたんだから、お前も人生を賭ける必要があるだろって事だ」
「ハハ、私に人生を賭けさせる? それには一体どれだけのお金を賭ける必要があるのか、わかってるの?」
「だから、賭け金の話はしてないって言ってるだろ……。簡単なんだよ、お前の人生を終わらせるくらい」
俺はそう言いながら、スマホを取り出す。
その動作に雲母とアリアは首を傾げたが、アリスさんだけは一瞬驚いた様な表情をし、そのまま笑みを浮かべた。
……え、笑った……?
俺はそのアリスさんの表情が気になったが、そのままアリアに見せつける様に動画を流し始めた。
『はい……私は、平等院アリア社長の使いを名乗る者から、平等院システムズの株を買う様に指示を受けました……。最初に普通に説明をされ、その後に一部分だけ内容を変えて、もう一度同じようなやり取りをしてボイスレコーダーに録音するから、演技をしてほしいとも頼まれました』
ムービーを見たアリアは口元を右手で抑え、驚いた表情をする。
この動画の男が誰なのか――アリアには身に覚えがあるのだろう。
そう――この動画の内容からわかる様に、アリアがインサイダー取引の隠れ蓑にした代理人の男だ。
俺はアリアが株を買った裏付けをとるのと同時に、この動画を撮って、アリアがインサイダー取引をした事を証明するのが目的だったのだ。
この男は軽く脅してやれば、すぐにペラペラと話し始めた。
おそらくは、アリアの代わりの女性が話した内容とほぼ同じ事を俺が言いあてたのと、男の事を特定出来たという事実が、あの男が俺の味方についた理由だろう。
「確か、経営者みたいな立場に居る人間がインサイダー取引をした場合、最大で五億の賠償金を課せられるんだったか? まぁそのお金も、お前なら大したことはないと言うのかもしれないが、犯罪を犯したお前の名は地に落ちるだろう。ましてや、勝負事で西条財閥のお嬢様を嵌めようとしたんだ。当然お前に向ける世間の目は酷くなり、西条財閥はこれを機と捉え、平等院財閥を責め立てるだろう。紫之宮財閥も平等院財閥を叩けるチャンスと見れば、西条財閥に協力するかもな。そんな中、あの平等院社長の様な利益しか考えない男が、お前の事を守ってくれるんだろうか?」
アリアは俺の言葉の意味が分かったのだろう。
絶望したような表情で、両膝を地面に着けた。
インサイダー取引をしたなんて事実が明るみになれば、アリアは世間から叩かれまくるだろう。
容姿が良いから人気はあったのと、若手社長だという事で注目を集めていたが、当然アリアを嫌う人間も少なくない。
なんせこいつは口が悪く、攻撃的なスタイルなんだ。
その事を良いと思わない市民も多いし、何よりアリアに苦汁をなめさせられて仕返しを狙ってた奴らも多いだろう。
アリアが犯罪を犯した事により、そんな奴らがこれを機に責めてくるのは目に見えている。
そして他人を食い物にしか見ない平等院社長は、平気でアリアを斬り捨てるだろう。
あのタイプの人間には自分の娘だから守るとか、そんな考えは無い。
その事は、過去にアリアがどんな育て方をされていたかを、前にアリスさんが教えてくれた事からもわかる。
「そんな……そんな事って……! あぁああああああああああ!」
アリアは地面にひれふすような体勢をとると、悲鳴のような声を上げた。
アリスさんは黙って俺の事を見据えている。
その表情は先程の笑みも、怒りの感情も見えない。
ただただ、無表情だった。
本当に、この人は何を考えているのかわからない。
アリアがここまでされる事は、俺との決め事にはなかった。
なのにアリアに同情するような表情も、俺に怒ったような表情も見せない。
……逆に、雲母はアリアを可哀想な目で見ていた。
散々雲母に酷いことをし、雲母の人生を奪ったと言っても過言じゃない事をアリアはしたのに、そんなアリアに同情出来る雲母は、本当に優しい奴なのだろう。
それに比べて俺は…………アリアのこんな姿を見ても、何も思わない。
むしろ、これが当然だとさえ思っている俺がいた。
桐山を見捨てた事が正しいと考えている、俺だ。
本当……どうしちまったんだろうな、俺は……。
「カイ……取引をしてほしい……」
アリアが泣きじゃくっていると、アリスさんがそう言って俺に話しかけてきた。
「その内容は?」
「これから五年間……アリアが得た収入の半分を……西条の子に支払わせる……。それで……今回の事は全て……水に流してほしい……」
「お、お姉ちゃん!?」
「こうするしか……助かる手はない……」
アリスさんの突然の取引内容にアリアが驚くと、アリスさんはアリアの目を見てそう答えた。
「なるほどな……」
俺はアリスさんの言葉に、考えるポーズを取る。
とは言え、この内容は元から決めていた事であった。
前に俺とアリスさんが取引をしたときに、俺が出した条件をのむ代わりに、アリスさんも条件を提示してきた。
それは――報酬をアリアの持つ株じゃなく、アリア自身に負担をさせる様に話を持って行く、口裏合わせをする様に――と。
会社の株だと平等院財閥にとって痛手になるが、アリア自身のお金なら、アリア以外は被害がないから良いらしい。
これはアリアに対するおしおきでもあるそうだ。
それに、大手グループの会社四つの社長を務めるアリアが得る収入は、かなり多いらしく、一年分の半分の額でも、十分な額になるそうだ。
ただ――確か話では三年分だったはずなのだが……。
まぁ多分アリアの身を守る為の取引なら、それだけの額が必要という事だろう。
「それでいいか?」
俺は横に居る雲母にそう尋ねる。
なんせ今回の勝負は雲母がした事だ。
俺に決定権はなく、全て雲母が決めるのが妥当だろう。
一応、情報を得るために取引をしているから、その分の融通は利かせてほしいとは頼んではいたが。
「いらない……」
「「え?」」
予想していなかった雲母の言葉に、俺とアリアは驚いた声を出す。
アリスさんだけは、やはり無表情で雲母の事を見据えていた。
「私はまともになるって決めたの! だから、こんな勝負で得たお金なんて何一ついらない! それは株も同じ!」
雲母はそう高々に答えた。
俺はそんな雲母の様子に苦笑いを浮かべる。
……どうやら、俺が思っていた以上に雲母は成長していたようだ。
寧ろ、俺が雲母を見習わなければいけないくらいだろう。
「そうか、なら――」
「ふざけないで!!」
俺が勝負もインサイダー取引も無かった事にしようとすると、アリアが怒鳴り声をあげた。
「お前なぁ……」
俺は呆れたようにアリアを見る。
なんでこういう御高くとまったキャラは、お約束の様に、無駄に高いプライドを守ろうとするのだろう。
潔く諦めた方が、まだ体裁はあると思うんだが……。
「一回勝ったくらいで調子に乗らないで! 同情なんて――」
「ニコニコ毒舌」
「はい!」
「うっ――!」
怒鳴り続けるアリアの横で、アリスさんがあだ名の様な言葉を呟くと、離れていたはずの護衛の女性がいつの間にかアリアの傍に立っており、手刀一発でアリアを気絶させた。
……今、あの女の人の動きが微妙にしか見えなかったんだけど……?
漫画の様な出来事に、俺の全身から冷や汗が出る。
俺は結構動体視力に自信があるのだが――女性の動作をはっきりと捉える事が出来なかった。
アリスさんが言っていた通り、護衛の女性はかなりの手練れな様だ。
「ごめん……頭に血が上ってるみたいだから……後はアリスが引き継ぐ……。西条の子――いや……金髪ギャル……温情……感謝する……」
アリスさんはそう言って、ニコッと笑った。
「ちょ、ちょっとまって!? なんか、今の流れからしてなんでそんなあだ名がついたのか疑問なんですけど!?」
新たにアリスさんから金髪ギャルと言う名をもらった雲母が、戸惑いと驚きが混じり合ったような表情で、アリスさんに尋ねた。
そんな雲母に対して、アリスさんはクスクスと楽しそうに笑っている。
恐らくは、アリスさんなりのコミュニケーションだったのだろう。
わざと変なあだ名をつけ、雲母と距離を縮めようとしたんだと思う。
まぁ俺は、心の中で結構雲母の事を金髪ギャルと呼んでいたが……。
俺がそんな事を考えていると、先程まで笑っていたアリスさんがまた無表情に戻り、雲母の顔をジーっと観察し始めた。
「な、何?」
雲母はアリスさんが自分の顔を見つめてきているので、若干後ずさった。
「ねぇ金髪ギャル……大和撫子の事……どう思ってる……?」
アリスさんが『大和撫子』という言葉を出すと、雲母の顔色が変わった。
わざわざ雲母にその話を持ち出したのと、雲母の表情から、恐らくは雲母の親友の事を指すのだろう。
ただ、ニコニコ毒舌にしろ、金髪ギャルにしろ、大和撫子にしろ――何故アリスさんはあだ名として、変わった名前をつけるのだろうか……。
しかも、どうしてこのタイミングで雲母の親友の話を持ち出したのか……。
折角良い雰囲気だったのに、雲母に嫌な思いをさせてしまうだけの気がするが……。
俺がそう思ってアリスさんを見ると、アリスさんが俺の目を見てきて、頷いた。
あ――俺が雲母と一緒に居るタイミングだから、アリスさんは話を切り出したのか……。
何かあれば、俺にフォローをしろという事だろう。
「私……は……」
雲母は、無理矢理声を出す様な感じだった。
「金髪ギャルも……気づいてたと思うけど……。大和撫子は……家族を……人質にとられてた……。決して……彼女の意思で……君を裏切ったわけじゃない……」
「でも、でも!」
アリスさんの言葉に、雲母は首を横に振る。
「でも、私を裏切った事に変わりはない! あの子だけでも私に入れてくれてたなら、私はまだ頑張れたのに!」
雲母は苦しそうな表情をして、そう叫んだ。
頭では理解できても、気持ちが納得出来ないのだろう。
信じていた親友に裏切られたのだから、それもそうなのかもしれない。
だけどそれならば、雲母はもう親友の事をスッパリ斬り捨てるなりして、忘れてしまえばいい。
しかしそれが出来ないのは、親友の事を未だに大切に思っている雲母が居るんだろう。
だから、今雲母は苦しんでいる。
ならばこれは、このままにしておいて良い問題じゃない。
「雲母」
俺は雲母の名を呼ぶと、雲母の手を握った。
「え……?」
俺が手を急に握ったため、雲母は戸惑ったような表情で俺の顔を見上げてきた。
「雲母が今苦しんでるって事は、その子は雲母にとって大切な子だったんだろ? 話を聞く限り、その子が雲母を裏切ったのもやむをえない事だったみたいだし、ちゃんとその子と向き合って話をしてみたらどうだ?」
「で、でも……。私……顔を合わせると……怒鳴りつけるかも……」
「もしそうなら、それもいいと思うぞ」
「え……?」
「相手ときちんと気持ちをぶつけ合う。それでいいじゃないか。俺は友達が少ないから喧嘩もする事はほとんどないが、気持ちをぶつけあう事によって仲良くなったり、仲直りできるものだろ?」
俺はそう言って雲母に笑いかける。
なんせ、俺と咲姫がそうなのだから。
一緒に暮らし始めた時は口喧嘩ばかりしていた俺達が、一度本気で気持ちをぶつけ合った事により、今ではもう姉弟仲が良い関係になれている。
……良すぎる気もするんだけどな……。
「海斗……友達が少ないんじゃなく、いないじゃん」
俺がしたアドバイスに対して、雲母は目の端に少しだけ涙を溜めながらも、そう言って笑った。
「おいこら!」
「えへへ、だって事実じゃん!」
「事実でも、言って良い事と悪い事があるだろ!」
「これは良い事!」
「何処がだ!?」
「ハハハ――」
俺が雲母に対して怒鳴ると、雲母は楽しそうに笑った。
「――うん、そうだね……海斗の言う通り、向き合わないといけないよね。だからアリス……私は鈴花と会いたい」
雲母がそう答えると、アリスさんは笑顔を返した。
「わかった……。すぐには無理だけど……きちんと会えるようにする……」
アリスさんは雲母にそう言うと、俺の方に視線を移した。
……いや、どうやら、俺と雲母が繋いでる手を見ている様だ。
そして、今度こそ俺の顔を見た。
「……」
それも――凄く不機嫌そうな顔で……。
え、なんで!?
俺きちんとフォローしたじゃん!?
当然俺はアリスさんが急に不機嫌になった理由がわからず、理不尽ささえ感じていた。
「ニコニコ毒舌……とりあえず……カイに一発くらわせていいよ……」
「はい!」
アリスさんが何故か俺に暴力をくらわせても良いとか言い出し、笑顔で護衛の人がジリジリと近寄ってきた。
理不尽さじゃなく、普通に理不尽な展開だった……。
「全然良くないんですが!? 何故そうなるんです!?」
「自業……自得……」
俺の叫びに対して、アリスさんは当たり前みたいな事を言ってきた。
あれか!?
やっぱり、アリアをあそこまで追い詰めた事に対して、怒っていたのか!?
俺はそう思いながらも、雲母の手を引っ張る。
「おい、さっさと帰ろう!」
「あ――うん!」
俺が雲母の手を引っ張って走り出すと、雲母が嬉しそうな声で頷いた。
「アリス様、どうします?」
「明日でいい……」
なんだか、不穏な言葉が後ろから聞こえてきた気がするが、俺は聞かなかったことにして、雲母と走り続けるのだった――。