第57話「包容力のある人に癒されたいです……」
「――平等院システムズって会社、凄いねお兄ちゃん」
終業式が終わって家に帰り、桜ちゃんが作ってくれた美味しいご飯を食べていると、ニュースを見ていた桜ちゃんが俺にそう言ってきた。
「まぁかなり優秀なAIを搭載した、アンチウイルスソフトが作られたらしいからね」
俺も桜ちゃんと同じようにテレビに視線を移し、そう答えた。
三日前に平等院システムズが俺の作ったアンチウイルスソフトを発表してから、連日テレビ局はどこもそのニュースばかりしていた。
新聞でも平等院システムズが大きく取り上げられており、もう今の世間の注目は平等院システムズに集まっている。
何故一般の人達は興味がなさそうな内容なのに、平等院システムズの事ばかり取り上げているかというと――日本だけでなく、世界中が平等院システムズのアンチウイルスソフトに注目しているからだそうだ。
今も尚、アメリカやヨーロッパ、中国などの会社が平等院システムズに接触を試みているとニュースのアナウンサーが言っていた。
そのおかげなのか――肝心の株価も、日々ストップ高まで上がっている。
一体どれだけの金が動いてるのか、もう俺には想像がつかない。
ただ、こうなる事は予想していた。
なぜなら、アリアが平等院システムズの株で勝負をするのなら、中途半端に上がるのだったら普通に株を買った方が勝算がある。
それなのに、アリアは勝利を確信して挑んできているから、株価がかなり上がる事は予想出来たという事だ。
まぁ、株価がかなり上がる事を予想していたのはアリアじゃなく、アリスさんだろうが……。
というか、アリアの奴はこんなにテレビの注目を集めて忙しくなるタイミングで、何故わざわざ雲母に勝負を挑んできたのかが疑問だ。
それほどまでに雲母の事を目の敵にしているのだろうか……?
まぁそんな事は俺にはわからないし、泣いても笑っても結果は明日出る。
もう俺達に出来る事は全てやった。
後は結果を待つしかないだろう。
……まぁ裏まで取っているから無いとは思うが、万が一俺達の作戦が失敗していたとしても、保険は掛けてある。
絶対雲母の事は守る事が出来るだろう。
「――そんなことよりも海君、テストの結果だよ!」
俺がテレビに視線を移したまま明日の事を考えていると、咲姫が横から俺の視界にグイっと入ってきた。
近い……。
こんな近くで見ると、やっぱこいつって凄く可愛いよな……。
――って、そうじゃないだろ!
咲姫にそんな視線を向けたら駄目なんだって!
というか、確かに咲姫は興味がないかもしれないけど、俺としては全然そんなことじゃないんだが……。
むしろ、俺にとっては今一番気になる事なんだけど。
まぁ、そんな事咲姫に言っても仕方ないし、理由を尋ねられるとめんどくさいため、とりあえず咲姫の相手をしよう。
テストはもう返ってきていたが、結果は終業式が終わってからにしようということになり、未だにどっちが勝ったのかわかっていない状態だ。
……でも、俺が負ける可能性は零だ。
九割方勝利で、一割引き分けと言ったところか。
なんせ俺の数学の点数は――百点だからだ。
……こんな風に言うと、なんだか自慢してるみたいで文句言われそうだな……。
でも、俺としてはテストの点数に興味がないし、他のテストはやっぱり平均点くらいだったため、一般生徒からすると、もっと頑張れよって感じだろうな……。
ただ、俺は咲姫に勝てさえすればそれでいい。
「どっちから先にテスト結果を出す?」
俺が咲姫にそう聞くと、咲姫がキョトンとして首を傾げた。
「その言い方だと自信あるの? じゃあ、海君の一番良かった教科って何かな?」
「数学だな」
「ふふ、そうなんだ」
俺が数学の点数が一番良かったと言うと、咲姫がニコニコ笑顔で笑った。
どうやらまるで負けるとは思っていないようだ。
まぁその余裕な表情を、今から変えてやるんだがな。
「ほら、俺の負けは絶対ないぞ?」
俺は自分の学生鞄に入れてあった、数学のテスト用紙を咲姫に見せる。
咲姫はすぐに点数が書かれている部分に視線を移す。
そして俺の点数を見た瞬間、ビックリした表情になった。
「え!? なんで百点!? 嘘でしょ!?」
「はは、俺の事を甘く見過ぎたな」
咲姫があまりにも驚いていたので、俺は調子に乗ってそんな事を言ってみた。
「ちょっと海君! いくら負けたくないからって、カンニングは駄目だよ! 狡い人だとは思ってたけど、そこまで狡いとは思わなかった!」
「なんでだよ!? というかお前、俺の事狡い奴だと思ってたのか!?」
俺が百点取ったらカンニングって、どれだけ俺の事を馬鹿にしてるんだよ!
しかも狡いと思ってたってなんだよ!
……ごめん、そういう自覚は確かにあるわ……。
俺結構予防線とか張るしな……。
「だって海君が百点っておかしいもん! 絶対カンニングしたとしか思えない! それと狡いと思ってるっていうのは口が滑ったから、聞かなかったことにしてください!」
「そう思うなら、数学担当教師に聞いてみろ! 今までの俺の点数がほとんど百点だった事を教えてくれるから! それに聞かなかった事に出来るか!」
「……まぁ、そこまで言うなら信じるよ……」
俺が強めに言うと、咲姫は渋々と言った感じで頷いた。
てかこいつ、俺が聞かなかったことにしないと言ったら、スルーしやがった……。
口が滑ったってなんだよ……。
「まぁでも、海君の負けに変わりないけどね?」
咲姫は自分の鞄に手を入れると、勝ち誇った笑みを浮かべてそんな事を言ってきた。
何故そうなる?
俺が百点だった以上、もう後は引き分けか咲姫の負けしかないはずだが?
「はい、残念ながら私も百点だったのです!」
咲姫は笑顔でそう言いながら、俺の顔を覗きこんでくる。
だから近いって……。
俺はそう思いながらも、咲姫に向けて怪訝な表情をする。
「お前が百点だって事はわかったけど、なんで俺の負けなんだ? 引き分けだろ?」
「ううん、違うよ? 私は海君が勝つルールとして何て言ったかな?」
「え? それは俺がどれか一つでもお前の点数に勝てたら――ああ!」
俺は咲姫の言葉に、この前咲姫が言った俺の勝ちが決まる条件を口にしながら、何故咲姫が勝ち誇っているのか気付いた。
「えへへ、気づいた? 海君は今回私の点数を上回れなかったので、海君の負けなのです!」
咲姫はまるで『えっへん』とでも言う様に、腰に両手をあて、無い胸をはった。
「……今、失礼な事考えなかった?」
「き、気のせいだ!」
俺が咲姫の胸が無い事を考えた瞬間、咲姫はそれを敏感に感じ取り、雪女みたいな冷たい眼を向けてきた。
何故こんな時だけ鋭いんだよ……。
てか、俺とした事がこんなミスをするなんて……。
今回の勝負を息抜き程度しか考えてなかったし、アリアとの勝負に気が行ってたから、咲姫が言ったルールなんてそんなに気にしなかった。
これじゃあ、咲姫にどんな理不尽な要求をされるかわかったものじゃない。
……いや、理不尽な要求ならまだしも、前みたいな背もたれになれみたい事を言われたら、非常にまずい……。
なんせ、俺が理性を保てる自信がないからだ。
「ねぇねぇお兄ちゃん」
俺が咲姫の要求をどう凌ぐか考えようとしていると、俺達のやり取りをジーっと見ていた桜ちゃんが俺に声を掛けてきた。
「どうかしたのかな、桜ちゃん?」
俺はとりあえず咲姫を放っておいて、桜ちゃんの方を見る。
俺にとっては、可愛い妹が何よりも第一優先なのだ。
「桜ね、学年で三位だったの!」
桜ちゃんはニコニコ笑顔で、俺にそう言ってきた。
「おぉ――! 凄いじゃん! よく頑張ったね!」
俺が桜ちゃんを褒めると、桜ちゃんはニコニコ笑顔のまま俺の顔をジーっと見つめていた。
……これは、何かご褒美が欲しいのかな?
うん、桜ちゃんにはいつも家事でお世話になってるし、何か買ってあげよう。
「桜ちゃん、ご褒美に何か買ってあげるよ。何が欲しいかな?」
俺が笑顔でそう聞くと、桜ちゃんは首を横に振った。
「何も買ってくれなくていいよ! その代わり――」
桜ちゃんは途中で言葉を切り、俺に頭を差し出してきた。
えと……これは頭を撫でて欲しいという事か?
え、本当に撫でていいの?
そりゃあ俺も桜ちゃんにナデナデをしてみたいとはずっと思ってたけど……!
「だめ……?」
俺が躊躇していると、桜ちゃんが悲しそうな顔をして俺の顔を見上げ来た。
「ううん、いいよ! 本当によく頑張ったね!」
俺はそう言って桜ちゃんの頭を撫でる。
「えへへ……」
頭を撫でると、桜ちゃんは嬉しそうな声を漏らした。
その表情はくすぐったそうにしながらも、幸せそうだ。
やばい……凄くかわいい……!
しかも、桜ちゃんの髪凄く触り心地良い!
このままずっと撫でていたいな……。
俺はそんな事を考えながら桜ちゃんの頭を撫で続ける。
すると――
「ずるい……。いつもいつも桜ばかり贔屓して……!」
何を呟いたのかは聞き取れなかったが、凄い寒気がして振り向くと、咲姫が凄い目をして俺の事を見ていた。
待って待って!
なんでこいつこんな顔してるの!?
俺、まるで親の仇みたいな目で見られてるんだけど!?
前からそうだけど、そんなに俺が桜ちゃんと仲良くするのが気に入らないのか!?
どんだけ桜ちゃんを独り占めしたいんだよ!
俺だって妹を可愛がりたいんだから、少しくらいはいいじゃないか!
俺は冷や汗をかきながら、咲姫に対してそう思う。
決して、口に出したりはしない。
……後が怖いからだ……。
「ねぇねぇ海君」
「は、はい!」
咲姫に名前を呼ばれると、俺は反射的に姿勢を正し、元気な声で返事をした。
「私、学年で一番だったんだよね……?」
咲姫はちょっと甘えた様な声でそう言うと、上目遣いで俺の顔をジーっと見てきた。
「あ、あぁ、それは知ってるぞ?」
俺は咲姫の態度に戸惑いながらも、そう答える。
別に、百番までが貼りだされる順位発表を見に行ったわけではない。
ただ、俺のクラスのいつも学年二位のガリ勉眼鏡君が、非常に悔しがっていたから知っているだけだ。
というか、咲姫は本当にいつもと変わらず一番をとった。
ちょっと――どころか、最近結構おバカだと思っていたが、本当に一番をとりやがったんだよな……。
「それだけ……?」
俺の返答が気に入らなかったらしい咲姫が、俺の顔を見つめながら顔を曇らせた。
「え、えと……? 何か買って欲しいのか……?」
「ナデナデは……?」
「え!?」
俺は咲姫の言葉に驚いた。
だってこの言い方だと、俺に頭を撫でろと言ってるぞ!?
あの学校一のモテ女の頭を俺が撫でるの!?
俺達姉弟と言っても、同級生なんだけど!?
しかも、仮にも咲姫は俺の義姉だろ!?
なんでそんな事求めてくるわけ!?
俺は訳が分からず、頭の中がこんがらがっていた。
というか、こんな姉の姿を見たら桜ちゃんも驚くだろ!?
この前若干桜ちゃんの前でも素が出てたけど、一応咲姫は桜ちゃんの前では恰好をつけたし!
俺はそう思って今も頭を撫で続けている桜ちゃんの方を見るが――桜ちゃんは全く驚いていなかった。
というか、頭を撫でられる事に集中していて、猫みたいな顔をしている。
どうやら、俺達の会話は聞いていないようだ。
クイクイ――。
俺が桜ちゃんの方を見ていると、咲姫が俺の服の袖を引っ張ってきた。
仕方なく俺は咲姫の方を見る。
「ほ、本当にするのか……?」
念の為咲姫に頭を撫でる事を確認すると、咲姫はコクっと頷いた。
まじかよ……。
あ……でも――。
俺はここで、一つの名案を思い付いた。
とりあえず、ここは咲姫の言う通り頭を撫でた方が良いな……。
俺はそう結論付けると、おずおずと咲姫の頭に手を伸ばす。
すると咲姫は嬉しそうな笑みを浮かべ、俺に頭を差し出してきた。
だからそんな顔をするなよ……。
可愛すぎて俺が困るんだよ……。
俺はそう思いながらも、咲姫の頭を撫でた。
うわ――凄くサラサラしてて、桜ちゃんと同じように触り心地が良い。
――ちなみに、桜ちゃんのナデナデは継続中です、はい。
つまり他の人間から見れば、俺は二人の美少女の頭をナデナデしている絵面というわけだ。
……なんだよ、この絵面は……。
他の男達に見られたら、俺の人生危ういんじゃね……?
俺はそう思いながらも、少しの間だけ姉と妹の頭を撫で続けた。
そしていい加減なところで、二人の頭から手を離す。
「「あ……」」
俺が手を離すと、咲姫も桜ちゃんも残念そうな声を出した。
……もう、俺の理性と精神は限界です……。
なんせ、この二人は凄く可愛いのだ。
そんな女の子の頭を撫でるなんて、俺にとってもご褒美だ。
しかしそんな事をしてれば、理性が持たないんだよ……!
つい、変な事考えてしまうだろうが……!
「むぅ……桜よりも短いけど、仕方ないなぁ……。じゃあ海君、テスト勝負は私が勝ったから、私の言う事を一つ聞いてね?」
咲姫は拗ねた様な顔を一瞬した後、俺に何かを要求しようと笑顔を浮かべた。
俺はそんな咲姫に首を傾げる。
「何言ってるんだ? 今お前の言う事を一つ聞いてやっただろ?」
そう――先ほど俺が大人しく咲姫の頭を撫でたのは、これが理由だ。
一体咲姫が何を頼んでくるかわからなかったが、ここ最近俺に対する鬱憤を溜めている咲姫が理不尽な要求をしてくる気しかしなかったため、頭を撫でるという簡単――というわけではないが、後に来るだろう事よりは遥かにハードルが低そうだったため、これを勝負の報酬にする事にした。
「あ――! さっきのは無し! 私のお願いはこんな事じゃないの!」
咲姫は慌てたようにそう言ってきたが、俺は首を横に振る。
「『何でも一つ』と言ったのは咲姫だろ? 俺はちゃんと咲姫のお願いを一つ聞いたぞ?」
「違うってば! そういうとこが狡いの!」
咲姫は猛烈に抗議してくるが、俺は知らんぷりを決め込んだ。
ここで咲姫の言い分を認めてしまえば、理不尽な要求――もしくは、俺の理性を崩壊させかねない要求をしてくるだろう。
もう既に理性がボロボロなのに、そんな要求聞けるはずがない。
……なぁ神様、可愛い姉は嬉しいんですが――姉なら包容力がある女性が良かったです……。
これじゃあ、結局妹みたいなものじゃん……。
てか、俺の周りは桜ちゃん――は凄く可愛いし、理想の妹だから全然いいんだけど、咲姫にしろ雲母にしろ、ベッタリ来る子ばかりってどうなの……?
女性耐久の低い俺は、何気に凄く精神が疲れるんだよ……。
あぁ――年上とまでは言わないから、優しくて包容力のある人に癒されたい……。
色々と精神が疲れている俺は、そんなことを神に祈ってみる。
……間違っても年上だからって、ポンコツ教師が一杯絡んでくるようにするとかはやめてくれよ……?
それって癒されるどころか遥かに疲れさせられるし、なんなら罰ゲームだからな……?
絶対やめてくれよ……?
これ、振りじゃないからな?
良くない予感がした俺は、そう神様に念押ししてみるのだった――。