第56話「気づかない縛り」
「――そう、ちゃんと買わせれたのね?」
私は平等院システムズのアンチウイルスソフトが発表される前日のお昼過ぎ、お姉ちゃんの護衛の青木――お姉ちゃん曰く、ニコニコ毒舌という人と電話をしていた。
彼女はお姉ちゃんの言う事しか聞かないけど、私は敢えて青木に今回必要となる男に接触する役目を任せた。
何故なら、彼女は絶対私を裏切らないから。
それは別に彼女が私を大切に思ってるとか、私と仲が良いという理由ではないわ。
私を裏切れば、お姉ちゃんを裏切った事に繋がるからなの。
青木は絶対にお姉ちゃんを裏切らない。
だから、他のどの人間に任せるよりも、青木に任せた方が確実。
彼女は凄く失礼な奴だけど、優秀な人間だしね。
……本当に失礼な奴だけど……。
「ちゃんとボイスレコーダーも使ったわよね?」
「もちろんです」
「で、どうだった?」
「中々上手い男でしたよ。大根役者じゃなかったので、信憑性は増すでしょうね」
私は青木の言葉に笑みを浮かべる。
これで、後は結果を待つだけね。
「ありがとう、助かったわ」
「別にお礼などいりません。私はアリス様の為にやっただけで、あなたの為に動いたわけではありませんので」
私が青木の労をねぎらうと、そんな憎まれ口を返してきた。
ほんと、こいつ失礼よね……。
仮にも主の妹に対して、その態度はどうなのよ……!
「はいはい、わかったわかった。それじゃあ切るわ」
もう青木の相手をしたくなかった私は、そう言って電話を切る。
こんな性格をしているくせに、こいつは私とお姉ちゃんの担任の先生でもあるというのだから、未だに信じられない。
学校では優しい先生を演じてるくせに、家に帰ったら憎まれ口しか叩かない。
挙句の果てに、こいつは私の事を愚妹と呼ぶし!
一体私の何処が愚妹だって言うのよ!
同世代の誰よりも結果を出していて、未だ世間の注目の的である私を愚妹ですって!?
いつか絶対に吠え面をかかせてやるんだから!
私は青木に目に物を見せてやると考えながら、スマホで雲母の連絡先を表示する。
雲母は、かつて私と日本屈指のお嬢様学園の人気を二分にした女。
しかし、彼女自身は勝負事を嫌うただ優しいだけの甘い女だった。
雲母の両親は優しい事で有名だし、余程大切に育てられたんでしょうね。
私はそんな雲母が目障りだった。
幼い頃からお姉ちゃんと比べられ、どれだけ頑張ってもお姉ちゃんには届かず、出来損ない扱いされて苦労してきた私とは違う。
だから、私は雲母に自分と似た様な目に合わせてやろうと思った。
そして完全に心を折ったと思ったけど――まだ心は折れてなかったみたい。
でも、今回で雲母は完全に終わる。
彼女に勝ち目はないから。
今回私が縛ったルールは二つだけど、実は別の部分にたくさんの罠――とまでは言わないけど、仕掛けを作っている。
雲母はおそらく私が縛りと強調しただけで、そのルールに意識が奪われたでしょうね。
だけど、私は雲母が気付かないように、雲母の行動を制限している。
雲母ではその事に気付けない。
神崎がそれに気付けるかどうかだけど――気づいた所で問題ない。
むしろそれに気付いて、二週間の間に株を買っては売って買っては売ってを繰り返してくれれば、好都合。
その策は絶対に上手く行かない。
私はそういう縛りを雲母が気付かないように、作っている。
いや、気づかないとは違うわね。
その縛りの本当の意味に気付けていないと言った方がいいかしら。
そしてもし他のお金を使って株を引き上げようとすれば――その時点で私の勝ちは確定する。
そういう行為を禁止はしてないけど、コネを使って運営に目を光らせる様に言ってるからね。
全国の人を巻き込むそんな行為を、運営は許さない。
だから同じアカウントで大金を使って買っては売ってを複数回繰り返してる――もしくは、複数のアカウントで買っては売ってをしていても、その中心になってお金を稼いでいるアカウントがあれば、アカウントを凍結する様に動くことになってる。
凍結されれば、お金の流れがわかる様に決めているアカウントが使えなくなる。
それは、お金の動きを証明できないから、雲母の負けになるってわけ。
多分今回本当に縛った二つのルールだけで勝負してたら、私は負けてたろうね。
なんせ、平等院システムズは元の株価が高い。
高いという事は株を買える数が限られ、それだけ利益につながりにくいという事。
流石に株の知識が無いと言っても、経営者が持つ知識くらいはあるわ。
当然、ストップ高などについても知ってる。
ただ、株でお金稼ぎをしている人みたいな細かい事を知らないと言うだけ。
普通なら平等院システムズみたいな高い株に手を出さずに、堅実に増やす方が遥かに勝率が高いでしょうね。
しかし、その堅実というのが雲母は今出来ない。
例え冒険に出たとしても――それは失敗する可能性が高い。
ただの勝負なら、それでもリスクを無視して冒険に出る事も出来たかもしれない。
だけど、今回掛かってる物が何かをわかってる雲母には、それが出来ない。
だから、あいつは私に勝てない。
そんな事もわからずに勝負を受けるなんて――本当、良い鴨だわ。
私は勝利を確信したまま、後は結果を待つだけにするのだった――。