第55話「かまってちゃんの義姉」
「まずいな……」
午前でテストが終わった俺は、家に帰って桜ちゃんお手製の昼食を食べながら、そう呟いた。
まずいと言っても、それはテストじゃない。
テストはいつも通り可も無く不可もなくと言った感じだ。
数学は明日だけど、それも多分いつも通り出来るだろう。
じゃあ何がまずいのかという事なのだが――現状それは二つある。
まず一つ、それは俺が作ったアンチウイルスソフトの発表が明日に迫っているのにも関わらず、未だに平等院アリアが行動を起こしていないという事だ。
それは俺自身で確認している事だから、まず間違いない。
勝負資金が十万円というかなり低い資金なのだ。
そんな資金で平等院システムズの様な高い株を買おうと思ったら、買える株数はたかが知れている。
だから普通の人はまず買わない。
そしてアリアが株を買うとしたら、十万円で買えるだけの株数を必ず買うはずだ。
しかし俺が調べている限り、その条件に当てはまる株を買った人間は居ない。
これは非常にまずい事である。
このままいくと、最悪アリアが株を買ったかどうか確認をとれないまま、アンチウイルスソフトが発表されるギリギリに行動をとるしかなくなる。
アンチウイルスソフトが発表されるタイミングは朝の十時――株取引が開始された一時間後だ。
それからは株が上がっていくだろうから、必ずアリアはそれまでに行動を移す。
アリアが最終的な結果を提示し合う日に指定したのが、終業式の次の日だった。
そしてアンチウイルスソフトが発表される日が――アリアとの勝負が決着つく日から四日前なのだ。
何故俺がそれを知っているのかというと、アリスさんと取引をしたからだ。
こちらが求めた条件がこれだ。
1.資金として二億円を貸してもらう。
2.アンチウイルスソフトが発表される日と時間を教えてもらう。
3.俺が平等院システムズから受けとった報酬で、税金用に避けている口座からKAIの口座にお金を移動させてもらう。
――という三つだ。
1と2は勝負として必要だったから、そうした。
3は俺の別の目的のために必要だったからだ。
そしてその口座はAさんであるアリスさんにしか扱えないため、俺はアリスさんに頼んだ。
その代わりにアリスさんが俺に提示した条件が――。
「――お兄ちゃん……ご飯おいしくなかった……? ごめんね……」
俺が考え事をしていると、俺の独り言を聞いて勘違いした桜ちゃんが泣きそうな顔をしていた。
「ち、違う違う! ごめん、テストがまずいなって思ったんだ!」
俺は桜ちゃんに、咄嗟にそう言い訳をした。
すると、桜ちゃんはニコッと微笑んだ。
「あんまり思い詰めたら駄目だよ? 今出来る事をやるしかないもん」
桜ちゃんはそう言って、天使の様なスマイルで俺の顔を見上げてきた。
どうやら、桜ちゃんは元から俺がテストで思い悩んでいると思って、空気を変えようと冗談を言ってくれたみたいだ。
そして桜ちゃんがなんだか立派な事を言ったため、妹の成長に俺は嬉しく思った。
それに比べて――俺は現在隣に座って頬を膨らませてる、お姉さんを見る。
話は戻るが、俺がもう一つまずいと思っているのが、この咲姫についてだった。
俺が部屋に入れなくなった日から、咲姫は拗ねてしまっている。
その理由を聞いたら、『放置プレイとか、本当海君はドSだよ……』って余計に頬を膨らませた。
そのうえ、どうにかこうにか俺の部屋に入ろうと、我が儘を言うのだ。
それに食事時の元々の咲姫の席は、桜ちゃんの横の席だったはずなのに、いつの間にか俺の横の席に移ってきてるし……。
……学校では冷徹美少女が、家では拗ねて頬を膨らませている姿を学校の連中が見たらどう思うだろうか……。
というか、もう桜ちゃんより咲姫の方が妹にしか思えない。
なんで、こんなかまってちゃんになったんだよ……。
………………凄く可愛いんだけどな……。
しかし、今の俺は咲姫に構ってる余裕が無い。
アリアが動かないのなら動かないで、別の事をしなければいけないのだから……。
「――ねぇ海君」
俺が咲姫の事に頭を悩ませていると、咲姫が俺の名を呼んだ。
「どうした?」
「今回のテスト――勝負しよ!」
咲姫はいきなりそんな事を言い出した。
「……テスト勝負……? 俺とお前が……?」
俺は咲姫のあまりの提案に、驚きを隠せなかった。
なんせ、咲姫は首席で入学して以来、トップから落ちた事がないのだ。
そんな奴が、数学以外平均点くらいしかとっていない俺と、勝負がしたいと言い出したのだ。
……結果なんてやる前からわかるだろ、これ?
「そう! そして負けた方が、一つだけ相手の言う事を聞くの!」
なんだか咲姫は目をキラキラとさせていた。
これはあれだろうか?
相手をしない俺に対する復讐をするつもりか?
……なんだよ、その理不尽展開は……。
「いや、負けるってわかってるのに受けるわけないだろ?」
当然、俺は拒否をする。
「いいじゃんそれくらい! その代わり、海君がどれか一つの教科で私に勝てたら、海君の勝ちでいいから!」
咲姫はまるで縋りつく様にして、そう言ってきた。
あぁ――咲姫ってそう言えば、俺の数学の点数知らなかったな。
俺は、咲姫がどれか一つの教科でも勝てたら良いと言った事により、勝負を受ける事にする。
なんせ、数学においては負ける気がしないからだ。
「よし、それなら受ける」
「本当!? テストが終わってから逃げるのは駄目だからね!」
「あぁ、わかってる」
俺が頷くと、咲姫は凄く嬉しそうにしながら、勝ち誇った笑みを浮かべる。
うん、喜んでるとこ悪いけど、多分これ俺の勝ちだぞ?
なんせ、数学は百点以外の点数をほとんどとった事がない。
まぁ勝負に絶対は無いが、余程のことが無い限り負けないだろう。
丁度良い息抜きになるし、咲姫に何をさせようか?
最近困らせられてるから、涙目になるような目にあわせてやりたいな……。
俺は昼飯を食べながら、そんな風に咲姫に何をさせるかを考え続けた。
……なんか俺、下種キャラみたいだな……。
ま、まぁ、漫画みたいな変な事をさせなければいいよな!
プルルルルル――。
俺が頭の中の自分に言い訳をしていると、俺のスマホが鳴った。
俺はすぐに電話相手を確認し、電話に出る。
「もしもし?」
「あ、海斗! 多分今がそうだよ!」
電話を掛けてきたのは雲母だ。
そして、俺に時が来たことを教えてくれた。
俺はスマホの時刻を見る。
今は十二時か……。
株の取引時間が終了するまでに、約三時間あるな。
「わかった、また追って電話する」
「あ、うん……」
俺が電話を切ろうとすると、雲母の寂しそうな声が聞こえてきた。
もしかしたら、もう少し話がしたいと思ってくれているのかもしれない。
だけど、俺としてはすぐにしないといけない事がある為、そのまま電話を切った。
俺は食器を片付けるとすぐにパソコンへアクセスし、ターゲットが動くのを待つのだった――。