第53話「株の知識に長けた学生」
「うん、いいよ!」
昼休み――俺が人気の無い廊下に、如月先生を呼び出してあるお願いをすると、話を聞いてすぐ如月先生が快諾してくれた。
え、そんなあっさり!?
話を持っていった当の俺は、あまりの先生の快諾具合に驚いていた。
なんせ話が話だ。
俺は先生を説得する為に交渉材料も持って来てたのだが――見事に無駄になった。
「あの先生……随分とあっさりでしたが、株の知識はありますか……?」
「ん~? さっぱり! でも、海斗ちゃんがお願いしてきた事だから、君にはいつもお世話になってるし、全然いいよ!」
如月先生はそう言うと、締まりがない顔で笑った。
……どう考えてもおかしいよな……?
ただ、この人は常識が通じないからな……。
株の知識が無いって言ってるし、事の重大さがわからずに、能天気にOKしているだけだろう。
ならば、わざわざ詳しく説明して不安がられるより全然いい。
それに、もう一人昼休みの間に会っておかなければいけない奴がいるから、ここで時間を使わなくて済むのは有り難い。
「それじゃあ、またその時に連絡させて頂きます。それと先ほども言いましたがこの話は――」
「わかってる、西条さんからされたという事にしとくよ」
「お願いします。では、僕はこれで」
「うん、もうすぐテストなんだし、勉強も頑張ってね!」
俺は如月先生の言葉に頭を下げ、次の目的の相手がいるとこを目指す。
……正直言えば、如月先生に任せるのは不安が残る。
しかし、他に頼れる単純そうな大人が居ないのだから仕方がない。
そして次は、正直気が引ける相手だ。
しかしそいつの協力が無ければ、完全に雲母を守る事が出来ない。
俺がそいつの教室――と言っても俺のクラスの隣なのだが、目的の人物は女の子数人と弁当を食べていた。
うぅ……入りづらい……。
俺はそう思いながらも、その学生に近寄る。
本当なら雲母にこういう役目は任せたいものだが――今回はお金が絡む。
例え普段はかなりの善人だろうと、人はお金が絡めば別人になる。
だから信頼できるかどうかは、自分の目で確かめたかった。
そして雲母を連れてこなかったのは、ただ単にその学生が雲母を苦手としているからだ。
「おや、これは珍しい人が来たね」
俺がその学生に近寄ると、そいつは人懐っこい笑顔を俺に向けてきた。
「久しぶり。少し話がしたいんだが、いいか?」
「……へぇ、去年とはずいぶんと様子が変わったね。いいよ、すぐ食べるからちょっとだけ待ってて」
「ありがとう」
俺はそう言って、その学生――白兎凪紗を廊下で待つことにする。
白兎は、茶髪に染めた髪を後ろで括るポニーテールの髪形をしており、身長はそれほど大きくない。
そして可愛らしい顔つきをしており、明るく人懐っこい性格のため女子からは大人気だ。
話を聞く限りでは、ファッションセンスも良いらしく、今も女子制服を可愛らしく着こなしていた。
そう言えば、男子からもそこそこ人気がある。
「――おまたせ」
5分ほどして、白兎が教室から顔を出した。
「場所を移そう」
俺がそう言うと白兎は頷いたため、俺達は人気が無いとこに移動する。
俺が白兎に話しかけた目的――それは、俺が知る限り白兎がこの学園で株をしている唯一の生徒だからだ。
白兎とは去年同じクラスだった。
その時に、こいつが株でお小遣い稼ぎをしているという話を聞いた事があるのだ。
と言うか、白兎が株でお小遣い稼ぎをしている事は、結構有名な話だ。
かなり株でお金を稼いでいるらしい。
そして白兎は、一年生の時に俺に優しく接してくれた生徒でもある。
こいつは俺と友達になろうとよく話しかけてきてくれていたのだが――俺がまともに会話が出来なかったせいで、疎遠になってしまった。
しかし、ボッチで根暗な俺に優しく接してくれた事から、こいつが良い奴なのは知っていた。
だから、俺はこいつに隠れ蓑へとなってほしかったのだ。
「君、本当に変わったよね……。昔は僕が話しかけるだけでおどおどしていたのに、今では言葉遣いすら荒くなってる。それに、最近では学園の噂の中心だしね」
移動している最中、白兎は笑いながらそう言ってきた。
噂とは、雲母と桜ちゃんの事だ。
俺がどっちと付き合っているのか――それとも、両方に手を出しているのかという噂だ。
当然俺としては耳が痛い。
それに謂れもない事だ……。
「俺も成長したって事なのかもな……。去年は本当に悪かった」
俺は去年白兎を避けてしまった事に対するお詫びをした。
必要な話をする前に、まずこれは謝罪しておくべきだと思ったからだ。
「別にいいよ。まぁ人見知りが直ったって言うんだったら、これからは仲良くしてくれると嬉しいかな」
「あぁ、それはこっちからお願いしたい」
俺達がそうこう話しているうちに、学生の姿が見えない所まで移動できた。
「それで話って何かな? もしかして――西条さんや桃井さんの妹さんだけじゃ飽き足らず、僕にも手を出しにきたのかな?」
そう言って、白兎がニヤっと笑う。
「冗談はよしてくれ。なんせお前は――男じゃないか」
そう、白兎はそこら辺に居る女子よりも可愛い見た目をしていて、尚且つ女子制服に身を包んでいるのに、実際は男なのだ。
とは言ってもオカマと言う訳ではなく、ただ単に可愛い服が好きなだけらしい。
当然、恋愛対象も女の子だ。
入学当初は、白兎が男だという事実を知った男子達が悲鳴を上げてうるさかったものだ……。
「もう、ノリが悪いな~。ま、用件は株についてだよね?」
白兎は不満そうな顔をわざとした後、そう尋ねてきた。
まぁ俺が白兎を尋ねるとしたら、それくらいしかないわな。
「そうだな。ただ本題に入る前に聞きたい事がある。お前はこの企業の中から今株を買うとしたら、どれを買う?」
俺はそう言って、企業の名前がリストアップされた紙を見せる。
「全部関連会社だね。そうだなぁ……この四つのどれかだね」
そう白兎が選んだ企業の中には、俺が思ってる会社は選ばれなかった。
流石にこれだけじゃあ駄目か?
俺がそう考えると、白兎が何かを思い出したかのように手をポンっと叩いた。
「もしかしたら、この会社を買うかもしれないね」
そう言って白兎が指差したのは――平等院システムズだった。
「何故、もしかしたらなんだ?」
俺はすかさず白兎に尋ねる。
「う~ん、これは確実な話じゃないんだけど……この企業って大きくて株価も安定しているんだけど、ここ最近は大した成績があげられてないんだよね。そのせいかわからないんだけど、近々――とはいっても、数か月単位の話なんだけど、大きな発表があるんじゃないかって一部で囁かれているんだよ。だから、もっと情報が集まれば僕ならこの企業の株を買うね」
白兎は自信有り気にそう語った。
「じゃあ、もしこの二週間以内に一つの企業の株で勝負をするとしたら、白兎はこの中でどの株を買う? インサイダー取引というのを抜いたうえで、相手は平等院財閥の重役だ」
俺は切りこんだ話をしている事を自覚して、そう話をする。
どうせ他言はしない様に最後には契約書にサインさせる。
だから問題ない。
「なるほど……だったら、まず間違いなく平等院システムズの株を買うね。他の企業の株は上がるだろうけど、そこまで大きく跳ね上がったりはしないから、勝負事には向かないと思う。となれば、近々大きな発表があるかもしれないと囁かれる情報が、平等院財閥の重役が相手と言う事で、確かな情報だと言える。しかも、それがこの二週間以内に来ると言うのも」
俺は白兎の言葉にニヤっと笑う。
「上出来だ。白兎、俺と取引しないか?」
「取引? その内容は?」
白兎は俺が取引と言った事に別段驚いた様子は見せず、そう首を傾げた。
今の話の流れからこうなると予想していたのかもしれない。
そうとなれば、中々頭の回転が速い人間だ。
「タイミングは俺が指示をするが――俺の用意する十万でこの会社の株を買ってほしい」
「君が株の流れを読むの? 僕じゃなく?」
白兎はそう言って、怪訝な表情をした。
それもそうだろう。
白兎本人からすれば、ずっと株をしてきたのだし、株の流れを読む力は俺よりもあると思っている。
そして、それは正しい。
だけど、今回はその役目を雲母がする。
なのにどうして彼に頼みに来たかと言うと――KAIの隠れ蓑にする為だ。
今回の株を買う時にKAIが関わった事が確定してしまうと、インサイダー取引が成立してしまう。
KAIの正体は誰にも掴めない。
だが、確実ではない。
万が一俺がKAIだと立証されれば、俺が株の購入に関与した時点でインサイダー取引は成立してしまう。
だから、先程の白兎の読みの力を試した。
あれだけきちんと読めているのなら、俺がアリアの戦略を見抜いたがどの平等院財閥の株かわからなかったという時点で、雲母に対する俺の関与は終わる。
そして学校で株の知識に定評がある白兎に、さっき俺がした話を俺じゃなく雲母が相談したという形をとり、アリアの買う株を予想したとするのが俺の狙いだ。
当然、アリアは納得しないだろうが、筋が通れば問題ない。
白兎の様な人間がいなければ、西条がアリアの買う株を予想出来た理由として、平等院財閥の関係者もしくは、それに携わったKAIの存在が確実に疑われる。
そしてそれが俺だと分かる可能性は高くないが、絶対ではない。
それにアリスさんが俺の事をカイと呼んでいる事と、アリアが俺とまた話がしたいと言ってきた事から、俺と言う存在がアリアの頭の中で引っかかっているのは間違いない。
そんな中俺が西条と共に行動をしていれば、真っ先に俺――強いてはKAIの存在が疑われるだろう。
しかしここで白兎を用意する事によって、こちらは白兎のおかげで予想できたと主張できる。
だから、どれだけアリアがKAIの事を主張したとしても、こちらが株の購入自体にKAIが関わっていた事を認めなければ問題ない。
株の購入にKAIが関わったという決定的な証拠が出て来なければ、購入以外にもしKAIが関わっていても、それはインサイダー取引ではないからだ。
……ポンコツ教師がやらかさなければな……。
まぁあの人に頼んだことは、あの人自体が何かするわけではないから、大丈夫だと思うが……。
「あぁ、こっちのタイミングに合わせて買ってほしい。そしてそれをしてくれるのなら、謝礼に十万出す」
「十万!? たったそれだけで!?」
俺は白兎の言葉に頷く。
多分金自体は、白兎はそれ以上に一杯持ってるはずだ。
ただ、手間と額が釣り合ってないと思っているのだろう。
なんせただ代わりに株を買うだけで、十万ももらえるのだから。
とは言え、こっちとしては絶対にのんでもらいたい条件な為、謝礼に糸目はつけない。
「それほど大事な事ってわけかぁ……。まぁ多分、西条さんが関わってるんだと思うけど……」
いつも俺が西条と居る事と、平等院財閥の名が出てきた事から、白兎はそう推理したようだ。
やはり、彼は頭が良い。
「わかった、その話に乗るよ。詳しくはどうしたらいいのかな?」
「じゃあ、まずこれにサインをしてくれ」
俺はそう言って、予め準備していた契約書を取り出す。
白兎はその契約書に書かれている内容を読み始める。
とは言え、その契約書には色々と書いてはいるが、要約すればこうだ。
1.俺達の間で行われた話は誰にも漏らさない事。
2.全て俺達の指示に従って行動する事。
3.絶対に俺達の事を裏切らない事。
4.もし裏切った場合の損額は全て、裏切った者が負う事。
実際に白兎が裏切った場合の雲母が背負う事になる額は、到底白兎が払える額ではない。
しかし、今回関わっている人間がどういう人間かを白兎が理解している以上、四番目の言葉の重みがわかるだろう。
「なるほど、相当本気だって事は伝わってきたよ」
白兎はサインした後そう言って、契約書を俺に返してきた。
「ありがとう。じゃあ、これからの流れだが――まず、このアプリに新規アカウントを作ってもらいたい」
俺がそう言って白兎に見せたアプリは、アリアが雲母に勝負で使う様にと言ったアプリだ。
「僕、そのアカウント持ってるけど、それじゃあ駄目なの?」
「あぁ、駄目だ。金は西条のアカウントから振り込まれるんだが――西条からお金が振り込まれた事と、その日時と時間以外で関係ない事が書かれてるのは困るからな」
俺がそう言うと、白兎は得心が行った様だ。
今回の勝負、雲母には勝負する十万円で株を買う事が出来なくなる。
だから、代役が必要となるのだ。
ただその代役には、勝負の日にアリアと一緒に準備したアプリの雲母のアカウントから、お金が移ったという事が証明できなければならない。
だが逆を言えば、それさえ証明出来たのなら、代役を立てても問題ないという事だ。
そしてそれは、アリアは絶対に認める。
いや、認めなければならない。
なんせあいつ自身代役を立てるはずだからだ。
その為、わざわざあんなルールの縛り方をしたわけだしな。
「うん、じゃあアカウントだけ作って、連絡を待つよ。だから、連絡先を交換しよっか」
俺は白兎の言葉に頷き、連絡先を交換した。
「それと、もうすぐ夏休みだし、一緒に遊ぼうよ」
連絡先を交換し終えると、白兎が笑顔でそう言ってきた。
「あ、あぁ……そうだな……」
俺は白兎にぎこちなく頷く。
久しぶりに話したと思ったら、もう遊ぶ約束とは……。
流石コミュ力に長けた人間は違うな……。
俺は自分にはないコミュ力を持つ白兎が、羨ましいと思った。
その後俺は白兎と別れ、雲母に電話を掛ける。
「――もしもし?」
俺が電話を掛けると、すぐに雲母が電話に出た。
「もしもし、海斗だ。こっちの準備は整った。後はお前次第だが――本当にいいのか? 引き返すなら今しかないぞ?」
俺は念のため、雲母にそう尋ねる。
結局は雲母の人生だ。
俺が決めて良い事ではない。
「うん――大丈夫。もう覚悟は決まってるから」
雲母は力強い声で、そう答えた。
「よし、じゃあ今から作戦決行だ」
そして俺達はアリアに勝つ為の行動を開始するのだった――。