第51話「監視役」
「――お姉ちゃん、お電話なってるよ?」
そう言って、私の可愛い妹である華恋ちゃんがスマホを持って来てくれた。
……嫌な予感がするなぁ……。
大抵私に電話が来た時は、ロクなことが無い。
私はおそるおそるスマホを見る。
やっぱり……。
私のスマホの液晶に映し出されていた名前は、青木愛だった。
この子は華奢な見た目とは裏腹に、平等院財閥のご息女の護衛に付くほど腕が立つ。
そして、優しそうな顔に『愛』と言う名前が付いていながら、笑顔で毒を吐いてくるギャップが凄い女なの。
彼女は私が昔から仲良くしている三人のうちの一人。
庶民の私が普通は知り合うことが無い三人だったけど、縁があって友達になった。
この子は面倒見が良いけど、私に容赦が無いんだよね……。
出来れば出たくないけど――出るまで電話かけてくるよね……。
私は華恋ちゃんに話が聞かれない様に、廊下に出た。
そして、私は意を決して電話をとる。
「はい、もしもし」
「もしもし、青木です。アリス様からの指令が下りました」
出た、指令!
やだな……また無茶ぶりしてくるんだろうなぁ……。
「……今回は何かな……?」
「早ければ今日、遅ければ数日後に神崎さんがお願いをしてくると思いますので、あなたはそれを快諾してください」
「海斗ちゃんが……? 一体何を頼んでくるの?」
というか、愛ちゃんはいつの間に海斗ちゃんと会ったの?
彼の事は私に一任されてたんじゃ……?
「それは――」
私が尋ねると、愛ちゃんが今日あった出来事から全てを説明してくれた。
「――無理無理無理無理! そんなの失敗したら私大借金を抱える事になるじゃん!」
「大丈夫です、そうはなりません。それにもしそのような事になれば、アリス様が全て負担をして下さいます」
「一体アリスさんはどれだけお金を持ってるのよ……」
「それはあなたが気にして良い事ではありませんよ?」
私が素朴な質問をすると、キツメの口調で注意された。
でも、気になるのは仕方ないと思う。
だって、海斗ちゃんがしようとしてる事は、凄い大金が動くんだもん……。
というか、何で今日は西条さんとデートに行ったはずなのに、そんなことになってるのよ……。
話には聞いてたけど、アリアさん喧嘩っ早過ぎでしょ!
「でも、多分私に頼んでこないんじゃない?」
「いえ、あなた以外の人間で神崎さんが頼れる大人は居ません。そして、あなたならどうせ何も考えてないだろうから、説得できると考えてるはずです」
「何それ!? この前だって、愛ちゃんのせいでプログラムを無茶苦茶にして凄く怒られたんだからね! 私言われた通りしただけなのに!」
これは良い機会だと思った私は、不満に思ってたことをぶつける事にした。
「あれはあなたが無茶苦茶にしすぎたせいです! 自分はそのプログラムを使えなくして下さいとは指示を出しましたが、誰もソースコードまで消せとは言ってません! どれだけ器がデカい男なのかを知りたかったのに、そこまで無茶苦茶をすれば誰だって本気で怒ります!」
「そもそも海斗ちゃんを試そうとするのがおかしいんだって! あの子は友達かなり少ないけど、良い子だよ! あのプログラムの事だって、アリスさんに内緒で愛ちゃんの判断で手をだしたんでしょ!?」
「例え良い子だろうと、アリス様の相手に相応しいかどうかは別です! それ相応の器がある方でなければならないのです!」
またこの子はそんな事言う!
どれだけアリスさん中心に世界が回ってるのよ!
「それはあくまで愛ちゃんの予想でしょ!? アリスさん自身がそう言ったわけじゃないのに!」
「いえ、今日裏が取れました」
「え!? ということは――」
「はい、神崎さんは間違いなく、亡くなったはずのあの少年です。だから、アリス様があの様に指令を出したんです。まぁどこかの誰かさんは、その指令を真っ当にこなしてはくれませんでしたが……」
「うぅ……それは何度も謝ったじゃん……」
私がアリスさんに出された指令――それは、西条さんと海斗ちゃんのケア。
だけど――
「本当にしっかりしてくださいよ。あなたがどうしても教師になりたいと言うから、自分がアリス様に紹介致しましたのに――神崎さんには避けられるようになり、西条さんとは会話すらままならないとは……。あなたそれでも社会人ですか?」
愛ちゃんが呆れたようにそう言ってきた。
「仕方ないじゃん! 海斗ちゃんは見た目の割りに頼りになるから、困ったら頼りたくもなるよ! それに西条さんの何処が大人しくて優しいお嬢様なわけ!? ねぇ、金髪ギャルの何処が大人しいお嬢様なの!?」
私は当然抗議をする。
だって、話に聞いてたのと違うもん!
大人しくて優しいお嬢様だって言うから、私は快諾したのに!
それに海斗ちゃんのだって、指示に従っただけだもん!
彼は人を避けるから、しつこく付きまとえって言ったのは愛ちゃんなのに!
まぁそりゃあ、よく鍵を無くしてた私も悪いとは思うけど!
「あれは流石に自分達も予想外でした……。アリス様は『何かしでかさなければ……いいけど……』と心配されてましたけど――本当に何もなかったんですよね? アリス様は神崎さんと西条さんが急に仲良くなってるのはおかしいので、絶対に二人の間で何か起きたって言ってましたけど……」
「うん、そこは大丈夫だよ! だって学校で事件が起きたとか、喧嘩があったって報告受けてないし!」
「ならいいのですが……」
もう、愛ちゃんとアリスさんは心配性だなぁ……。
何も学校では起きてないってのに。
だからきっと、何か困った事が起きた西条さんを海斗ちゃんが助けて、それから仲良くなっただけなんだよ。
そうじゃないと、もし二人の間で揉め事が起きたのなら、そもそも仲良くしてるのがおかしいもん。
「それよりも、わかってるとは思いますが、神崎さんがあの少年という事は、アリス様にとって大事なお方です。そして今回行われる勝負はかなり重要です。いくら懐の深いアリス様と言えど、今回の件であなたがもし要らない事をして、彼が失敗する事になれば――わかっていますよね?」
愛ちゃんは普段の優しい声色を低い声に変えて、そう言ってきた。
「わ、わかってるよ! 今回こそは失敗しないってば!」
「本当に頼みますよ……。それと、もちろん神崎さんには自分達の関係がバレないように気を付けて下さい。折角神崎さんと再び接点が持てたのに、自分達が関わっている事がバレれば、アリス様が神崎さんに嫌われてしまう可能性があります」
「それもわかってるってば!」
本当、何でもかんでも『アリス様アリス様』ってどれだけ心酔してるのよ……。
そもそも、アリスさんと私会った事ないし……。
「後、神崎さんが一人の女性と仲良くなり過ぎない様にも気を付けてください。あなたは今回の神崎さんが複数の女性とデートをする事を、『海斗ちゃんが明るくなってきてる証拠! それに西条さんと凄く仲良くなってるって事じゃん!』と、嬉々として報告されましたが、アリス様は少し拗ねておりました。むしろ、『本当に……ドジっ子を入れたのは……失敗……。一度自分の目で……どういう人間か……確認しておくべきだった……』と、おっしゃられておりました。折角自分の紹介なら大丈夫というのと、少し抜けてた方が神崎さんが接しやすいという事で、あなたをその学園の教師になれる様に手配までして下さったのに……。あなたを紹介したのは、自分の人生最大の汚点ですよ、本当に……」
愛ちゃんはため息交じりに、そう毒を吐いてきた。
ひどい……。
私は一生懸命やってただけなのに……。
と言うか、海斗ちゃんが明るくなってるんだからいいじゃん!
アリスさんも拗ねるくらいなら、さっさと海斗ちゃんを抱き込めばいいのに!
「それで、愛ちゃんから見た海斗ちゃんはどうだったわけ?」
これ以上は暴言を吐かれる気しかなかったから、少しだけ話を変える事にした。
「自分の見た感じではまだよくわからないといった感じですね。ただ、アリス様を観察するようにジックリと見ていた時は、目を潰してしまおうかと思いました」
「何を怖い事言ってるの!?」
「いえ、まぁそんな事をすれば、アリス様がお怒りになられるのでしませんでしたが……」
うわ、この子冗談と言わなかった!
アリスさんが許せば本気でやってたって事だ!
これだから武闘派は怖くて嫌になるよ!
「しかし――かなり面白い人材だという事はわかりましたね」
「それはあの少年だったからでしょ?」
「いえ、そうではありません」
「へぇ――じゃあ、何?」
愛ちゃんの言葉が気になった私は、そう尋ねてみる。
だって、あの少年だったって事以外で、何に愛ちゃんが興味をもったのか気になるもん。
「内緒です。特にあなたの様な人間が知って良い事ではありません」
「えぇ!? そんな気になるような事言っといて!?」
「はい。おっと、長電話をしてしまいましたね。もうアリス様の傍に戻らないといけないので、電話を切ります。とにかく、神崎さんのお願いは素直に聞いてくださいね。そして、見返りなど求めないようお願いします」
「あぁ……はいはい、わかったよ。そのかわり、もしもの時は頼むよ?」
「もちろんです。それでは失礼します」
「バイバイ」
私はそう言って、電話を切った。
それにしても――おかしなことになったなぁ……。
昔から愛ちゃんや紫之宮愛ちゃんの話を聞いてて知ってたけど、お金持ちって本当ロクでもないよね。
弱肉強食。
周りの人間を食い物に出来る人間こそが、上に上がる事が出来、生き残れる世界。
そしてそんな世界に居る人間は、全員似た様なものだと言っていた。
はぁ……私は庶民に生まれて本当に良かったと思うよ……。
海斗ちゃんはそんな世界に住む人間達と渡り合おうとしてるんだよね。
頑張れ、海斗ちゃん……。
私は海斗ちゃんの健闘を祈ると、気分転換に華恋ちゃんを愛でにリビングに戻るのだった――。