第50話「ニコニコ毒舌」
「――あれが噂に名高いKAIですか」
カイが去った後、そう言って護衛のニコニコ毒舌が話しかけてきた。
これはアリスの護衛兼、アリス達の学園の教師。
見た目は年齢より若く見えるけど、実際は24歳。
お昼――カイに『人を見た目で判断すれば後悔する』と言った時、きっとカイはこれが華奢な体つきなのに、強いという意味だけでとったと思う。
でも、アリスが言った意味はそれだけじゃない。
これは凄く優しそうな顔をしておきながら、アリス以外の人間に笑顔で毒突く。
まぁ流石に、教師としての業務中は皆に優しい先生だけど。
「聞き耳立ててたら……離れた意味がない……」
アリスは先程一杯話したせいで疲れたから、気怠げにニコニコ毒舌をジーっと見る。
「申し訳ありません、自分耳が良いものでして。それよりも、どういうおつもりですか?」
「何が……?」
アリスは『めんどくさいな……』と思いながらも、律儀に返してあげる。
「先程の作り話の事です。アリス様は西条さんが勝負に臨む方法をアリアさんに教えはしましたが、後の事は全てアリアさんが勝手にされた事です。何故、あのように庇ったのですか?」
「……気づかなかった……? ここに現れたカイは……凄く怒ってた……。なのに……過去をそのまま話せば……カイはアリアが立ち直れなくなるまで……追い込む……。だから……怒りの感情を……アリスに分散させた……」
「いくらKAIとは言え、アリアさんにそこまで出来ましょうか?」
アリスの言葉にニコニコ毒舌が首を傾げる。
確かに普通に考えれば、平等院財閥の後ろ盾がある限り、いくらネットで囁かれるKAIでもアリアをそこまで追い詰める事は無理。
だけど――
「出来る……。今回アリアは……慎重に手を回すだろうけど……穴がある……。カイが本気になれば……その穴を突いて……アリアの人生すら終わらせられる……」
――アリスはそう事実を告げた。
「穴ですか……。確かに立証できれば、そうかもしれませんが……。そのような穴、アリアさんの戦略には無かったかと……」
ニコニコ毒舌は口に手を当て、考えながらそう言ってきた。
「ニコニコ毒舌もまだまだ……」
「はい、自分等アリス様の足元にも及びませんので」
アリスの言葉にニコニコ毒舌は頭を下げる。
彼女はどうも自分とアリスを比べて卑屈になる癖がある。
彼女自身優秀な人間なのに。
「頭を上げて良い……。それにアリスは……アリアのやろうとしてる事に気付いても……止めなかった……。だから……同罪……」
「しかしそれは――お言葉ながら、アリス様は愚妹が考え直す事に期待をしての事でしょう? なのにあの愚妹は、アリス様の双子の妹とは信じられないくらい、愚かな事をされました。しかもその尻拭いを、あろうことかアリス様にさせております」
「はぁ……口が過ぎる……。仕える家の人間に対する……物言いじゃない……」
「申し訳ございません。ですが、いつも言わせて頂いてますが、自分が仕えているのはアリス様であり、平等院財閥ではございません」
アリスの叱責に、ニコニコ毒舌は頭を下げるけど、悪びれた様子はない。
ニコニコ毒舌は昔からそう。
アリスには忠誠を誓ってるけど、他の平等院財閥の人間には一切従わない。
それが例え父だろうと――。
それでいいのかとは思うけど、このニコニコ毒舌は優秀な為、アリスに従うのなら問題なしという事で許されている。
当然こんな物言いをするせいで、アリアとは凄く仲が悪い。
まぁ問題さえ起こさなければ、アリスはどうでもいい。
「それに……アリアが昔から……親族にどういう扱いをされていたかを……知ってるよね……? あの子は……アリスのせいで……教育だけされて……ほっとかれてた……。だからアリアは……自分の存在価値を出すために……必死……。そしてあの子を……そういう風に育てたのも……平等院財閥の教育……」
「アリス様はアリアさんに甘すぎます。だからあの様に育ってしまったのです」
「確かにそう……。だけど……姉は妹を守り……助ける生き物……。だから妹がした事は……姉が償う……。とは言え……実際にあの子達のケアをしてくれたのは……ニコニコ毒舌だけど……」
そう、アリアと西条の子との勝負が決着した後、心を痛めた子達のケアをニコニコ毒舌に任せていた。
……アリスにはそれは難しかったから……。
「自分はアリス様の指示に従っただけです。ただ……一人だけまだ……」
「わかってる……。あの子は多分……西条の子と……直接話をする必要がある……。だけど……今はまだ……時じゃない……。今会えば……西条の子が……割り切れない……」
西条の子の親友は、未だに病んでいる……。
あの子が病んでいる理由は、皆と同じ理由。
だけど、西条の子と親友だった上に、西条の子がああなるキッカケを作ってしまった負い目は、他の人間と比べ物にならない。
それから立ち直らせるには、西条の子と直接話をする機会を与えてあげるのが一番。
しかし、未だに心に深い傷を負っているであろう、西条の子に会わせるのは危険。
この勝負は、アリアを挫折させるためと同時に、西条の子が立ち直るためにも必要な事。
その事をカイは理解しているのだろうか……。
アリスが出来るのは、西条の子の身を守る事であって、彼女自身の気持ちはどうしてあげる事も出来ない。
だから、そこはカイを頼らせてもらおうと思った。
「しかし――とは言え、本当にKAIに勝ち目はあるのですか? アリアさんの戦略に加え、アリス様が読みをする。それはアリアさんが株を買うタイミングが、ベストのタイミングになると言う事です。それなのに、あの男が勝てるとは思えないのですが……」
アリスが考え事をしていると、ニコニコ毒舌が首を傾げてそう尋ねてきた。
「さぁ……どうだろうね……?」
アリスはそう言ってニコッと首を傾げる。
「えぇ……教えてくれないのですか……」
アリスの言葉にニコニコ毒舌は不満そうな声を出した。
「今日は……話し疲れた……。もう……帰る……」
「はっ、かしこまりました」
アリスがそう言うと、すぐにニコニコ毒舌が車を手配する。
『話し疲れた』とアリスが言ったら、もうそれ以上聞いてくるなという合図。
だから、ニコニコ毒舌は引き下がった。
これ以上教えるのは面白くない。
答えがわかっている事ほどつまらない物はない――そう、アリスの人生みたいに。
今回はアリアを挫折させる為の勝負。
それは、アリアを真っ当な人間に戻す為に必要な事。
もう人を陥れる人間にはなってほしくない。
だけど、それ以外でアリスはこの勝負が楽しみだった。
カイがアリスの予想通りで終わるのか、それを超えた事を成すのか――。
そしてこの勝負が西条の子が持つ、心の闇を取り払う絶好のチャンス。
彼が出しゃばり過ぎれば、そのチャンスを失う。
かと言って、西条の子だけでは勝てない。
その線引きは口で言うのは簡単だけど、実際にやるとなれば難しい。
カイがただ勝ちにこだわるのか、線引きを上手くやるのか――それとも、アリスの想像を超えた事をやるのか――。
――楽しみにさせてもらうよ、カイ。
アリスは車に揺られて帰宅してる中、そんな事を考えるのだった――。