第48話「海斗の考え」
「調子が悪いのか?」
西条と合流してすぐ、俺はそう尋ねた。
「え? あ、ううん、大丈夫!」
俺の問いかけに西条は一瞬驚いたが、すぐに笑顔を浮かべた。
ただ――その笑顔はぎこちない。
空元気だというのがよくわかる。
俺とはぐれている間に何かあったのか……?
しかし、この様子だと俺が尋ねても、西条は答えてくれないだろう。
ならば、西条から話してくれるのを待つしかない。
それに、今は西条以外にも気にしなければいけない事がある。
俺は西条から自分のスマホへと視線を移す。
そこには――
『話したい事があるから、今日もう一度会いたい』
と、西条と合流するほんの少し前に、アリスさんからそうメッセージが来ていた。
先程そんな素振りを見せなかったのに、急にどうしたのだろうか。
それに話だけなら電話でいいはずだ。
何故わざわざ会う必要があるのか……。
「海斗……」
「ん?」
「……ごめん、やっぱなんでもない……」
西条が俺の名を呼んだため西条の方を見ると、西条は首を横に振った。
なんでもないわけがないだろ……。
俺は西条の表情から、彼女が何かを隠している事を察した。
その顔は凄く思い詰めた表情をしている。
もどかしいな……。
俺は西条が俺に相談をしてくれない事に、心の中がモヤモヤしていた。
少し前までは鬱陶しいとさえ思っていたのに、おかしなものだよな……。
「もし――何か困ってるのなら、俺を頼ってほしい」
気付けば、俺はそう呟いてた。
「え……?」
西条は俺の言葉に、驚いた表情で俺の顔を見上げた。
だが……驚いてるのは、俺も同じだった……。
自覚して似た様なことを咲姫に言った事はあるが、今さっきのは完全に無自覚だった。
でも、口に出して改めて思う。
西条は俺にとってもう大切な友達なんだ。
友達が困っていれば、助けたいと思うのが当然だろう。
だから、俺に話そうかどうか悩んでいる西条に、俺は自分から距離を詰める事にした。
「なぁ雲母――お前がそんな表情をするという事は、よほどの事が起きてるんだろ?」
「あ、今雲母って……」
俺が名前で呼ぶと、雲母は驚いたような――そして、嬉しそうな表情をした。
だが、すぐに俯く。
俺に話すかどうか、考えているのだろう。
俺は雲母の言葉を待つ事にする。
これで雲母が話さないのなら、もう無理に踏み込むわけにはいかないからだ。
「…………平等院アリアって知ってる……?」
小さい声でそう聞いてきた雲母に、俺は頷く。
ただ、その言葉だけで、アリアさんと何かあった事がわかる。
そう言えば雲母が歩いてきたのは、アリアさん達が歩いて行った方からだった。
同じ大手財閥の娘ということもあり、面識があるんだろう。
「私ね……あいつと、勝負する事になったの……」
何……?
「勝負だと?」
「うん……実はね――」
そう言って雲母は、先程アリアさんとの間で有った出来事の事を教えてくれた。
俺は雲母の言葉に頷きながら、頭の中で話を整理し続けた。
「なるほどな……。ボイスレコーダーで録音までされているから、今更勝負を降りる事も出来ないって事か……」
俺の言葉に、雲母は首を小さく縦に振った。
俺はそんな雲母に頭を抱える。
いくら破格な報酬を積まれたからといって、こんな勝負を受けるなんて……。
ただ、こいつが勝負を受けた理由は本当にそれだけなのか?
この勝負でかけた雲母の株価の総額は、約一億円くらいらしい。
それを失うとすれば、西条財閥から最後のチャンスをもらっている雲母は、本当に見放されるだろう。
……いや、それどころか……失った株の賠償及び、ライバル企業に西条財閥の株を渡す事になった責任を、どれだけ負わされる事か……。
雲母がそれをわかっていないはずがない。
こいつは頭が良いんだから。
だから、どれだけ金を積まれようと、雲母が勝負を引き受けるとは思えない。
ただ、もう引き受けてしまった物はしょうがない。
今は頭を切り替えて、この状況を打破する方法を考える事が優先だろう。
「雲母は株の知識があるのか?」
「うん……結構勉強はしたし、実際に何度かやった事もあるよ」
「そして、平等院さんは株の知識が無いと言ったんだな?」
流石にアリアさんと呼ぶわけにいかなかったので、アリスさんも居ない事から苗字で呼んだ。
「うん……でも、それが本当かどうかはわからない……。あいつ凄く汚いし……」
俺の言葉に、雲母はしかめっ面をしながら答えた。
なるほどな……。
聞く限りは、これは雲母にとって有利な戦いだ。
ボイスレコーダーを使ったうえで、アリアさんは株の知識が無いから勝負をしようと持ち掛けてきている。
となると、本当に株の知識がないのだろう。
そうじゃなければ、アリアさんがやった事は詐欺になる。
むしろこちらとしては、そちらの方が有難い。
そうすれば、雲母はアリアさんが株の知識が無いと言ったからこの勝負を受けたんだと、主張をする事が出来る。
例えそれが周りから見てみっともなかろうと、雲母を護る事が優先だ。
ただ――アリアさんが株の知識が無いのにこの勝負を持ち掛けてきたという事は、それでもアリアさんは確実に勝てる戦略を用意しているという事だ。
彼女はかなりのやり手社長で知られているし、何より深追いをしないらしい。
そんな彼女が危険な賭けをするとは思えない。
だから、雲母も思いつめた表情をしていたのだろう。
だが……それはなんなんだ?
一体どうしたら、株の知識が無いのに勝てると思える?
俺がもしアリアさんの立場ならどうする?
俺は株の知識はあるが、実際に株に手を出した事は無い。
だから、知識が無いというアリアさんと変わらないだろう。
多分、ヒントはアリアさんが説明したというルールにあるはずだ。
俺が同じ立場なら、絶対に相手が気づかないよう注意しながら、自分が有利になる条件を出す。
それに、アリアさんが出したルールには引っかかる部分がある。
何故、資金が10万円なんだ?
株で勝負――それもアリアさんと雲母の勝負だ。
いくらなんでも資金が少なすぎる。
資金が多ければそれだけ戦略も広がるのに、何故わざわざ10万円にした?
それに単純に株で増やしたお金で競うのではなく、株価の総額を金額のみ提示するという言い方も気になる。
わざわざ株価の総額で競うってのもそうだが、何故、金額のみを提示すると明言している?
実際は金額以外の他の情報だって同じ画面に反映されるため、一緒に提示されるはずだ。
しかも彼女は、最後に他に縛りはないといった。
逆に言えば、それらは縛りだという事だ。
それらから考えられる状況――尚且つ、株の知識が無いアリアさんが絶対勝てると思える戦略となると……。
…………そういうことか……。
俺の頭の中に一つの戦略が浮かんだ。
確かにこれなら、株の知識は関係ない。
そして、アリアさんが株価の総額を金額のみ提示と言った理由もわかった。
別にそれが重要だという事ではない。
そこまで細かく決めて他の事を縛らないという事で、彼女は自分の戦略を成り立たせるつもりだ。
普通にアリアさんが行ったのなら、罪にまで問われる方法。
だけど彼女はこの勝負において、そうならない様にしようとしている。
もしこの予想が当たってるとすれば――雲母に勝ち目はないだろう。
「駄目だな……」
「え……?」
「頭を下げてでも、この勝負は降りるべきだ」
俺がそう言うと、雲母は俯きながら声を発した。
「でも……私はこの勝負から逃げたくない……」
「いや、逃げてるとかそんな事を気にする必要は無い。元々は向こうから無理矢理持ち掛けてきた勝負なんだ。わざわざ相手の土俵で戦ってやる必要はない」
「それじゃあ駄目なの……」
「何をそんなに拘るんだ? そんなにお金がほしいのか?」
「………………うん」
雲母は俺の質問に首を縦に振った。
正直、雲母がお金に拘って勝負をしようとしているなど、俺は思っていなかった。
だからそう聞いたのだが……まさか肯定されるとは……。
「ごめんね……でも、心配しないで。海斗に迷惑をかけるつもりは最初からなかったから。私一人であいつに勝ってみせる。そのために、今まで一杯勉強してきたんだから」
「…………そうか、なら今日はもう帰ろう」
「え……?」
「これから平等院さんと勝負をするのに、こんな事してる場合じゃないだろ?」
「……そうだね」
俺が突き放すように言うと、雲母は俺の顔を見上げたが、また俯いて返事をした。
雲母が退かないと言う以上、もう雲母を説得するのは無駄だろう。
ならば、やり方を変えるだけだ。
雲母には悪いが、俺はすぐにでもアリスさんに会いたかった。
彼女が俺を呼び出した理由はわからないが、俺はそれを利用させてもらう。
アリスさんに頼んでアリアさんを止めてもらうか――最悪、KAIという事を明かしてでもアリアさんと交渉する必要があるだろう。
どんな手を使ってでも、この勝負は成立させたら駄目だ。
本当なら俺の手でどうにかしてやりたかったが、この勝負で俺が介入できる余地がない。
……いや、正確にはないわけではない。
俺が予想しているアリアさんの戦略はほぼ間違いないだろう。
だから、手が完全に打てないという訳ではない。
ただ、それがどれなのかがわからない。
一つ心当たりはあるが……あれが発表されるのはまだまだ先のはずだ。
つまり、アリアさんが考えてる戦略の鍵になるのはあれではない。
それが確実にわからない限り、俺が打てる手はない。
だから、雲母を守るにはこの勝負を成立させない事だけだ。
俺はその後一度雲母を家まで送り、すぐにアリスさんに会う為に引き返すのだった――。