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第47話「因縁の二人」

「やってしまった……」

 俺は現状を嘆き、思わずそう呟いた。

 

 俺が嘆いた理由――それは、西条とショッピングモール内ではぐれたからだ。

 

 ……何故はぐれたかって?

 それは話が少し前に戻る。


 西条が俺が選んだ服に着替えてる最中に、西条を待っている俺の耳に突然アニソンが聞こえてきた。

 聞こえてきたのはショッピングモール一階の中央広場からだった。

 周りの客の話し声からして、どうやら女の子が壇上に立ち、観客の前で歌っているらしかった。


 西条の雰囲気にやられていた俺は、気分転換もかねて三階から一階を覗き込み、その女の子の歌を聞くことにした。

 ただ、その女の子の歌がかなり上手く、俺はつい夢中になって聞いてしまったのだ。


 そしてその子が一通りメドレーを歌い切って我に返った時には、もうお店に西条は居なかった。

 

 それもそうだろう。

 西条からしてみれば、俺が黙っていなくなったようなものだ。

 当然探しに行くだろう。


 また運が悪く、その子の歌を聞きに来た客が増えてきて、途中から俺の後ろには人たまりが大きく出来ていた。

 だから、西条は俺の事を見つけられなかったのだろう。


 ただ、こういう時の為に俺達は事前に連絡先を交換していた。


 …………歌に夢中になっていたのに、ポケットの着信音に気付くはずがないよな……。

 

 西条から何度も(たん)スパンで電話が来ていたのに、俺はそれに気づかず無視してしまった形になっていた。

 西条が怒っている事は間違いないだろう。

 そして今度は、俺が電話をかけても西条に繋がらないのだ。


 俺を探しながら歩いてるのと、多分人混みが五月蠅(うるさ)すぎて聞こえないのだろう。


 どうしたものか……。


 悩んだ結果、俺はとりあえず西条がこのお店に戻ってくることを信じて待つことにした。


 すると――

「いた!」

 人混みの中に後ろ姿ではあるが、金髪ストレートロングヘアーでネイビーワンピースを着た女性を見つけた。

 そして背丈的にも西条くらいの身長だった。

 

 この日本で金髪は珍しいし、服装や背丈から見てまず間違いないだろう。

 俺は西条に声を掛けに行く。


「ごめん、探したよな?」

 俺はそう言って、西条の肩に手をおいた。


 すると――

「誰……?」

 と、振り向いた少女は碧眼の目をしていた。


 そしてその人物は、俺が最近会った事がある人物だった。


「平等院さん……」

 俺は目の前に居る女性を見て、そう呼んだ。

 そう、俺が西条と間違えて声を掛けたのは、少し前に平等院システムズで会った、平等院アリスだったのだ。


 平等院さんは俺の顔を見て首を傾げる。

 俺は平等院さんの仕草で一つ思い出した。

 

 前に俺が会った時は、俺の顔は前髪が邪魔で目が見えなかったはずだ。

 なのに、今話しかけて居る人間は髪型が違う。

 普段なら髪型が変わったくらいでは、そんなに見分けがつかなくなることはないのだろうが、俺の場合は鼻と口しか見えていなかったのだから、別人に見える可能性が高い。


 つまり、平等院さんにとって初対面の人間というわけだ。


 これはまずい……。

 こんなの平等院さんからすれば恐怖だろうし、ナンパと間違われても仕方がない。

 そう思った俺はすぐに平等院さんの肩から手を離し、頭を下げた。


「人違いでした! すみません!」

 俺はそういって、平等院さんに背を向ける。

 

 しかし、その直後平等院さんに服の袖を引っ張られた。

 俺は反射的に平等院さんの方を振り返る。


「久しぶり……」

 平等院さんは俺の目を見ながらそう言ってきた。

 相変わらず、飲み込まれそうになるような瞳だ。


「俺の事がわかるんですか……?」

 俺は思わずそう尋ねた。

 正直この姿で、髪を下ろしている時の俺と判別がつく人間は、そういない。

 なのに、この子は気付いたと言うのだろうか?


「前に……平等院システムズで……会った事あるよね……?」

 どうやら本当に気づいていたみたいだ。


 俺は平等院さんの言葉に頷く。

 すると、平等院さんはニコリと笑って口を開いた。

「平等院アリス。アリスと呼んで……。よろしく……」

「あ、神崎海斗です、よろしく」

 アリスさんが自己紹介をしてきたため、俺もすぐに自己紹介をする。


「よろしく、カイ……」

 俺はアリスさんの言葉に、その表情を観察する。


 これはたまたまか?

 それとも、やはり平等院システムズで話を聞かれていた……?


 俺はどうにかアリスさんの感情を読み取ろうとするが、アリスさんの表情はポーカーフェイスみたいに無表情になっていた。

 もうアリスさんから表情を読み取れないと判断した俺は、アリスさんに気になった事を尋ねてみる事にした。


「どうしてここに?」

「アリアが……新しい服を欲しがった……」

 俺の質問にアリスさんはそう答えてきた。


 ……なるほど。

 つまり、アリアさんが服を欲しがって買いに行く事にしたから、ついて来たと言うわけか。


 なんだかこの子は会話が少し飛ぶよな……。


 いや、それよりも自分達で服を買いにいくのか?

 俺のイメージでは超大金持ちは、家の使いの者が適当にたくさん服を買い占めていたり、メーカーに特注で作らせて自分の屋敷に持ってこさせるものかと思っていたが……。


 それに、護衛が居ないのも気になる。

 誘拐でもされたらどうするのだろうか?


「自由に外出とか出来るんですか? それとも屋敷の人に許可を頂いたとか?」

 俺は不躾と理解していながらも、その事を尋ねてみた。

 まぁ、ただの興味本位でしかないのだが……。


「例え父でも……アリス達は縛れない……。それに……護衛はいる……」

 そう言って、アリスさんは少し離れた人混みの方を見る。

 すると、俺より若干(じゃっかん)年上に見える、胸が大きくて優しそうな女性が俺に向けて会釈(えしゃく)をした。


 ……え?

 あの人が護衛?

 とてもアリスさんを護れる様には見えないんだが……?


 俺はそう思ってアリスさんの方を見る。


「人を……見かけで判断すれば……後悔する……。さっきだって……カイが良からぬことを考えて……近づいて来ていたら……多分、気絶させられてた……」

 俺の視線の意味を読み取ったアリスさんは、そう言って笑った。


 まじかよ……。

 あの人はあんなに優しそうな見た目をしていて、強いのか……。

 

 てか、気絶って……漫画の世界かよ……。


 俺はついそう思ってしまう。


 いや、だって普通に考えてありえないだろ……。

 なんであんな華奢(きゃしゃ)な女性が強いんだよ……。

 色々と納得がいかないぞ……。


 俺はそう思いながらも、また別の事が気になっていた。

 アリスさんは、俺が聞きたかった事を視線や少し前にした質問から読み取って、的確に答えてきている。

 こんな人間俺は見た事が無い。


「――お姉ちゃん、お待たせ!」

 俺がアリスさんの事を見ていると、金髪ツインテールの女の子が駆け寄ってきた。

 

 平等院アリアか……。


 俺が平等院――紛らわしいからアリアさんでいいか。

 アリアさんの方を見ると、アリアさんは怪訝な表情で俺の方を見てきた。


「誰、こいつ?」

 アリアさんは、俺の横に立つアリスさんにそう尋ねた。

 

 お嬢様なのに、やっぱり口が悪いよな。

 まぁ、アリスさんも――それに西条もお嬢様口調じゃないけど……。


「友達……」

 アリスさんはまだ少ししか話した事が無い俺の事を、友達と言ってくれた。

 俺はそれに内心喜んだ。

 

 友達がかなり少ない俺にとって、その言葉は嬉しいんだよ……。


「へぇ、こいつが……」

 アリアさんはアリスさんの言葉を聞いて、俺の事を観察するように見てきた。


 嫌だな……。


 見られるのが嫌いな俺は、思わずしかめ面をしてしまう。

 

「カイ……連絡先、交換しよ……」

 俺がアリアさんの方に意識を向けていると、俺の服の袖をクイクイっと引っ張って、アリスさんがそんな事を言ってきた。

 その行動に、アリアさんが目を見開いて驚いている。

 

 アリスさんが連絡先の交換を申し込むのが、それほど珍しいのだろうか……?

 まぁ、口数が少ないし、友達とあまり交流を深めるタイプには見えないよな。


 俺はアリアさんが驚いている理由をそう結論付けると、スマホを取り出しアリスさんのスマホを受け取って、連絡先を交換した。

 アリアさんは黙ってそのやり取りを見続けている。


「はい、これで完了です」

 俺はメッセージや電話がきちんとアリスさんに繋がる事を確認すると、そう言ってスマホをアリスさんに返した。

「ありがとう……」

 アリスさんは俺からスマホを受け取ると、ニコっと笑った。


 結構笑う子なんだな……。

 

 俺はアリスさんの表情を見てそう思った。

 勝手な思い込みではあったが、アリスさんという女の子はポーカーフェイスな表情ばかりをすると思っていた。

 しかし、この少ないやり取りの間でアリスさんは何度も笑顔を見せている。

 だから、本当は表情豊かな子なのかもしれない。


「――ねぇ」

 俺達のやり取りが終わったのを確認して、アリアさんが声を掛けてきた。


「なんでしょうか?」

「あなた、名前は?」

 名前か……。

 出来ればこの人には知られたくないが――アリスさんに答えてるんだから、どうせ変わらないよな……。


「神崎海斗です」

「そう……。覚えておくわ」

 俺の名前を聞いたアリアさんは、なんだか肩からかけている自分のポーチを開けてゴソゴソとし始めた。


 そんなアリアさんに俺はこう思う。


『いえ、覚えてくれなくていいです』っと。


 だって、この人は攻撃的な性格で知られているんだぞ?

 それは俺が万が一にでも関わりたくない性格の人間だ。


 そして、この人はKAIの事について知っている。

 気まぐれで俺の事について調べられたりすれば、ひょんなことから俺がKAIだという事がバレかねない。


 そんな事になればこの人が黙っているはずもなく、俺が苦労させられるのは目に見えているだろう……。


「はいこれ、私の名刺。また時間がある時に連絡を頂戴。あなたとは今度ゆっくり話がしてみたいわ」

 そう言ってアリアさんが、ポーチから取り出した名刺入れから名刺を抜き取り、俺に渡してきた。


「は、はぁ……」

 俺は戸惑いがちにそれを受け取る。


 なんでいきなり名刺を渡されたんだ? 

 もしかして、アリスさんが『カイ』と呼んだ事で俺がKAIかもしれないと思ってる……?


 ……いや、それならアリアさんはもっとグイグイきているだろう。

 これは、ネットで噂されるアリアさんの性格が誇張されているとかではない。

 テレビでの話し方や言葉の選び方から、この人は噂通りの人間で間違いないと俺は結論づけていた。


 だから、俺がKAIとは気づいていないのだと思う。


 だが――だとすれば、なんで今度話がしたいとか言ってくる……?


「じゃあ、私達はもう帰るから」

「バイバイ……」

「あ、はい、さようなら」

 俺が考え込んでいると、アリアさん達は挨拶をして(きびす)を返してしまった。


 俺はその後も西条と合流するまでの間、アリアさんの思惑を考え続けるのだった――。





「あいつ()凄い奴なの?」

 私は神崎と別れた後、お姉ちゃんにそう尋ねた。

「いずれ……わかる……」

 お姉ちゃんは私の質問を肯定も否定もしなかった。

 だけど、これは肯定を意味している。

 

 私が何故そんな事を尋ねたかというと――姉のアリスは、私以外の人を名前で呼ばない。

 呼ぶとしたら、その人の特徴で呼んだり、例えばさっきの男の名を借りるなら、神崎の男とか神崎の子とか呼ぶの。

 

 なのに、先程お姉ちゃんは神崎の事を『カイ』とあだ名で呼んだ。


 お姉ちゃんがあだ名で呼ぶという事で、私の脳裏にはこの間知り合った男の顔が思い浮かんだ。

 その男はお姉ちゃんが『敵に回せば後悔する』とまで評価した男。

 そして、唯一お姉ちゃんがあだ名で呼んだ人間でもある。


 お姉ちゃんがあだ名で呼ぶという事は、お姉ちゃんが認めた存在だという事なんだと思う。

 だから私は、先程お姉ちゃんがあだ名で呼んだ男に目を付けた。

 余程出来る男なのは間違いない。


 ……何故お姉ちゃんが認めただけでそれほど私が気にしているかというと、お姉ちゃんの観察眼が凄いからなの。

 それに、お姉ちゃんは周りの人達から『何を言っているのかわからない、不思議な子』と評価されているけど、実際は違う。

 本当は誰よりも優れた人間なの。


 その事を知るのは、(ごく)一部の人間だけ。

 

 そもそも、お姉ちゃんが言ってる事はわけのわからないことじゃない。

 要点しか話さなかったり、必要な事しか喋らないため、お姉ちゃんの言葉が理解できてないだけなの。


 でも、元々お姉ちゃんはこんなんじゃなかった。

 学園でこそ、私の為に目立たないようにしていてくれたけど、口数は少ないまでもしっかりと話す人間だった。

 

 それがある事件をキッカケに、お姉ちゃんはこんな風に変わってしまった。


 その事件が起きたのは――今から約二年前になる。


 当時のお姉ちゃんは、中学生でありながら平等院システムズという会社を経営していた。


 何故中学生のお姉ちゃんが会社を経営していたのか、凄く不思議だと思う。

 その理由は、お姉ちゃんがそれほどお父様に期待をされていたからなの。


 幼少の頃、あまりにも賢すぎるお姉ちゃんに対して、お父様が大掛かりなIQテストを行った。

 その結果、お姉ちゃんはIQ250以上、もしかしたら300の域にまで達してるんじゃないかと言われた。


 だからお父様はお姉ちゃんに、様々な英才教育を行った。

 才能がなかった私はそんなお姉ちゃんを横目に、見よう見まねでお姉ちゃんの勉強と同じことをしていただけ。

 

 お姉ちゃんはお父様の期待通り、たくさんの知識を身に着け、そして確かな観察眼を持っていることまでわかった。


 そんなお姉ちゃんの事を、お父様は大物政治家達に紹介していった。

 そして、大物政治家達は賢いお姉ちゃんの事を気に入り、取り入ろうとした。


 ……それは、自分達がより裕福な暮らしをするために、お姉ちゃんの事を利用しようとしていたの。

 賢いお姉ちゃんがその事に気付かない筈がない。

 でも、お姉ちゃんはお父様の為に媚びを売り続けた。


 そしてお姉ちゃんの事を認めたのは、政治家達だけではなく、お母さまの繋がりで知り合ったFBAの人達もお姉ちゃんの事を認め、まだ小学生でしかないお姉ちゃんをスカウトに来た。

 FBIで大切に育てれば、より凄い子になると――。 


 だけど、お姉ちゃんはそのスカウトを断り、お父様の言う事を聞き続けた。


 そうしていると、小学校を卒業と同時にお父様がお姉ちゃんに一つの小さい会社を任せる事にした。

 とは言え、表向きはお父様が社長だった。


 お姉ちゃんはあくまで、裏でお父様にどういう経営をしたいかという指示を出すだけだった。

 それをお父様が平等院システムズの重役達に伝えるという形だったの。


 そんなある日、中学三年生になったお姉ちゃんが二つの意味でとんでもない人材を連れてきた。

 一つは、その人は高性能のアンチウイルスソフトをわずか半年という、普通ならありえない期間で完成させ、その後も短期間で様々なプログラムを完成させていった。

 そして私達が高校生になる少し前に、世界初となる驚愕なAI機能を搭載したアンチウイルスソフトを作り上げた。


 後からお姉ちゃんに聞いた話だったけど、元々それを作らせるために色々プログラムを作らせていたらしく、最後は一番最初に作らせた高性能のアンチウィルスソフトに、別で作ったAIを付け加えただけらしく、AI搭載のアンチウイルスソフトの製作期間はかなり短い物だったらしい。


 そして二つ目の驚きの理由。

 それは――そのアンチウイルスソフトを作ったのが、当時の私達と同じ中学三年生の子だった事。


 その事実はお姉ちゃんとお父様、そして私しか知らなかった。

 本当なら、他の人間に漏れる事がない内容。

 

 なのに、その事が世間で知れ渡ってしまった。

 原因は他でもない、お父様が自分のテレビ局に情報を流したからだ。


 お父様は話題性があるという事でお姉ちゃんとの約束を破り、AI搭載のアンチウイルスソフトを作ったのが中学生だという事を発表してしまった。

 ただ、視聴率を長く稼ぐために最初は名前を伏せて、後で発表するようにしていたみたいだったけど――その事でお姉ちゃんが人生で初めてキレた。


 その時お姉ちゃんがお父様に言った言葉がこれなの。

『とんでもないことをしてくれた! あれはまだ世間に出たら駄目な存在! このままじゃあ、潰されてしまう!』っと。


 そのお姉ちゃんの言葉通りだったのか、数日後に少年は死んでしまった。

 しかもその原因は事故死と発表されていたけど、実際は自殺だった。


 その時のお姉ちゃんはお父様にこういったの。

『こんな会社もういらない。アリス達を裏切った事思い知らせてやる』っと。


 そしてお姉ちゃんは大物政治家達を利用し、各方面から平等院システムズを狙い打ちにした。

 政治家達もお父様より、将来性のあるお姉ちゃんの味方に付いた。


 いや、味方に付かずにはいられなかったが正しいかな……。

 その政治家達はお姉ちゃんの助言通りに行動し、選挙の(たび)に当選していたのだから。

 いくら大物政治家とは言え、お姉ちゃんの後ろ盾が無くなる事で、落選をするリスクが出るのをおそれたのだ。


 私はその頃、お姉ちゃんが泣き叫んでいる姿も人生で初めて見た。

『こんなものを――こんなものさえ作らせなければ、あんな目にあわせずに済んだのに! こんなのもう消えちゃえ!』

 と、世界初の驚愕的なAI機能を搭載したプログラムを、お姉ちゃんは消そうとしていた。 


 だから私はそんなお姉ちゃんを止めた。

『駄目だよ、お姉ちゃん。これはお姉ちゃんとその子の思い出の物なんでしょ? だったら、これを消しちゃうとその子と関わった証も消えちゃうよ? それにこのまま消しちゃうと、あの子の努力を無駄にすることになるよ? それよりもあの子の為に、このプログラムをみんなの手に届く様にしてあげる方が良いんじゃないかな?』

 私がそう言うと、お姉ちゃんは納得してくれた。


 そして私はお姉ちゃんの代わりに、高校に入学と同時に平等院システムズを引き継ぐことにした。

 それは、お父様の陰に隠れるんじゃなく、私が表に立つという形で。

 お父様の力が無くても、私とお姉ちゃんだけでやっていけるという事を証明したかったの。 


 お父様もお姉ちゃんの暴走が収まり、私が表に立つのならお姉ちゃんが力を貸してくれるかもしれないということで、私に任せてくれた。

 結果、亡くなってしまった男の子が作ってくれたAI搭載アンチウイルスソフトを使って、平等院システムズは平等院グループの中でも上位に位置するようになった。


 その功績から私は(のち)に、新たにお父様から三つの会社を引き継ぐことになった。

 その一つは何故かお姉ちゃんがテレビ局を要求した。

 

 その理由はお姉ちゃんにしかわからないの。

 私が訪ねても教えてくれなかったから。


 そんな過去があって、お姉ちゃんは今の様になってしまった。


 だけど、今でもお姉ちゃんは私に力を貸してくれている。

 とは言っても、ほとんどの事は私がやってて、お姉ちゃんはこれ以上踏み込むと危ないって所でストップをかけてくれる役目だった。

 ただ、そのおかげで私は周りから、『攻撃的なスタイルなのに深追いをしない、退くタイミングを見極める事が出来る、ヤリ手女子高校生社長』として、評価されるようになった。


 後、お姉ちゃんが言う事に間違いなんてない。


 前も私が、『KAIにAI搭載のアンチウイルスソフトの改修を依頼したいの。でも、彼は他人が作ったプログラムを改修しない事で有名だから、どうにか引き受けてもらえるようにできない?』と聞いた所、お姉ちゃんは『依頼報酬を二千万にすれば良い』と言った。


 KAIが高額報酬の依頼を引き受けない事は有名だったため、その事をお姉ちゃんに尋ねると、『大丈夫』と答えた。


 結果――本当にKAIに依頼をする事が出来た。 


 あのKAIに依頼をするのは、宝くじの一等をあてるようなものとまで言われた事を、お姉ちゃんは簡単にこなした。

  

 それと、KAIに依頼を出した日から、毎週土曜日はお姉ちゃんが出かけるようになった。

 多分、KAIに会いたかったんだと思うけど、何故土曜日だけなのかわからなかった。

 

 ただ、KAIとの契約が成立した日と同時にお姉ちゃんは次の週から土曜日に出かけなくなった。


 多分だけど、お姉ちゃんはKAIに会っている。

 いや、それどころか、KAIの正体を元から知っていたと思う。


 それが大物政治家達を利用して知ったのか、他の理由なのかはわからないし……そもそもたまたまなのかもしれないけど……。


 ただ、先程の男の名前が『神崎海斗』というのが頭に引っかかった。

 その名前は、昔何処かで聞いた事がある気がする。


 もしかしたら――どこかで出会っていて、彼がKAIなのかもしれない。


 と、一瞬頭に(よぎ)ったけど、それはないと思った。

 だって、KAIは四十代の男性として知られている。

 もうそれはほぼ間違いないとの事だった。


 それにKAIほどの技術を、私達と同じくらいの彼が身に着けれるとは思えない。

 それこそ、亡くなった少年くらいの才能が無い限りね……。


 でも、あれほどの才能が現れる事はもう無いと思う。


 当時のお姉ちゃんは、彼の事をよく楽しそうに話してくれた。

 彼はお姉ちゃんの予想を遥かに超えた存在だった。

 お姉ちゃんの予想を超える事が出来た人間など、私は他に知らない。


 彼はそれほどの才能を持った子だったの……。


「――なんであんたがここに!?」

 私が過去を思い返していると、なんだかそんな声が聞こえてきた。


 私は声を発したであろう、目の前に居る金髪の女子を見る。

 金髪に染めた髪を真っ直ぐに下ろし、ネイビーワンピースを着たその姿はまるで、隣に居るお姉ちゃんみたいだった。


 だけど、私の知り合いにこんな金髪の子はいない。

「急に何? 私あなたなんて知らないんだけど?」

 

 私はそう言いながら、もう一度目の前に居る女の顔を見る。

 そいつは何故か、私に憎しみの感情を向けてきている。

 

 いや、この顔どこかで……。


「…………なんでもない」

 そう言って、目の前の女は表情を元に戻し、私の隣を通り過ぎようとする。


 ……思い出した!


 私はこの女が誰か思い出すと、すぐに腕を捕まえた。

「一体どうしたの、その髪は? もしかして私達の真似をしようとしたのかしら、負け犬雲母(きらら)?」

 私がそう言うと、雲母は怒りの表情をする。


「痛いんだけど……」

 だけど、表情とは裏腹に、言葉は弱々しい。


「いいじゃない、ちょっと話しましょうよ。私に負けて泣きながら学園を去った雲母ちゃん?」

「――っ! あれはあんたが卑怯な事をしたんじゃない!」

 私の言葉に雲母が食い掛ってきた。


 ……へぇ、あれだけの目にあわされても、まだ心が折れてなかったんだ。


 やっぱこいつは叩き潰しておかないと駄目ね。


 それに、良い事を思いついた。

 もうすぐあれが発表される頃なのよね。


 私はポケットに腕をツッコミ、常備しているボイスレコーダーの電源を入れる。

 取引ばかりしている私は、いつでも証拠を残せるようにボイスレコーダーを持ち歩いていた。


 私は目的のために、雲母を(あお)る事にする。

「卑怯? あれは(むし)ろ馬鹿正直に勝負に臨んだあんたが悪いでしょ? あれはまっとうな手段よ?」

「よくもいけしゃあしゃあと――!」


「でも、そうね……。あなたがあの結果に納得いかないんだったら、もう一度勝負してあげるわよ?」

「どうせまた卑怯な手を使う気なんでしょ……?」

「そう、そんなに心配なら、株で勝負をしない? 私は株の知識が一切ないし、不正のしようがない」

「……信じられない。それに、どうせただ勝負するだけじゃないんでしょ……?」


「えぇ、私が勝ったら、雲母の所有する西条財閥の株を全てもらうわ」

「そんな事できるわけが――!」

「ただし――」

 私は反論する雲母の言葉を遮る。

 この条件を雲母が引き受けるわけがないのは、理解してるから。


「私が負けたら、あなたのかけた株の倍の値段分の、平等院財閥の株をあなたにあげるわ」

 そう、これなら雲母は迷うはず。

 西条財閥の娘である雲母は、かなりの株をもってる。

 その倍の株ともなれば、報酬に目が眩むはずだ。


 案の定、目の前の雲母は目を揺らし、迷っていた。


「……受けない……」

「え?」

「もう……お金なんていらないもん……」


 雲母は私の予想を裏切った。

 先ほど迷っていた目はなんだったのか、今は強い意志が宿った目で私の方を見返してきた。


 それに、お金がいらないなんて、私達の世界で育った人間の言う事とは信じられなかった。

 一体、私が知らない間に何が雲母にあったのか……。

 

 その事は気になるけど――私はこいつとは結構長い付き合いだ。

 だから、こいつが勝負を受ける様にするポイントは知っていた。


「ふ~ん、また逃げるんだ~? まぁ、そうでしょうね。これで負けたりしたら、いよいよあなたは家から見放されるもんね?」

 私の言葉に雲母は眉をピクっとさせる。

「西条の家の(かく)もたかが知れるってものよね? あんたみたいなビビりが育つ家ですもん。どうせあんたの周りに集まる人間も、負け犬みたいな人間ばかりでしょ?」

 私が言った言葉に、雲母の顔色が変わる。


 こいつは昔からそう。

 自分が馬鹿にされるより、自分の周りに居る人間を馬鹿にされる方が怒る。

 しかもそれが大切な人間の事ともなれば、もうこいつは後先を考えない。

 

 そう――昔みたいにね。


「こんな破格な報酬を目の前にして逃げるなんてね。まぁ、いいんじゃない? 弱者は弱者で、隅っこにいって傷のなめ合いでもしてなさいよ」

「――じゃない……」

「え、なんて? 聞こえないけど?」

「海斗は弱者じゃない! あんたより遥かに凄い人よ!」

 私はその言葉を聞いて、笑いそうになるのを我慢する。


 本当にチョロい。


 それに海斗か……。

 これでお姉ちゃんが先程の男と一緒に居た理由がわかった。


 神崎は雲母と間違えて、お姉ちゃんに声を掛けたんだ。

 そして今の発言。

 

 このまま勝負となれば、雲母は十中八九神崎の事を頼る。

 つまり、あの男の力量を知る事が出来る。


 私はお姉ちゃんの方を一瞬見る。


 お姉ちゃんは私を止めるそぶりは見せなかった。

 

 お姉ちゃんも雲母と神崎が知り合いだという事に気付いてるだろうから、神崎が介入しても問題ない、負けないという判断だと思う。


 よし、このまま雲母に勝負を引き受けさせよう。


「どうだか。だって、あなたみたいな負け犬と一緒にいる男でしょ? たかが知れてるじゃない」

「そんなことない! 何も知らないくせに言わないで!」

「じゃあ、証明して見せてよ」

「え……?」


「勝負で証明して見せてって言ってるの。そこまで言うんだから出来るでしょ、勝負」


「……わかった」

 私の言葉に、雲母は頷いた。

 私は勝負の成立に口元をにやけさせる。

 

「OK。じゃあ、勝負内容の説明とルールを説明するわ」

「ルール?」

「そう。といっても、難しい事じゃない。まず、資金は不正が出来ない様に、このアプリに予め入れた10万円のみとする。これはどういった経緯でお金が移動したかが日時付きでわかるから、やり直しなどの不正は無理。そして、丁度二週間後の17時。予め買っておいた株の総額の金額のみを提示して、その時間で持ってる株価の総額を競うってわけ」


「つまり、株を売ってお金にするんじゃなく、株を持ったまま株価の総額を競うって事?」

「そう言う事。ルールはそれだけ。他に縛りは無いわ」

「わかった」


「じゃあ、そう言う事だから――あ、それと負けそうになって逃げるなんて無理だからね?」

 そう言って、私は先程から録音していたボイスレコーダーをポケットから取り出す。

 雲母は一瞬驚いた表情をしたけど、すぐに顔を引き締めた。


「別に逃げない」

「そっ、じゃあ、二週間後にまた会いましょう」 

 私はそう言って、連絡先だけ交換し、雲母に背を向けた。


 本当に馬鹿よね。


 この勝負を引き受けたという事は株の知識もあって、勝てる自信があったのかもしれないけど――この勝負を引き受けた時点で、あなたの負けなのよね。


 私は自分の勝利を確信しながら、帰路へとつくのだった――。

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