第43話「咲姫のプラン」
「いいじゃん、乗ろうよ!」
「勘弁してくれって……」
現在、俺と桃井は軽く言い合いをしていた。
というのも――
「なんで、メリーゴーランド一緒に乗ってくれないの!」
と、桃井がメリーゴーランドに一緒に乗ろうと言ってきかないからだ。
どうも桃井は、メリーゴーランドに乗りたくて仕方ないらしい。
やっぱりちょっと子供だなっと思ったりはしたが、俺はそんな桃井に『良いよ』と言った。
ただし、それは桃井が一人で乗るものと思っていたからだ。
なのに、桃井は俺も乗らないといけないとか言い出した。
別に、馬車とか車とかで二人乗りがしたいわけではないらしい。
ただ、近い馬に乗り合いたいそうだ。
はっきり言おう……無理だ!
そんな恥ずかしい事出来るはずがない!
「だからな、いい歳した男がそんなもの乗るわけにはいかないだろ?」
「周りを気にしなければ関係ない!」
「気にするわ!」
「むぅ……」
俺の言葉に、桃井がまた拗ねた。
というか、『むぅ……』と言うのが気に入ったのか?
最近桃井の口からよく聞く。
「今日誕生日なのに……」
「うっ……」
桃井が拗ねたと思っていたら、今度は悲しそうな表情で俯いてしまった。
あぁ、もう!
その表情はずるいだろ!
「わかったわかった。ただし、一回だけだぞ?」
結局、桃井の表情に折れた俺はそう言った。
「本当!? やったぁ!」
桃井はそう言うと、笑顔で列に並んだ。
……列に並んでるのは、友達同士で連れ合っている子供か、子連れの親が多い。
中にはカップルっぽい男女も居るのは居るが、やはり周りが子供ばかりの為目立っていた。
俺はその男の方に同情をする。
きっと俺と同じように、彼女から我が儘を言われたのだろう。
まぁ桃井は俺の彼女じゃなく、義姉なんだがな……。
まだ彼女と乗る男の方が、気持ち的にマシかもしれない……。
なんで、俺まで乗らないといけないんだ……。
俺はそんな風に考えながらも、恥ずかしいのを我慢して桃井の横に並ぶのだった――。
2
「次は、これに乗りたい!」
そう言う桃井が指した乗り物は、コーヒーカップだった。
先程のメリーゴーランドよりは、まだ比較的マシな乗り物だ。
さっきは本当、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだった……。
いざメリーゴーランドに乗ると、何故だか桃井は凄く良い笑顔で俺の方ばかり見つめてくるし、周りの一般客は男も女も、何か俺達の方を指さして言っていた。
何を言っていたのかは距離があるため聞き取れなかったが、あれはきっと『いい歳してメリーゴーランドに乗ってるよ』と、馬鹿にしていたに違いない。
桃井はきっと、恥ずかしがる俺を面白がって見ていたのだろう。
本当に、もう二度とメリーゴーランドには乗らないと心に決めた。
そんな思いをしたメリーゴーランドよりは、比較的コーヒーカップの方がマシだ。
――そんな考えは、まるで嘲笑うかのように、桃井によって吹き飛ばされた。
「桃井……近くないか……?」
「そ、そんな事ないもん! これくらいで乗るのが、コーヒーカップの正しい乗り方だもん!」
現在俺達は、お互いの肩がぶつかりそうな距離でコーヒーカップに乗っていた。
桃井がこの距離が普通なんだと言って、聞かないからだ。
おかしい……。
何故、俺の真正面の席が空いているのに、真横に座るのが正しいんだ……?
俺はその疑問がぬぐえなかったが、桃井がまた頑固になっているのと、今日は桃井の誕生日だから仕方ないという事で、俺は素直に従った。
ただ――今日の桃井は凄く可愛い為、こんな至近距離で居ると、やはり顔が熱くなってきてしまう。
そして、相も変わらず一般客の視線は俺達に集中している。
『お前達折角遊園地まで来て、他の客を観察して楽しいのか?』と、問い詰めたくなるが、あまりにも人数が多いのと、コミュ障の俺にそんな事が出来るはずもなかった。
「わぁ、楽しいね!」
一緒にコーヒーカップを回している桃井が、そう言って笑顔を俺に向けてきた。
俺はそんな桃井から、やっぱり顔を逸らす。
駄目なんだって……。
今日のこいつは本当に可愛くて、直視できないんだ……。
とはいえ、桃井をこのまま放っておくわけにもいかない。
「そうだな」
だから俺はそう短く、桃井に答えた。
……うるさい、頭が上手く回ってないんだよ!
言葉が思いつかないんだ!
しかし、桃井は俺が短く答えたのをあまり気にした様子はなく、ニコニコと笑っていた。
俺はそんな桃井を見てホッとする。
今日は桃井の誕生日なんだから、彼女にはしっかり楽しんでほしいからだ。
……だからと言って、もうメリーゴーランドは乗らないぞ?
それとこれとは話が別だ!
俺は頭の中で、若干トラウマになりつつあるメリーゴーランドだけは、断固として拒否をする。
そして、俺達はコーヒーカップから降りると、今度は観覧車に向かった。
もう当然と言っていいのかわからないが、やはり桃井は観覧車でも俺の隣の席に座ってきた。
狭い密閉空間でこんな風に近寄られると、本当気が気でなくなる。
何故桃井は、こんな状況で余裕綽々で居られるのか、不思議で仕方なかった。
余程、俺の事を男として見ていないのだろう……。
「わぁ――ここからだと街の景色が良く見えるね!」
観覧車が頂点に近づいていくと、桃井が景色を見ながら嬉しそうにそんな声を出した。
ここから見える景色は俺達の街ではないが、眺めが良いから喜んでいるのだろう。
俺はそんな桃井を見ていると、なんだか色々と複雑になり、溜息をつきたくなるのだった――。
3
えへへ、海君と隣り合って観覧車に乗っちゃってる……。
さっきはコーヒーカップでも隣に座れたし、メリーゴーランドも一緒に乗ることが出来た。
それらは私が目星をつけていた、カップルが遊園地でデートするなら絶対に乗りたい物という奴だった。
メリーゴーランドでは海君が凄く嫌がったけど、結局は一緒に乗ってくれたし、最初にハードルが高い物に乗せたから、本当なら恥ずかしがりそうなコーヒーカップはすんなりと受け入れてくれた。
そして、その時に隣り合って座った事から、観覧車で隣に座っても何も言わなかった。
これらは今日の為に、私が考えてきたデートプランだった。
本当なら海君に引っ張って行ってほしいという気持ちはあったけど、多分海君の事だから私の意見を聞きたがると思ってた。
だから、事前にデートプランを考えてきたの。
これで少しでも海君が私の事を意識してくれたらいいなぁって思って考えてきたんだけど――結果は、予想以上に意識してくれてるみたい。
だってさっきから海君の頬が赤くなってるもん。
それに、恥ずかしがる海君はやっぱり可愛いと思った。
だから、もっと困らせてみたくもなる。
でも、あまり調子に乗ると海君を怒らせちゃうし、前みたいに自滅しかねないから、その辺は気を付けないと……。
後、これは自衛でもあった。
私が海君を引っ張る事で、ジェットコースターに乗らない様にするという狙いなの。
……だって、ジェットコースターって凄く怖いじゃん!
あんなの人が乗る物じゃないよ!
なんで、逆さになったりするの!
それに、体を抑えるのがレバーだけってのもおかしいじゃん!
ちゃんと体固定しないと、レバーが誤作動であがっちゃったらどうするの!
私は絶対にジェットコースターは乗りたくない。
だから、海君を上手く誘導する!
「――なぁ、大人しい乗り物ばかり乗ってたから、気分転換もかねてジェットコースターに乗りたくなったんだが、いいか?」
「あ、うん!」
私が考え事をしていると海君が話しかけてきたため、咄嗟に返事をしてしまった。
……え?
今、なんて言ったの……?
ジェットコースター……?
「海君って、ジェットコースターが好きだったの……?」
「いや、普通くらいかな。ただ、大人しいのにばかり乗ったせいか、刺激が欲しくなった。もし怖いならやめるぞ?」
「ううん、大丈夫!」
私は海君の質問に、そう答えた。
……だって、仕方ないじゃん!
海君が乗りたいって言ってるんだもん!
断れるわけないじゃん!
でもでも、私がジェットコースターにだけは乗らないようにするって、決意を固めた瞬間にこうならなくてもいいじゃん!
いくらなんでもあんまりだよ!
それに、ジェットコースターが好きってわけじゃなく、ゆっくりした物ばかり乗ったせいで乗りたくなったって、結局は自滅じゃん!
なんで上手くいってると思ったら、いつもこうなるの!?
もう勘弁してよぉ……。
私は涙目になりながらも、この後海君と一緒にジェットコースターに乗るのだった――。