第38話「ポンコツ教師はやはりポンコツ」
「――先生、ちょっといいでしょうか……?」
「はい、なんでしょうか海斗ちゃん?」
「あなた……一体何をしてくれてんですか!」
俺はそう言って、隣に苦笑いで立っているポンコツ教師を睨む。
「あはは――――ごめんなさい!」
ポンコツ教師はガバッと頭を下げながら、俺に謝ってきた。
現在昼休み――俺は西条と一緒に桜ちゃんを迎えに行っていると、急に涙目で走ってきたこのポンコツ教師に拉致られて、生徒会室に連れてこられたのだ。
その勢いは、あの西条でさえポカーンとするほどだった。
そしてこのポンコツ教師が今回やらかしたのが――前に俺が桃井の為に作ったマクロを、ただのゴミファイルにしてくれたのだ……。
いや、ゴミファイルと言っても、ゴミ箱に捨てたわけではない。
むしろ、そちらの方が遥かに良かった。
この教師は、俺が作ったプログラムを使えなくしていたのだ。
だから、俺に助けてくれと泣きついて来たらしいが――
「そもそも、どうして俺が作った事を知ってるんですか……?」
俺はまず最初に思った疑問を尋ねた。
「ん……? 桃井さんが凄く嬉しそうに自慢してたからだけど? ただ、名前は言わなかったけど、海斗ちゃんだなって思ったの」
頬に人差し指をあてながら、如月先生はそう言ってニコッとした。
「ちなみに桃井はなんて言ってたから、俺だってわかったんですか?」
「え? まぁ、家族が作ってくれたって言ってたけど、なんだか照れ臭そうにしてたから、お父さんの方じゃなくて、姉弟になったばかりの海斗ちゃんだろうな~って。……ちなみに、生徒会役員一同、その時の桃井さんの表情に驚いておりました」
最後の言葉を言い切る時に、如月先生はビシっと敬礼したが、誰もそんなもの求めていない。
それよりも、本当にこのポンコツ教師には驚かされる。
本当にポンコツなのか……?
いや、俺が勝手にそう呼び出しただけではあるのだが……。
それにそう言えば、ポンコツ教師も一応教師なのだから、俺達が家族になったのを知っててもおかしくない。
生徒数が膨大の学園ではあるが、自分が顧問を務める生徒会の一員である桃井の家庭事情を知っていても、おかしくないという事だ。
ただ、俺が作ったプログラムを完膚なきまでにゴミクズにしてくれたのだから、この教師がポンコツなのは間違いないだろう。
なんせ――シート名は変えてあるし、パスワードを解除しない限り弄れない様にしていた部分に置いていた、動作をスタートするボタンが無くなっている。
それどころか、プログラムに理解がないこの教師が弄れるはずもないのに、俺が書いていたソースコードを全て消し去っているのだ。
最早悪意しか感じない……。
この人、本当にわざとやったんじゃないだろうな……?
「とりあえず、シートのパスワードはどうやって解除したんですか?」
俺がそれについて尋ねると、ポンコツ教師はそれはもう良い笑顔で答えてくれた。
「なんか適当にクリックしてたらパスワードを入れてって出たから、直感でパスワードを入れてみたら解除できた! やっぱり私は勘が鋭いんだね!」
このポンコツ、自分が悪い事をしたと理解しているのか……?
何普通に自慢してるんだよ……。
確かに俺も安易にシート名に0をつけるだけのパスワードにしてたけど……そもそも、わざわざ解除するなんて思わないじゃないか……。
というか、キーボード入力はきちんと出来るのか?
「先生、キーボードはきちんとうてるんですか?」
俺はその事が気になり、如月先生に尋ねてみた。
「もちろん、出来るよ?」
「なら、どうして桃井の資料作成を手伝ってやらないんですか?」
桃井からは、先生が機械音痴だから任せられないと聞いていたが、キーボード入力が出来るなら問題ないはずだ。
「一回手伝った事があるんだけど――二度とパソコンに触らないで下さいって言われたの……」
そう言って、如月先生は落ち込んでしまった。
俺は如月先生の言葉に全てを理解する。
多分このポンコツ教師は今回の様に、大切なファイルを無茶苦茶にしたのだろう。
……なら、何でこの人は性懲りもなくこのプログラムを触ってるんだよ……。
俺はその事が気になったが、能天気な答えしか返ってこないだろうと思い、聞くのをやめた。
「……じゃあシート名を変えて、ボタンを無くしたのは?」
「シート名は弄ってたらなんか変更しちゃって、戻そうとしても戻せなくて――そうこうしてたら、ボタンも知らない間に消えちゃった!」
「……なら、俺が書いたソースコードを全て消したのは?」
「ソースコード……? あ、英語みたいな文字が一杯書いてるのなら、この二つのボタンに手が当たっちゃったんだ。そしたらなんか出てきちゃって、とりあえず消しとかないとまずいと思ったから消しちゃった!」
「――あんたもう、本当にパソコンを触るな!」
相変わらず悪気を持たない笑顔で、そんな事を言うポンコツ教師に俺は反射的に怒鳴ってしまった。
もしこれで『てへっ』とか言っていたら、俺は普通に頭を叩いていたかもしれない……。
「うぅ――海斗ちゃんが怒った……」
「そりゃあ、こんな馬鹿みたいなことをされたら怒りもしますって……」
それよりも……嘘だろ……?
その二つのボタンは離れてるし、片方は滅多に触らない所にあるだろうが……。
何より、わからないものが出てきたらまず弄るなよ……。
とりあえず消すってアホか……。
しかもなんで保存してるの?
普通、無茶苦茶したら保存せずにしまうだろ?
でも、それも聞くだけ無駄だろう。
どうせ聞いても、『保存が常識でしょ?』とか言いそうだからな……。
しかし――ここまでされると、昼休み中に直すのは流石に俺でも無理だ。
ただ、手が打てないと言う訳ではない。
「桃井のパソコンがパスワードをかけていなかったんですから、他の役員のパソコンも開けるでしょ? 俺は桃井にこのプログラムを渡した時に、みんなにも配って負担を分担するように言ってるんで、そのパソコンから移せばいいだけです」
俺はそう言って、別の役員のパソコンがある方を見る。
パスワードを掛けていない事は、帰ってからしっかりと桃井に説教しておくとしよう。
というか、『どんだけ生徒会は駄目なんだ』と、本気で問い詰めたい……。
パソコンにパスワードを掛けるのなんて、常識だろうが……。
「あ――桃井さん以外、それもってないよ? だから、私も桃井さんの目を盗んでさっき使ってたわけだし」
「え……?」
俺が他の役員のパソコンを立ち上げようとすると、如月先生がそんな事を言ってきた。
「桃井さんそのプログラムを大事そうにしてて、『全てパソコン業務は、いつも通り自分が引き受けます』って言って、誰にも配ってないよ?」
「まじですか……」
俺は予想外の流れに頭を抱える。
何をしてるんだよ、あいつは……。
パソコン入力が遅い生徒会役員でも出来るようにプログラムを組んだのに、お前が全て引き受けてたら、結局はお前が負担を全て背負い込むことになるのに……。
「愛されてるね~海斗ちゃん」
「は?」
俺が桃井の行動に理解が出来ずに頭を悩ませていると、ポンコツ教師が相変わらず意味不明な事を言い出した。
「なんでもないよ。それより、それを早く直してくれないとお昼休み終わっちゃうよ?」
こいつ……。
何故、自分で無茶苦茶にしておいて、こうも他人事なのだろうか?
しかも、すぐに直ると思ってるのが余計ムカつく……。
「残念ながら、今は直せません。家に帰れば元のプログラムがあるので、明日持ってきますよ」
「――駄目! そんな事したら、私桃井さんにやられちゃうよ!」
……え?
俺は、先程の俺の言葉に涙目で泣きついて来た、如月先生に驚く。
なんでこんな急に必死になったんだ……?
「海斗ちゃん知らないの!? 女の子って自分の大切な物に手を出されると凄く怖いんだよ! しかもそれがあの桃井さんともなると、先生学校来れなくなっちゃう!」
そう言って、先生はブルブルと震えていた。
あぁ、だからあんなに血相変えて俺の事を拉致ったのか……。
まぁ、桃井にとってこのプログラムが大切なのはわかる。
なんせ、これが無いとまた地道でしんどい作業に逆戻りなのだから。
というか――
「なんでそこまでわかってて、このプログラムを弄ったんですか……?」
俺は端からの疑問を聞いてみた。
そもそも、このポンコツ教師が桃井の目を盗んで勝手にプログラムを弄らなければ、こんな事にもならなかったのだ。
「だって……桃井さんが凄く自慢してきたのに、全然触らせてくれないから……」
先生は唇を尖らせながら、拗ねたようにそう言った。
あいつもあいつで何をしてるんだよ……。
自慢なんかせずに、他の人にきちんと配れよ……。
それに、そんな事したら学校での桃井のイメージまで崩れ始めるぞ?
――俺は桃井の子供っぽさに呆れながら、先生に話し掛ける。
「だとしても、やっぱり家に帰らないと無理ですよ?」
「だったら先生が許すから、今から早退して取ってきて!」
「おい教師!!」
この人は一体何を言ってるんだ……。
いくら桃井に怒られたくないからって、元気な生徒に早退を勧める教師が何処に居るんだよ……。
「だってぇ~……」
如月先生は涙目で蹲った。
えぇ……いくら蹲られても、どうしようもないものはどうしようもない。
……あ、いや――。
「多分、桃井がプログラムを持ってるはずです。あいつから上手く貰ってきてくれれば、対応できますよ?」
俺がプログラムを作って桃井に渡した時に使った奴を、まだ桃井から返してもらっていない。
だから、あいつが今も持ってるはずだ。
「海斗ちゃんがとってきて……」
「えぇ……」
「だって、私が貸してって言っても絶対貸してくれないもん!」
「確かに……」
俺はポンコツ教師の言い分に納得した。
誰がどう考えても、このポンコツ教師にプログラムなどを渡したりはしないだろう。
無くすか消すのが関の山だからだ。
「でも、俺あいつの連絡先を知らないですし……教室まで取りに行くとか無理ですよ?」
「なんで家族なのに知らないの……」
「ほっといてください……」
俺だってつくづく思ってるんだ。
なんで家族なのに連絡先を交換しないのかってな……。
でも、聞くのが怖いんだから仕方がない。
「とりあえず、海斗ちゃんがとってきて!」
そう言って、如月先生が俺の肩に両手を置いてきた。
「絶対嫌です!」
当然俺は拒否をする。
桃井に学校で話しかけようものなら、後で何を言われるか分かった物じゃない。
それは桃井と他の生徒、両方からな……。
「海斗ちゃん、どうせ桃井さんの誕生日が近いのに、まだ誕生日プレゼント決めてないんでしょ?」
少しの間二人で睨み合っていると、急に如月先生がそんな事を言ってきた。
「うぐっ……仕方ないじゃないですか。女の子にプレゼントって何を買ったらいいのかわからないんですから……」
俺はそう正直に答えた。
わかってる、わかってるんだ。
もうすぐ桃井の誕生日。
挙句に姉弟三人で遊びに行くんだ。
それなのにプレゼントの事を忘れるほど、俺は馬鹿ではない。
だがしかし――桃井が喜びそうな物がわからないのだ。
過去に一度、女の子にプレゼントを贈った事はある。
それは――春花の誕生日にだ。
俺は春花の誕生日に、髪留めをあげた。
ただそれは、俺が春花と遊んでる時に春花が欲しそうに見ていたから、プレゼント出来たのだ。
今の桃井が何を欲しがるかなんて、俺にはわからない。
いや、ラノベとか贈れば喜びそうだが……女の子の誕生日プレゼントにそれはどうなんだと思う。
だから、俺は困っていた。
「そんな海斗ちゃんにお勧めの良いお店を紹介してあげましょう! ただ、やっぱりプレゼントは海斗ちゃんが選んだのが良いと思うから、そこからは頑張りなさい。でも、教える代わりに――」
「桃井からプログラムをとってこいって言うんでしょ……?」
「その通り!」
俺が如月先生の言葉を遮り尋ねると、如月先生は凄く良い笑顔で頷いた。
まぁ確かに……この先生のお勧めなら信用できる。
意外とこのポンコツ教師はファンションセンスが凄く良いのだ。
――うん、職業選択をミスったなと思うくらいにな……。
だから、きっと桃井が喜びそうなのが見つかると思う。
………………仕方ないな……。
これも桃井を喜ばせるためだ……。
「わかりました、行ってきますよ……」
「やったぁ! じゃあ、いってらっしゃ~い」
俺はポンコツ教師の呑気な声に見送られ、桃井の教室に向かうのだった――。
なんで俺が……。
――と、もちろんあまりの理不尽展開に、納得がいかない俺でもあった――。