第37話「妹の秘密」
「――えへ、えへへ」
桜は今、教室の自分の席でお兄ちゃんと撮ったプリクラを眺めてた。
このプリクラはお兄ちゃんと撮った、桜の宝物。
そこには普段とは違って目がきちんと見えて、服装も髪型もキマったお兄ちゃんと、猫耳メイドというらしい恰好をした桜が写ってる。
別にお兄ちゃんがカッコイイ事は知ってたし、普段見た目を気にした事は無いけど――やっぱり、桜のお兄ちゃんは凄くカッコイイと思った。
お兄ちゃんは桜の目が良い人と判断をした人だった。
別に良い人と判断したからと言って、優しい人とは限らないよ?
その人の事を考えて叱ってる人も、怖いけど良い人と言うのが桜の目の判断基準だもん。
でもお兄ちゃんは、性格も凄く優しい。
桜の事を凄く可愛がってくれるから、桜はお兄ちゃんの事が大好き。
そして――二度も桜が困ってるとこを助けてくれた人でもある。
――だから、やっぱり大好きなの!
過去の憧れのお兄ちゃんだった人が、本当のお兄ちゃんになった時は凄く嬉しかった。
だから、凄くベッタリくっついてみた。
でも、最近はお姉ちゃんが家に帰ってからお兄ちゃんを独占しちゃってる。
確かに、学校から家に帰るまでは桜がとっちゃってるけど、桜は学年が違うせいでお兄ちゃんと少ししかいられないんだから、家でずっとお兄ちゃんをとるのはずるいと思う。
だけど……やっぱりお姉ちゃんも大好きだから、邪魔はしたくない……。
う~ん……どうしたらいいのかなぁ……?
三人仲良く一緒にゲームしても良いのに……。
……でも、桜にはちょっとあのゲームをするのは無理だよね……。
お兄ちゃん達気づいてないのかな……?
音量下げててもイヤホン付けてないから、耳をすませば廊下にも聞こえてくるんだよね……。
二人で変なことしないといいけど……。
……それにしても、猫耳メイドは恥ずかしかったよぉ~……。
桜は一度視線を両手で持ってるプリクラに向けて、そう思った。
でもでも、お兄ちゃんめちゃくちゃ喜んでくれてたから、やっぱりやってみてよかったと思った。
今度は何を着てあげたら喜ぶかな……?
やっぱりアニメキャラのコスプレかなぁ?
「――桃井さん、ちょっといいかな?」
桜がお兄ちゃんに喜んでもらう為に着る服を考えてると、クラスメイトの男の子が話しかけてきた。
ジー……。
桜はその男の子の顔を見る。
男の子は優しい笑顔を浮かべていた。
「ちょっと話を――」
――アウト……!
桜はそう判断すると、席を立って駆け出した。
「あ――ちょっとまって! ……また逃げられた……」
桜が駆け出してすぐ、背中の方から男の子のそんな声が聞こえてきた。
桜は申し訳なく思いながらも、そのまま走る。
これはお姉ちゃんにも話した事がないけど――桜の目はどうしてかわからないけど、昔から人の考えてる事とその人が良い人かどうかが、なんとなくわかるの。
今まで――その判断が間違った事はなかったと思う。
そしてさっきの人は、明らかに下心をもってた。
だから、桜は逃げるの。
変な目で見られるのも嫌だし、言葉を交わすのが怖いから……。
「あ――桃井妹、そんなに走ると危ないよ?」
そう言って、桜の目の前に金髪のお姉さんが現れた。
「海斗のとこに行くの?」
「はい……」
桜はお姉さんの質問に頷くと、お姉さんの顔をジーっと見る。
……多分……大丈夫……。
このお姉さんはいつもお兄ちゃんの横に居る、西条先輩と言う学校一のお金持ちの先輩だった。
初めて見た時、桜はこの人の事を気持ち悪い――壊れているとさえ思った。
お兄ちゃんへの好意に隠された憎悪、後悔、喜び、至福、嫌悪。
そう言った感情が、このお姉さんの中には渦巻いているように見えた。
もっとも激しかったのは、憎悪だった。
ただ、それがお兄ちゃんに向けられていたわけではない。
一体誰に向けられているのか――それは桜にもわからなかったけど、この人は危険と言う事だけはわかった。
でも、今はそんなのが感じられない。
……ううん、少し憎悪と嫌悪の色は見える。
だけど、そんなのは誰でも持ってると思った。
桜の大好きなお兄ちゃんでさえ、たまにその色は見せる。
それでも桜が大丈夫だと判断したのは、このお姉さんが良い人だと私の目が判断してたから。
前に見た時は明らかに悪い人って感じだった。
何があったのかはわからないけど、お兄ちゃんが絡んでいる事だけは間違いないと思う。
……お兄ちゃん、このお姉さんに『傍に居たいなら居て良い』って言ったらしいの……。
お兄ちゃんの傍は桜の特等席なのに……。
でも、この人が別に桜達に何もしてこないのなら、それでも良いと思ったの。
みんな仲良くが、一番幸せだから。
だけど……どうしてかな……?
お兄ちゃんがこのお姉さんや、桜のお姉ちゃんと一緒に話してると、少し胸がズキっとする事があるの……。
お兄ちゃんもお姉ちゃん達も仲良く話してるだけだから、別に心配する事なんてあるはずないのに……。
何かの病気なのかな……?
……こわいなぁ……。
でも、そんな痛みもお兄ちゃんと話してたら全く気にならない。
それに、お兄ちゃんは傍に居るだけで甘やかしてくれるから、凄く幸せな気分になれる。
だから、今日もお兄ちゃんに会いに行こう――と。
――桜はそう思いながら、金髪のお姉さんと一緒にお兄ちゃんの元に向かうのだった――。