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第36話「兄の好みを理解している義妹」

「――おいしいね、お兄ちゃん」

「そうだね」

　俺達は今、スパゲッティを食べに来ていた。

　俺はほうれん草とベーコンのスパゲッティで、桜ちゃんはカルボナーラだ。

　桜ちゃんは口が小さいせいで食べるペースが遅い筈なのに、俺のペースに負けないようにか、口の中一杯にスパゲッティを放り込み、リスみたいにモグモグと食べていた。

　それも可愛いからもっと見ていたい気はするけど、あまり急がせて食べさせるのは可哀想だ。

「桜ちゃん、自分のペースで食べていいからね」

「でも、お兄ちゃんともっと一緒に遊びたいから、早く食べる！」　

　俺がゆっくり食べるように言うと、桜ちゃんはそんな嬉しい事を言ってまたモグモグと食べだした。

　……俺と一緒に遊びたいから早く食べるって、可愛すぎるだろ……。

　俺は桜ちゃんの言葉に顔のニヤニヤが止まらなくなりそうだった。

　ん……？

　桜ちゃんの口元にクリームが付いてるな……。

「桜ちゃん、ちょっとまって」

「え？　――ん」

　俺は桜ちゃんが食べるのを止めると、紙ナプキンでクリームをとってあげた。

「ハハ、桜ちゃん急いで食べてたから、クリームが口元についちゃったんだね。本当にゆっくり食べていいから」

　俺が笑顔で桜ちゃんにそう言うと、桜ちゃんの顔が赤くなってしまった。

　あぁ、恥ずかしい思いをさせてしまったか……？

　そうこうしていると、桜ちゃんがまたモグモグと食べだした。

　……もしかして、さっきので意地になった……？

　今の桜ちゃんの食べ方は、先ほどまで食べていた上品で口に一杯放り込むと言った感じではなく、なんだかガツガツと食べだした。

　そのせいか、また口元にクリームがついている。

　ただ、こんな食べ方をしているとクリームをとってもすぐついてしまう為、俺は取る事をせずに桜ちゃんが食べるのを見ていた。

　チラッ――。

　ん？

　チラッ――チラッ――。

　なんだ……？

　さっきから桜ちゃんが、スパゲッティを食べる合間に俺の方を一瞬だけ見てるような……？

　俺がそう思って見ていると、段々桜ちゃんの頬が膨れてきだした。

　……一体どうしたんだろう？

　段々機嫌が悪くなっていくような……？

　…………えぇ……この子なにしてんの……？

　段々頬が膨れ上がってきたと思ったら、なんだか自分でクリームが付いたフォークを、わざと唇の横に当てたように見えたんだが……？

　そのせいで、口元がドロドロになっている。

　仕方ないな……。

「桜ちゃん、ちょっと食べるのやめて」

　俺がそう言うと、桜ちゃんが笑顔で食べるのをやめた。

　……なんで、さっきまで頬が膨れ上がってたのに今度は笑顔なんだ……？

　まぁ、機嫌がよくなったなら別にいいか。

　それよりも、口元を拭いてあげないと――。

「――はい、桜ちゃん、もういいよ」

「ありがとうお兄ちゃん！」

　俺がそう言うと、桜ちゃんは礼を言って、ニコニコの笑顔でスパゲッティをゆっくりと食べだした。

　そろそろ速いペースで食べるのに疲れたのかもしれない。

「微笑ましい兄妹ね～」

「妹さん、よっぽどお兄さんの事が好きなのね～」

　俺が桜ちゃんを見ていると、なんだかそんな声が聞こえてきた。

　今さっきのってただ口元を拭いてあげただけなのに、なんで桜ちゃんが俺の事を好きだって事になるんだろ？

　桜ちゃんが俺に口元を拭くことを許してたからか……？

　――俺は周りの声を、そんな風に疑問に思うのだった――。

２

　――午後からはゲームセンターに来た。

　とは言っても、別にゲームをしに来たわけではない。

　なぜなら、桜ちゃんはあまりゲームをしないからだ。

　だけど、プリクラを撮りたいらしく、ゲームセンターに足を運んだという事だ。

　……プリクラって懐かしいなぁ……。

　あいつと遊んだ時は、あいつの要望で絶対最後にプリクラをとってたもんな……。

　俺はプリクラ機の中に入ると、今はもう会う事が無い春花の事を思い出していた。

「――お兄ちゃん、ポーズポーズ！」

　俺が渡したお金を入れて設定をしていた桜ちゃんが、そう言って俺の腕に抱き着いてきた。

　どうやらプリクラを撮る準備は終わったようだ。

　……というか、なんで当たり前にこの子は腕を組んでくるのだろう……。

　いや、もう俺としては結構慣れてきていたのだが、なんだか慣れだしたのが逆に怖くなってきた……。

　それからはプリクラ機の合図通りに、写真を撮っていく。

　ただ、桜ちゃんは色々と可愛くポーズを変えていたが、俺はただピースをしているだけだった。

　……だって、こういうのでポーズを色々するのって恥ずかしいじゃないか……。

　そして何枚か撮った後、一回プリクラ機の外に出て、桜ちゃんはコスプレ衣装に着替えに行った。

　当然、俺は勘弁してもらったが……。

　というか、普通にコスプレをしに行った桜ちゃんに驚きだった。

　あまりそう言った事には興味がなさそうだったからだ。

「――お兄ちゃん……これ、どうかな――じゃない、どうかにゃ？」

「え……にゃ……？」

　俺が桜ちゃんの声をした方を見ると、そこには――

「猫耳メイド、だ、と……？」

　――猫耳を頭に付けて、メイド服を身にまとった桜ちゃんが居た。

　……え、嘘だろ――!?

　どちらか片方でもしてくれば驚きなのに、まさかの合わせ技!?

　いつの間にこの子、こんな知識を付けたんだ!?

「えへへ、どうかにゃ？」

　桜ちゃんは右手を顔の横で丸め、首を傾げて俺の方を見上げてそう言った。

　………………は!?

　あまりの可愛さに、一瞬意識が飛んでしまった！

「お、おい……あれ……」

「あざと過ぎる……。そして、あんな神妹（かみまい）ほしかった――！」

「ふざけるなぁああああああああ！　何故イケメンばかりこんな良い思いをするのだぁあああああああ！」

「猫神だ！　この子を猫神に祀り上げよう！」

　俺達の様子を見ていた一般客の男達が、全員桜ちゃんの可愛さに見悶えていた。

　……いや、そうだよな……。

　これだけ可愛かったらそうなるよな……。

　特に二人目の奴、確かにこの子は神妹だ！

　でも、あげないぞ!?

　そして最後の奴、人の妹を祀るのはやめてくれ！

「お兄ちゃん……？　変……？」

　俺が一般客に頭の中で突っ込んでいると、桜ちゃんが不安そうに見上げていた。

「あ、ごめん、ちょっと考え事してて……。うん、驚くほど可愛いよ」

　俺がそう言うと、桜ちゃんは凄く嬉しそうに微笑んだ。

　……まじで、可愛すぎる……。

　というかこの子、他の客があんなに騒いだのに気にも留めてないんだけど……？

　これあれか？

　桜ちゃんが鈍感とか耳が遠いとかじゃなく、本当に気にも留めてない……？

　ま、まぁ、俺には素直に甘えてきてくれるから、他の男どもがどうなろうと関係ないが……。

　とりあえず、一刻も早くこの可愛すぎる猫耳メイドの桜ちゃんとプリクラが撮りたい！

「それじゃあ、プリクラ機にまた入ろうか！」

「うん！」

　俺はそんな不純な動機で桜ちゃんを誘い、二人仲良くプリクラを撮るのだった――。

　ちなみに――桜ちゃんがこのチョイスをしたのは、俺の部屋にあったラノベの表紙から好きなのかと思って選んだらしい。

　そのラノベが桜ちゃんが見える所に置いていた、過去の俺を褒めたと同時に、妹に性癖（せいへき）を知られた様なものだったので、それはそれで頭を悩ませた。

　そしてもちろん、このプリクラは俺の永久保存の宝物になるのだった――。

３

「――これが頼まれていた、AI機能を改修したアンチウィルスソフトです」

　俺はそう言って、変更された納期の二日前に平等院システムズの新庄に納品物を渡しに来ていた。

「おぉ――！　流石KAI様です！　いや、本当、納期が変更されて間に合わなかったら、私の首はどうなるのかと凄くヒヤヒヤしておりました！　本当にありがとうございます！」

　俺から納品物を受け取った新庄は、何故だか凄く安堵（あんど）している様な態度で受け取った。

　……変な男だな……。

　そんなに焦るくらいなら、嫌がらせで納期を縮めなければいいものを……。

　それに、このアンチウィルスソフトを実際に発表するのは、数か月先だったはずだ。

　俺が納期に間に合わなければ、俺の責任問題にはなるが、この男自体はそこまで焦るほどじゃないはず。

　いや、まぁ、無理な納期を言っていると言った責任は追及されるかもしれないが、それだけで首が飛ぶとは思えないが……。

　――まぁいい。

　もう俺がこの会社やこの男と関わる事はないのだから。

「それではKAI様、約束通り税金から引かれる分は先に別口座に入れ、KAI様の手元に入る分だけ、指定の口座に入れさせて頂きます」

　そう言って、新庄が頭を下げた。

「え……？　もう準備されていたんですか……？」

　俺は新庄の言葉に驚いた。

　二千万ほどの大金がそんなすぐに動くと思っていなかったからだ。

　それに、俺のアンチウィルスソフトが正常につくられているかも確認していないのに……。

「これも上の指示でしたので――」

「これも(・)……？」

　俺は新庄が言った言葉に疑問を持ち、尋ね返した。

「あ、いえ、何でもございません！」

　そう言って、新庄は慌てて否定をした。

　しかし、顔が『しまった！』と言った顔をしているため、口が滑った事は確かだ。

　だけど、この男に問い詰めたところで多分何も言わないだろう。

　おそらく社内機密の内容だ。

　だとしたら、わざわざ気にするほどでもない。

　もうプログラムは完成しているのだし、俺とはこれで接点を持てなくなる。

　それに上とは平等院アリアの事だろう。

　彼女が社長なら俺が関与した事は知っている。

　もしそれ以外の人間なら、契約違反になる。

　だが、平等院アリアが何か俺に接触しようとしても無駄だ。

　向こうから、もう俺に連絡をとるのは無理なのだから――。

　俺はそう結論付け、平等院財閥を去るのだった――。