第35話「微笑ましい兄妹と刺す様な視線」
「――ねぇ見て、あの二人!」
「わぁ――すごい美男美女の兄妹だね――!」
「おい、見ろよあれ……」
「なんだあの天使のような子は……。男の方に抱き着いてニコニコじゃないか……!」
「おい、何をしたらあんな可愛い子がデレデレになるんだ?」
「決まってるだろ、薬だよ!」
俺と桜ちゃんが歩いていると、そんな風な声が聞こえてくる。
家を出てから、凄く注目を集めていた。
まぁとは言え、悪意があるような言葉はそんなに聞こえてこない。
最後の奴だけは、何が決まってるのかジックリと聞きたいとこだが……。
ただ――
……帰りたい……。
――と、俺はただひたすら、そう思っていた。
ニコニコ笑顔で幸せそうに腕にくっついてる桜ちゃんには悪いけど、この視線の量は俺には耐えがたかった。
それに相も変わらず、桜ちゃんがくっついてくると胸が腕に押し付けられて……。
これって、この子も自分で気づいてるよな……?
なんで全く気にした素振りを見せないんだ……?
俺はそう思って、桜ちゃんの方を見る。
「なぁに、お兄ちゃん?」
桜ちゃんはそう言って、キョトンっと俺の顔を見上げてきた。
……ヤバい、服の可愛さも相まっていつもより更に可愛い……。
というか、もう本当に桜ちゃんが小学生にしか見えない……。
「いや、桜ちゃんが楽しそうでよかったなって思ったんだ」
「うん、お兄ちゃんと一緒だから楽しいよ!」
俺の言葉に桜ちゃんはそんな嬉しい事を言ってくれながら、ニコッと微笑んだ。
あぁ……桜ちゃんマジ天使……。
「ねぇ、でもあの兄妹、どちらも凄く美形だけど、顔全然似てなくない?」
「そういえば、そうだね……。もしかして……カップル……?」
「え……じゃあ、あの男の子、あんな小学生の子に手を出してるの……? それって犯罪でしょ……?」
「警察に連絡した方がいいかな……?」
先ほどまで微笑まし気に会話をなさっていた方々が、何か恐ろしい事を言い出した。
おぃいいいいいい!?
いや、わかるけど!
わかるけど、通報はやめようよ!
なんでそこのおばさん、怪訝な顔しながらスマホとりだしてんだよ!
さっきまでの和やかな雰囲気何処に行った!?
「どうしたのお兄ちゃん?」
俺が今にも通報しそうになっているおばさんを見て冷や汗をかいていると、桜ちゃんが心配そうに見上げてきた。
……この子は、周りの声が聞こえてないのだろうか?
そういえば、前学校で注目を集めている時も、この子一切気にしてなかったな……。
「な、なんでもないよ……。それより、早く行こうか……」
早く立ち去った方が良いと判断した俺は、桜ちゃんにギコチナイ笑顔を向け、目的のとこに向かうのだった――。
2
「わぁ――!」
目的地に着いてから少しして、桜ちゃんがそんな感嘆の声を上げた。
俺達は現在、桜ちゃんの希望で動物園に来ていた。
動物園がいいだなんて、桜ちゃんは本当に可愛いなぁ……。
俺は、目をキラキラさせながら猿の集団を見ている桜ちゃんを見て、心が満たされていた。
猿の可愛さはイマイチわからないが――こんな桜ちゃんを見るだけで凄く来て良かったと思う。
俺は動物自体はそこまで興味がない。
猫は凄く好きだが、他の動物はあまり好きじゃない。
そういえば――保育園の時に出張動物園が来た事があって、その時リスを抱きかかえた事があるんだが、持ち上げた瞬間指を思い切り噛まれて痛かった記憶がある。
あの時、早くして『可愛い者は油断できない』という事を知った俺であった。
……まぁそういう意味で有れば、このニコニコ笑顔でくっついて来てる天使も、絶対に油断できない存在だ。
気を抜いて下手な事を言えば、思わぬ地雷を踏みぬいてしまい、ニコニコ笑顔の悪魔が降臨なさる。
それにこの前知った事だけど、この子は人懐っこい顔をしているのに、話しかけてきた人から逃げる習性があるらしい。
まるで本当に猫みたいな子である。
桜ちゃんに学校で話しかける事が出来た者は、それだけで周りから良い奴認定されるとかなんとか……。
桃井にしろ、桜ちゃんにしろ、この姉妹は何か学校に言い伝えを残さないと気が済まない生まれなのだろうか……?
「お兄ちゃん、パンダ見に行きたい!」
そう言って、桜ちゃんが俺の腕をクイクイっと引っ張っていた。
……本当、マジでこの子可愛い……。
俺はそんな可愛くおねだりしてくる桜ちゃんに終始デレデレだった。
まぁそれはさておき、この動物園は先程桜ちゃんが言ったようにパンダが居る。
……いや、だからこの動物園に来たんだけどな……。
なんでも結構前に新しいパンダが産まれたって事で、大々的にニュースまでやっていた。
そのパンダが見られるようになった時は抽選で選ばれた人しか入れず、それでもかなりの人数が並んでいた。
俺はそれを見てパンダを見に行きたいとか、羨ましいとか思ったんじゃなく、こう思った――
パンダ可哀想だな……。
――と。
見世物にされて居るパンダが当時の俺には不憫で仕方なかったのだ。
なんせ俺も中学時代視線を集めた事が有るからな……。
まぁ、パンダに向けられるような視線とは真逆の意味をもっていたが……。
でも、今ならパンダの気持ちがわかる……。
「お兄ちゃん、見えない……」
そう言って桜ちゃんが悲しそうに、俺の方を見上げてきた。
現在パンダを見る人が一杯前にいるため、俺の身長ならともかく、桜ちゃんの身長からだと見えないのだ。
ただ、別に俺はこれでパンダの気持ちがわかると言ったわけではない。
これではただ外から傍観をしてるだけだし……。
そうじゃなくてな――
「どう思う? あれ、本当に兄妹?」
「う~ん、お兄さんの方はモデルの様にカッコイイし、妹さんの方も子役みたいに可愛いからね……。でも……似てないよね?」
「なぁなぁ、あの男と入れ替わって、あの女の子に抱き着かれたいんだけど、どうすればいい?」
「いや、それよりあの男の処分を優先すべきだろ」
「ねぇねぇ、あの兄妹微笑ましいね」
「そうか……? 俺としては、とりあえずあの男の顔面を一発殴りたい気分なんだが……」
――こう言う事だ……。
パンダが見えなくて暇を持て余した他のお客が、軒並み俺達に注目しているのだ。
というか、さっきから男が話した時の言葉って、主に俺への憎悪じゃない……?
俺、君達に何もしてないよね……?
――桜ちゃんは相変わらずパンダが見たくて前の客の背中を見ているため、周りの視線には気づいていない様だ……。
もしかして……今日一日ずっとこんな感じなのだろうか……?
クイクイ――
「お兄ちゃん……」
――と、桜ちゃんが俺の腕を引っ張りながら声を掛けてきた。
「どうかした?」
俺はそんな桜ちゃんの顔を見る。
「肩車して……」
そう言って、桜ちゃんが上目遣いをしてきた。
……は!?
肩車!?
ここで!?
「まじで……?」
俺は冷や汗をかきながら、桜ちゃんに尋ね返す。
「だって、パンダみたいもん……。だめ……?」
桜ちゃんは悲しそうな顔をしながら、そう聞いてきた。
……桜ちゃん、君は本当に悪魔ですか……。
この注目されまくってる中で、俺に君みたいな可愛い子を肩車しろと……?
それは俺に社会的に死ねと言ってるのでしょうか……?
俺はそんな事を考えながら、桜ちゃんの顔を見る。
……桜ちゃんは、凄く目をウルウルさせて俺の事を見上げていた。
………………もうどうにでもなれ……!
俺はヤケクソで桜ちゃんを肩車したのだった――。
……パンダが見れた桜ちゃんは大喜びだったけど、周りの男たちからはこう言われました――
「「「「「リア充爆発しろ!!」」」」」
――と。
いや、普通リア充でもこんな事しねぇから!!
――と、桜ちゃんを肩車している俺は、刺す様な視線を受けながらそんな事を心の中で叫ぶのだった――。