第31話「最低で間が悪い男」
「――ねぇ、海斗……」
「……なんだよ?」
囁く様に声を掛けてきた西条に、俺も囁くような声で聞き返す。
現在俺達は昼休みに、中庭のベンチで一緒に弁当を食べていた。
だけど、今弁当を食べているのは俺達だけではない。
「その……さぁ、一体何をしたら、桃井妹が頬を膨らませてご飯を食べてるの? もしかして、私が居るから?」
「いや、なんか朝からこの調子だから、それは関係ないと思うが……」
そう――俺と西条ともう一人、桜ちゃんも一緒に弁当を食べているのだ。
と言っても、元々俺と桜ちゃんはいつも一緒にここで弁当を食べていて、西条がついて来た形だ。
でも、これは別に今日が初めてじゃない。
数日前から西条も一緒に食べているのだ。
まぁ、相変わらず桜ちゃんは西条に警戒心が強いが、俺としては桜ちゃんがくっついて離れなくなるから嬉しい。
――と言うのは嘘で、寧ろくっつかれて困る。
だって、胸がグニュンって当たってくるんだもん……。
本当に心臓が悪いんだよ……。
でも、今日は何故か朝起きた時から機嫌が凄く悪い。
別に何か文句を言ってくるわけでもないけど、ずっと頬が膨らんでいる。
……ちょっと突いてみたくなると言うのは、ここだけの話だ。
「とりあえず、何とかしてよ……。私が話しかけてもまともに話してくれないんだからさ」
「あのな、そう簡単に言うがな――何気にこの子もたまに良く分からない所に地雷が有るから、機嫌が悪い時に下手に話しかけたくないんだよ……」
そう、桜ちゃんは普段良い子で――というか、基本は天使みたいな可愛い子なのだが、たまに地雷を踏みぬくと凄く怖くなる。
別に鬼みたいな形相になるわけではないが、ニコニコ笑顔に効果音が付くため怖いのだ。
「……お兄ちゃんの嘘つき……」
「え?」
俺達がコソコソと会話をしていると、桜ちゃんが何かつぶやいた。
「あそぶって言ったのに……。全然誘ってくれない……」
「……あ」
そうだ、一回桜ちゃんを怒らせたときに、遊ぶ約束してたんだ!
ちょっとプログラムの納期が短いせいでそっちに掛かりっきりで忘れてた……。
ま、まずい……。
桜ちゃんは約束を破られるのが一番嫌いらしい。
そして、その怒りは楽しみにしていた分に比例するらしいが、今回の約束って遊びに行くことだから絶対楽しみにしてただろうな……。
か、考えろ……。
上手く言い訳しないと、とんでもないことになるぞ……。
「これでもう三回。それと、桜は嘘つきも嫌い」
……詰んだ。
「ごめん桜ちゃん! 今週の日曜日はどうかな!?」
俺は咄嗟にそう言っていた。
……ま、まぁ、一日くらいなら、どうにかなるだろ……。
いや、服まともなのが無いから、その前日に買いに行く必要があるよな……。
つまり、二日潰れるのか……。
ある程度完成はしているけど、納期はもうすぐそこまで迫ってるから、今日は徹夜かな……。
「……次破ったら、もうお兄ちゃんと口きかない……」
「肝に銘じておきます……」
頬を膨らませて唇を尖らした桜ちゃんに、俺は冷や汗を掻きながらそう言った。
「じゃあ、許してあげる」
そう言って、桜ちゃんはニコッとした。
……仏の顔も三度まで……次は、この笑顔が凄い事になるんだろうな……。
クイクイ――。
ん?
桜ちゃんの可愛い笑顔を見て一人戦慄していると、服の袖を引っ張られそちらを見る。
そこには、何故か期待に満ちた笑顔を浮かべている西条が居た……。
「それで桜ちゃん、どこにいこっか?」
俺は何も見なかったことにして、桜ちゃんに声を掛ける。
「ちょっと待ってよ!」
俺は嫌々、そんな叫びをあげた西条の方を見る。
「なんだよ……?」
「あれ、おかしくないかな!? 私の扱い前と変わってなくない!?」
「だって、変えるとは言ってないだろ?」
俺は西条の言葉に、『何をおかしな事を言っているのだ』と首を傾げる。
「ひどい、詐欺だ! 異議を申し立てます!」
西条はまた芝居がかった風に言って、身を乗り出してくる。
近い……。
というか、何が詐欺だよ……。
いや、うん、まぁ俺も紛らわしい言い方をしたが、俺が言ったのはこいつが傍に居たいのならいても嫌がらないと言っただけであって、優しくするなど一言も言っていない。
「お前馬鹿な事言ってないで、さっさと食べろよ」
俺がそう言うと、西条がニヤっと笑った。
あ……なんかいらない事思いつきやがったな……。
「ねぇねぇ桃井妹、海斗ったら私に自分の傍に居たいなら好きなだけ居て良いとか言ったのに、こんな扱いなんだよ? どう思う?」
そう言って、西条は悲しい表情をして桜ちゃんに声を掛けた。
はぁ!?
こいつ、何桜ちゃんにその事言ってくれてんの!?
ギュゥウウウウウウウウウウウ!
……あぁ、もう嫌だ……。
「さ、桜ちゃん、お兄ちゃん痛いなぁ……?」
俺はそう言って、俺の右腕に抱き着いて来ている桜ちゃんに恐る恐る声を掛ける。
いや、実際のとこは桜ちゃんの力が弱くて全然痛くないのだが、もう右腕に凄い柔らかい物が当たっていて、罪悪感が凄いのだ。
「ふふ、お兄ちゃん――。あれだけ、思わせぶりの事は言ったら駄目ってお姉ちゃんと言ったのに、一つも反省してないんだね」
そう言って、桜ちゃんがニコッと俺の方を見上げてきた。
もちろん『ゴゴゴゴゴゴ』の効果音付きで……。
「桜ちゃん、これにはわけが……」
「――お兄ちゃんはタラシさんだ」
俺が声を発すると、即座に桜ちゃんに制された。
……どうしよう、くそ金髪ギャルのせいで、俺の株が桜ちゃんの中で急降下してるんだが……。
俺はとりあえず、桜ちゃんから一旦視線を外し、西条の方を見る。
「それで何なんだよ?」
俺は文句が言いたくてたまらない金髪ギャルを見る。
「あ、まだそんな態度とるんだ!? ねぇ、ちょっと桃井妹――」
「よし――話を聞こうじゃないか!」
俺は西条がまだ桜ちゃんに何か要らない事を言いそうだったため、話を聞く態度に変える。
桜ちゃんは、怪訝な表情で俺達を見ていた。
「私も海斗と遊びたい!」
西条はまた身を乗り出して、言ってきた。
「……残念だったな。さっきのがなかったら遊べたかもしれないが、お前のせいで俺は桜ちゃんの中で女たらしの称号がついたんだ。だから、これ以上評価を落とさないために、お前とは遊ぶことが出来ない。あぁ――本当、残念だな~」
俺は先程の仕返しを込めて、ニヤニヤと笑ってそう返してやった。
「あんた絶対それ思ってないでしょ!? その笑顔がムカつく!」
そう叫ぶ西条に、俺は勝ち誇った笑顔を向ける。
「お兄ちゃん、最低だよぉ……」
桜ちゃんがそう呟いた。
……しまった……。
そうだよ、こんな態度したらそう思われるじゃないか……。
桜ちゃんが居るのを忘れて、いつものノリでしてしまった……。
「桜ちゃん、これは二人でふざけてるだけであって、本気で言ってるわけじゃないからな?」
「じゃあ、遊んでくれるんだよね?」
俺の言葉を聞いた西条が、そう言ってきた。
これ……どっち選ぶのが正解?
ここで西条を断れば桜ちゃんに最低と言われ、逆に西条と遊ぶと言えば女たらしと言われ……完全に詰んでるじゃねぇか!
それどっちもアウトだよ!
正解がないじゃねぇか!
結局――
「わかったよ。ただし今月はもう予定で一杯だから、来月にしてくれ……」
――と、俺は答えた。
最低よりは女たらしと言われた方がマシと言う判断だ。
ちなみに、抱き着いて来ている桜ちゃんの締め付けがキツくなったが、俺はもう気づいてない事にする。
これは気にしたら負けな奴の気がしたからだ……。
「やったぁ! じゃあ、七月七日の七夕の日が良い!」
七夕か……。
うん、確か何も予定は入ってなかったな。
「うん、わかった、いいぞ」
「わぁ――ありがとう!」
俺が西条に頷いて返すと、西条は嬉しそうに笑ってお礼を言った。
「あ――その日は……」
「え?」
俺が西条に答えた後、なんだか桜ちゃんが俺の方を見上げて呟いた。
桜ちゃんは西条の方に視線を移す。
それにつられ、俺も西条の方を見る。
西条は凄く嬉しそうに弁当を食べていた。
「ううん、何でもないよ」
そう言って、桜ちゃんは首を横に振った。
……何かあったんだろうか?
でもまぁ、なんでもないと言っているのだから、大丈夫なのだろう。
その後の俺は、嬉しそうに弁当を食べる西条と、反するように渋い顔で弁当を食べる桜ちゃんに挟まれた状態で弁当を食べるのだった――。
2
「――あのね、ちょっといいかな?」
俺が自分の部屋でプログラムを作っていると、横でラノベを読んでいた桃井が俺に声を掛けてきた。
「そのね、前に遊ぶ約束したでしょ?」
「あぁ、そうだな」
俺は桃井の言葉に頷く。
今日の昼休みで桜ちゃんと遊ぶ約束をした事を思い出した時に、桃井の事も思い出していた。
だから、多分こういう話に近いうちになるとは思った。
まぁ、まさかその日に話す事になるとは思わなかったが……。
「遊ぶ日って七夕でもいいかな?」
そう言って、桃井が期待を込めたようなはにかんだ笑顔で俺に聞いてきた。
七夕か……。
もう、西条と約束してしまってるんだよな……。
「ごめん、先約があるから、無理だ」
「え……?」
俺がそう言うと、桃井の顔から笑顔が消えた。
「もしかして……西条さんと……?」
俺は正直に言うかどうか考えて、後でバレるより良いだろうと思い、その言葉に頷いた。
「そう……」
桃井はそう呟くと、立ち上がってドアへと歩いて行く。
……悪い事したよな……。
まぁ、でも、西条が先だったんだから、今更断るわけにもいかないし……。
「他の日じゃあ、駄目なのか?」
俺は意気消沈と言った感じでドアの前まで歩いた桃井に、そう尋ねてみた。
桃井が別の日でも良いと言うなら、俺は予定を空けるつもりだ。
だが桃井は俺の質問に――
「もう遊びたくない!」
――と、涙をポロポロ流しながら怒鳴るように断った。
「え?」
俺はその桃井の態度と表情に驚きが隠せなかった。
……え、なんでガチ泣きしてたんだ……?
確かに、七夕は夏のクリスマスと言われるくらいカップルには人気の物だけど、お前がそこまでなるものじゃないだろ……?
わけわからない……。
それとも、何か七夕と関係無い物があったのか?
……そう言えば、前桃井と言い合いしてる時に七月七日は七夕以外で何かの日って聞いた事があった気がするな……。
あいつは何の日って言ってたんだっけ……?
「――っ!」
しまった、七月七日って桃井の誕生日じゃねぇか!
だからあいつ怒ってたのか!
俺は慌てて部屋を出て、桃井の部屋の前に行く。
「ごめん、桃井! 西条の方は断るから、七月七日遊ぼう!」
俺は桃井に聞こえる様に大きな声で、ドアの前から桃井に声を掛けた。
「知らない知らない! もういいもん! 勝手に西条さんと遊んでくればいいじゃない!」
「ごめん……。桃井の誕生日だって忘れてたんだ……」
「――っ! 最低! もう大嫌い! 顔も見たくない! どっか行ってよ!」
「桃井……」
……馬鹿か俺は……。
なんで正直に誕生日を忘れてたって言ってんだよ……。
これじゃあ、桃井が怒るのも無理ないだろ……。
余計傷つけてしまった……。
俺はこの後も謝り続けたが、桃井がもう言葉を返してくれる事は無かった。
3
「おはよう……」
「あ――おはよう、お兄ちゃん……どうしたの?」
俺の顔を見た桜ちゃんが、心配そうに俺の顔を見ていた。
「あ、いや、ただ夜遅くまで作業していたから、寝不足なだけだ」
俺は咄嗟に桜ちゃんにそう嘘をついた。
……いや、寝不足なのは嘘じゃないな……。
結局桃井の事が頭から離れなかった。
「そうなんだ……体調崩さない様に気を付けてね? お姉ちゃんは今日風邪で休むってメッセージ送ってきてたから」
……あいつ、学校休むのかよ……。
確かあいつ、皆勤賞じゃないのか……?
少なくとも、俺と一緒に住むようになってからは一回も休んでいない。
「ごめん、ちょっと様子見てくるよ」
「まって!」
俺が桃井の部屋に行こうとすると、桜ちゃんに腕を引っ張られた。
俺は桜ちゃんの方を見る。
すると桜ちゃんは首を横に振った。
「今はソッとしておいてあげた方が良いよ……」
この言い方、桜ちゃんは気付いてるんだな……。
「俺達の声が聞こえてた?」
「うん……だから、今は一人にしてあげてね」
そう言って、桜ちゃんは困ったような顔で笑った。
……この子が言うなら、そうするしかないか……。
とりあえず、西条に謝って日程をずらしてもらおう……。
4
「あちゃぁ……それはやっちゃったね……」
学校に着いてすぐ、俺は西条に声をかけ人目のつかないとこで、七夕が桃井の誕生日だった事と、遊ぶ日付をずらしてほしい事を西条に伝えた。
「勝手な事だとはわかってるんだけど、お願いできないか?」
あの時七夕で遊ぶと決まった時、西条は凄く嬉しそうな顔をしていた。
だから、こんな風に頼むのは胸が痛い。
でも、今は桃井の方を優先しないといけないから……。
西条は困ったように頬を掻きながら、俺の眼を見てきた。
「うん、いいよ。流石にそう言う理由なら仕方ないからね。…………そっかぁ、桃井もそうだったんだ……」
後半は何を言ったのか聞こえなかったが、西条はOKしてくれた。
「ありがとうな。それと、遊ぶのはいつが良い?」
俺は西条にお礼を言うと、次の予定の日を確認した。
流石に、こうなったら俺の方から日程を聞くべきだからな……。
「う~ん、それじゃあ、七夕の次の週の休みで良いよ」
そう言って、西条はニコッと笑った。
七夕じゃなくなったことをあまり気にしてないのか……?
俺はそう思って西条の顔を見ると、視線が俺からずれた西条は俺が見ている事に気付かず、一瞬暗い表情をした。
……本当、ごめんな西条……。
せめて、遊ぶときは彼女を楽しませてあげよう……。
「ねぇ、海斗……」
「どうした?」
「あのね――私はこれから桃井に尽くすけど、でも、海斗だけはいくら桃井でもあげないから!」
西条は笑顔でそう言うと、教室の方へ歩いて行った。
あいつは何を勘違いしてるんだか……。
あ――というより、俺と桃井が家族だって知らなかったな……。
桃井は折角の誕生日だから、姉弟で遊びたかったんだろう。
それなのに、俺が誕生日の事を忘れて約束を入れていたから怒ったんだ。
多分、桜ちゃんには桃井の方から声を掛けてるんだろう。
それにしても、ここ最近ただでさえ睡眠不足だったのに、今日全く寝られなかったのはまずいな……。
プログラムはもうある程度完成しているが、寝不足が原因で洒落にならないミスをしそうで怖いな……。
今日は保健室で寝させてもらおう……。
後、どうやって、桃井と仲直りするかが問題だよな……。
西条にこれ以上頼るのはまずいし、桜ちゃんにはソッとしておくように言われてるし……。
ここ最近ロクに連絡を取れてないあの子に久しぶりに連絡して、相談してみるか……。
あの子なら、多分真剣に話を聞いてくれると思うし。