第28話「KAIの誕生と生まれた訳」
「――ふぅ……」
俺は自分のパソコンにウイルスを入れて動作を確認すると、一息をついた。
……なんで、ウイルスを自分のパソコンに入れるかだって?
決まってるだろ、元々持っていたアンチウィルスソフトのAIに、自分の持つ簡単なウイルス情報を参照して抗体を作る機能を追加してみて、やっちも無い新しいウイルスを防げるか確認しているんだよ。
もちろん、必要なデータは外付けハードディスク(パソコンのデータ記憶装置がパソコンの外に出た物)に全てデータを移しているし、俺が自分で作った新種のウイルスで試している。
結果……?
……うるさい、失敗だ。
中身の画像データ全て喰われたよ……。
――そんな一日二日で出来るか!
……ん?
なんでウイルスを作れるのかって?
というか、それを使って企業を襲い、そしてそれを撃退するプログラムを買ってもらってるのかって?
そんな事するか!
それは面白おかしく流された噂だ!
まぁ、実情は流石に知らない。
……俺の交友関係なめんなよ?
ネットですら、花姫ちゃんしか友達がいなかった俺だぞ?
仕事上話は聞くことがあっても、真実まではわからないし、興味もない。
ただ……そうだな――何故俺が、普通なら必要が無いそんな技術を持っているのかについて話す前に、俺の過去の話をしよう。
そもそも、俺と平等院システムズは実は切っても切れぬ、深い関係にある。
……いや、あったが正しいか。
今回俺は2000万という餌につられて今回の依頼を受けたが、もしかしたら、それが100万でもひきうけていたかもしれない。
あの男が馬鹿な事をしたせいで俺は頭に血が上って断ってしまったが、あのプログラムだけは他の人間に触らせたくなかった。
それほど、俺にとってあのプログラムは思い出深い大切な物だったのだ。
とは言え、前に依頼内容を話した時に気付いているかもしれないが、平等院システムズの持つアンチウィルスソフト――新種のウイルスを覚えていき、自動に抗体(人間の体での例え)を作成するAI機能を搭載したアンチウィルスソフトは俺が作った物だ。
そして、それはKAIという存在が生まれる事にも繋がる話。
そう――これはKAIの誕生の物語であり、俺と恩人に関する物語だ。
2
――とは言え、全てを細かく話す訳ではない。
大雑把に過去にあった出来事を説明するだけだ。
まず、KAIは何者かという事についてだ。
システム関係者の間と、ネットの中では様々な憶測が飛び交っている。
その中でも、有力説を紹介しよう。
KAIは40歳代の男。
実はかなりのイケメン。
システムエンジニア五人がかりで一ヵ月かかるプロジェクトを、たった一人で一ヵ月で終わらせる速度を誇る為、費用が削減できる。(システムエンジニアとプログラマーの違いについての明確な線引きは無いが、簡単に説明すれば――と言っても、多分仕様書とか言ってもわからないだろうから、プログラマーの上がシステムエンジニアって覚えとくといい)
新作の製作依頼しかこなさず、他人が作ったプログラムの改修(機能を追加したり、修正みたいな物)をしない。
KAIの作ったプログラムには、一切バグが発生しない。
KAIが作ったプログラムは性能が良くて、動作が速い。
不可能と言われたプログラムでも、KAIなら作る事が出来る。
そして――姿を見た者もいなければ、映像にも残らない幻の男。
これが、KAIに纏わる有力な情報だ。
いや、まぁ、最後の奴は有力とか以前に、幻ってなんだよとは思うけど、まぁ全てきちんと説明する。
まず、一つ目と二つ目の情報は、俺がネットで頑張って定着させたものだ。
……うるさい、ネットでくらいはイケメンと言われたかったんだ!
――とは言うのは冗談で、その二つは俺が与える印象から遠いものにしている。
歳については俺から離れてるし、KAIの囁かれる噂的に、信憑性が高いから定着しやすいと思った。
そして、二つ目のなんだが――わかるだろ?
凄くイケメンっと聞いて、前髪が長すぎるせいで陰キャにしか見えない俺を想像することなど、まずないだろ?
ネットでもそっちの方がみんな嬉しいのか、すぐ定着した。
そして三つ目なんだが――『馬鹿か?』と言いたい。
言っとくけど、後は最後の奴以外俺は別に噂に何かしたわけではないからな?
普通、考えればわかるだろ?
一人で五人分?
何その超人……。
普通の人間――しかも学校に行っている俺だ、まず無理だろ?
……いや、まぁ、他の人間と一緒に作った事は無いし、作業をした事も無いから実際の作業スピードは知らないが、多分俺とそんなに変わらないはずだ。
まぁ後、数人単位で取り組むと効率が良さそうに見えて、実は人によって効率が悪い場合がある。
まぁ、そうならない様に設計図と言うのがあるんだけどな……。
けど、それでも作った人によっては本当に効率が悪くなる。
とは言うのも、これは四番目の噂にも繋がるんだが――他人の作ったプログラムは凄く読みづらいんだ……。
だから、俺は自分の作ったプログラムなら改修をするが、他人の作ったプログラムの改修はしない。
とは言え、俺のプログラムの改修依頼は滅多に来ないせいで、そんな噂になってしまってるんだ。
でも、実は一度だけ他人の改修依頼を引き受けた事がある。
そして、読みづら過ぎて、もう二度としないと決めたのだ。
プログラムと言うのは、一見決まったやり方がありそうに思うかもしれないが、実は一つのプログラムを作り上げるのにもかなりのやり方がある。
つまり、人によってやりやすいコードの書き方が違うのだ。(コードとはソースコードって言って、プログラムに指示を与える物と覚えていてほしい)
例えば、一般的に知られているE〇CELというのがあるだろ?
あれを使って手動で資料を作っている人間が多いかもしれないが、実はあれも自動化する事が出来る。
入力数値が違うだけで、形式が同じ資料とかを作るなら、手入力で時間がかかる作業でも、ボタン一つで数十秒で資料作成が終わる。
まぁ、動作によってはかなり時間がかかるものもあるが――その辺も作る人間の腕にかかってくる。
そして、ここで先程のE〇CELを自動化にするプログラムの作り方なんだが――実際、自動で文字を入力するだけとかならすぐ作れる。
とは言え、そんな事を今聞いてもだるいだけだろう。
俺が言いたいのは、その動作をプログラムとして作るために最も使用する、『変数という値を入れる箱』についてだ。
これは例えるならa=“桃井可愛すぎる”と入れるだろ?
すると、次からはaと文字を入れるだけで、桃井可愛すぎるって文字が映しだされるのだ。
……ごめん、ふざけてみた。
だけど、便利だろ?
プログラムを作る機会があれば、そんな風に一文字だけで使うと良い。
そうするとな――他のプログラマーからブチ切れられるから。
……わかりづらいんだよ!
変数の箱は入る値に関連付けろよ!
そして、実は箱の中身は何回も入れ替える事が出来る。
……だからって、何度も同じ変数を値入れ替えて使うなよ!
作った本人はわかるかもしれないけど、後から見た奴は記憶に残りづらいから、大きいシステムでそれをされて何度も書き換えられると、本気でわけわからなくなるんだよ!
同じ変数を使いたいなら、そうしなくても済む方法がきちんとあるだろうが!
……ごめん、一度他人の改修をして苦労した事を思い出して、つい八つ当たりをしてしまった……。
流石に、変数名を横着していたのは少しだったが――中々の規模のシステムで何度も変数の中身を変更されて、正直あの時は切れた。
まぁ、そう言った理由で俺は他人のプログラムの改修をしない。
とは言え、今回の平等院システムズの人間の依頼は、平等院システムズからすれば他の人間が作ったアンチウイルスソフトの改修だ。
だけど、それを作ったのは過去の俺だから、今回は引き受けたというわけだ。
後、自分でプログラムを作ると頭の中に入りやすいが、他人のだと中々頭に入らないと言うのもある。
そして、大規模で数人単位で作る場合、本当に設計図がきちんとしていないと泣きを見る――らしい……。
ごめん、一緒に作ってくれるような仲間がいないから、あくまで聞いた話なんだ……。
まぁ後、五、六、七についてなんだが――それはただ単にマグレなだけだ。
俺は自分で考えられるパターン全ての動作を試してバグを見つけ、バグが無い事を確認してから納品する。
いや、それは当たり前の事なんだけどな?
むしろしてない奴が何してんのって話だ。
とは言え、そう言う訳だから、今は運よくまだバグが見つかってないが、それがいつまで続くのかわからない。
そして性能が良いと言ってもらえるのも、似たような理由だ。
出来るだけ動作が軽くなる様に、考えて作っているだけ。
それと不可能と言われるプログラムを――って話なんだが……いや、俺そんな超人じゃないから……。
ただやってみたら出来ただけだから……。
勝手に何でも作れるように言うの止めてくれないかな、本当?
しかも質が悪いのは、あいつら不可能とかそんな事を一度も言わないんだよ……。
出来上がった後に、『誰も出来なかったのに流石です』と言ってくるんだよ……。
不可能って言われてるのを知ってたら、引き受けてねぇよ……って話なんだがな……。
本当、汚い大人ばかりで困る……。
そして最後の理由なんだが――先程馬鹿にしたが、実はそれは本当だ。
とは言え、誰も見た事は無いというのは流石に違う。
それなら、顔合わせをこの前していたのがおかしいだろ?
つまり、そんな噂が立つカラクリがあるのだ。
――と言うのも、KAIが依頼を引き受ける大前提としてこういう決まりを作っている。
1.KAIが関わった事に関しては会社の社長以外に事前に話す事を禁止し、社長以外の上司に報告をするのは、商品納品後のKAIと連絡が途絶えた後とする。
2.KAIと顔合わせをし、関わる事が出来る人数は一人のみとする。
3.KAIが会社に入る所から部屋に入るまでの道で、防犯カメラなどの映像が残る物を使用する事を禁ずる。
4.KAIの訪問記録を残す事を禁ずる。
5.KAIの容姿について一切外部に漏らす事を禁ずる。
6.KAIの勧誘を禁ずる。
7.6番以外の上記いずれかを破った場合、賠償金として2億を請求する。
――と言ったものだ。
いや、まぁ、2億はやりすぎだとおもうが、これらは俺が考えた物じゃない。
それに、6番以外と言うのが俺にはわからない……。
俺としては寧ろ、6番を禁止してほしかったんだが――まぁ、あの人の言う事なら仕方がないだろう。
……ここら辺の話も後できちんとする。
それと、それでも依頼が来るのは、KAIに払う報酬額がそこら辺のフリーランスと変わらないからだ。
とは言うのも、あまり高くしてしまうと経費として誤魔化せなくなるからだ。
あまりに経費が高すぎると、どんな相手に頼むんだとか、KAIが関わってるのかと勘繰られて、顔バレをする恐れがある。
まぁそんな条件を、いつも俺は先に提示していた。
だから、この前の平等院システムズでも小さい社員が使う用の部屋に通されていただろ?
あれは、非常ドアから建物内に入ってすぐのとこにあったんだ。
それは一切防犯カメラがないところ。
そして俺が入門する時、俺を平等院システムズの新庄が門の外まで迎えに来て、入門するときのサインすらせず、一緒に裏門から入った。
とは言え、やはり中に入った時には人に見られる場合もある。
もしかすると、その時にあのアリスさんに見られていたのかもしれない。
そして、普段着の高校生っぽいのが居たから、おかしく思って見にきたと言うのが、俺の予想だ。
……もしかしたら話の内容を聞かれていたのかもしれないけど……多分、あの人は他の人に洩らさない。
なんとなく、俺はそう直感していた。
……とは言え、そんなKAIにあの額の話が来るのはおかしなことだった。
いくら利益があるとは言え、普通の額から交渉を始めて、それで駄目だったらそうすればよかったはずだ。
だから、もしかしたらあの人がまた戻ってきたのかもしれない……そう思ったのだが、期待外れだったしな……。
とまぁ、それがKAIについての事だ。
それとまぁここで一つ、驚きの真実を伝えねばならない。
俺は――中学二年の春、不登校になって以来学校に行っていない。
そう……中学を卒業するまで一度もな。
それと不思議に思わなかったか?
なぜ人が苦手な俺が、県で生徒数が一番多い学校に行っているのかを。
もちろん、それにも訳がある。
だから、それについても後々で答えよう。
まず、俺が学校に行っていない理由だが――あの時の俺は、父さんがわざわざ引っ越ししてくれたことに対して、有難いと思ったと同時に、もう父さんに迷惑をかけられないと思った。
……普通そう思ったら、折角転校までしているんだから、学校に行くと思うだろ?
うん、俺も今はそう思う。
だけどあの時の俺は、何を考えたのか一人で生きて行こうと思ったんだ。
そして、お金を欲した。
俺は過去に桜ちゃんにプログラムを始めた理由で、欲しい物を買いたいから父さんがおこづかいをあまりくれない為、俺はバイトをしようと思ってプログラムに手を出したと言った。
だが、それは嘘だ。
俺は一人で生きていくお金が欲しくて、当時数学が得意だった事と、人と全く関わらずに済みそうなプログラマーを目指した。
……まぁ、プログラマーが人と関わらないと言うのは勘違いで、実際はお客の要望を聞いたり、相手の考えをちゃんと理解しないといけないから、何気にコミュ力を求められる仕事だった……。
まぁこんな、『父さんに迷惑をかけたくなくて家出をするお金がほしかった』なんていう情けない理由を、桜ちゃんに言えるわけがないから俺はああ言って誤魔化したのだ。
そしてそんな俺は朝から晩まで家に引きこもって、ずっとプログラムの勉強をしていた。
……途中からはラノベとかにハマって若干そっちに時間をとられていたが、それについてはまた語ろう……。
父さんには元からパソコンを買ってもらっていたし、こづかいで本を買うお金があまりなくても、ネットで勉強が出来たのも大きかった。
まぁそんなこんなで一年近く勉強をした俺は、いざ働いてみようと募集に応募したのだが――まぁ、中学三年生になったばかりの学生に仕事をくれる企業はいなかった。
何社問い合わせても、一つもOKをもらえなかった俺は、高校生になるまで諦めようと思った。
ある日、そんな俺に一つのメールが届いたのだ。
それは――
『年齢、性格問わない。実力があるなら仕事をあげる』
――と、書かれていた。
そう――それが、当時平等院財閥のグループの下の位置に居た、平等院システムズのあの人との出会いだった。
その人の名前は『A』ただ一つだった。
その時の俺は、やっと仕事が来たことが嬉しくて、そのメールを怪しいとすら思わず、すぐに飛びついた。
その時、聞かれたのは年齢と名前だけだった。
ただ、俺はその時に父親にバレたくない旨を伝えた。
すると、仕事を引き受ける際の身元保証人、偽りの住所、口座、そして俺がお金をもらうようになった時、父親の扶養から外れないといけないが、そうならないで済むようにも手配してくれるとの事だった。
……一体どんな手を使ったのかは知らないが、本当に全てそれがこなされていた。
まぁ、父親の税金については、俺にかかる税金がその分割増しになるようになっていたってのは、お金をもらった額からわかる。
だから、一体どれほどの人脈がある人物だったのかと今は思っている。
……もちろん、当時の俺はそんな事を一切気にしていなかったんだがな……。
まぁ、そんなこんなでその人から来た最初の依頼は――高性能のアンチウィルスソフトの作成だった……。
流石の俺も、あの時は面喰った。
確かに実力があるなら――とは言われたが、まさかこんな物が最初に要求されるとは思わなかった。
ただ、その人はそれを作るために必要なたくさんの資料を、無料で提供してくれただけじゃなく、『どれだけかかってもいいから、まずはこれを作り上げる事を頑張って』――と、メールで言ってきたのだ。
――結局、そのソフトが完成したのは、寝る間もおしんで製作して半年後だった。
……寝る間もおしんで製作していたくせに、お気に入りのラノベの新作が出たらそれを読んでいたけどな……。
まぁ、それを仕上げたら、その人からはこうメールがきた『よく頑張った。じゃあ、次はこれ』――と。
また無理難題を言われるのかと思ってメールを読むと、今度はAI知識が必要な別のシステムだった。
――だけど、今回要求されたのは比較的簡単なものだった。
もちろん、またたくさんの資料を無料で提供してくれた。
そしてそれをまた仕上げると、今度は簡単なウイルスを製作するように要求してきた。
ウイルスを作る技術を最初に取得したのは、この時だ。
当時の俺は意味がわからなかったが、お金は弾んでくれてたからとにかく言われるがままに作っていった。
そしたら、段々とそれらの難易度が段階を踏むように上がっていき、速度と精度も求められるようになっていった。
そうやって最後にその人に求められたのが『侵されたウイルスを自動で覚えて対策をとってくれるようにする――AIを搭載したアンチウィルスソフトがほしい』――と。
今思えば、これを作るためにあの人は俺を段階的に育て上げてくれたのだ。
つまりウイルスを作る事を要求してきたのも、ウイルスを自分で作り、AIアンチウィルスソフトを作る時のヒントになるようにしてくれていたんだ。
あの人は言わば俺にとって、もう一人の親だ。
この人のおかげで、俺は急激に技術を身に着ける事が出来た。
それに、この人としていたメールは仕事の話だけじゃない。
この人は、俺の話を常に聞いてくれていた。
まぁ、メール内容は結構淡々としたものだったんだがな……。
でも、真剣に話を聞いてくれたり、相談に乗ってくれたおかげで、俺はコミュ障は直らなかったが、段々と外に出てみようと思えるようになれた。
……それともう一つ、何故だかこの人はプログラムに関係が無い筈なのに、学校で習うような授業内容をデータにして送ってきて、『宿題』――と二文字だけ毎日送ってきていた。
もしかしたら、俺がいつ学校に行きたくなってもいい様にしてくれたのかもしれない。
色々ととんでもない人脈がある事から、かなりの年配の人だとは思うんだが、正直口調からはそんな感じがしなかった。
当時の俺は、もしかしたら俺が子供だから、それに合わせて砕け口調で話してくれているのかもしれないと思っていた。
……今思えば、砕け口調か、これ……?
ま、まぁ、そんな頼りになる人にお金がたまった俺はこう相談した。
『そろそろ家を出ようと思うんですが、将来御社に入りたいので、そちらで良い物件はありませんか』――と。
今思えば、何お前会社に入れてもらう気満々でいるんだよっとは思うが、当時の俺は本気で聞いていた。
するとその人からこう来た――
『焦らなくていい。表に出てくると言う事は辛い目にあう。今はまだ、日陰に居る時』
――と。
正直、この時の俺は何を言われたのかサッパリだった。
だけど、この人が言うならそうなんだろうっと納得したのだ。
俺は、それほどこの人の事を信頼していた。
今の俺はそれがどういう意味かを知っている。
だから、今の俺はKAIとして行動をしているんだし……。
まぁだから、俺は信頼しているあの人の言う通り、今の学園へと通い続けている。
……順序は逆になってしまったが、俺が今の学園に入って通い続けてるのは、この人に言われたからだ。
中学三年の秋ごろだったか――ある日、その人からこんなメールが来た。
『お願いがある。青陵学園に入ってほしい』――と。
青陵学園と言うのが、今俺が通っている生徒数県内一のマンモス校だ。
いきなりすぎて俺はわけがわからなかった。
そもそも、高校になど行く気がなかったのだから。
だから俺はそれについて尋ねた。
するとその人は――
『通い続ければ、いつかわかる。お願い』
――と。
迷った俺は結局言う通りにした。
そして、ここで青陵学園がマンモス校の訳を説明しよう。
……と言っても、そんな大げさな事じゃない。
公立校なのに、学力が低くても入れ、出席日数も関係ないからだ。
そのくせ設備が良いからとかそんな理由で、桃井は異例だが、桃井ほどじゃなくても普通に頭が良い奴らも集まる。
だから、生徒数が県内一なのだ。
――調べてその事を知った時、あの人は俺に学業へ復帰させたいのかとも考えたが、それは何だか違う気がした。
そして結局、今もその答えはわかっていない。
……もうここ数年、この人とは連絡をとっていないからだ。
と言うのも――俺がAI搭載のアンチウィルスソフトを作ってしまったせいで、問題が起きたのだ。
AI機能を搭載したアンチウィルスソフトを納品して、OKをもらってから大分経ったある日、普段と変わらずテレビをつけたままデスクトップの画面に視線をやり、プログラムを作っていた俺の耳にこんなニュースが聞こえてきた。
『全世界未聞のAIを搭載したアンチウィルスソフトが完成されました! しかも、驚きなのはこれを作ったのが日本の中学生だったのです!』――と。
俺は耳を疑った。
確かにそろそろ公表されるとは聞いていたが、俺の年齢を隠すというより、平等院システムズのシステムエンジニアが作った事にすると聞いていたからだ。
そんな俺にあの人からこんなメールが来た。
『ごめん、こちらのミス。今すぐ指示に従って』――と。
俺はその人に言われる通りに隠蔽工作をし続けた。
と言うのも、平等院システムズにある俺の情報は名前と年齢だけ。
住所は全く関係無いとこで登録されている。
しかも、テレビではまだ年齢しか公表されていなかった。
メールアドレスはあるが、それはバレていなかったらしい。
だから、ひたすら別の名前などを広めた。
だが、こっちは二人に対して、向こうは無数。
いつの間にか、メールアドレスがバレていた。
そして、知らない企業からコンタクトの要求が無数に届き始めた。
俺はすぐにAさん以外のメールアドレスを迷惑メールに設定したが、これらの情報から俺の特定がされるのもすぐそこに迫った時に、その人からこういうメールが来た。
『生まれ変わるしかない』――と。
正直、やはり俺にはこの人の言う意味がわからなかった。
だけど、それはすぐに理解する事ができた。
それは――
「残念な事に――先日全世界初のAIを搭載したアンチウィルスソフトを作った中学生の少年は、先日事故で亡くなりました」
――と。
恐らくAさんがそういう事になるよう、手配をしてくれたのだろう。
そして、名前は公表されなかったが、AI機能を搭載したアンチウィルスソフトを作った俺という人間は、事故で死んだと世間に広まった。
だけどネットでは、特定をしようとしたせいで追い込まれた中学生が自殺したのだっという噂で一杯になっていた。
これもAさんの狙いだったらしい。
これで、企業は俺の事を詮索できなくなる――と。
ただ、それもすぐにAさんの策で消え去る。
それは――Aさんがもう一つ手を打っていたからだ。
おそらく、自殺したなんて噂が流れていたら、俺が不快に感じると思ったのだろう。
追い込まれて自殺したと言うのが一度流れてしまえば、企業はこれ以上詮索できないから、長々と噂になる必要がないという事だ。
そしてAさんの策なのだが――俺の自殺が噂されだしてすぐ、驚きのニュースがネットを駆け巡る。
先日AIを搭載したアンチウィルスソフトを発表したばかりの平等院システムズが、現在倒産の危機にある――と。
一体どれだけの無茶をしたのか知らないが、これはAさんが起こした事だけはわかっていた。
俺が働けるようにする為に、色々と無茶苦茶な事をしてくれた人だ。
これくらいどうにでもなったのだろう。
今でこそ、平等院システムズは平等院財閥のグループの中で上位に位置しているが、当時は倒産の危機にまで陥っていたのだ。
まぁその立て直しをしたのが、あの平等院アリアなんだけどな……。
それで、彼女の事がネットに広まる様になったのだ。
そして全てが落ち着いた時くらいに、Aさんから連絡が来た。
『Aはもう消えるけど、君はどうする気?』――と。
多分、平等院システムズを倒産寸前までにした責任をとる事になったのか、そこまで追い詰める様に色々してしまったせいかで、居なくなるんだという事が当時の俺にも理解出来ていた。
その時の俺はどうするべきか悩んだ。
プログラムは好きだが、もうあんな目に遭いたくない――と。
だから、俺はそのままをその人に伝えた。
そして俺の言葉を聞いたその人は、こうメールで言った。
『ならばKAIと名乗ってもう一度やり直せばいい。また全部こちらで手配するから、少し待ってて』――と。
この後、先程のKAIが仕事を引き受ける条件、KAIが俺だと特定されない方法、平等院財閥とは全く関係が無いプロジェクトを、10個紹介してくれる旨が書かれたメールが届いた。
そして――最後にはこう書いてあった。
『才有る者はいつだって苦しい。周りに理解してもらいたくても理解してもらえない。KAIがこれから歩むのはそういう道。汚い大人の手がずっと追いかけてくる。だけど――それでもKAIが進み続けるなら、いずれまた出会える』――と。
KAIがネットで騒がれるようになったのは、このやり取りから半年後だった。
正直、俺はこのメールをもらった時、凄く嬉しかった。
この人は俺を助けるために、居なくなってしまった。
だから、親とまで思えて、恩人でもあるこの人ともうメールが出来なくなるのが悲しかった。
でも、この人のこの文を見る限り、本当に会えるんじゃないかと思ったからだ。
……まぁ、こんな事が有ったにも関わらず、俺がプログラムを続けている理由が好きだからって言うのもな……って思うかもしれないが、こんな気恥ずかしい事口に出来ないだろ?
だから、この事は忘れて欲しい。
これは俺とAさん、二人だけの約束なのだから――。
それに、俺はこの人が言った『青陵学園に通い続ける理由』をまだ見つけられていない。
あの人が言った事だから、これにもきっと訳があるのだろう。
だから俺は、どれだけ嫌な思いをしようとも学園に通い続ける。
それがあの人がくれた、俺への最後の道しるべだから――。